第3話
「さて、じゃあ、改めて契約のことを話そうか」
僕たちは改めて、御当主様のお部屋へ挨拶をしにきていた。
ちなみに、勝負はもちろん僕の負け。
うぅ、ほかの使用人の方々にも怒られたし…。
なかなか集中できていない僕をよそに、御当主様は話を続ける。
流石にちゃんと聞かないとね。
「と言っても、君にやってもらうことは彩葉の身の回りのお世話や、会議やパーティーに一緒に出席してくれればいい」
本当に従者って感じだな。御当主様や奥様の専属メイドや執事の方々を見てきたから、全くの無知から始まるって訳でもなさそうだ。
「ま、彩葉にも花嫁修業をさせるつもりだから、お世話の範囲は君の裁量で決めていいよ」
なんか、すごく自由なお世話係だな…。それだけ信頼してくれているってことだろう。
「あ、そうそう、君の受験日は4日後だから、それまでに勉強とかしておいてね。一応その日までは彩葉のお世話はしなくてもいいからね」
「ちょっと、お父様。翼はもう私の従者なんでしょう。そういうのは私が決めるわ」
「わかったよ。翼くん、君を彩葉のお世話係にするのは、彩葉を渚家の当主にするための教育と、君をその補佐にするためだ。彩葉のためになると思ったことを、君の信じるままにやってくれ。任せたよ」
「はい。そのお役目、謹んでお受けいたします」
御当主様のお言葉に礼をして、部屋を出る。
とはいえ、なかなか難しい注文だ。
従者として、お嬢様のお世話をしながら、お嬢様自身の花嫁修業をお手伝いする。
うん、なかなか矛盾している気がしてきた。
「お父様はああ言っていたけどね」
部屋を出て、お嬢様が呟く。
御当主様は使用人である僕に、全てを言わない傾向がある。察しろ、ということだと思うが、お嬢様は補足をしてくれた。
「別に、面倒に考える必要はないわ。昔みたいに仲良くしてくれればいいのよ。私も、これからはそうさせてもらうし」
僕が渚家で働くようになってから、お嬢様は僕に対して遠慮をすることが増えた。
働いている僕の邪魔をしてはいけない、話しかければ迷惑になる。きっとそう思っていたのだろう。
「あ、それと、今後私のことは彩葉と呼ぶこと!良いわね?」
「はい、これからよろしくお願いします。彩葉様」
彩葉様から試験までは好きにしていいと改めて言付かったので、試験に備えて勉強することにした。
まあ、あれだけ言って、試験に落ちました、じゃ恥ずかしいからね。
なんとか、試験勉強を続けて、今日は試験日。
彩葉様の嫌がらせ、もとい愛情に振り回されたりしながらも、なんとかなったと思っている。
試験はもちろん、月城女子学園で行われる。
ということは、もちろん女の子じゃないと入れないわけで。
「翼、翼、つばさぁ!ウィッグと服、出来たわよ!」
朝起きて、彩葉様のお部屋へ伺うと、我が御主人様が、ご機嫌で迎えてくれた。
ここ数日で思い出したことがある。
彩葉様は信頼している人に対しては容赦なく押してくる。
要は破天荒なんだ。
「お、落ち着いてください、彩葉様!」
「これが落ち着いていられるもんですか!さあ、翼。お着替え、しましょ。お嬢様が、お手伝い、してあげる」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください、彩葉様!自分で、自分で着替えますからぁ!」
「うぅ…。なんで僕がこんな目に…」
「過ぎたことに文句を言わない!男の子でしょ?」
「男の子だから嫌なんです!」
うぅ、今日のこと父さんと母さんに聞かれたらどうしよう…。
自分で着替える、と何度も言ったが、彩葉様は一歩譲らず、それどころか目をキラキラさせていて、拒絶しきれなかった。
はあ、僕、これから大丈夫かなぁ。
「はい、翼。お化粧終わったわよ」
彩葉様に声をかけられて我にかえる。
いらないと言ったのに、お化粧までされていた。
『可愛い顔をしていても、男の子なんだから。バレちゃいけないでしょ』
と、言われると何も言えなかった
「さあ、翼。生まれ変わった自分を見てみなさい!」
彩葉様の言葉で姿見の前に立つ。
「……」
「どうしたの、翼。可愛いすぎて声も出ないかしら」
視界の端で彩葉様がドヤ顔をしている。
でも、そんなことも気にならないくらい、僕は鏡に映る美少女に見入っていた。
これが、本当に僕…?
確かに、僕の面影もあるけど、どこからどう見ても女の子になっていた。
「あらあら…。くすっ。翼ったら、また見入っちゃってる」
「い、いや!見入ってませんから!」
彩葉様の言葉で我に返る。
突然だったとは言え、分かりやすい嘘をついてしまった。
いくら図星をつかれて恥ずかしかったとは言え、嘘はだめだよね…。
「ふふっ。そういうことにしておいてあげる。さあ、翼。準備なさい」
彩葉様がからかうように笑う。
あえて言及しなかったのは、優しさなのかは分からなかった。
「月城女子学園よ、私は帰ってきた!」
「ちょ、彩葉様!そんな大きい声を出して…。はしたないですよ」
「覚えておきなさい、翼。私はこの月城女子学園でカリスマ的存在よ。すなわち!私は月城女子学園において非常に大きな存在。はしたない、ということがあるはずないわ!」
月城に着いて、車を降りるなり彩葉様が叫ぶ。
まったく、この人は豪胆無比というか、厚顔無恥というか…。
隣でお仕えする僕の身にもなってくださいよ…。
「それにね、翼。私は自分自身の存在に誇りを持っているの。私が私である限り、後悔も汚名も存在しないのよ!」
脱力する僕の隣で、彩葉様が続ける。
「(まったく。あなたのやったことのフォローをするのは僕なんですけどねー…)」
「時に、翼。家を出る前に私が言ったこと、ちゃんと覚えているかしら」
「あ、はい。この格好をしている間、僕の一人称は『私』にするんですよね」
「はあ。分かっているようで早速間違っているじゃない。バレて困るのはあなたなのだから、しっかりして頂戴ね」
彩葉様が急に真面目な表情で僕に言う。
昔から、雰囲気を急に変えたりするんだよなあ、この人…。
でも、こういう切り替えの早い人を僕は尊敬している。って、また『僕』になっているな。
ちゃんと普段から意識して、『私』に慣れないと。どこでボロが出るかわからないしね。
「あら、彩葉さん。ご実家から戻られたのですか」
そんなことを考えながら学園の門をくぐり、校舎の方へ歩いていく。そんなとき、近くの花壇で花のお世話をしていた女性に声をかけられた。
「あ、瑞季様。ほら、前に言っていたでしょ。うちの従者に特待生試験を受ける子がいるって」
様…?よく分からないけど、どうやら歳上らしい女性の方に砕けた話し方をする彩葉様。
「(外でもこんな感じなんですねー…)」
ぼ…私のため息をよそに話をしている二人を見つめる。
「そうでしたわね。では、そちらの方が?」
「ええ。私の従者よ」
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