恋咲く庭に想いを添えて

葵 七瀬

第1話

「え、と…。は、はじめまして。佐倉翼さくらつばさです。このクラスにいらっしゃる渚彩葉なぎさいろは様の従者をしております。よろしくお願いいたします」


パチパチと拍手が響く教室で頭を下げる。

顔を上げると、そこにいるのは可憐な乙女たち。


僕はこれからこの学園で主である彩葉様と一緒に学生生活を送ることになる。


この、月城女子学園で。男である御供翼みともつばさが。



事の発端は、4月の上旬。

僕はいつも通り彩葉様のご実家である渚家のお屋敷で使用人としての仕事をしていた。


当時の僕の仕事は主に御当主様が経営する複数の会社の資料作り。その中でも基本的にはお金のことを担当させてもらっていた。


僕ぐらいの歳では普通は任せてもらえないようなお仕事だけど、御当主様___当時は御主人様だったけど___のお言葉でこんな大役を任されていた。


いつも通り、昨日のうちにまとめておいた資料を持って御当主様の部屋を訪れた時にその話はされた。



「翼くん、突然だけど、今日付で彩葉のお世話係を任せたい」


「お嬢様の、ですか」


「ああ、私も君ほどの才能を手放したくはないのだけどね。ちょっと事情があって」


「お褒めにあずかり光栄です。御主人様。…ですが、どうしてこの時期に異動を?」


僕の立場では、本来は質問をすることに許可をしなければならないが、少し動揺していた僕は無意識に質問をしてしまった。


何かミスをしてしまったのだろうか。少しだけ焦りを感じた。


渚家が経営する会社の財政にも関わっている今の僕の立場からすれば、この話は間違いなく降格にあたる。それが僕を不安にしていた。


でも、僕は御当主様の手腕を信頼しているし、何か理由があるのだろう。そう考えていた。


「翼くん、君は高校には通っていないらしいね。湊くんと春華くんに聞いたよ」


湊は僕の父で、春華は僕の母だ。御当主様は僕たち渚家で働く人たちを皆名前で呼ぶ。


御当主様の問いに肯定をすると、御当主様は続ける。


「私は君のことを気に入っていてね。これからも渚家に仕えていて欲しいし、これは湊くんと春華くんに断られたけど、君を養子にして、渚家をもっと内側から支えてほしいと考えていた」


「えっ!?あっ、いえ、光栄です。私自身、これからの生涯も渚家に仕えさせて頂きたく思っています」


後半の内容には正直驚きを隠せなかった。御当主様は時々こういった驚くようなを言う。

でも、そこまで評価してもらっていたのは、素直に嬉しい。


「でもね、君はこの世界しか知らない。もっとやりたいことが見つかるかもしれない。だから、私としては君には大学までしっかりと進学して、その上で自分の進路を決めてほしいんだ。渚家に囚われず、自分自身の意思で、ね」


僕は何も言えなかった。一介の使用人の将来をこんなにも考えてくれているなんて。驚きよりも嬉しさが大きかった。


「だから、しっかりと学生生活を送ってもらうために、君の仕事を減らそうと思ってね。それと、君は彩葉とも同じ歳だし、ちょうどいいと思ってね。ただ…」


「ただ、どうかしましたか?」


「いや、彩葉のお世話係になると、やっぱり彩葉と同じ学園に通って欲しくてね。彩葉には今までお世話係を断られていたから、彩葉には行きたい学校に行かせていて…」


御当主様が口籠る。普段から全てに真摯で、真っ直ぐな性格の御当主様には珍しいことだった。


「彩葉は今、月城に通っているんだ」


「月城…?月城女子学園ですか?」


「ああ。だから、君には月城に通ってもらうことになる。……もちろん、女の子として」



ん?



僕がどこに通うって?もちろん、男としてだよね。だって僕男だし。


「しっかり理解できていなさそうだから、もう一度言うよ。御供翼くん。君には女の子として、月城女子学園に通ってもらい、彩葉のお世話係を任せる。任期は三年間。分かったかな」


「おっしゃっていることは理解できます。いえ、理解したく無いのですが…。ですが、どうやってそんな突飛なことを行うおつもりですか?」


「月城には特待生編入の制度があってね。四月中で、高校受験をしていない生徒なら試験の出来次第で特待生として編入ができるんだよ。それに、月城の学園長とは顔見知りでね。相談してみたら是非にと言っていただけたんだよ」





「はあ…。どうしたもんかな……」


ため息をつきながらお屋敷の廊下を1人歩く。


今日しっかり考えて、返事をしてほしいとの事で、暇をもらってしまった。


お嬢様のお世話係と高校への入学は決定事項。どうしても嫌なら男性として共学の高校に行ってもいいと言われた。


「はあ……」


もう一度、深くため息をつく。


主に言われたことには従うべき。反論をしていいのは限られた場合のみ。

そういう風に父さんには言われてきたからなあ…。


もちろん、使用人としては従うべきである。でも、それだけで割り切れるような事ではなかった。


「僕が女装って…」


綺麗に磨かれた窓ガラスに映る自分の顔を見る。


確かに顔は幼い。成長も止まったし、身長も大きいとは言えない。にしても、女装は無理がある。


「あら、翼なら似合うと思うわ。女装」


「へっ!?」


不意に掛けられた言葉に思わず変な声が出てしまった。


声のした方を見るとそこには明るい笑顔でお淑やかに、かつ堂々とした態度で立っているお嬢様がいらっしゃった。


「あ、彩葉お嬢様。おはようございます。それで、僕に何が似合うと…?」


「ええ、おはよう、翼」


慌てて挨拶をした僕に、澄んだ声で挨拶をしてくれる。お嬢様は破天荒で、凄く堂々としていらっしゃる。その上、驕らず、人を立て、懐に入るのが上手い。元気で憎めない、だけど育ちの良さを感じられるお人だ。


「何って、女装に決まっているでしょう?あ、そうだ、今から私の部屋に来なさい」


お嬢様直々のご招待だ。無碍にはできない。が、なぜだろう、嫌な予感しかしない。

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