第七話 決着! ヒーローは最後に笑う
空気を切り裂く轟音は耳に届かず、高速で迫る地面は目に入らない。
カケルはただ、目標のドラゴンに集中していた。
『マギア流星キーーーック!』
カケルの叫びも取ってつけたような技名も、外には聞こえない。
(……魔導”
アルカにだけは聞こえているが、少し呆れたような声音になっただけで、ツッコミはなかった。
「ヒーローのキック」をドラゴンに当てるべく、アルカは風魔法で微調整を行う。
高高度からの、我が身を犠牲にした飛び蹴り。
曇天を破って空を駆けるカケルに向けて、ドラゴンは大きく口を開いた。
(真龍の魔力変化を探知。ブレスがきます)
『はっ、わざわざ口を開けてくれるなんて好都合じゃねーか。防御は最低限で口の中に突っ込むぞ!』
(本当に、いいのですね?)
『男に二言は……
(
遥か高みから放たれた一本の矢のように、あるいは流星のように、青い軌跡を描いてカケルが落下していく。
地上で迎え撃つドラゴンから、四度目のブレスが放たれた。
青い流星が黒い奔流に飲み込まれる。
突き出したカケルの左足の先に生み出された持続型の魔導障壁と青い光がブレスを切り裂く。
障壁を維持するために、
畳まれた右足や両腕、小さな魔導障壁では守りきれない箇所がブレスを受ける。
カケルの右足は、左右の腕は、一瞬で火傷して炭化して焼失する。
『おおおおおおおおッ!』
痛みをこらえるように叫ぶ。
カケルの視界に一面の黒が広がり、やがて————
衝撃と轟音を立てて、視界が開けた。
「やった……か……?」
カケルが漏らした声はあまりにも小さかった。
痛みは感じない。
だが、体の感覚もない。
ぼやける視界で、カケルは左足の先を見た。
地面がある。
落下は止まっている。
足先と地面の間に、透明な球がある。
バレーボール大の球は、ピキリと音を立てた。
(
声にはノイズが走り、伝わるイメージのアルカのローブはボロボロだ。
ポタッと地面に落ちたのは破損した
ピキピキと音が鳴り、
足場を失って、カケルが地面に倒れる。
『見事なり、人間よ』
続けて、間近でどうっと音がする。
邪龍マルムドラゴは、カケルの蹴りで口から腹まで貫かれ、体に大穴を開けられて、地に倒れた。
龍の魂が宿るといわれる核は砕かれた。
ドラゴンは、”邪龍”マルムドラゴは死んだ。
カケルとアルカの勝利である。
「く、はは、やって、やったぜ。四十の、Eランクの、『生き恥』が」
背中を地面につけて、曇天を見上げて、視界の隅に倒れたドラゴンと不死の山をおさめながら、カケルが勝ち鬨をあげた。
小さな声で、途切れ途切れに。
ゴポッと、カケルの口から血が流れ出る。
最後のドラゴンブレス、落下の勢いに任せて口腔からドラゴンの体内を蹴り抜いた衝撃、消費した魔力と生命力。
死は覚悟していたことで、引き換えにドラゴンを倒した。
二十二年の冒険者生活ではじめて、ひょっとしたら四十年間ではじめて、カケルは晴れやかな笑みを浮かべる。
視界はぼやけて体の感覚はない。痛みもない。
(残
ボロボロなのはカケルだけではない。
右足と両腕ごとブーツもガントレットも失われて、サークレットは千切れ、ベルトは傷だらけで、
途切れ途切れでも
超古代文明のマジックアイテムを装着した『マギア』は、ドラゴンを倒して街を救った。
残されたのは、ボロ切れとなったカケルとアルカだ。
満足感に包まれてカケルは目を閉じ————
「師匠! ドラゴンを倒したのですね!」
「カケル兄! 無事ですか!」
駆け寄る気配を感じた。
「ちっ、逃げろって、言った、のに」
カケルの蹴りの衝撃で、周囲は小さなクレーターとなっている。
口から腹を貫かれて倒れたドラゴンから血が流れ、底には龍の血が溜まっていく。
ずざざと靴底を滑らせながら、クレーターに二人の女性が飛び込んできた。
逃げたはずのSランク冒険者『鉄壁の戦乙女』アイギスと、女男爵で領主にして魔法使いのユーナ・フェルーラである。
ぴちゃぴちゃと龍の血をはね上げて、アイギスがカケルの体を抱き起こした。
「師匠……! 腕が! 足も! ユーナ、回復魔法だ! 私はポーションを」
「はいっ、マナポーションで回復した、
アイギスは持っていたポーションをどぼどぼとカケルの口に突っ込んで、飲み込めないのを見て取るとばしゃばしゃ体にかけて、ユーナは立てなくなるまで回復魔法を連発する。
だが、カケルのケガは回復しない。
そもそも高位のポーションであっても回復魔法であっても、四肢の欠損や内臓の損傷を治せるほどの効果はない。
まして、カケルは魔力と生命力を消費した。
癒える気配はない。
(魔力を……自己修復は最低限……
「なぜ、なぜポーションが効かないんだ! これでは師匠は!」
「カケル兄……」
アイギスは持参したポーションを使い切って、ユーナは回復した魔力さえ使い切った。
軽くなったカケルを抱えてアイギスは慟哭し、ユーナは静かに涙を流す。
もう助からないと、理解して。
「いい、もう、充分だ。守れて、よかった」
カケルの言葉に力はなく、耳をそばだてなければ聞こえないほど小さな声で。
「ああ、富士山が、キレイだなあ」
「師匠? 不死の山はブレスで稜線が崩れて——」
「カケル兄……もう、見えていないのですね……」
ユーナが手を伸ばすも、握ろうとしたカケルの手は失われている。
ユーナは、アイギスが抱きかかえるカケルの胸に手を置いた。
「ええ、不死の山も、カケル兄が守った街も、キレイです」
「そうだ、そうでず! じじょゔのおがげで、キレイで」
ユーナの微笑みも、アイギスの涙も、すでにカケルには見えない。
抱えられた体温も手の温もりも、すでにカケルには感じられない。
「親父、母ちゃん、妹も、俺を誇りに、思ってくれるかな。俺は、ヒーローに」
涙をこらえるユーナの声も、ぐずぐずと泣きながら話すアイギスの声も、すでにカケルには聞こえない。
「ああ、俺は、やったぞ、『その時』に」
うわ言を口にするカケルの言葉が途切れた。
ぼんやりと虚空を見つめていた目が閉じる。
カケルは、わずかに微笑んだ。
「じじょゔ!」
「カケル兄!」
意識が途切れる寸前に。
(
アルカの声が聞こえた気がした。
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