第三話 セルヴィア=ワーグハーツ


まえがき

さてアル君はひとまず置いて、魔法による対人訓練の光景を見てみましょう。




 フォルテナ魔法学院訓練場。


「はぁ~いみなさん~、それでは二人一組のチームを作ってくださぁ~い」


 間延びしたハスキーボイスでふくよかな中年の女性教官が生徒全員に声をかけ、指示を受けた生徒達は次々と二人一組のチームを作っていく。


「ゼフィラ、俺と組もうぜ」

「ああ、いいよ」


 仲の良い者。


「スピカ、良かったら僕と…」

「ごめん! 私、サラさんと組むから!」

「えっ…?」


 好意を抱く者に抱かれる者。


「シェーナ! 今日こそは!」

「またなの? まぁいいけど…」


 対抗意識を持つ者。

 

 それぞれの目的でどんどんとチームが出来上がっていく。


 もう何回目かになるチーム作りなのでどの生徒も手慣れたものだ。

 着々とチームが出来上がっていく中、一人の少女が金色の髪を揺らしながら一人の少年へと近づいていく。


「ねぇ、ボルゴー!」


「あ……セルヴィア、さん…」


 ボルゴーと呼ばれた黒髪を短く刈り込んだ少年が声を掛けてきた金髪碧眼きんぱつへきがんの少女―――セルヴィアの声に足を止める。


「もし良かったら私と組んで下さらないかしら?」


 片手を振ってニコッと微笑むセルヴィアに、ボルゴーが困ったように眉を下げる。


「お誘いはありがたいんだけど…、僕みたいな平民ノイエンがセルヴィアさんと組むだなんて恐れ多くて……」


「あら、学院の教育理念には「学舎において貴族ハイエル平民ノイエン貴賤きせんなし。魔法師を目指す者は全てにおいて平等なり」って書いてありましたけど?」


 お断りの常套句じょうとうくを述べられたセルヴィアがそう言って不満そうに頬を膨らませる。


「いやぁ…、それはそうかも知れないんだけどさ……。ごめん! 僕、ドーセと組む約束があるからっ!」

「あ、ちょっとっ…!」


 ボルゴーは背の高い同級生、ドーセを見つけるや否やセルヴィアの制止の声も聞かずに走り去ってしまった。


「カーラ、私と―――」

「セルヴィアごめん、今日はパスっ!」


 セルヴィアが何かを言う前にカーラと呼ばれた少女が近くにいた女子生徒の手を引いて離れていくのを目だけで見送りながら「今日は」ではなく「今日も」でしょうに、と内心呟いた。


「もうっっ!!」


 苛立いらだちからセルヴィアは足元の砂を蹴ったが、その行動によってブーツの中に砂が入ってしまいさらに苛立ちが増しただけだった。


「あの…、セルヴィアさん…」


 セルヴィアと呼ばれた少女が声を掛けられた方へと振り返る。

 振り返った先にはいつも見慣れた、ぼさぼさのグリーンのショートヘアーに分厚い黒縁眼鏡をかけたの少女がおどおどとした様子で立っていた。


「ミリエールさん…。……チームよね…」


 何の用?と聞くのも無粋だと思ったセルヴィアが半ば諦めたように呟く。


「よ、宜しくお願いします…」


 ミリエールと呼ばれた少女は深々と一礼をしてから、とぼとぼとセルヴィアに近づいてきた。


 訓練場の隅に移動した二人。


「では…」


 ミリエールがそっとセルヴィアの右腕に両手をかざす。


「水よ、の者の傷を癒せ…」


 そう呟いてすぐミリエールの手が淡く青白い光に包まれ、それと同時に腕に暖かい魔力が流れ込んで来るのを感じながらセルヴィアはぼーっと眺めていた。


「傷なんてないのだから魔法の効果があるかなんて実際には分からないわよね。ナイフで軽く切ったりすれば傷が癒せているか一目で分かるのにね」


「や、やめて下さいよ…」


 両手に意識と魔力を集中させたまま、ミリエールは泣きそうな声を出す。


「それに、もし傷跡なんて残そうものならお父様に叱られちゃいますよ?」


「お父様は関係ないです」


 心配するミリエールに対してそっけない態度でピシャリと言い切るセルヴィアの様子から、これは触れてはいけない話題なのだと察してミリエールはその話題を続ける事を断念した。


「……治癒魔法完了です」


 青白い光が消えてからミリエールはふぅ、と小さく息を吐く。


「ありがとう。じゃあ次は私の番ね」


 そう言ってセルヴィアが先ほどされた事と同じように両手を前に出して今度はミリエールの腕に手をかざす。


「水よ、此の者の傷を癒せ!」


 かざした手に力が入る。


 ミリエールと同じように、淡く青白い光がセルヴィアの手を包み込む。

 ただ、セルヴィアの生み出した癒しの光は先ほどのミリエールのそれと比べると光量も範囲も狭かった。


「効果は…大丈夫?」


 苦しいのか、少し顔を歪めながらセルヴィアはミリエールに効果の程を確認する。


「は、はい。ちゃんと暖かいです…」


腕に流れ込んでくる温もりをしっかり感じてミリエールは嘘偽りなくセルヴィアにその事を伝えた。


「そう……良かった……」


 それを聞いて安堵あんどの表情を浮かべたセルヴィアだったが、その直後青白い光は瞬時に消えてしまった。

 光を失った手に視線を移し、てのひらを握ったり開いたりを数度繰り返す。


「水よ、此の者の傷を癒せ!」


 再度同じ魔法を発動させてみたが、かざした手から青白い光が生まれる事はなかった。


「……効果も持続時間も全てにおいて悪いだなんて……本当に情けないわね…」


 力なく手を下ろしたセルヴィアが自嘲じちょう気味にぼやく。


「そんなことありませんよ! 私はセルヴィアさんの事、凄いなって思います!」


 ブンブンと首を振りながらミリエールは力強くセルヴィアの言葉を否定する。


「貴族の、それも子爵令嬢ししゃくれいじょうでありながらもいつかは前線に立って魔物や敵を討ち払いたい…。そんな目標を持っていらっしゃるセルヴィアさんを私は尊敬しています!」


「ミリエールさん……」


 普段のおどおどした様子からは想像も出来ないミリエールの熱を帯びた言葉にセルヴィアは気圧されて呆気に取られる。

 ぽかんとしたセルヴィアの様子に気付いたミリエールが慌てて高速でぺこぺこと頭を上げ下げする。


「す、すみませんっ! 私っ…つい…!」


「ううん! いいのよ。それにしても……ふふっ」


 先ほどとのギャップの激しさにセルヴィアはおかしくなって吹き出してしまった。


「すみません…。平民で回復魔法しか使えない役立たずの癖に偉そうな事を……」


「回復魔法が出来るんだから役立たず、なんて事はないわよ」


 ポン、とセルヴィアはミリエールの肩に手を置いた。


「ほら、あそこ」


 セルヴィアがあごでクイッと指した方向をミリエールが見る。

 火系の魔法攻撃を防ぎ切れずにダメージを受けたのだろう。腕を火傷している少年がペアの生徒に付き添われてゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「ああいう怪我をした子を治せるのは、貴方の魔法なんだからね」


そう言ってセルヴィアはニコッと笑いかけた。


「は、はいっ!」


励ますつもりが逆に励まされたミリエールは力強く頷いてから、怪我をしている生徒の方に駆け寄っていった。


「何も出来ない役立たずなんて事は、ないのよ……」


 離れていくミリエールの背中を見つめながら、セルヴィアは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 少年達に辿り着いたミリエールが怪我の様子を確認してから手をかざしている。

 青白い光が生まれ、苦痛に歪んだ顔がみるみるうちに穏やかな顔つきになっていく。


「ほらね……」


少年達はミリエールに頭を下げると、お礼を言って元いた場所に戻っていく。


「魔法……」


 呟いたセルヴィアがチラリと模擬訓練中の生徒へと目線を移した。



「ストーン!」


 先ほどセルヴィアの誘いを断ったボルゴー少年がかざした手から握り拳よりやや小さめの岩が生まれ、離れた所にいるドーセ目掛けて勢いよく射出される。

 生身の人間があの速度と大きさの岩を食らえば怪我をするだろう。


 だが、ここは魔法学院である。


風の爪よウィンドクロウ!」


 ドーセが虚空で片手を大振りに薙ぐと、たちどころに風の刃が生まれ、ぶつかり合った岩を真っ二つに裂いた。

 分かれた岩は衝撃でその形を保てずに粉々になって地に落ちるが、風の刃は消える事なくその威力を大きく削がれながらもボルゴーの腹部に当たった。


「くっっ…!」


 本来であれば服が切れて腹から血を吹き出してもおかしくはない威力なのだが、魔法師には魔力障壁という薄い魔力の膜がある。

 その膜に威力を殺された風の刃はただのそよ風と化して消えた。


「やるなぁ、ドーセ!」


「ボルゴーはとりあえず最初に発動の早い地魔法を撃ってくるからね。対抗策を考えてたのさ」


「ちぇ! 戦略も練り直さないとだなぁ!」


 ボルゴーが片手を前に突き出して次の呪文構築に入る。


炎の槍ファイアランス!」


 魔法を発動させ、文字通り炎で出来た槍が空中に生まれるとボルゴーの回りの温度が上昇する。


「くらえ!」


 ボルゴーの炎の槍が再びドーセ目掛けて放たれる。


「それも読んでる! 水壁アクアウォール!!」


 構築を終えたドーセが言葉と共に対抗魔法を発動させた。


 ザザザーッッ…


 水音と共にドーセの前に身体を覆うくらいの水壁が現れ、迫っていた炎の槍を受け止める。


 ジュウウウウ!!


 魔力の水にその身の熱を奪われ、槍はその存在を消してしまった。


「だろうな! ストーン!」


 この流れを読んでいたと言わんばかりにボルゴーが再び岩つぶてを放つと、槍とは違い岩は水を撒き散らして水壁に吸い込まれていった。


「ぐっっ…!!」


 壁で様子は伺えないがドーセのうめき声が聞こえた…と同時に水壁が消失し、中から片膝をついたドーセが姿を現す。


「勝負あり、だな!」


 ドヤ顔のボルゴーが腕組みをしてドーセを見下ろす。


砂の棒サンドスティック…」


「なっっ…!」


 片膝をついていたドーセがニヤリと笑った。


 異変に気付いたボルゴーが後ろに飛ぼうとしたが時すでに遅し。


 事前に砂地に触れていた手から流し込まれた魔力は地中を走り、砂の棒に姿を変えて彼目掛けて飛び出す。


「んがっっ!!」


 障壁があるとはいえ繰り出された砂の棒は的確にボルゴーの顎を捉え、彼は白目を剥いて真後ろに倒れた。


「勝負あり、だな」


 ボルゴーが失神したのを確認したドーセは肩で大きく息をしながら勝利を宣言した。


 そんな手に汗握る魔法の応酬をセルヴィアはただただ羨ましそうに眺めているだけなのであった。






あとがき

ここまでお読み下さり有難うございました。

色々手探り&手詰まりですが頑張ります…。

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