第3話 我輩、ビビる。


「……ところで、街なんてどうやって探すのよ、ここは大草原で周りはなぁんにもないんだけど」


歩けども歩けども果てしなく続く大草原に嫌気がさしてきたのか、アマリリス殿が愚痴をこぼす。


「それもそうだな、では君に聞こう。我輩達は現実の世界の体でここにいるというのに、なぜさっき君は課金アイテムというゲームの世界の物を持っていたのだ?」


「あっ!……そういえばなんでだろう。さっきゲームしてた時みたいにコマンドを表示しようとしても出来なかったんだけど…… 」


アマリリス殿は不思議そうに言う。そこで我輩は助言を忘れない。


「大人気テレビアニメ魔法少女魔女っ娘ぷりりんちゃんの一説にこういったものがある。 『ぷりぷりぷりりん! 全部私の思い通りになぁーれ!』 

これは作中にて最強魔法と呼ばれており、ほぼ全ての無理難題を解決することができる威力を持つ。試してみてはどうかな?」


「うるさい、この“ウォルタナ”であんたの首を掻っ切るぞ」


そう言って、アマリリス殿は我輩にいつも決闘で使ってきたン十万円する課金アイテムの剣を我輩の首筋に当てる。五万円するやつは我輩が破壊してやったがな。


それにしてもこやつ、もう耐性がついてきたな。もっと遊んでやろうと思っていたのだが。


「……おい、ちょっと待て、なぜその剣がここにある。一体どこから取り出したのだ。」


課金アイテムを無意識のうちに降臨させるとは……なんて末恐ろしいヤツだ。


「……えっ! あっ、本当だ。ええっと確かこのステッキを握って……。」


すると、アマリリス殿の眼前にゲームでよく見慣れたコマンドが表示された。


「おおっ! どうやったのだ! 教えてくれ! これで我輩もあのプリティ幼女に再会できるぞ!」


我輩は一縷の可能性に狂喜乱舞した。


「あなたはその姿でいいの! でもごめんなさい、たぶん私だけだわ……。あなたはプレーヤーと認定されていないもの。 なんかめっちゃ文字化けしてるし……。そ、それに……」


(……言えない、最強呪文を唱えたらコマンドが表示されたなんてこの人にだけは絶対言えない……)


「な、なんと……! 君の体はゲームの世界と現実の世界がごっちゃになって混ざっているんだな、神隠しのやつめ、いい加減な仕事をしおって!」


「ちょっと! 現実とゲームの区別がつかないあなたと同類にされるのは本当にやめてほしいんだけど! とても不名誉だわ!」


アマリリス殿は我輩をゴミを見るような目で言った。……一体なぜだ。

だが、とりあえず我輩は思考を切り替える。


「ふむん、まぁどうあれ、コマンド画面が使用できれば一件落着だな、さぁマップの準備だ!」


「はいはい、……ってNO DATAですって!? やはりここが異世界だからなの?」


アマリリス殿は疑うように言った。


「いや、違うな、そのコマンドは最早死ぬ寸前なのだ、急いで全てのアイテムをアイテムストレージから出せ!」


「えっ!……なんでよ!?」


「時間がない! はやくせよ!」


我輩はいつになく強めに言う。


「わ、わかったわよ……」


アマリリス殿は我輩の迫力に気圧されたのか次々と今まで貯めに貯めたのであろう、アイテム達を取り出していった。


取り出されたのは、課金アイテムと思しき剣に、課金アイテムであろう鎧に、課金アイテムに違いないガントレットに、課金アイテムだったはずの……


……って、こやつどんだけ課金アイテムを持っているのだ!

もはやアルバイトで稼げるレベルではないだろう。


そんなアマリリス殿の山のように積み上げられた課金アイテムは、大量の金貨に埋もれていて、我輩の昔の宝物庫を彷彿とさせていた。


羨ましく思った我輩はアマリリス殿に見つからないように目に付いたヘルムを素早く手に取り、マントの下に隠す。 

こんなに一杯あるんだから一つくらい無くなっても気付かないだろう。

遠目でアマリリス殿を確認するがアイテムを出すのに夢中で気づいていない。


ちょろいもんである。



「よくもまぁ、これほどまで集めたものだ、課金廃人め」


アマリリス殿に近づいた我輩は全く悪びれずに言う。


「う、うるさいわね! こうでもしないとあなたに勝てなかったのよ!」


アマリリス殿は悔しそうに言った。我輩のネコババに気づいていない。やはりちょろいもんだ。

だが我輩は金貨の山にある紅い小さな宝玉が目に入った。


「むぅ? 待て! これはゲームの中に一つしか存在しないと言われた幻のアイテムではないか! まさかアマリリス殿が隠し持っていたとは!」


「まぁね、すごいでしょ。ほれほれほれ〜」


アマリリス殿はこれでもかというほどそのアイテムを我輩の眼前で見せびらかしてくる。



ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、



——ペロリ。

我輩は食べた。



「あーっ!! なにやってんのよ! 食べる奴があるか、このバカ!」


「ふははは、これでこのアイテムは私のもの! 返してやっても良いが、その時は我輩の体内を一周した後になるなぁ。」


我輩はいやらしく笑う。


「あー! もう! 戦国武将のツラ構えのくせにやることは小学生……いや、赤ん坊並みね! くぅー! もういいわよ、だけどこれででっかい貸し一ね!」


アマリリス殿は我輩に指を突き出す。


だが実はこのアイテムはこの小娘には少々荷が重いものなのだ。我輩が先に見つけて本当によかった。ヘルムは単なる泥棒だが。


ビービービーと周囲に音が響く。

アマリリス殿のコマンド画面は点滅を繰り返し、文字化けがひどく何も読み取れない。

そしてそのままゆっくりと消えてしまった。

最強呪文が引き起こした奇跡は再び起こることはなかった。


「あ〜あ、本当にもうコマンド画面が表示されないわ。 で、どうしたらいいのこれは」


アマリリス殿が指さすのはもちろん宝の山だ。

だが、そんなこと最初からわかりきっている事だろう?

我輩はマントの下に隠していたヘルムを被る。


「くっくっくっく、やはり来たか……!」


我輩はずっと何かから見られている事に気づいていた。

だから誘うように延々と歩き続けていたのだ。

そして、そんな輩がこの宝の山という餌に飛びついて来ないわけがあるまい……。


「えっ……?」


アマリリス殿が我輩に問いを投げかけようとしたその瞬間、



——我輩達の目の前にいくつも空間が歪み、そこから何人もの人影が現れた。


そこから現れたのは30人ほどの武装が整っている兵団だった。

それらは統一された動きで我輩達を取り囲む。

アマリリス殿は、突然の事態に状況が飲み込めていないようだ。

そしてその軍団の指揮官らしき者が前に出て、我輩達に向かって語りかけてきた。


「まさか、まさか、本当に現れるとは思わなかったなぁ。それにこれほどの宝、手にすれば一体何千年遊んでくらせるのやら」


隊長らしき人物はいやらしく笑う。


「我輩達に何か用かな? まぁ見た所この宝目当てと見えるが。」


全身フルプレートの我輩はヘルムの中で笑いながらも問うた。


「まぁ、どうせ死ぬんだ、教えてやろう。我らは王国所属の裏部隊ユーフォリアの精鋭チームだ。その宝をもらい受けに来た。 おぉっと、でもそこの綺麗な女性は殺さないけどねぇ。」


隊長はアマリリス殿を舐め回すように見ている。


「そうか、そうか。では問うが君たちは我輩達にこの宝の所有権があると知った上でそれでも略奪するというのか?」


「ここは王国領土内である、という建前もあるにはあるが、まぁお前の言う通りさ。お前たちは私たちに無様に殺され、宝を奪われるのさ!」


そう言って部下達も下品に笑い出した。




——今宵は久方ぶりに人間の血を一滴残らず貪り尽くすことができそうだ。

我輩は笑みをより深くして、ヘルムを外そうと手にかけた瞬間


「誰が誰の宝を奪うですって?」


我輩ですら思わず声が出そうになったほどの底冷えた声を出したのは、鬼気迫る様子のアマリリス殿だった。


「この薄汚い盗人風情がぁ!! 私の全てをつぎ込んで手に入れたこの宝を盗むだとぉぉ!!」


そう言って繰り出されたのは、七つの斬撃。

そう言い表すしかないほどのスピードでアマリリス殿が抜刀し、気がつくと全ての兵士達は横たわっていた。

隊長だけを残して。


だが、我輩は見逃さなかった! アマリリス殿がン十万円の課金ソードになんの躊躇もなく課金ブーストアイテムを使用した事を!

我輩は見逃さなかった! あの一瞬の間で彼女自身に課金支援魔法を発動させた事を!


この容赦のなさと躊躇のなさが彼女の売りなのである。

普通のサラリーマンならば、うっ!この課金アイテムを使えば間違いなく明日の昼飯はぬきに……、いやそんなことを迷っている場合では……ぐはぁ!

となるところを彼女は

伯爵殿下……死ね! 課金アイテムを3ついや、4つ発動する! となるのである。


そして、隊長はアマリリス殿の顔を直視してしまったせいであっけなく気絶してしまった。


それを見た我輩は何事もなかったように静かにヘルムを外し、宝の山に置こうとしたのだがーー


「伯爵殿下さん、その手に持っているものは一体何ですか?」


我輩の頬に一筋の汗が伝い落ちた。

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