我輩吸血鬼、ネトゲなるものにハマる
PQ
第1話 我輩、ネトゲ廃人と化す
御機嫌よう諸君!
我輩は吸血鬼、人間達からはドラキュラなどと親しまれた六百年を生きる伝説の化け物である。
この日本なる地に引っ越してきて早くも百年が経過し、その間に我輩はこの国で素晴らしい発明品と出会うことが出来た。
その発明品とはVRMMORPGというやつだ。
なんとバーチャル世界で人間達と共に遊ぶことができるというのだ。
高潔な吸血鬼殿が人間なんぞと遊んでたまるかと思われているかもしれないが、それは大きな誤りだ!
天下の吸血鬼もこの同胞がいなくなった時代に一人で何百年も取り残されると人恋しくなるというもの。
我輩だって誰かと遊びたい。
そんな我輩に届いた人間と一緒に遊べる機械が発明されたというニュースは天啓にも等しかった。
だからこれを発明してくれた人間達に深い感謝を贈るとしよう! ありがとう! そして今までごめんなさい!
そうこうしているうちに、人間達の友情、努力、勝利に密かな憧れを抱えていた我輩はすぐにこのVRMMORPGに夢中になった。
人間達と共に冒険し、人間達と共に談笑し、人間達と共に笑いあう。
現実世界で人間達は我輩のことをでかい蚊のように扱うが、このバーチャル世界では、人間達は我輩を悪に立ち向かう同じ仲間だと認識してくれる。
これほど素晴らしいものは他にはない。
人間達とはいつも敵対していた仲であったが、我輩的には今までの因縁を絶ってやっても良いとまで考えている。
特に日本人であるならば、我輩から血を抜かれる心配はもうしなくても良いぞ。
しかも、ゲーム内で多大な時間をつぎ込める我輩はすぐにトッププレイヤーになることができたのだ。
だが、流石の我輩にも良いことが続けば悪いことが起きる。
”課金”なる人間達の欲望が孕んだ制度ができたおかげで、一文無しの我輩は何度も課金プレーヤーに大敗を喫するようになったのだ。
あの時は運営陣達の全員の血をぬいてやろうかと思ったが、このゲームを作ってくれたのも彼らだったので、我輩は怒りを沈めてやった。
幸運に思うが良い。
そして、普通の人間達では及びもつかない時間をかけ、再びトッププレイヤーへと返り咲いた我輩は今日もいつもと同じように改造した棺桶型VRを起動した。
その時まで我輩はこの日常がずっと続いていくものだと思っていた。
広い庭園が立ち並ぶこの場所は、我が誇るべきギルドのホームだ。
今日は我輩の他に二人のギルドプレーヤーがログインしていた。
平日の真昼間だというのに暇な奴らである。
「伯爵殿下さんは普段どんな仕事をなさっているんですか。」
そう結構痛いことを聞いてきたのは同じギルドに所属するこのゲームの先輩プレーヤー、まじかる・プリッツ殿だ。
ちなみに伯爵殿下というイカす名前は我輩のハンドルネームである。
「ちょっと、まじかるさん、リアルの事を聞くのはご法度ですよ。まぁ、伯爵殿下さんの場合は、聞かなくてもだいたいわかるけどねぇ。」
そう言ってにやにやとした笑いを我輩に送ってくるのは、爽やかナイスガイボーイ、我が宿敵アマリリス殿だ。
なぜアマリリス殿が我輩の宿敵なのかというと、彼のゲームセンスが単純に素晴らしいものであるのと、彼のアルバイト労働の結晶である数々の課金アイテム達を何の躊躇もなく使用しまくってくるからだ。
その圧倒的な資金力で我輩を討ち滅ぼすのである。
だから、PVPでは我輩がこのゲーム内で唯一敵わない存在でもある。
だが、大学生の分際でアルバイトの全てを課金につぎ込むとは、なかなか見込みのあるやつだ。
現実世界では"非リア充"なるものに違いない。
「アマリリスさんは伯爵殿下さんとリアルでお知り合いなのですか?」
まじかる殿は驚いたようにアマリリス殿に問いかけた。
「いや、そうではないですけど、まじかるさんは、ご存知ないんですか? この伯爵殿下さんの噂を?」
アマリリス殿はチェシャ猫のように意地悪く笑う。
うむん?我輩の噂とな?
「ええっと、伯爵殿下さんの正体は、実はゲームの中だけに存在するプログラムかもしれないってやつですか?」
「はい、それです」
「ちょっと、待ちたまえ君達。なぜ我輩がそんな都市伝説みたいな扱いになっているんだ」
我輩は心外だとばかりに二人へ問いかけた。
「何を言ってんですか、あなたのその総プレイ時間を見て、そう思わない人なんて絶対いないですよ!」
そう言ってズビシっとアマリリス殿は我輩の眼前に指を突きつける。
そこに表示されたのは我輩がゲームにログインしている時間の総数であり、
そこには394234時間38分18秒と表示されていた。
「なんなんですかこれは! 年に換算したら、45年ですよ! 45年! あなた何年家に引きこもってんですか! てかそんなにこのゲーム古くないですよね!?」
「こ、これが黒歴史なるものが発掘される瞬間なのか。 いやはや思わず顔が赤くなりまするな」
我輩は思わず顔に手をあてる。
「恥ずかしがってる場合ですか! お母さん泣いてますよ、今からでも遅くはな……十分遅いですが、働きましょう! なんなら私のとこのバイト紹介してあげますから!」
アマリリス殿のバイト先か……確かに気にはなる。
「それにまだ証拠はありますよ! 僕がログインしている時はもちろん、あなたがログアウトしている姿は誰も見たことはありません! あなたに現実の世界はないのですか! それともここが現実だってやつですか! それはそれで悲しすぎですよ!」
こやつなかなか刺さることを言うではないか。だが、全て君の言う通りなのだ!
「我輩を心配してくれている……。 まじかる殿……これが”ツンデレ”なるものなのか」
我輩ツンデレ初めて見た。
「はい、その通りです。伯爵殿下さん、アマリリスさんはリアルで伯爵殿下さんに会いたいんでしょうねぇ」
まじかる・プリッツ殿は、ぽわぽわとした雰囲気で朗らかに微笑んでいる。
「ツンデレちゃうわ、この化石ニート! さっさと働け!」
アマリリス殿の顔が真っ赤になりながらも叫ぶ。
毎度思うが実にノリの良い青年である。
中身はツンデレ少女に違いない。
「だが、真面目な話、この膨大な時間は我輩がコンバートを繰り返して積み立てられた努力の証であり、この45年という時間が存在するのは、我輩が不死の吸血鬼であるからにほかならない」
我輩の圧倒的な吸血鬼パワーを持ってすれば、一月や二月このゲームに連続ログインし続けることなど実に容易いことだ。一夕食パン生活も不要である。
「全く真面目な話ではなかったわけですが……」
少しの事では動じないまじかる・プリッツ殿も我輩がこれを言うたびに呆れる。
「それはあなたのアバターの設定の話でしょうが!」
アマリリス殿は私のアバターを指差す。
ちなみに我輩のアバターはゴスロリ可憐少女だ。やはり吸血鬼ならばこれしかない。
とまぁ、悲しいことに我輩は仲間達からあまり信用されてはいない。
だが、我輩はこのギルドの設立者であり、リーダーだ。
皆からは中二病末期状態……いや、それすら乗り越えた伝説の厨二爺と呼ばれている。
——誠に遺憾である。
「それよりも、今日はどこで何をしようか、我がギルド幹部アマリリスよ」
「あなたの下についた覚えは一度たりともないですよ。なら、今日も僕にボコボコにされるために闘技場にでも行きますか?」
アマリリス殿は肉食獣の如き犬歯を見せながら笑う。
我輩は懐かしい血が滾る感覚を思い出して同じように嗤う。
「……面白い、今日も貴殿のアルバイトを増やす手伝いでもしてやるとするか」
「……今日はなんとしても僕の5万円もした課金アイテムを破壊された恨み、晴らしてやりますからね!」
我輩はいつも敗北してしまう腹いせに、アマリリス殿の宝である課金アイテムの破壊だけを狙って挑んだ決闘を思い出す。
結果的に勝負には負けたが、当初の狙い通り目的は達せられた。
アマリリス殿の高額レア課金アイテムは我が手によって木っ端微塵に砕け散ったのだ。
そのときのアマリリス殿の顔ときたら……実に我輩好みだったといっておこう。
日頃の鬱憤を晴らせた非常に素晴らしい顔だった。
「……はいはい、ストップ! ストップ! 今日はちゃんと用事があるんですよ、忘れたのですか?」
まじかる・プリッツ殿は好戦的に睨み合う我輩達を呆れるように見て言った。
「あ!……今日はアコちゃんがくる日でしたっけ!」
アマリリス殿が思い出したように言う。
「アコちゃん……? 何者だ、そやつは?」
「あなた、それでもギルドマスターですか! それとも伝説の厨二爺ともあろう御方が、とうとうボケてしまったのですか? 前に言ったではないですか、このギルドに新しく加入したいという方がいらっしゃると」
我輩は爺ではない。なにせ元の肉体は若々しいままなのだから。
「その名で呼ぶでない。……にしても確かに言っていたな、今日のことだったのか」
それで、確かアコちゃんとかいうまじかる殿の友人が我がギルドに加入したいというプレーヤーを連れてくる手筈になっていた……はず。
「……もうそこまで、いらっしゃっていますよ。しっかりしてくださいね、一応私達のギルドマスターなんですから」
苦笑しながら言うまじかる・プリッツ殿にアマリリス殿もくすくすと笑っている。
我輩はあまり頼りにされていない事に愕然としたが、確かに気を引き締める必要があると考えた。
第一印象はとても大事であるからな。
「だが、我輩が気に入らなければ加入はさせないぞ?」
「大丈夫だと思いますよ。とても可愛らしくて強い方だと聞いていますから。」
アマリリス殿がそれを聞いてむっとした表情を見せたが気にしない。
「おっじゃまっしまーす!」
いきなり子供の声がして飛び込んできたのは、獣人の元気な少女だ。
見たことがあったのでこの子がアコちゃんなのだろう。
だが、我輩はこの子供に違和感を感じた。それに新規加入する予定のプレーヤーもいない。
ーー何かがおかしい。
すると、その少女は一転して能面のような無表情になり、少女に似つかわしくない驚く程低い声で我輩に呟いた。
「……やっと見つけたよ、吸血鬼。 随分とまぁるくなったみたいじゃないか」
その瞬間、我輩は目にも止まらない本気のスピードで未知の敵に拳をぶつけた。
ーーこいつは危険だ。
本能が囁く。
まじかる・プリッツ殿とアマリリス殿が呆然としているのを視界の端で捉える。
だが、我輩が未知の敵に触れた瞬間、我輩の意識がプッツリと途切れた。
——次に目覚めるのは異界の地だとこの時はまだ知らなかった。
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