Empire

Peridot

第1話 移動遊園地「Empire」

 両手のフライ返しを器用に扱いながら、痩せた女は愛想のない顔でひたすらフライドヌードルをかき混ぜていた。時間は日没を迎え、夜の開店時間が始まったばかり。

 とはいえ、園の前に、開門を待つ行列ができることは少なかった。この町に到着してから、店や乗り物が賑わったためしがない。

(はあ…今日はお客さんくるのかしらね…。)

ぴゅん。 突然、彼女の姿がジャンプするように振動したかと思うと、中年の太ったおやじに変わった。するとまた、ぴゅん。元の姿にもどり、さらにまたシャッフルされて若者に変わった。とっさに、脇から触手を伸ばして横のキューブを突く。変身は止まった。

(だめね、変換器シャッフラーもう替えなきゃ。)

マーサはため息をつくと、再びフライ返しを扱いはじめた。


 ジューススタンドでは、せっせとバナナの皮をむき、パイナップルのヘタを取る…なんてことはしなかった。店主のジェイは、ダンボールからひょい、と適当にフルーツを取ると、足元のキューブに放り込む。これが彼の「ジューサー」だ。ぱっくりと2つに割れた立方体の内部は、ハエトリグサのような棘が伸びている。それがフルーツを捉えると、ばちんと閉まってフルーツをジュース化する。キューブに繋がったパイプから、果汁や果肉だけが流れ込んでサーバーに溜まるという優れものだ。ジェイはプラスチックカップを片端から満たしていくだけでいい。

 だが、狭いスタンドのスペースは宇宙ほど広くない。次第に、ジェイの右側へ、右側へとカップが並ぶにつれ、ジェイも右へ右へずれていく。

「おっと!」

足元の注意がお留守だったため、コードを踏んで激しく転倒したジェイの体を、

ばちん!

ジューサーは容赦無く挟んだ。

「ちくしょう!」

ジューサーから、黄色いジェルの小片がぶよぶよとはみだし、やがて集まってひとつになった。中心に、目玉がひとつだけ浮かんでいるその黄色いスライムは、悪態を吐きながらバックヤードへ向かう。ロッカーの中の、「ニンゲンスーツ」をもう一枚出すためだ。元のような「ジュースマン」スタイルに着替えると、ジェイはやれやれという顔でため息をきつつ、ジューサーのパイプを洗浄しはじめた。ニンゲンスーツ味のドリンクなんて、販売できるものではない。

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