第4話 中3・冬・男の子

寒い。

だけどこの空気の冷たさが気持ちいい。

中学に在学するのもあと2ヶ月を切った。

僕は同級生たちより一足先にK高に推薦合格が決まった。

あとは彼女がK高に受かるようにこっそり応援するだけ。

夕食後、散歩に出ると家族に言って、僕は彼女の家の裏の道に来た。

ベランダの左側の緑色のカーテンがかかっているのが彼女の部屋だ。

カーテンの向こうでは、部屋の電気が付いている。

今彼女は勉強中だろうか。

彼女の部屋と、僕が今立っている場所は、直線距離だと20メートル位しか離れていない。

今、世界で僕よりも彼女と距離が近い男子はだれもいない。

それだけで世界で1番幸せだ。

今日の放課後、彼女はいつもの通学路を通って、途中でドラックストアに寄ってチョコレートを数種類買って帰宅していた。

帰ってからずっと勉強しているのだろうか。

あまり根を詰めないでほしいと思う反面、僕達が同じ学校に通えるように受験勉強を頑張ってほしいとも思ってしまう。

幼稚園の年少クラス、つまり4才から傍にいたんだ。

今更離れ離れになるなんて耐えられない。

僕の1番古い記憶は、幼稚園のお遊戯の時間に歌っている4才の君の姿。

幼稚園の頃はお互いが1番の仲良しでいつも一緒にいたよね。

まあ、小学校に上がってからはクラスも違ったし、お互い同性の友達とつるむようになったけど。

でも、小学校4年生の秋。


「ちょっと、他の掃除当番はどうしたのよ?」

放課後の人が少ない廊下。

僕がホウキを握ったまま振り返ると、いぶかしげに眉をひそめた君がいた。

その頃の僕は、同じ班のやんちゃな男子生徒に何かと意地悪されている毎日だった。

同じ班の他の生徒達もその男子には逆らえず、その日は掃除当番を僕1人でやらされていた。

「えっと…その…」

何と言い訳したものかと、僕が口をモゴモゴさせていると

「もしかして、他の子達は帰っちゃったの?」

その通りだったので、コクリと小さくうなづく。

「それで、あんた1人でやらされてるの?」

「…」

僕がまた無言でうなづくと、君はパッと廊下を走ってどこかに行ってしまった。

そして数分後に戻ってきた。

僕のクラスの担任を連れて。

そして君は担任に僕の窮状を訴えてくれて、君に促されて僕も自分の状況を話すことができた。

次の日、やんちゃな男子生徒は担任からきつくお灸をすえられて、僕はみんなと仲良く―とまでは行かなかったけど、いじめられることは無くなった。

多分、幼稚園の頃から君に抱いていた小さな綿菓子のようにフワフワした気持ちがしっかりとした形を持ったのは、あの秋の放課後だ。

他にもある。

まだまだある。

ずっと一緒だったんだ。

君との思い出はいくらでもある。

例えば小学校6年生の卒業遠足の時は―

―ガラッ

「!」

思い出にさらに浸ろうとしていたら、ベランダの窓が開いた。

僕はサッと木の陰に隠れる。

枝の間から見ると、部屋着のトレーナー姿の君が出てきた。

モスグリーンの服も似合っている。

おそらく受験勉強をちょっと休憩して、外の空気でも吸って気分転換するためにベランダに出たようだ。

腕を大きく伸ばして、体の凝りをほぐしている。

でもすぐに寒くなったようで、すぐに部屋に戻ってしまった。

…僕も体が冷えてきた。

そろそろ帰ろう。

「勉強、頑張ってね…」

小さく声に出し、僕は君の家の裏から立ち去った。

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