第4話 魔王、現る
ちょっと羽目を外しすぎた。
海水浴で疲れ切った私たちは、休憩のため『浜に木が生えた島』に向かう。
名前の通りなその島は、絵に描いたような無人島。
島に上陸する頃には日も暮れ、いつものお母さんな格好に着替えたスミカさんは、さっそく夕ご飯の準備だ。
「北の地方だけど、南国みたいな雰囲気に合ったご飯は――決めたわ!」
献立を決めたスミカさんは、しばらくキッチンから出てこない。
一方のミィアは、まだ遊び足りないらしい。
彼女は着替え終えた途端、ミードンを頭に乗せ、まだ着替え終わってない下着姿のルフナを連れて島の探検に出かけていった。
残された私とシェフィーは、着替えを終え、テラスで夕焼けを眺める。
「すごいです! 海の向こうに沈む太陽、大きいです!」
「うん、あんなに大きな太陽、実際に見たのははじめてだよ」
「そういえば、ユラさんが元いた世界の太陽も、あんな感じなんですか?」
「あのままだね。東から昇って、昼間に頂点まで来て、西に沈んでいく。夕焼け空も同じ」
「違う世界でも、共通点はあるんですね」
「なんか不思議だよね」
当たり前のことが不思議に思えるなんて、それこそ不思議なこと。
ついでに自宅から毎日違う景色が見られるのも、不思議なこと。
この世は不思議でいっぱいだよ。
太陽が見えなくなると、シェフィーは真面目な顔をしてつぶやいた。
「今日は何事もありませんでしたが、明日はどうなんでしょう……」
「明日?」
「アイリス陛下は、忙しそうなイの勇者を手伝ってほしいとの想いから、わたしたちに『いろんな島がある国』に向かうようお願いされました。また、騎士団長さんはこの近辺に魔王が現れたというウワサがあると仰っていました」
「え? そうなの?」
「あれ!? どうしてはじめて聞いたかのような反応なんですか!?」
「待って、今から記憶を探るから」
昔のことを思い出そう。
アイリスにお願いされた日、つまりテイトを出発する日のこと。
たしかあの日の会話で――そうだ!
「思い出した! 魔王との戦闘BGMで神曲が流れるかどうか気になってたんだ!」
「もっと重要なところを思い出してください!」
ツッコミを入れられちゃったので、もう少しだけ記憶を探る。
そうすれば、イの勇者の件や魔王のウワサの件についての記憶が蘇ってきた。
「完全に忘れてたよ。そうだそうだ、もしかしたら北の地方、かなり危なっかしい場所の可能性があったんだ」
「ようやく思い出してくれたんですね。そうです、北の地方には危険がいっぱいあるかもしれないんです」
「でも、今のところ危険はないけど」
「今のところは、です」
「あ、だからシェフィーは明日のことを心配してたんだ。今日は大丈夫でも、明日が大丈夫な確証はないから。もしかしたら、明日が魔王との戦いの日になる可能性だってあるから」
「ユラさんは一度話を理解すると、そこからが早いですね。まったくその通りです。あまり油断はしない方がいいかも、と思うんです」
「さすがシェフィー、危機管理能力が抜群だよ」
ここ『いろんな島がある国』は、イの勇者が忙しくなるような場所なんだ。
明日には魔王が現れる可能性も否定できない。
なら、私たちには今までにないくらい慎重な行動が求められる。
警戒心は研ぎ澄ませておかないと。
シェフィーのおかげで、私は緊張感を持つことができた。
そして幸か不幸か、さっそく緊張が走る。
暗い空のもと、自宅の外からミィアとルフナの叫び声が聞こえてきた。
「おお~! 大きなマモノだ~!」
「ふ~ん、ふ~ん!」
「走れミィア! 自宅に逃げ込むんだ!」
「分かってる~!」
大変なことが起きたらしい。
ミィアはミードンを抱えたまま全速力でテラスに飛び込み、外を指さしながら私たちに伝えた。
「あっち~! あっちに大きなマモノが出た~!」
「ふ~ん!」
言われた方向に視線を向け、私とシェフィーは顔を青くした。
島の中央には、見上げるだけでも首が痛くなるような、背の高い黒い影が。
星空を背景にゆらりと佇むそれは、不気味なまでに細長い手足をぶら下げ、私たちを見下ろしている。
はるか頭上にある不明瞭な顔らしき場所には、ふたつの赤い点と、2本の鋭いツノ。
「な、なな、何あれ……マモノ、なの……?」
「どうしようもなく禍々しい魔力を感じます……」
恐怖で固まった私とシェフィーは、夜空よりも暗い影を呆然と見上げることしかできない。
ミィアに続いてテラスに飛び込んできたルフナは、すぐさま不死鳥の剣を構えた。
「不死鳥の剣が緊張するほどの相手か……これは強敵だぞ……」
「まさか……魔王……!?」
思わず口走った最悪の言葉。
これには珍しく、みんなも顔を強張らせる。
そんな中で、ただ1人だけ、のんきな人がいた。
厳密に言えば、のんきな家だ。
「あら? 変だわ。レーダー、故障しちゃったのかしら」
料理を中断させたスミカさんは首をかしげている。
私はすぐさま質問した。
「どうかしたの!?」
「あのね、そこにいる大きなマモノさん、レーダーに映ってないのよ」
「ええ!? だって、あんなに巨大なマモノだよ!? レーダーに映らないはずないよ!」
「なら、やっぱり故障かしら」
スキルが故障するなんておかしな話だ。
もしかしたら、あの巨大なマモノはレーダーに映らないスキル持ちなのかも。
魔王ならそのくらいのスキルを持っててもおかしくはない。
そんな私とは違う考えを口にしたのは、黒い影の足元をじっと見つめたシェフィーだった。
「レーダーに映らないということは、実際には存在していないマモノ……それを可能にする魔法……幻影の魔法……幻影の魔法かもしれません!」
ひとつの答えにたどり着いたシェフィーは、スミカさんに尋ねた。
「スミカさん! 黒い影の足元に、わたしたち以外の人はいませんか!?」
「ちょっと待ってちょうだい。みんな、目を瞑って!」
言われた通りに目を瞑った直後、強い光がまぶたの向こうで輝いた。
きっとスキル『痛いくらいまぶしい』を使ったんだろう。
数秒ほどして、スミカさんが叫ぶ。
「いたわ! 影の足元に2人、誰かいる!」
「よし! 私が捕まえる!」
報告が終わると同時、何かが風を切った。
うっすらと目を開ければ、強烈な光の中を突っ切るルフナの後ろ姿が見える。
彼女が向かうのは、光に照らされた大小ふたつの人影。
ふたつの人影の前に飛び込んだルフナは、不死鳥の剣を人影に向け、言い放った。
「動くな! 何者か知らんが、ミィアに手出しすれば容赦しないぞ!」
ルフナの素早い動き、物怖じしない強い心、騎士らしい言葉、すごくかっこいい。下着姿だけど。
世界で2番目に強いナイトさんに剣を向けられ、ふたつの人影は動きを止めた。
スミカさんが光を弱めると、ようやくふたつの人影の正体が分かる。
巨大な影の足元に立っていたのは、1人の少女と、小さな女の子だった。
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