第2話 試練どころじゃないかもしれない

 アイリスが教えてくれた場所は、この野原で間違いない。

 地図を何度見返しても、それだけは間違っていない。


 それなのに、スミカさんは国宝がどこにも見当たらないと言う。

 混乱した私は率直な疑問を口にしてしまった。


「国宝がないってどういうこと?」


「ふ~ん?」


「地面に何か落ちていたりしませんか? あるいは、何かが入っている箱があったり」


「ないわ。何もないのよ。どういうことかしら……」


 困惑するのはスミカさんも同じ。


 大きな岩を超えた自宅から野原を見渡せば、スミカさんの言葉が正しかった。

 岩に囲まれた広い野原には、芝生みたいな草が生えているだけだ。

 国宝なんて見つかりそうにない。


 代わりに私は別のものを見つけた。


「待って、足跡がある。しかもたくさん」


 草は踏まれ、土がむき出しになるぐらいの足跡。

 それがびっしりと地面に刻まれている。


 スミカさんとシェフィーは足跡を眺め、顎に手を当てた。


「マモノの足跡かしらね」


「重なっていてよく分からないですけど、足跡を見る限り数百のマモノがいてもおかしくはなさそうです」


 きっとシェフィーの推測は正しい。

 私たちの推測が正しければ、この野原には数百のマモノがいたことになる。


 でも今の野原は空っぽ。

 じゃあ数百のマモノたちはどこへ?


「足跡が向かってるのは……あっちだね」


 目で足跡を追えば、その先には富士山のような山がそびえていた。

 山の裾野には、カラフルなテントが並んでいる。


 ミードンを肩に乗せたシェフィーは叫んだ。


「あっちって、『テントだらけの国』の方向ですよ!」


「ふーん! ふーん!」


「まさか、数百のマモノが『テントだらけの国』に向かったってことかしら!?」


 どんどんと嫌な推測が私たちの頭を駆け巡る。

 それと同時、山の裾野に赤い光が放物線を描くのが見えた。


「今の光は?」


「騎士団が使う攻撃魔法です!」


「そういえば『テントだらけの国』には騎士団の駐屯地があるって、ルフナちゃんが言ってたわね」


「じゃあ、マモノが『テントだらけの国』を襲ってるってこと!?」


「きっとそうです!」


 推測は確信へ。

 スミカさんとミードンは立ち上がる。


「大変よ! すぐに助けに行きましょ!」


「ふーん!」


 自宅は野原を離れ、『テントだらけの国』へと走り出した。


 5キロの距離を全速力で走る自宅から、私は双眼鏡を使って『テントだらけの国』を眺める。

 双眼鏡越しに見えたのは、お祭り会場みたいにテントが並ぶ町。

 そして町の手前で、騎士団からの魔法攻撃にも怯まず突撃するマモノの軍勢。


「やっぱり戦いがはじまってるみたいだね」


「戦況はどんな感じですか?」


「騎士団のおかげで『テントだらけの国』は大丈夫そう。でも、マモノの数が多いよ。それに、大鎌を持った死神みたいなマモノの集団がいる」


「それ、リーパーズです! マモノの中でも知能が高く、少数精鋭で襲いかかってくる手強いマモノです!」


 いかにもヤバそうなマモノたちだ。


 ただ、そういうマモノはゲームとかなら必ず弱点がある。

 ちょっと聞いてみよう。


「そのリーパーズとかいうの、弱点とかないの?」


「ええと……たしか……光です! それと音! 特に低い音!」


 光に弱い死神だなんて、いい感じにファンタジー。

 でも低い音に弱いって何?

 重低音が骨伝導で骸骨に響いてツライのかな?


 ともかく、手強い相手の弱点は分かった。

 こうなると戦いの準備が必要だ。


「スミカさん、ちょっと止まって! 戦いの準備がしたい!」


「分かったわ。でも、できるだけ急いでね。騎士団のみんなが心配だもの」


「大丈夫、時間はかけない」


 なんとなくだけど、作戦は頭の中で組み上がっている。

 いつかのストラテジーゲームで似たような状況を切り抜けたことがあるから、それを参考にすればなんとかなるはずだ。

 ゲームは優れた参考書。異論は認める。


 作戦を実行に移すため、私はシェフィーにお願いした。


「シェフィー、光魔法陣をテラスに仕掛けておいて。できればミィアが文様を描いたやつ」


「は、はい!」


「ふーん!」 


 背筋を伸ばしたシェフィーは、ミードンと一緒に書斎へ走った。


 私はゲームを起動し、コントローラーを握り、『おウチスキル』を確認する。

 隣に座ったスミカさんは首をかしげた。


「なんのスキルを解放するのかしら?」


「リーパーズが音に弱いなら、大音量が出せるスキルを解放しようと思って」


 今のこの状況にちょうどいいスキルがあったはず。

 シェフィーとミードンが書斎から戻りテラスに出たのを横目に、私はスキルを探し続けた。


「音響関係は『のんびりツリー』だったよね。ええと……」


 そうして見つけた音響関係のスキル。


 まずは『スピーカー強化レベル』を『スピーカー強化レベル4』まで解放だ。

 さらには『5・1chサラウンド化』も解放。


 まだポイントは余ってるし、調子に乗って『7・1chサラウンド化』も解放しよう。

 これで今後のテレビゲームも映画も迫力が増すから、一石二鳥だ。


 スキル解放を終えれば、今度は動画サイトを開く。


「重低音を響かせた音楽は――よし、これがいい感じかな」


 キレキレの重低音ダブステップを発見した。

 この曲を夜に大音量で流せば、近所迷惑確定。

 たぶんリーパーズたちにも死神が寄ってくるはずだろう。


 音響設定が終わる頃には、テラスからシェフィーとミードンの声が聞こえてきた。


「光魔法陣、仕掛け終わりました!」


「ふ~ん!」


 完璧なリーパーズ対策が完成した。

 頭の中では作戦も組み上がったし、そろそろ2人に伝えよう。


「オッケー。じゃあ作戦を伝えるから、よく聞いて。今回の作戦は――」

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