第4話 いろんなマスがあるらしい

 ルフナが振ったサイコロの目は4だった。

 4マス分だけ町を進めば、自宅が止まったのは民家の前。


「こんにちは! このマスでは、ボクたちがダンスをするよ!」


 兄弟っぽい子供たちがダンスを披露するマスなんて、とても平和なマスだ。


 子供たちのダンスに癒されれば、今度はスミカさんがサイコロを振る。

 出た目はルフナと同じ4だった。


 4マス進めば、自宅は八百屋の前へ。


「いらっしゃい! 今日のオススメはすごろく玉ねぎだよ!」


「すごろく玉ねぎ? なんだか気になるわ」


 好奇心に負けたスミカさんは、シェフィーに頼んですごろく玉ねぎを購入する。

 なんてことはない。すごろく玉ねぎは『すごろくな国』の玉ねぎであって、普通の玉ねぎだった。

 まあ、美味しそうな食材が手に入ったので、このマスも幸運マスかな。


 次にサイコロを振るのはシェフィー。


「行きます!」


 威勢のいい掛け声に対して、出た目は2。

 自宅が2マス分進むと、私たちは小さな一軒家の前に到着した。

 殺風景な一軒家にシェフィーは首をかしげる。


「誰もいませんね」


「建物に張り紙があるよ~!」


「どれどれ、『ここの住人は今日の朝に引っ越しました』か」


「何もなしってことですか!?」


 ここは幸運でも不幸でもない、ただのマスだったようだ。

 私は床に転がるサイコロを手に取る。


「いよいよ私の番だね」


 魔法の結界なんか使っているけど、どうせ町内会レベルのすごろく大会だ。

 どうせ次のマスも微笑ましいマスなんだろう。


 とても軽い気持ちで、私はサイコロを放り投げる。

 出た目は5。当然、自宅が進むのも5マス分。


 何もないマスから5マス先にあったのは、雨だれに汚れた、蔦が這う石造りの民家だった。


「また誰もいない建物です」


「さっきよりもボロボロだから、引っ越したとしたらだいぶ前だね」


 何もないマス。でも、不幸なマスよりはマシ。

 そう思った直後のことだ。ルフナが何かに気づいた。


「おい見ろ。建物内で何か動いたぞ」


「女の人、ですかね?」


 みんながリビングの窓に集まりはじめる。


 ボロボロの家に女の人なんて、ちょっと不気味だ。

 不気味な雰囲気は、私のシャツを引っ張ったミィアによってさらに増していく。


「ねえユラユラ~、何か言った~?」


「え? 何も言ってないけど」


「私も何か聞こえたわよ。なんだか寂しそうな声だったけど」


「ええ!?」


 スミカさんまで何を言い出すんだろう。

 今の所は誰も喋っていない――


「……いるよ……」


 困ったことになった。知らない人の声が聞こえた。


「私は……ずっと……ここにいるよ……」


 いやいや、誰もいない。私たち5人以外、誰もいないでほしい。


 そんな私の願いは届かない。


 謎の声が聞こえたと同時、ボロボロの民家の窓から大量の手が飛び出してきた。

 まるであの世に誘い込もうとしているかのような大量の手に、私とシェフィーは叫ぶ。


「はわわわわ! 手が! 手がいっぱいです!」


「何あれ何あれ!? 絶対ヤバい!」


 抱き合ってその場に崩れ落ちる私たち。


 大量の手が手招きする民家からは、1人の人影が。

 真っ白な服、長い髪に覆われたその人影は、地面を這いながら私たちを睨みつけた。


「……あなたも……ずっと私と……一緒にいて!」


「あああああ!」

「きゃああああ!」


 もうダメだ。

 ここで私たちは呪われて死ぬんだ。


「「あわわわわ」」


「2人とも大丈夫よ。民家を見てちょうだい」

 

 ふと聞こえてきたのはスミカさんの優しい声だった。


 スミカさんを信じておそるおそる民家を見れば、そこには笑顔の女の人がいる。

 窓から飛び出ていた大量の手は、ふわっとその場から消えていた。

 笑顔の女の人はポップな看板を掲げて嬉しそうに言う。


「お化けドッキリ、楽しんでくれましたか?」


「楽しかった~!」


「こういうスリルも悪くないなぁ。なんだかクセになりそうだ」


 なぜかミィアとルフナは喜んでいるが、私とシェフィーは頬を膨らませた。

 こんな怖いマス、さっさと出て行ってやる。


「次! ミィア!」


 私はミィアにサイコロを押し付けた。

 ミィアは特に何を気にするでもなくサイコロを投げ、3を出す。


 3マス進むと、私たちを待っていたのは優しそうなおじいさんだった。

 おじいさんは手にフワフワの何かを持っているが、あれはまさか。


「よく来たね。ここはモッチュをプレゼントするマスだ」


 やっぱり。

 こうしてミィアが抱えるモッチュは2匹になった。


――かわいいモッチュはホラーの後の癒しだよ。


 モッチュのおかげで落ち着いた私たちは、その後もサイコロを投げ続けた。

 ギター演奏を聴かせてくれるマス、とりあえず褒めてくれるマス、おもしろ大根が落ちているマスを超え、サイコロは再び私のもとに。


「今度はまともなマスに止まってほしい……!」


 念を込めて投げたサイコロに導かれ到着したのは、なんとも賑やかなマスだった。


「うえ~い! 酒に肉! サイコー!」


「楽しすぎて体が勝手に踊っちゃうわ!」


「ららら~♪ 君の瞳が~♪ ボクを見つめるのなら~♪」


 焚き火で焼かれる肉、騒ぐ酔っ払い、陽気な音楽、カッコつけた歌い声。

 その賑やかさにスミカさんは微笑み、ミィアは楽しそうに笑った。


「とても楽しそうな人たちね」


「パーティーだ~! お肉パーティーだよ~!」


 優しく無邪気な2人だ。


 2人とは対照的に、私は本能的にリビングの隅で丸くなった。

 今の私は、さっきのホラードッキリ並みの恐怖心に支配されている。


「アレ、ワタシ、ムリ」


「おいユラ、顔色が悪いぞ」


「パーティー、サワグ、ヒト、コワイ」


「人見知り発動というよりも、拒絶反応を示してます!」


 昔からあの手のパリピ集団は苦手、というよりも恐怖の対象だ。

 パリピ集団に出会うのは、森でヒグマの群れに遭遇したのと同じようなもの。

 あまりの恐怖に私の体は動かない。


「ココ、コワイ」


「このマスはユラちゃんにとっては不幸なマスだったみたいね」


「ウウ……」


「よしよし、怖くない怖くない」


 スミカさんに撫でられ、ようやく私の恐怖は和らいでいく。

 事情を察したシェフィーは急いでミィアにサイコロを渡し、ミィアはサイコロを振った。


「目の数は……5!」


「それじゃあ、5マス先に出発よ」


 自宅はパーティーマスをそそくさと離れ、小さな民家の前へ。

 民家からはフワフワの何かを持った優しそうなお姉さんが出てくる。

 このマス、確実にあれだ。


「ここはモッチュを――」


 ですよね。

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