第8話 生徒会総選挙
生徒会総選挙告示を受け総選挙が始まる。
候補者は前生徒会長の天野、そして挑戦者の真緒の2名。
希望者がないということは「無関心」もしくは「前生徒会で満足」とも考えられる。いずれにしても挑戦者の真緒としてはかなりキツイ戦いが予想される。
明日の全体朝会の時に選挙の説明と立候補者の演説がある。
そこでいかに同意を得られるががキーポイントになるだろう。
天野は片付け終わった生徒会部室の鍵を掛けると、生徒会顧問である
東雲有希は理科の独身の女性教師で現在26歳になる。
青いショートボブで全体的にこぢんまりとした体型で、『座敷童子先生』とか『雪ん子先生』と言われ人気がある先生だ。ただし『合法ロリ』と『つるぺた』と言うのはNGである。
その彼女は職員室で目を細めながら本を読んでいる。
本は茶色のブックカバーを被せており、一見すると何の本なのかわからない。
少なくとも実用本や教科書の類といったものではない。
「東雲先生お待たせしました」
「おう、天野。今回、勝てそう?」
「楽勝です」
「あっ、そう。でも油断しているとすぐひっくり返されちゃうわよ。候補者の推薦人の子、普通の子とはちょっと違うから」
「そりゃ、以前私が面倒見ていた子ですもの…なんであんな腐れと一緒に動いているのか納得出来ませんが――」
「そういえば、日比谷君だっけ? 前生徒会の活動記録報告書入手したの…知っている?」
「それは光栄ですわ。私の輝かしい活動記録ですから」
天野はエッヘンとばかりに腕組みをして勝ち誇っている。当然それは、脳内の歩が『先輩凄いや! あんなちんちくりん(真緒)を負かしてください』と言ってたからであり、別に東雲に対して勝ち誇っていた訳ではない。
だが、考えは見えるわけではない。その外見・態度は東雲を不快にさせた。
「――ほぉ、それは私が幼女体型だから、胸を突き上げて挑発している訳だな?」
「何のことですか?」
天野は天野で全然悪意がない天然キャラなので、彼女の場合威嚇しても伝わらないだろう。
「――はいはい、もういいです。あんたはお馬鹿さんだから日比谷君が活動記録を入手した意味わからないでしょうね。もういいわ。あんたらの戦い楽しみにしているから」
東雲はそういうと彼女から生徒会の鍵を預かった。
「恥じることはしていませんから。これからもそうしますけど」
「そりゃ、そうでしょう…そうだ、天野。これをあなたにあげましょう」
そう言うと東雲は先ほどまで読みふけっていた本を彼女に差し出す。
「なんですか、これ」
「官能小説…エロ小説って奴よ」
「――は?」
「朝、女生徒から押収した本なんだけど、さっき持ち主に返すって言っても『それは私のではありません!』と頑なに拒んでて…」
「そりゃ、そんな恥ずかしい本、返すと言っても嫌がりますわ」
「いる?」
「――いりません」
天野は軽くお辞儀をすると、彼女はそのまま退室した。
「まぁ、彼女が有利なのには変わりませんが…どう立ち振る舞うのでしょうね、彼は」
東雲は再び官能小説を手に取り頭を抱えた。
「――さてこの本、どうしましょうか…」
一方、真緒陣営は他の空き教室を借りて選挙事務所を設営していた。
「美化委員の部屋でいいじゃん」
真緒は面倒くさそうに机と椅子を並べている。
「一応、美化委員会は公的な委員会だから、選挙事務所としては使えないそうだ」
歩は小ぶりなダルマを抱えて机に置きながら答える。
「誰がそんなこと言っているの? あの腐れなんとか?」
「天野さんじゃなくて、風紀委員の
輝先輩とは2年の
「あぁ、去年サッカー部で今年から風紀委員に移った人ね。あの人って青春馬鹿って感じするよね」
――酷い言われようである。
「まぁ、真面目って感じは間違いないけど…お馬鹿な感じはしないけどなぁ」
「誰が青春馬鹿ですか?」
ガラッと扉をあけて、酷い言われようの人が入ってきた。
「げっ、輝先輩」
たじろぐ真緒。
「げっ…とは失礼な。ところで君はこの失礼な女の子の推薦人ということだけど、間違えないかい?」
「はい、日比谷――」
「日比谷歩君か…天野さんから聞いているよ」
「あ~ぁ、天野のお友達かぁ、じゃあ敵よ」
真緒は歩の手をしがみつき怪訝そうに輝を睨んでいる。
「ちょっと、酷い言われようだなぁ…確かに天野さんは同級生だけど、そこまで親しくはないよ」
輝は苦笑いしながら彼らの前に歩み寄る。
「真緒さん、選挙前日だからピリピリしているのは分かるけど、人を見るなり敵を作るのはやめなさい」
「――はぁい」
「おや、推薦人はうまく候補者を抑えるのがうまいようだ…その辺は天野さん陣営とは違うかな」
輝は視線を彼に移す。
「ところで先輩、何か用ですか?」
「当然、明日からの選挙の話だよ」
選挙に関することで何かを伝えに来たようだ。
ただ、真緒は余計な一言をボソリと呟く。
「『何か用か』と言われたら『9日、10日』って答えるのがお約束じゃなくて」
「それって昔の漫画でありましたよね? その後『アホは帰れ』って台詞でしたよね。でも私は要件があるのでそれが終わったら帰りますが」
輝は大人の対応で軽く流す。
「真緒さんより、面白いこというじゃないですか…」
歩は白い目で真緒を見る。
「あぁ、そうそう。僕の名字変わっていて読みにくいでしょうから、
「そうですか、では晴人先輩と呼ばせて頂きます…あ、真緒さんそういうことだから呼びつけ禁止ね」
「失礼ね、私が呼びつけするのは腐れなんとかの天野だけだから」
「うあ、もう選挙モード突入だね、バチバチしてるね。それでは僕からのお願いを…」
晴人はそう言うと選挙戦についてこう説明した。
1『公平でクリーンな選挙で行うこと』
2『美化委員は美化委員であり選挙は持ち込まない』
3『討論会は設けるがそれ以上の接触はしないこと』
4『暴力を用いてはならない』
5『選挙は平日の学校内のみで行い、それ以外は活動してはならない』
6『分からないことがあれば、風紀委員会に質疑を申し立てること』
「…以上が僕の要件だ? 質疑はあるかな。僕が答えられるものだけ答えるが」
歩は討論会の形式、選挙予算関係について、各部や委員会との話し合いについて晴人から確認をとる。
ポンポンと晴人と歩の会話が進んでいく。
一方で、真緒はさっきから全然質問はしてこない。
「君は質問しないのか?」
「私は何も――」
「君は候補者なんだからもっと質問した方がいいよ」
「大丈夫です。うちには有能なブレーンがいますから。私は決断するだけです」
この一言で晴人はピクンと眉毛を動かし、うんうんとうなずいた。
「なるほどな。そういうスタイルもありますよね」
そういう話をしていると、廊下で何か女子生徒が騒いでいるのが聞こえてきた。
あんまり騒がしいので晴人は話をやめ、廊下に向かう。
興味本位で歩と真緒がドアから廊下をのぞき込む。
「行かないでよぉ!」
「嫌です。放して下さい!」
天野と財前である。財前の腰に天野がしがみついて喚いている。
「なにやってるの君たちは…」
晴人が彼女らに駆け寄る。
「いや、私は蛭谷陣営ですから――」
「あなたに行かれてしまうと政策ブレーンがいなくなるのよぉ…」
「あの4人頼まれては如何ですか!」
「あの4人、馬鹿だもん!」
「お馬鹿はあなたでしょ? 私はこうなる前に言ったでしょ?」
「いま、あなたに行かれちゃうと私、何言って良いかわかんないだけど――」
天野が今頃になって泣きついてきた。
晴人、歩、真緒は大きなため息をつくと、天野は彼らに気が付き財前から離れコホンと咳払いをした。
「――天野さん。選挙前に何している?」
晴人が額に手を当てどっと疲れた表情で彼女を見る。
「引き留めです」
「なんであなたって人は、いつもいつも!」
晴人が感情的に怒っている。
真緒がプププッと笑いながら歩に話しかける。
「あの二人、気が合うのかしら?」
「さあ…」
二人の野次馬を余所に晴人の話は続けられている。
「何にも考えないで、周りばっかりあてにして!仕舞にはこうですか?」
「いえ、私はスタッフを信じていますから」
天野はここぞとばかりに格好をつけて晴人に反論する。
「――いないから財前さんに泣きついているんでしょ?」
どこかで聞いたような台詞である。
歩が真緒に対してツッコミを入れる。
「――あれぇ真緒さん、さっき天野さんと同じこと言っていなかった?」
「私は君を信じてるって言っただけ! あの馬鹿と一緒にしないで!」
真緒は必死に言い訳するが、それは説得力がない。
「どうしますか? リタイアしますか?」
遂には晴人からギブアップするよう提案された。
ここで天野が受け入れてしまうと、この選挙は終了し真緒の信任投票か新たな擁立候補の擁立期間を設けて再選挙という流れになるだろう。
それは歩の想定になかった展開である。
「まずいな…このまま天野さんが降りてしまうと大義名分がなくなってしまう」
「歩君どういうこと?」
「生徒会会長の首を挿げ替えただけで、問題点が公表するのが難しくなる。つまり真緒さんが生徒会長になっても問題点は解決されるどころか困難になってしまう」
「それって――」
「あぁ、俺らの目的の一つとして、その問題点を明らかにして選挙で追及することで、生徒に周知させ問題を取り除かせる機運を作り出すのも狙いの一つだ」
「――ならばここはあえて『敵に塩を送る』必要がある」
「…面倒くさい女ねえ…わかったわ」
その天野は晴人に選挙戦リタイアするのかと問われ動揺している。
(リタイアした方が楽になるのかもしれない…)
実際、彼女はそう思っていた。
「ちょっといいですか?」
歩が晴人に声を掛ける。
「――どうしたんだい?」
「このまま選挙取りやめになったら晴人先輩も困りません?」
「確かに、日を改めてやり直しするか、信任投票って形になってしまうけど…」
「彼女に助言を与えていいですか?」
「それは僕として風紀委員としても構わないけど――」
「天野さん、風紀委員から確認は取れたので、あなたに助言するね」
「あっ、ハイ。告白でもなんでも結構です」
しれっと天野は答える。
選挙事務所のドアからすさまじい魔闘気が漂ってくる。
「今から、財前さんの助言をもらってあの4馬鹿にノウハウを叩き込むのはどうですか? もちろん財前先輩はうちのスタッフなので施策などはそちらで考えてもらいますけど」
財前が首を傾げている。話を財前に切り替える。
「もちろん財前先輩がよければの話です。でも、このままだとずっと取り憑かれてしまいますよ?」
「それも困るわ…でもあの4人では戦力不足よ」
「そうかな。アイツらも考え方によっては使えるよ。黒白の場合は『無責任』だから、逆に色々言いたいことを提案することは出来るでしょう。力石は…まぁ、俺の所為でビビりになっているだろうから、白黒の提案を無難な形に仕上げてくれると思う。剣持はイケメンだしアイツらのリーダーだ。演説なんてさせても良いと思う。これでなんとかなるハズ」
この案に真緒や晴人は「ほぉ――」と感嘆の声をあげた。
「確かにそれなら行けるかも…私は問題ないわ」
これで財前の了承は取れた。
後の4人は歩が一言『やれ』と言えばすぐやるだろう
(問題はこの人なんだよぁ)
「歩さんがきてくれれば解決なんだおけど――」
また天野が頭のネジが緩んだようなこと言って現場を混乱させる。
その場では晴人が大きなため息をつくと頭を抱え、ちょっと先では選挙事務所のドアが魔闘気を帯びた魔王の握力でギギギギギィと音を立てて曲がっていく。
「また、あなたはそうやって話をおかしくする。折角、日比谷君が話をまとめてくれたのにぃ」
晴人が大声で彼女を叱責する。
もちろん頭を抱えているのは晴人だけではない。
(何考えているのこの駄女神…)
歩が文句言ってやろうと思ったとき、彼女はコロリと意見を変えた。
「――冗談です。わかりました。歩さんのお気持ちありがたく頂戴します」
天野はそう言うとぺこりとお辞儀をして、元来た道を戻ろうとする。
これで話が終わったか…一同がホッと胸をなで下ろそう賭したときに、彼女は話をややこしくする事を言い出した。
「あっ…でも、私が選挙で当選したら、歩さん私に頂戴」
「はぁあああああああ?」
魔王様が素っ頓狂な声出し、肩を怒らせズンズンと天野に迫る。
遂に堪忍袋の緒が切れた。
「さっきから、黙って聞いてれば、何なの?」
「えっ、だって真緒が負ければ推薦人の役目終わるでしょ? うちのブレーンに引き抜いても問題ないでしょ?」
「あるの! うちの美化委員のブレーンです」
「兼任しても問題ないでしょ?」
ガルルルル…、2人は猛犬のようにお互いを威嚇する。
晴人が大きくパンパンと手を叩く。
「終わり、終わり。ここから両選挙陣営の接触は財前さんを除いて禁止。解散!」
天野は財前に押し出される様に現場から離されていく。
「歩さん、今のオファー忘れないでねぇ」
逆に真緒は歩に羽交い締めにされてそのまま選挙事務所に引き戻されていく。
「おらぁ! 天野テメエふざけんじゃえぞ!」
騒ぎの元を取り除かれ静まりかえる現場。
そこに1人残される晴人。
「――何なの、これ?」
果たして明日の立候補演説会が無事に滞りなく進行できるだろうか、不安を覚える晴人であった。
次の日、生徒会総選挙立候補者演説会当日――
この日は全体朝会を兼ねて行われた。
体育館で全体朝会終了後、いよいよ本番となる。
候補者は2名、前会長であり2年の天野乙女。もう一人は美化委員長であり1年の蛭谷真緒である。
初めに生徒会顧問の東雲有希から本選挙は、生徒会会則の事項が根拠であげられ行われる旨の説明を受け、補足として風紀委員の晴人から選挙の諸注意について告げられ、候補者が呼ばれる手続きとなっている。
会則に基づき前会長または生徒会経験者が初めに演説をする来ていになっていたので、天野が先行となる。
天野は剣持を推薦人として従え体育館舞台の右側、つまり観客からみて左側に設置された席につく。その後を真緒と歩が反対側の席に着座した。
晴人は舞台から降りるとマイクの前で候補者について軽く説明をする。そして、細かいことについては推薦人から説明するといい、あとは舞台上の選挙陣営に引き継いだ。
先行である天野の推薦人剣持が舞台中央の教卓前に立ち、彼女の人柄などについて説明をする。ガッチガチで緊張しながら剣持が天野の事をあることないことうまく持ち上げている。言葉もたどたどしい。
「うぁ…緊張するなぁ…」
真緒はちょっと不安げに歩に耳打ちをする。
「真緒さんはいいでしょ? それだけにまとめたんだから」
「――でも、本当にこれだけでいいの?」
真緒は歩から今朝受け取った原稿を手にしてちょっと動揺してる。
文字数が圧倒的に少ないからだ。
「ボロが出るから、それだけでいいよ」
「そんなにボロ出さないわよ…あっ、あの馬鹿の推薦が終わったわ。次は天野の番ね」
剣持が一礼後に席に戻り、入れ替わるように天野教卓前に立つと、天野が会長らしく胸を張って今までの生徒会の実績を軽く説明した後に、今後の生徒会に対する思いなどを延べ始めた。
「ほら、あの天野だってあんなに説明しているのよ! しかも流暢に話しやがって、さすがは生徒会長だけあるわね」
「真緒さん、そこ違う――『前』生徒会長ね」
「あの馬鹿は普通にしていればちゃんとできるのにね」
「真緒さんだってそうでしょ? それに大丈夫。天野さんもそんなに長く話さないよ…ほら終わった。次は俺の番か」
天野が一礼後、そのまま席に戻る。次は歩の番である。
「真緒さん、ちょっと演技するからあまり驚かないでね」
「わかった」
歩はジッと座ったまま動かない。
司会の晴人がしばらく様子を窺っていたが、全く動く気配がないので促す形で、
「蛭谷真緒候補者の推薦人日比谷歩さん前にどうぞ」
という声で、ようやく歩が腰を上げ、教卓前にゆっくり進む。
歩はマイクの様子を目で確認した後に、教卓前で一礼する。
そして再度マイクを手で触り確認するとマイクを手にして、話しかけた。
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