第3章 闇の瞑想

第26話 地に落ちた存在

一瞬で地上に転移してきた”闇のテネブリス”。


「クソッ、失敗したか。まぁいいや、龍国がダメなら地上を破壊して全部私の物にしてやるだけよ」



”闇のテネブリス”は自らの力を開放した。



今は地上に存在する人族と同等の大きさだが変身の魔法を解きはなち、力を開放すると本来の巨大な龍になる。


転移された場所は大陸の中ほどだ。

巨大な実験動物が我が物顔で闊歩している。

それは龍国で作られた実験体だ。

様々な生物に眷族たる僕の身体情報を取り入れ意図的に生み出された存在。

実験体同士の身体情報を組み込んだり交配させたりと様々な種類の実験で産まれた生物だ。

地上の者達は言葉の通じない理性に欠ける生物を”魔物”と呼んだ。

逆に種族を形成し意思の疎通が出来る存在を”獣人”や亜人と区別するようになっていた。


もっとも、人族も一部の僕達と交配する事で別の種族や、大量の魔素を内包する上位の人族として君臨するようになっていた。


そんな魔物の往来する大陸の中に1人の女性が現れると、濃密な魔素を感知したり、匂いを嗅ぎつけ集まってくる巨大な魔物たちだ。


女性の回りに集まって来た巨大で凶暴な魔物達。

その中心が、更に濃密な魔素を撒き散らしながら巨大化していった。


暗黒龍テネブリス・アダマスの全長はおよそ70km。

翼を広げると130kmにもなる巨大さだ。


先程まで見下ろしていた小さな存在が猛烈な勢いで巨大化し、恐ろしい魔素を発散している。

全ての魔物達はその魔素を感じ取った段階で、警戒し後ずさりしていたが、一斉に逃げ出したのだった。


それは後ろを振り返る事も無く脱兎の勢い以上の必死さだった。

小さな魔物は大きな魔物に踏みつぶされて行く。

山のように大きさを自負していた魔物も、本当に山の様な存在を目の当たりにして必死に逃げていた。


そんな魔物達に逃げる場所など無い。

ただただ遠くに逃げる事で精いっぱいなのだ。

思考は殺されないように、喰われない様に逃げるだけだ。


全く持って遺憾の意を表明したい巨大な存在。

((誰がお前達など喰うかっ・・・だけど目障りね))



咆哮。

それは天と地、大陸と世界に轟く神とまで呼ばれた龍の咆哮だった。



逃げていた魔物達は驚き転び、1000km先まで居た動く存在が一斉にその場を離れる様に逃げ出した。

翼の有る者は飛び立ち、地を這う者は振り返りもせず、野生の感で逃げて行った。



本来の姿となった”闇のテネブリス”は眼下に見える存在が気に入らなかった。

それは集落や小さな町と言える存在。


悠久の時を求めていたが発展する文化が著しく遅く、この大陸の文明が”闇のテネブリス”が望むまでには至らなかった。

それも苛立ちの原因だろう。


((消えてしまえば良いわ))


大昔、始祖龍と一緒に不良品を処分して以来のブレスだ。

テネブリスのブレスは全てを消滅させる凶悪な力だ。


龍国ではブレス攻撃の強化魔法陣や、範囲を指定する魔法陣も開発され、テネブリスのブレスも強力過ぎるので無に帰す威力を弱める魔法陣をアルブマに開発してもらった経緯が有り、常にその魔法陣は発動している。


これは、もしも間違って同族に向けた場合、同族の魔法防御で対処できる程度にした為だ。


40kmほどの上空から勢い良く放たれた”死のブレス”。

その黒い炎の様なブレスは全てを燃やし消していった。

そこに存在していた”生”は全て死に絶えていた。

生命の全て。

大地は全ての水分が消失し、サラサラと風に飛ばされて行く。

空は酸素が無くなるが風が掻き消して元に戻る。


大きな地響きを鳴らし大地を蹂躙する”闇のテネブリス”。




※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero




一方の龍国では

聖玉を大事そうに持ち、全員に説明するアルブマだった。


「みんな、驚かせちゃたわねぇ。でも、この事は私と大神であるお母様と出した結論なの。本当は逆だったけどね、土壇場でお姉様から真相を聞いてこうなったのよ」


近づいて来た同族と使徒達がアルブマの持つ聖玉を見ている。


(みんな、心配をかけたわ。ごめんなさいね)

「姉貴なのか!?」

「姉上の念話だ」

「姉ちゃん・・・良かったぁ」

「お母様・・・」


同族と使徒のベルムが声をかける。


(アルブマ、良く聞こえないから念話するように言ってちょうだい)

「みなさん、言葉よりも念話の方がお姉様に良く聞こえると思うわ」


全員が初めての経験に驚愕するが、テネブリスが無事に本体に戻る事を研究する事で落ち着いたのだが、中央管理室で世界の状況を観察していた者が慌てふためき地上に向かう為、転移魔法を発動する所だった。




※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero




龍国内にある下界を監視する場所には大勢の僕達が働いていて、360度の壁面に特殊な魔法陣を付与した板が並べられ、全ての板には違う場所が映し出されている。


「ロサ様、こちらの画面を見てください!!」


一応、公的に”正式な名前”は有るが、長いし聞きなれないので今まで通り”ロサ”と呼ばせていた。

ただしオルキスが居た場合、もしくは上位の存在の前では”正式な名前”で呼ぶように指示してある。

細かな気配りの出来るロサだが、単にオルキスの小言が煩わしいだけだ。


ある地域が映し出されている画面を見たロサ。

「何いぃぃ、馬鹿なっ、どうして我らの神が地上に!! 我は何も聞いて無いぞぉぉ!!」


その場の全員が1つの画面に注目した。

変身を解き巨大化して本来の姿に戻った眷族の神。 


本来龍国では、下界地上には龍人のみが異種族交流を成して文化や魔法の伝授と回収を行なう取り決めがあった。

所が下界の映像には成龍体となった眷族の神の姿が映し出されていた。

しかも神のブレスは生命のある物を全て滅ぼしているのだから、眷族であるロサが驚くのは無理も無い事だ。


「我は我が神を止めに行く・・・」

「ロサ様、他の神々にお伺いを立てた方が宜しいのでは・・・?」

「だからこそだ。眷族の事は眷族で解決しなければ、我らの神が戻られた時に申し開きが出来ないからな」


監視室で同様に事の成り行きを見ていた僕達が諫言するも、自らの考えこそ正しいと思い込んでいるロサだ。

何も知らないロサは、神が単に気晴らしに下界に降り立ったと考えた。

先の隕石事件で魔素を消耗した後、体力を回復して軽く身体を動かしているだけだと安易に考えたのだ。


そして下界に転移する。

転移して直ぐに人型から本来の姿に戻るロサ。

咆哮を上げて自らの神の後を追ったのだ。


そしてその事は即座にテネブリスの使徒であるベルムに報告される。

「ええっ、ロサが後を追って下界に行ったのぉぉ!?」

「はい、お止めしたのですが眷族の事は眷族でと・・・」


その場で聞いていた神々は眷族では無く、同族として、姉を慕う者として下界に行く決意を示した時、全員に大神の念話が届いた。


(待ちなさい、我が子達よ。お前達が下界に行く事を禁じます)

((( ! ! ! )))

(何故ですの、お母様)

(あの子の理性が無い状態では話をする事は無意味でしょう)

(ですが・・・)

(あの子が暴れるだけであれば大丈夫よ。だけど、あなた達が行けば全ての大地が何も無い死の世界になるからよ。それではこの惑星が死んでしまうわ)

(ですが、お姉様が・・・)

(解っているわ。しばらく様子を見ましょう)


大神とアルブマが念話で話している所にベルムが割り込む。

(スプレムス様、ロサが下界に降りたのですがお母様はロサだと解かるでしょうか?)

(あの子が眷族を理解出来るか分からないわ。もしもの場合は龍人達を下界に向わせなさい)

(それはお母様を説得する為ですか?)

(違うわベルム、ロサを連れ戻す為よ)

(今のあの子には言葉は通じないでしょう。今は時が経つのを待つのよ)

(解かりました・・・)



そして眷族別では無く種族別で動き出した神々たち。

龍の子らは、理性だけの存在となったと思われるテネブリスを中心に今後の対策を考えた。

使徒であるベルスは、一連の成り行きを全ての第1第2ビダと龍人に説明する為に集めた。

勿論魔素切れの恐ろしさを十分に説明し、テネブリスの行動は”一時的な反動”だと説明しての説明だ。


しかし、第1ビダ達は違った。

特にオルキスだ。

普段の第1ビダ達は仲が良い。

口論するのはロサが関わっている場合だけだ。

しかし今回は違った。

4体とも不安げな表情で、泣きながら同族同士で抱き合っている。

中でもオルキスが深刻な状態だと見ている方も理解出来るほどだ。


「私も下界に行きます!!」

「ダメよ」

「いけません」

ほぼ同時に2人の使徒から声が上がった。

オルキスに注意したのは他ならぬベルスとベルムだ。


「どうしてですかお母様、ベルム様」

「これは大神がお決めになった事よ。眷族で無い貴女が行ってはいけない事なの」

「でも私はロサを愛してます」

「私も・・・」

「私も行くわ」

「皆でテネブリス様を助けるのよ」

「ありがとう皆。ではあなた達を拘束するわ」

ベルムが魔法を唱えると全員が透明な円柱の柱の中だった。


「ごめんなさいね。でも、こうしないと貴女達はかってに行くでしょう? でもロサだったら貴女達にそんな危険な事を望むかしら?」


円柱の中で内側から叩いたり、わめいたり、泣き崩れる第1ビダ達。

オルキス、ヒラソル、ナルキッス、プリムラがロサを愛し、我が身を持って支持したいと思うからこその態度だと理解しているベルム。


「今は見守りましょう。そして龍人達に任せるの。それが大神様の決定よ」

それぞれの使徒が我が子を見ながら困惑していた。

「ベルス、フォルティス、リベルタ、オラティオ、お願いしますね。この子達にもしもの事が有ってはお母様とロサに怒られるわ」


それぞれの使徒が円柱ごと連れて帰り説得すると言う。

残ったのはベルムと龍人達だ。


「あの子がそれ程までにお母様を思っていたとは・・・」

「ベルム様、父上は眷族として当然の行動に出たと思われます」

「そうね、我らが眷族はどの眷族よりも長く生きているからねぇ。ですがフィドキア、貴男まで勝手な行動はダメよ」

「はっ」

「とりあえずは監視室で様子を見ましょう。皆さん行きますよ」

「「「はっ」」」


ベルムの後に続きフィドキア、ラソン、インスティント、カマラダ、バレンティアと5体の龍人が監視室に向った。


監視室の中央では巨大な地図を中心に”闇のテネブリス”が暴れて浄土と化した地域を正確に記録していた。

既に”ある大陸”の北側はかなりの範囲で死の大地になっていた。


「状況は!?」

「テネブリス様は大陸北部を東から西に進まれて、現在は又東に戻っている状況です」

下界の映像を見る限り酷い状況だった。

そこに生物の痕跡は無く、死の大地が風に飛ばされている風景だけが映し出されていた。


「あの辺りは木々が生い茂り多くの集落や魔物達が居たはずだが・・・」

「はい、あのぉぉ、全ての者が逃げ出す中、テネブリス様のブレスで無に帰りました」

「・・・」


思っていた以上に広範囲となっていた死の大地に絶句するベルムと龍人達。


「それでロサはどうなっているの!?」

「はい、テネブリス様の頭付近を飛び回っています」


映し出される映像には巨大な体躯の頭に飛び交う者だった。

成龍体のロサの体長はおよそ2km。

変身の魔法で巨大化しても3倍ほどだ。

対する”闇のテネブリス”は体長70km。

まるで頭の周りを飛び交う小鳥だ。


「ロサは叫んでいる様ね」

咆哮の様に叫ぶ雄叫びは念話と同様に強い思念が込められているが、”闇のテネブリス”に届く事は無く無情にも死の大地が増えるだけだった。


映像を見て改めて思い知らされる神の姿。

圧倒的な大きさと魔素を持ち自分達では成す統べが無く、他の神々が出ればより多くの被害が出ると簡単に想像出来るほどの差だった。


「お母様はロサに気づいて無いのかしら・・・」

「そうであれば今のうちに父上を迎えに行った方が得策では無いでしょうか?」


フィドキアの提案も理解しているが母であるテネブリスがロサに何もしないのであれば、もう暫らく様子を見ようと思案していたベルムだ。


しかし、一向に相手にしてくれない神が大地を蹂躙する姿に痺れを切らし、自らのブレスを神に放とうとするロサだった。




Epílogo

ロサァァァ!!


明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

           流転小石

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