第8話 兄姉感覚でもだめでしょうか?
「オーリス様! どちらへ! 行かれていたのです! 私をおいて! ベッドに匂いがないし!」
貴賓室へ戻ると必死な様子でマリスさんが詰め寄ってきました。察した黒騎士さんがマリスさんを抑えて下さいます。
黒騎士さん大好きです。
ベッドが乱れており食事の後さえあります。食事をしてお昼寝でもしていたのでしょうか。
侍女さんが食器を片付けながら、朝からお待ちですとそっと教えてくださいました。
朝から? お仕事はどうされたのでしょう。
“マリスさんお仕事はどうされたのですか? 朝からいらっしゃるとか……、もう外が暗くなって来ましたよ”
「上司がいないと動かない仕事などあってはなりませんな! たまには自分の判断で動いて貰うのがいいのですよ」
おっしゃっている事はすごくいい感じなのですが、行動の元になる理由が困った物ですね。
明日にしようと思っていた調べ物がありますし、マリスさんの気分転換がてら一緒に行きましょう。
“マリスさん、少しお散歩しませんか”
「何処へでも行きます!」
貴賓室を出て歩き始めましたがマリスさんは一歩下がった右後ろを歩いていらっしゃいます。
黒騎士さん達はさらにその後ろにいらっしゃいますね。
黒騎士さん、マリスさん達を教戒して三日。もうすでに彼らは食事と睡眠を必要としなくなっているでしょう。
城の奥へと進み目的の場所へ着きました。ノックをし、許可が出ると入室します。
こんな所に来るとオーリス様が
“月あかりでの読書も良い物ですよね。お元気ですかダーラさん”
「ああ! オーリス様! こんばんは。お待ちしておりました。一時間おきに来てくださってよろしいのですよ。いえいっそここに住んでいただいても!」
「ダーラ! オーリス様は私の家に住む事になっているのです! 馬鹿な事を言わないでください!」
“どちらにも住みません”
マリスさんとダーラさんは仲が良いですね。
「まぁ!
“それは私のいない時にしていただいて、ダーラさん貴族に関する書物はありますでしょうか”
「は、羽虫……。いっそオーリス様にいつもくっ付いて……」
「はい、御座いますよ。ぶつぶつ言っている羽虫はほっといてこちらでお待ちくださいね」
書庫の方へ案内され椅子に座ってダーラさんが持ってきてくださるのを待ちます。ここの本の内容が全部頭に入っていらっしゃるのでしょうか、そうでしょうね。
すごいですねダーラさん。
「こちらになりますね。貴族年鑑、貴族一覧、閲覧制限最上級の貴族動向も持って来ちゃいました!」
“それもよろしいのですか?”
「はい、大丈夫ですよ。ちょうど先程、陛下よりオーリス様の閲覧無制限権限付与通達を受けましたよ」
好きにやれとの御下命の件ですね。お仕事が早いですヴォルブ様。ありがとうございます。
“少し読み込みます。おふたりとも仲良くお静かにお願いしますね”
マリスさんとダーラさんは「はい」と強く返事をしてくださり、書庫管理室で控えていていただくようお願いします。
貴族名、爵位、領地の有無、場所等を頭に入れていきます。
国自体が小さいので、領地と言ってもそれぞれ一つ二つの街や村しかないようです。
貴族動向はおもしろいですね。いえ楽しんではいけないのでしょうが、あちらの子息がこちらの子息へ喧嘩を売った、当主が誰々と浮気をしている、別の国へ出資をしているなど時系列にまとめてあり諜報の方々が優秀なのがわかります。
ある程度頭に入れたところで書庫管理室へ戻ろうとすると、マリスさんとダーラさんが談話していらっしゃるようです。
「ダーラの孫はいくつになりましたか? 今何をしているのですかな?」
「十五歳と十歳ですよ。もう忘れたのですか。いい歳だしそろそろ引退したらどうですか」
「何を! まだまだやれます。オーリス様と共に……」
「最近、上の孫娘が教会のお仕事をしているらしくてねぇ。司教様になると言って家を出て、教会に住み込みしているらしいのよ」
「教会……ですか。いい噂は聞きませんな」
「そうでしょう? 心配でねぇ。オーリス様が貰ってくれないかしら、そうするとオーリス様が私の孫に!」
いい考え! とガッツポーズをしながら立ち上がるダーラさんと目が合います。
おほほほ、と気まずそうにまた着席するダーラさんに、マリスさんが馬鹿な事を言ってとおっしゃっています。
調べ物は終わりましたのでダーラさんに退出の挨拶をし、貴賓室へ戻ります。
マリスさんは一緒に部屋へ入りそうな素振りでしたが帰っていただきました。
◇◇◇
朝を迎え侍女さんが入室してきます。手に何か持っていらっしゃるようです。
「オーリス様、お手紙をお預かりしております」
手紙を受け取り、開封し読んでみます。読んでいる間に侍女さんは窓を開け、お茶の用意をして下さいっています。
なるほど、貴族からの
侍女さんに今登城されているのか聞いてみるといらっしゃるとの事ですので、今からでもいいか侍女さんにお伺いに行っていただきました。
しばらく待つと侍女さんが貴族と共に来室されました。
「早速の御拝謁ありがとうございます、御使い様。ハリレオ・ミッツルフと申します。男爵を
跪きながら挨拶されます。
五十代くらいの濃い紫色で統一された品のいい服を着ておられ文官系と言うのでしょうか、線の細い体つきです。
“良き日にお目にかかれて嬉しく思います”
着席を促しお茶を勧めます。お茶は優雅な動きで侍女さんが用意してくださっていました。侍女さんの動きが日に日に洗練されていくような気がします。
時候の挨拶などを交わし本題に入っていくようです。
「御使い様は国教であるガイア神様の御使いであらせられると伺いました」
王より国教は定めていないと聞きましたが。
警戒度が上がります。
“違います”
「いやいや! 少しお待ちを! 神は皆同じ存在ですので、お、同じ神ではないでしょうか、ね? 思い違いとか勘違いをされているのではないかと!」
焦った口調で早口になりました。
人間は偽りを口にする時に何故早口になるのでしょうね。
“私の主とは違いますね”
「ガイア神の他に多くの神がおわしますので、その中に御使い様の神がいらっしゃるのではないかと!」
“その中にはおわしません”
「いえしかし! 先日御使い様が喚ばれた天使様はまさしくガイア神の天使様であると!」
“違います”
「そ、それよりも、それよりもですね! おそらく、おそらく我がガイア神の御使い様に是非お願いしたき儀がありまして!」
“ガイア神の御使いではありません。決して勘違いなさらないよう。よろしいか?”
ここで受け流してしまうとそれがまかり通ってしまいそうですので、強い言葉でミッツルフ男爵の目を見ながらお願いします。
文字には怒りが宿りますからわかっていただけるでしょう。
「神と付く存在は大きなくくりで考えますと、人間と神で分けましてやはり神の側というくくりで同じ神であると考えていただき、お願いしたき儀とはですね……」
どうしても私をガイア神の御使いにしたいようです。ですが、流したりしません。
“よろしいか!”
「は、はいぃっ!」
ミッツルフ男爵は勢いよく立ち上がり「気を付け」をします。
“では、私はガイア神の御使いではないという事で、続きをどうぞ”
「ガ、ガイア神の御使い様ではあらせられませんが、か、神は
めげない人です。ここまでめげない人はすごいですね。
マリスさんに通じるものがあります。
もうすでに何をおっしゃっているのかわかりません。
なんでしょう、この国の外交担当はこの人がいいのではないでしょうか。もしかしたらすでにそうなのかもしれませんね。
どこまでめげないか試したくなりますね。
“ミッツルフ男爵、ガイア神の御使いではありません。神に同じ存在はありません。私の主は唯一神であります”
「そう! そこです御使い様! ゆ、唯一の神達が実はこの国にはあらせられまして! 同じ唯一の神という事で、ど、どうでしょう友達感覚でお願いの儀がありまして」
少し楽しくなってきてしまいました。唯一の神「達」とおっしゃっている時点で唯一神ではありませんよ。侍女さんは肩を振るわせて笑いを堪えていらっしゃるようです。
「き、兄姉感覚でもだめでしょうか?」
侍女さんはもう限界と言わんばかりに小走りで貴賓室を出て行かれました。
外で抑えていた笑いを吹き出しているのでしょう。
“ミッツルフ男爵、お話はわかりました。ですが、宛名のないお手紙にそのお願いを書いて侍女さんにお渡しください。ここで聞く事は出来ません”
宛名を書かない事で、ガイア神の御使いへの願いという事にしないようにしましょう。
願いとやらが気になりますしね。
「御使い様と文を交わし合っていると公言しても……?」
“ダメです。宛名がないのですから私ではありません”
「わ、わかりました。そのように致します」
少し肩を落として、御拝聴ありがとうございましたと退出されました。
しばらくすると侍女さんが戻られました。
ミッツルフ男爵はいつもあのような感じですか? と伺うと、初めてお目にかかりました、申し訳ありませんと言われました。
何らかの役職に就いている訳ではないのでしょうかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます