第19話 幕間:拡張魔法陣とピアノ
温泉の地を名残惜しそうに出発し、三人は背丈を超える大岩がごろごろ転がっている丘のような地を進む。幸い川の
お昼の休憩中、アキが思い出したようにヨシミーに声をかけた。
「そういえば、ヨシミー、これを見てください」
彼はそう言うと、両手を前に突き出して二つの魔法陣を展開する。しかも、それぞれが三重の陣だ。
彼は得意そうに挑戦的な視線を彼女に向けた。
彼のその視線を意識するも、その魔法陣を見てめずらしく目を輝かせるヨシミー。
「それ! どうやったんだ? 両手での魔法陣展開は長年の研究者間での謎だったはず。しかもさらに三重なんてありえない」
「ははは、ですよね。この本にヒントがありました。そのおかげで解明できました」
自慢げにアキは本を持ち上げる。
「ヒント? 解明?」
魔法陣をある程度使えるようになると一度は持つ疑問である複数展開。つまり、両手発動と重複発現の可能性だ。だがこれまでマギオーサでの成功の報告は皆無だったのだ。
「先ず、複数の魔法陣を展開する場合、異なる
「
ヨシミーは音楽の知識が豊富なだけあり、ピンときたのかすぐに理解する。
「はい。まずは魔法陣の中心属性文字の周りの二重線、そして、一つ外側の三重線、これを合わせて、五線譜と見なします。そして、ここにマークを入れることによって、調を変えることが出来ます。何も無い場合は
「そんな仕組みが?」
予想外の内容に彼女は呆気にとられた。
「そして、平行に重ねる場合は近親調である必要があります。三つなら、
「ああ、そうだな。というよりも楽典を知らないと理解できないじゃないか」
「分かってしまえば簡単です」
調合記号などは即興で描ける必要がありますが、とアキは呟く。
「ん? じゃあ、アキのあの洗濯機魔法陣は?」
「ああ、あれは私独自の方法で、三つに見えますが、実際は一つなんです。魔法陣言語が収まりきれないのを追加の魔法陣に流し込む手法です」
「え? そんな方法?」
「はい。特殊と言えますね」
アキは得意げにニッと笑う。
「さて、さらに左右両手での展開ですが、二つ考慮が必要です。先ず、左右でそれぞれ、長調と短調という風に階調が分かれている必要があります。そして、左手の展開図は左右反転にしないといけません」
「マジか?」
「マジです。ちょっとややこしいですが、音楽と絵画に造詣が深いヨシミーなら何の問題も無いのでは?」
挑戦的な目つきでいうアキ。
ヨシミーは「ふん」と鼻で笑うと、ニヤリとして、アキをにらみ返した。
そして、おもむろに両手を前に突き出すと、三重の魔法陣を左右に展開する。
「お見事です、ヨシミー。飲み込みが早い」
「当然」
「わー、すごいですー! 私は何のことか全然分かりませんー!」
そばで聞いていたハンナは、ヨシミーがさっと展開したことに嬉しそうにしている。
「それ以上は私もまだ検証途中です。
「これは、複数属性の魔法、もしくは、同じ属性の多数同時発動が可能という事か。面白い」
アキとヨシミーはお互い顔を見合わせた。
可能性に気付いた者同士だけが理解する、心の高揚。
誰も知らない、二人だけの秘密を共有する特別感。
それらの感覚が、二人の間に知らずのうちに、ある結びつきを作りあげる。
この時、漠然としたその感覚を心で感じる二人であった。
「わたしも出来るようになりたいですー!」
二人の様子を見ていたハンナも意気込みを見せた。目を輝かせ、やる気満々だ。
「では特訓ですね」
「ついてこれるかな?」
アキとヨシミーは今後、この拡張魔法陣と共に、独自魔法の部分のトレーニングもハンナにしていくことになる。
「ところでヨシミーさん、ピアノが弾けるんですかー?」
「え? ああ、そうだが」
「じゃあ、これ使えますか?」
ハンナはそう言うと、パッと、三人の前に巨大な黒い物体を取り出した。
「え? グランドピアノ?」
「なんか、インベントリに入ってました!」
「いや、なんでだよ……ちょっと待て」
ヨシミーはそう言いながら、ハンナが、これもどうぞと取り出した椅子に座って、弾いてみようとする。
だが、ピアノが発した音色はむちゃくちゃだった。調律が全くなされていないのだ。ヨシミーはふたを開け、中を確認する。内部は大体大丈夫そうだが、所々欠けたり、パーツが無かったりする。
「これは、結構本格的な修理と調律が必要だが……これからしばらくは、それが夕食後の日課だな」
「楽しそうですー! 私も手伝います!」
ヨシミーとハンナは楽しそうにピアノに触れながらそう言うのであった。
――その夜。
「おやすみなさいー!」
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ハンナとヨシミーはテントに入っていった。いつものように夜の番はアキだ。
テントに向かうヨシミーの肩に乗っているセレは、いつもアキの顔をなんだか不安そうに最後まで見ている。アキはそのセレの表情を見るたびに苦笑する。それが、まるでヨシミーの心を表しているように感じるのだ。もちろんそれが希望的な感想だとアキは自分では思っているのだが。
セレはヨシミーの抱き枕になっていた。こんな世界でのテントでの野営は16歳の彼女には辛い。セレは彼女にとって安らぎなのだ。
それ故、彼女達が寝るとアキは焚き火の明かりだけで本を読むのことになる。
ヨシミーがテントからその様子をふと覗き見た。
「アキ、……焚き火だけの明かりじゃ暗そうだな。アキにもセレが居るといいんだが」
と彼女は無意識にぼつりと呟いた。
すると、セレがぷるぷるとふるえて、ヨシミーを見る。
「なあ、セレ、アキのところに行って本を照らしてあげてくれないか? 私は大丈夫だから」
そのつぶらな黒い瞳を見て、彼女は思いきった様子で言った。
すると、セレが再びぷるぷる、ぷるぷる、とふるえだす。
「どうした?」
しばらくふるえていたセレは、自身の体の一部をお手玉くらいのサイズで分離させた。
「あ!」
そしてそれは、ふるふるとふるえながら、アキの方に漂っていく。
アキは何かが近づいてくることに気付いた。
「え? セレ? 小さい……分離したのか? そうか、光をくれるのか?」
アキがそう優しく呟くと、ミニセレはブルブルとふるえ、アキの肩に乗っかった。そして、手元に光をともす。
「ありがとう、セレ」
アキはそう言うと頭の上のミニセレを撫でる。
ヨシミーはその様子を眺め、ホッとしたように手元のセレを撫で、ギュッと抱きしめた。
「セレ、ありがとう」
(セレは私の心をものすごく良く分かっているみたいだな。もしかして、これまでのセレの行動は……)
彼女はこれまでの漠然とした自身の気持ちに気づき始める。
アキはチラリとテントの方を見た。アキからはヨシミーの様子は見えない。
だが、アキは、もしかしてヨシミーが何かしてくれたのだろうと想像し、これまで感じたことのない嬉しさを感じ、自然に笑みがこぼれるのであった。
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