第51話

「あー

 いい匂い」


 それは、温かいホットミルクの匂いに釣られて幼馴染の萌ちゃんが静かに言った言葉だった。

 その場にいたみんなが驚いた。

 なぜなら萌ちゃんはもう目を覚まさないと思ったからだ。

 そんな私たちの不安なんてお構いなしにいつものマイペースでこう言葉を続けた。


「私、いちごみるくが飲みたい。

 冷たいやつ」


 人が死が近づくと暑く感じることもある。

 今は7月の半ば。

 萌の希望により空調は18℃。

 その場にいたみんなは、上着を着ていた。

 萌ちゃんの夫である太郎君。

 萌ちゃんの息子の瓜君と娘の桃ちゃん。

 副担当医の銘さんとその妹で看護師の千春さん。

 そして担当医の私、草薙 田茂(くさなぎ たも)。


 夏が近いのに少し肌寒い。

 梅雨がまだ開けていないが外は蒸し暑い。

 そんな日だった。


 萌ちゃんは、薄手のパジャマを一枚着ているだけ。

 なのに気持ちよさそうに笑っていた。


 千春さんが、自動販売機でいちごみるくを買ってきた。

 そして私たちは、ティーパーティーならずミルクパーティーを始めた。


 小さな小さなミルクパーティーを。




 それは、ほんの少し前。

 桜が咲き始めたころの出来事だった。

 私はほんの少しの冒険心から少し離れた町の喫茶店へやってきた。

 するとそこで私は運命の出会いをする。


「いらっしゃいま――」


 女性が私の顔を見て驚く。

 私も驚いた。

 なぜなら幼馴染だった萌ちゃんがそこにいたからだ。


「懐かしいね」


 萌ちゃんがそういって笑う。


「うん、会わなくなってから15年?くらいになるね」


 私はそういうと胸が切なくなった。

 時間が経つのは残酷で、でもほんの少し優しい。

 そんな世界だ。


「田茂くん、なに食べる?」


「んー」


 なにも考えれない。

 なにも考えたくない。


 この奇跡とも言える出会いに心が躍る。


「おかあさん!ただいまー」


 男の子と女の子が喫茶店の中に入ってきた。


「おかえり!」


「あれ?

 いまお母さんっていった?」


 私は、驚いた。


「うん!私こう見えてお母さんなんだよ!」


 萌ちゃんが嬉しそうに目を細くさせる。


 そうか……

 もう30も後半になると人生色々あるよね。

 そんなもんさ、人生なんて。

 ただ今はこの出会いに感謝しよう。


「そっか」


 私は精一杯の笑顔を作った。


「田茂くんは?結婚とかは?」


「はは、バツイチ子なしさ」


「そっか!田茂くんも色々あったんだね!」


「うん、36歳だもんね」


 少し泣きたくなった。

 でも泣けない。大人だから……


「おじさん誰?」


 女の子がそういうと男の子が言う。


「えー。ギリお兄さんじゃない?」


「えー、おじさんだよ!」


 そうしておじさんおにいさん戦争が始まる。

 兄妹かな?仲が良さそう。


「ほらほら、喧嘩しないの!

 この人は草薙 田茂くん!お母さんの友達だよ」


 萌ちゃんが腰に手を当てて言う。

 なんかこうジブリっぽい。


「タモさん!」


「タモさん!」


 男の子と女の子の目が輝く。


「ほら!ちゃんと自己紹介しなきゃダメだよ?」


「はい!田中 瓜です!」


 男の子がそういうと女の子が言う。


「はい、田中 桃です!」


 明るく元気に挨拶をしてくれた。


「さ!手を洗ったらお母さんのお手伝いしてね!」


「はーい」


 ふたりは元気よく挨拶をするとカウンターの奥へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る