第86話死闘

 グギ!

 爪長魔族の爪撃が、強固で一切の攻撃を受け付けないはずの属性竜の革鎧を貫き、ベン大将軍の心臓を 刺し貫いたと思われたその瞬間、鈍く大きな音を立て爪撃が受け止められた。

 信じられないような表情を浮かべ、一瞬動きを止めた爪長魔族に向けて、ベン大将軍の長巻が一閃された!

 驚愕の表情を浮かべたまま、一魔の爪長魔族が斜めに両断された。

 続けざまに流れるような動きで、生き残りの高爪長魔族が次々と斬り捨てられていく。

 その姿は洗練された舞踊のようで、香しい色気さえ匂うようだ。

 だがその踊りの生み出すものは、毒々しい紫の血液をまき散らす、死屍累々たる凄惨な場面だった。

 だが一方的に思われるベン大将軍の虐殺も、紙一重の勝負だと言える。

 今迄エステ王国軍に放たれていた、大規模攻撃魔法が止んでいる。

 さすがのベン大将軍もこの死闘に意識を集中しており、片手間に魔法を放つ余裕がないのだ。

 上位種の高能力で生き残り、ベン大将軍を殺すべく反撃してきて来たはずの高爪長魔族が、一魔一魔斬り捨てられていく。

 なかには竜革避さえ切り裂く長く凶悪な爪を振るって、襲い掛かって来る爪長魔族もいたが、爪ごと一刀両断にされてしまう。

 竜の革を切り裂く爪以上に強固な存在!

 そんなものは、竜の爪・骨・角・牙しか存在しない。

 ベン大将軍が若い頃に単独で狩った属性竜!

 その属性竜の素材の中でも最も強固な竜牙!

 その竜牙を、孤高の職人が一年以上の年月をかけて加工した、竜牙刀を刀身に使ったのが、ベン大将軍愛用の属性竜牙長巻なのだ!

 だが実は、ベン大将軍は内心焦っていた。

 本当は喉が渇きひりつくほどの危機感に苛まれていた。

 何故なら、一旦消失していたはずのエステ王国軍陣内の魔力が、徐々に高まっていたのだ。

 一方的に斬り殺されているように見える爪長魔族だが、実は味方の儀式魔法の時間を稼ぐために、命を投げ出していたのだ。

 いや、爪長魔族達は犠牲になっている心算などなかった。

 彼らは、自分達なら楽々勝てると思っていた。

 一方的に人間を切り裂き殺す、遊びのような感覚で襲い掛かっていた。

 だがそれが逆に五百を越える爪長魔族が、皆殺しにされそうになっている。

 一般種ならともかく、いや、一般種の爪長魔族が人間に殺される事さえ、今までの魔生では考えられない事なのだが、高種の爪長魔族が人間に負けることなど認められることではなかったのだ。

 人間界に出てきた爪長魔族が全て死に絶えることになったとしても、何としてでもベン大将軍を殺さずにはおれなかった。

 だから頭では、不利だ勝てないと分かっていても、魔性が納得せず、攻撃を続けるのだった。

 その爪長魔族の攻撃を、冷静に迎え撃って確実に斬り殺しているベン大将軍の内心は、危機感が頂点に達していた。

 エステ王国軍陣内で高まっている魔力が、ついに頂点に達した事を、ベン大将軍の歴戦の感が捉えていたのだ。

 その大魔力が自分に向かって放たれるのなら、とっさに防御して無効化することも可能だ。

 だが幾つかに分けられて、広範囲に放たれたら、爪長魔族の攻撃に対応しながら防ぐのは不可能だ。

 だが敵も馬鹿ではない。

 ベン大将軍がとっさに防御する可能性は考えている。

 だからベン大将軍が恐れていたように、百に分けてアリステラ王国王都騎士団に向けて放った!

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