第16話王位継承権

「殿下」

「まあこんなもんだろう」

「しかしながら、殿下に対する処遇は不当極まりありません」

「王位を狙っていたわけではないから、王位継承権を下げられたからと言って弊害はないよ。これから生まれる王子達も含め、全ての王子の中で最下位の王位継承権になるだけで、王子の地位は保証されたのだからね」

「殿下は王家王国の為に忠誠を尽くして働かれました。その褒美どころか名誉を失うような裁きは、王家の正義を歪めるものでございます。これは王家王国を腐らせるだけでございます」

「確かに御政道は腐っているだろうね。でも、ボニオン公爵家を追い詰め過ぎて内乱に発展すれば、多くの民が死傷することになる」

「それは理解しておりますが」

「それに恐らく、ボニオン公爵は外国と連携を保ち、内乱に発展したら援軍を送ってもらう手筈を整えているだろう」

「なんと! それは売国奴ではありませんか」

「多少の領土を割譲しても、自分が国王に成れればかまわないのだろうね」

「許せません」

「もう黙れ、ロジャー。殿下はもちろん、我らも言いたいことを我慢しておるのだ。それを御前一人が憂さ晴らしで言いたい放題、我らには腹立たしいだけだ」

「しかし」

「しかしも案山子もない! これ以上殿下に言い募り、謀叛を起こさせる心算か!」

「いえ、その様な事は決してございません」

「ならば我慢なさっておられる殿下を煽るような事を口にするな、愚か者!」

「申し訳ございません」

 パトリックはロジャーを叱責してくれているが、別に何とも思っていない。

 ロジャーの血気盛んで短慮な所は以前からの事だし、父王陛下の決定も想定範囲内だ。

 いや、むしろ思い切った事をなされたと思う。

 余は王位継承権を下げられただけだが、ボニオン公爵の甥である第五・第八・第十二王子は王位継承権を剥奪され、王位継承権の無い子爵に臣籍降下させられ、王城内で軟禁状態だ。

 もちろんボニオン公爵の妹も側妃の地位を剥奪され、元王子の子爵達と一緒に軟禁されている。

 早い話がボニオン公爵に対する人質なのだが、ボニオン公爵相手に効果があるとは思われない。

 ボニオン公爵なら甥も妹も平気で斬り捨てるだろう。

 父王陛下と王太子殿下がここまで思い切った手を討てたのは、忍者達の活躍にある。

 ボニオン公爵の謀叛に加担していた貴族達に対して、言い逃れの出来ない証拠を集めてくれたのだ。

 その証拠を突き付けた上で、完全に敵対して王国軍の討伐を受けるか、領地の半分を返上する代わりに王国が王子の養嗣子を撤回するか、どちらかを選ばせたのだ。

 はっきり言って、父王陛下の養嗣子押し付け政策が、有力貴族家を謀叛に走らせたのだ。

 それくらいボニオン公爵の謀叛に加担していた貴族家は、養嗣子候補先と一致していた。

 これはある意味、父王陛下が家臣達に頭を下げたのに等しい。

 謀叛未遂に対しては処罰するが、失政である養子先政策は取りやめ謝ると言う事だ。

 正直父王陛下だけでこの英断を下せたとは思えない。

 恐らく正妃殿下が父王陛下の尻を叩かれたのだろう。

 いや、蹴り飛ばしたと言った方が正確かもしれない。

 家族会議が行われている最中に、王都内の恐ろしい噂が広まった。

 正妃殿下がドラゴンダンジョン騎士団に動員の使者を送ったと言う噂だ。

 ボニオン公爵への脅しなのか、それとも謀叛に加担した貴族達への警告なのか、はたまた王都に駐屯する騎士団への牽制なのか。

 だがこの噂の効果は劇的だった。

 正妃殿下を慕う王都の民は、こぞって謀叛の嫌疑を受けたボニオン公爵と貴族は有罪なのだと信じ、討伐を主張した。

 謀叛討伐に消極的だった王都駐留騎士団は、ドラゴンダンジョン騎士団に後れを取り、これ以上王都の住民に馬鹿にされないように、急ぎ遠征準備を整えようとした。

 もっとも劇的に反応したのは、ボニオン公爵以外の貴族家だった。

 もしかしたら正妃殿下は、家族会議中に密使を送って貴族達と事前協議をしたのかもしれない。

 それくらい鮮やかな一斉声明だった。

 王家家族会議を行ってわずか数日で、謀叛を疑われた貴族家達は、一家も残らず半分領地を召し上げる王命に従うと使者を送ってきたのだ。

 残るは大本命のボニオン公爵家の処遇だったが、甥と妹の処分以外は殆どなかった。

 領地での謹慎と言う、実質的には何の処分もないモノだった。

 明らかに他の貴族家と比べて軽すぎる。

 領地の半分を召し上げられた貴族家には許し難い片手落ちな処分だ。

 これがまた、後々の障害にならなければいいのだが。

 まあ父王陛下だけなら心配だが、正妃殿下が主導されるのなら、貴族家に対して何らかの保証をされるのだろう。

「殿下、正妃殿下から使者が参っております」

「会おう。入ってもらえ」

「は!」

 やれやれ、流石正妃殿下だ。

 余に対しても根回しに余念がない。

 腹を痛めて御生みになった王太子殿下と第二王子殿下の為に、王位継承に少しでも邪魔になりそうな余の王位継承権は下げるが、同時に叛意を持たさぬように懐柔策も施す心算なのだろう

 どんな代償を与えてくれる心算なのだろう。

「アレクサンダー殿下におかれまして、ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか」

「ああ、ある程度は御政道が正されたので、満足しています」

「アレクサンダー殿下に対する処置が、片手間どころか不当だとは思われないのですか」

「王国内に内乱を起こさせないためには、ある程度の駆け引きや不当な処分はしかたないだろう」

「本心でございますか」

「本心だよ」

 正妃殿下の使いは、なかなかの度胸だし、正妃殿下の信頼も得ているのだろう。

 名誉を奪われ、王位継承権も下げられ、下手をすれば自暴自棄になり、無礼討ちに及ぶかもしれない王子に、ここまで思い切った言葉を吐くのだから。

 まさに女傑と言っていいだろう。

 定期的に侍女をドラゴンダンジョン冒険者と入れ替えているだけの事はある。

「それは残念な事でございます」

「いったい何が残念だと言うのだ。王家王国の平和に替えられるモノなどないだろう」

「アレクサンダー殿下が今回の処遇を不当とお考えならば、正妃殿下は名誉の回復を図る機会を与えたいとの御意向でございました」

「余は今回の処遇を不名誉だとは考えていないし、回復の機会が欲しいとも思っていない」

「本当に名誉を取り返したいと思っておられないのですか?」

「余はむしろ今回の処遇を名誉だと思っている。名誉を受けた者が、不名誉の回復を考えるなど有り得ぬよ」

「失礼ながら重ねて問わせて頂きます。本心でございますか」

「本心だ。使者殿に理解してもらえるように話すなら、王族に生まれた者には高い地位に応じた責任と義務がある。内乱を防ぐために戦うのもその一つなら、内乱を防ぐために汚名を着るのもその一つだと考えている」

「そこまでの覚悟が御有りなら、正妃殿下と御話になりませんか?」

「かまわぬよ。余に避けねばならぬ理由などない。何時でも会おう」

「おやめください、殿下。危険でございます!」

 グァッシャァーン! 

 馬鹿なロジャーだ。

 事もあろうに、爺の前で正妃殿下の正義を疑うような言葉を吐くとは。

 殺されなかっただけ運がいい。

 余の近習には、あらゆる考えの者を集めるべきだと言うのが爺の方針だったが、流石に今の言動で近習の役目を解かれるかもしれない。

「近習の方の心配ももっともでございます。正妃殿下に異心無き事を証明する為に、家臣の方を御一人同行させてください。若い方々を後宮にまで御連れするわけにはまいりませんが、ベン・ウィギンス男爵を伴い、国王陛下御臨席の中奥で話をしたいと言うのが、正妃殿下の御意向でございます」

「了解した。余はどのような場であろうと伺う心算だ」

 やれやれ、厳重な事だ。

 まあ確かに、余はもちろん正妃殿下におかれても、不義密通を疑われるわけには行かないから、父王陛下の御臨席は必要不可欠だ。

 しかし中奥での会談か。

 先の家族会議以上に内密の話になるだろう。

 父王陛下御臨席の上で、正妃殿下と余が中奥で密談をしたとなると、腹に一物ある者や脛に傷がある者は、色々考えるだろうな。

 正妃殿下は相手を攪乱するだけの為に、余と茶飲み話をする心算なのか?

 それとも余を使って何かの謀略を仕掛ける心算なのか?

 何が起こるか分からないが、会わねば何も始まらぬ!

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