第11話激闘ティタノボア
魔力を持たない普通の騎士では考えられないような、激烈な破壊力が込められた一撃がティタノボアの首に叩きつけられたものの、残念ながら全くダメージを与えることが出来なかった。
「眠れ!」
余はすかさず銀級の睡眠魔法をティタノボアに放ち、パトリックが攻撃を受けないようにした。
一瞬ティタノボアが眠りに落ちそうになる。
が、食欲と怒りで激しく興奮しているからだろう、通常の百倍の効果がある睡眠魔法でもティタノボアを眠らせることはできなかった。
「火炎」
爺もティタノボアに向かって銀級の火炎魔法を放ち、パトリックが新たな武器で次の攻撃を行う時間稼ぎをした。
強力なティタノボアとは言え、熱を感じる鼻先に銀級の火炎魔法を叩きつけられて苦しかったのだろう、長い体をうごめかして鎌首を高く持ち上げた。
この間にパトリックは魔法袋から新たな武器を取り出し、第三撃の準備を整えていた。
パトリックが新たに取り出した武器は、刃金の部分にティタノボアの鱗を埋め込んだモノで、対ティタノボアに特化した武器だ。
ティタノボアの鱗で出来た刃金を包む側金は二重構造となっており、刃金の近くに白銀を使い、刃金で断ち切った両側に魔力を通して更に広げる役割を担っている。
だがティタノボアの鱗でなければ断ち切れないような強固な敵に、全力で剣を叩きつければ、その衝撃力は凄まじいものとなり、並みの硬度の材料で心金や棟金を造ってしまうと、敵に叩きつけた刃金が心金や棟金を突き抜けてしまう。
そうならないように、刃金として使うよう縦に並べたティタノボアの鱗と心金の間に、横に並べたティタノボアの鱗を挟み込んでいるのだ。
そしてそれも安全の為に二重構造になっており、心金と棟金の間にもティタノボアの鱗が挟み込まれている。
軟鉄・鋼鉄・白銀・ティタノボアの鱗を絶妙に配置し、名人と言われた刀鍛冶が全身全霊を込めて叩き上げた名剣が、ティタノボア白銀剣なのだ。
もしかしたら、パトリックが込めた銀級の魔力なら、普通の白銀剣でもティタノボアの首を斬り落とすことが出来たかもしれないが、時間をかけすぎると思わぬ不覚を取るかもしれない。
魔力を通さずティタノボア白銀剣を使ったら、パトリックの剣技だけでティタノボアの首を斬り落とせるか、試したい気持ちもあったのだが、ここはこれで決着をつけると決めて、パトリックに合図を送った。
「火炎」
爺が一般的な銅級火炎魔法を十五個創り出し、それを風魔法で自由自在に操り、ティタノボアの意識が余達に向かないように牽制する。
爺の魔法操作は絶妙で、ティタノボアは火炎を追いかけ攻撃を繰り返している。
爺の誘導でティタノボアの身体が伸び切り、再度の攻撃に多少に時間が必要な状態で、パトリックが三度目の斬撃を繰り出した。
一瞬ティタノボアの鱗と剣の鱗が均衡し、斬撃をはじき返すかに見えたが、直ぐに剣がティタノボアの鱗に食い込み、皮が難なく斬り裂かれズブズブと肉に食い込んでいった。
途中で剣が止まるかに思われたが、パトリックが巌のような身体に再度力を籠め、剣を止めることなく一刀でティタノボアの首を断ち斬った!
だがここで油断する訳にはいかない。
尋常でない生命力を持つティタノボアの首は、油断すると胴体と再接合され、再び襲って来るからだ。
だからと言って、まだ完全に死んでいないティタノボアの首と胴体は、魔法袋に入れることが出来ない。
そこで余と爺は、この旅に出る前から決めていた通り、風魔法を使ってティタノボアの首を砦の反対側まで移動させ、そこに銀級の土魔法を使って大きな穴を掘り、埋めてしまう事で胴体と再接合できないようにした。
強大な力を持ち、首を斬られたことで暴れまわる胴体は埋める事などできないが、頭だけでは全く動く事が出来ないので、ティタノボアを狩ることが出来たのなら、生命力が尽きるまで頭を埋めてしまうことになっていた。
爺がティタノボアの首を埋めている間に、余はティタノボアの胴体斬り口から噴き出す生血を集め、魔法袋に保存していた。
ティタノボア白銀剣の材料となる鱗はもちろん大金で買い取られるが、生血も精力剤として大金で買い取られるのだ。
いや、硬く強靭で長期間使える鱗よりも、直ぐに消費されてしまうティタノボの生血を、跡取りを熱望する王侯貴族や士族、大金持ちなどは血眼になって探し求めていると言っていい。
完全に成獣となっているティタノボアから採れる生血は大量で、その価値は計り知れないものがある。
幼生体や幼獣のティタノボアを狩り、生血を集める猟師や冒険者もいるとは聞くが、その成功率はとても低いとも聞く。
そもそも、ティタノボアの斬ることのできるティタノボア白銀剣がとても高価で、王侯貴族でないと購入できないのだ。
士族でも裕福な者や、冒険者でも頂点に君臨する者しか保有していない。
各冒険者組合でトップクラスの銀級や金級の冒険者が、駆け出し冒険者の頃から必死で蓄えた金で一攫千金を狙ってティタノボ白銀剣を購入するのだ
パトリックがティタノボア白銀剣を持っているのは、代々の祖先が実戦経験を積むために魔境やダンジョンに挑み続けているので、普通の士族家では保有できないような名剣を数多く持っているからだ。
それはマーティンとロジャーも同じで、先祖の絶え間ない努力の積み重ねの結果として、今回の武者修行に名剣を持っていけるのだ。
まあそういう士族家だったからこそ、余の近習衆に爺が選んでくれたともいえる。
「しかし凄まじい暴れようだな」
「初めてでは驚くのは無理もありませんが、魔境のボスはこの程度ではありませんぞ」
「爺が訓練に選んでくれた、王都の魔境やダンジョンには、これほど生命力の強い魔獣はいなかったが、それはなぜだ」
「魔獣が溢れ出すような事になってはいけませんし、万が一にも訓練に入った王侯貴族の御曹司を落命させる訳にもいきません。そこで王都冒険者組合が、厳選した冒険者に強力な魔獣を間引かせているのです」
「それで本当に訓練になるのか?」
「本当に己を鍛えようとする者は、王都の魔境とダンジョンで訓練を重ねてから各地のダンジョンに向かいますから問題はありません。形だけ魔境やダンジョンに挑んだ体裁を整える家なら、間引きをしていようがいまいが関係ありません」
「そんな見掛け倒しの貴族や士族が増えているのだな」
「何時も申し上げているように、残念ながらその通りでございます」
「何としてでも尚武の気風を取り戻し、万が一の事態に備えねばならん」
「最後に魔獣が溢れ出てから二百年が経ちますが、何時また魔獣が溢れ出るかもしれません」
「学者の中には、もう魔獣が溢れることはないと申す者がおるが、それは楽観過ぎると思う。いや、そのように申す者は、人の世を滅ぼすために、わざと邪説を広めているように思うのだ」
「アーサー殿は昔からそのように言われていましたが、それはもっと調べてみなければ分からぬ事でございます」
「そうだな。今回の修行の旅は、その為でもあったな」
「はい」
「しかし、七日もここでティタノボアを見張らねばならぬのか」
「せっかく高価な獲物をしとめたのです。盗人に横から奪われるのは業腹ですし、万が一にも土から頭が這い出し、胴体と再接合でもしてしまったら、人間を恨む手負いの魔獣となり、魔境に入った人間を手当たり次第襲って喰らいますぞ」
「それは絶対に防がねばならぬな」
「はい」
「若殿様、女達の用意が出来ました」
「そうか。せっかく用意してくれたが、ティタノボアを仕留めることが出来たので、危険な夜に出発するのは止めて、最初の予定通り夜明けを待って獣人村を目指してくれ」
「本当にティタノボアを倒してしまわれたのですね」
「三人がかりで倒してのでは自慢にもならんよ」
「そんな事はございません。ベン男爵閣下が倒されたのでしょうが、ティタノボアは白銀級以上の冒険者が十数人がかりで倒すほどの強敵でございます。怪我することなく支援をできるなど、既に歴戦の白銀級冒険者と同等の実力だと言えます」
やれやれ、姉御は余とパトリックは単なる支援役で、実際に矢面に立って戦ったのは爺だと思っているようだ。
まあそれも当然といえば当然だな。
王都から武者修行に出たばかりの士族の若殿が、白銀級のティタノボアを狩れるなどと思う訳がない。
まあ自慢話や法螺話だと思われるのは嫌だし、余から話さなくても一緒に冒険をするならいずれ嫌でも実力を披露する機会はある。
ここはこのまま誤解させておこう。
恋すると痘痕も笑窪に見えるとも聞くし、爺に惚れている姉御には全てが爺の力に見えるのも仕方がないのだろう。
「少しでも仮眠を取り、無事に魔境を抜けられるようにしてくれ」
「はい」
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