1章

第3話最初の騒動

「お許しください、まだ幼き子供で何も分からないのでございます」

「ならぬ、汚れた獣人の分際で騎士たる我らに触れるなど、許されることではないわ」

「何言っているのよ! 偉そうに騎士を名乗るなら、幼子が走ってきたくらいよけなさいよ!」

「愚か者! 何故騎士が獣人などに道を譲らねばならん。平民の分際で騎士に楯突くなど無礼千万、この場で叩き切ってくれる」

「おいおいおい、勿体ないことを言うな。なかなかの別嬪さんだ、無礼の詫びに夜伽をさせようではないか」

「誰があんたらみたいな腐れ外道の相手をするもんか、顔洗って出直してきな!」

「こら餓鬼、逃げられると思っているのか」


「殿下、なりませんぞ」

「殿下はよせ。城を出た以上、最早王子ではない。それよりも母子と娘を助けよ」

「殿下! 君子危うきに近づかずと、何度も何度も繰り返し御教えしたはずでございますぞ」

「サーと呼べ、父上様より巡検使の御役目を頂いておる。不良騎士の取り締まりをせねば、王命に背くことになる。マーティン、ロジャー、行ってまいれ」

「「は!」」


アーサー(15):主人公・現国王の十六男・貴族家に迷惑をかけることを嫌い、独自で爵位を得る努力をする。

ベン・ウィギンス(50):男爵・アーサーの傅役・賢騎士

パトリック・ストリンガー(25):騎士・アーサーの近習頭で聖騎士

マーティン・セシル(20):騎士・アーサーの近習

ロジャー・ルイス(19):騎士・アーサーの近習

サイモン・ラシュディ(35):父王が付けてくれた王家魔法使い


王都から始まる街道を旅して七日の距離にある宿場町、アゼスの町はずれで狼獣人母子が五人連れの冒険者に絡まれていた。

遠くから伝わる話からすると、幼い子供が前を見ずに走っていて、冒険者の副業をしている騎士にぶつかってしまったようだ。

いや、まがりなりにも冒険者を副業とする騎士ならば、子供を避けるなど容易いことだ。

卑しい快楽の為に、狼獣人を嬲り殺しにする心算だろう。

純粋に無礼を咎めるのなら、その場で切るのが作法と言えるから、脅して怖がる姿を見て楽しみたいだけの、騎士の風上に置けない下種野郎だ。

だが足運びを見れば、五人ともそれなりに剣は使えるようだから、そんな相手に啖呵を切って間に入る娘は勇気がある。

装備と動きを見れば、鍛え抜かれた斥候に見えるから、五人が相手でも避けられると思っているのかもしれないが、下種は悪巧みをするものだから、狼獣人母子を人質にするかもしれない。

「貴殿ら何をしておるか! 天下の往来で騎士たる身分の者が婦女子に乱暴狼藉を図るなど、家名断絶になっても仕方がない愚考だぞ!」

「馬鹿はお前だ! 騎士たる者が獣人に道を譲れるはずもなく、ぶつかってきたのなら無礼打ちするのが当たり前であろう。そんなこともできぬようでは、戦争になっても役になどたたん」

「本当に武芸を修練した者ならば、子供に乱暴狼藉など働かん。下劣な欲望を満たすためだけに、わざと子供にぶつからせたのであろう。貴殿らのような愚劣な騎士を召し抱えているのは、いったいどこの諸侯だ」

「なんだと! 王家を馬鹿にするとは無礼千万! この場で叩き切ってくれる」

「そうだそうだ。王家を愚弄した以上無事では済まんぞ! 貴様らこそ誰に仕えておるのか」

 やれやれ。

 情けないことに、このような下劣な者が王家に仕える騎士であったとは、王族として赤面ものだ。

「馬鹿者! 家名を申せ!」

「なんだと糞爺! いい年こいて冒険者をするなど、よほど貧乏しているようだな」

こいつら本当に大馬鹿だな。

マーティン達との力量差が分からないのも問題だが、爺や魔法使いのサイモンとの圧倒的な力量差が自覚できないようでは、ダンジョンに入っていてもろくな稼ぎもないであろう。

「貧乏で冒険者をしているのは貴殿らのほうであろう。我は王家に仕える若き俊英に実戦を経験させるべく、ドラゴンダンジョンに挑むのだ。貴殿らのように、自分より弱い者だけをいたぶる、エセ騎士と一緒にするな」

「やかましいわ!」

「騎士が無礼を働いた獣人を嬲り殺しにするのは当然だ」

「そうだ、我らは王家に仕える高貴な騎士なのだ。獣人を殺す権利があるのだ」

「ほう。高貴な存在は、身分が下の者を殺す権利があるのだな」

「当然だ、男色の糞爺は、横にいる小姓のケツにでも乗っていろ」

 あ~あ、俺の事をオカマと揶揄して、爺を男色と断言しちまった。

 爺も自分の事だけなら笑って済ませるだろうけど、俺の事を揶揄したらただでは済まない。

「ならば、男爵である我を糞爺と呼んで愚弄した事で、無礼打ちにされても文句はないな」

 氷点下のような冷え冷えとした殺気が、あたり一面に満ち満ちているよ。

「左様ですな、あの世で家族ともども後悔していただきましょう」

 普段は温厚なパトリックも、俺への悪口で内心激怒している。

 俺が手を出さないとしても、圧倒的な力量差のある五対五の対人戦だから、我らは損害を受けることなく戦えると思うが、ドラゴンダンジョン攻略の予行演習として、戦闘管理をやってみよう。

「マーティン、ロジャー、前衛だ」

「「は!」」

「サイモン殿は支援を」

「は!」

「ベン閣下とパトリック殿は支援と中衛を」

「「は!」」

 俺が王子だと言う事がバレないように、皆の呼び方にも注意が必要だ。

男爵の爺と魔法使いのサイモンは、絶対に呼び捨てにできないし、同じ騎士と言う設定のパトリックも、聖騎士だから呼び捨てにするのは不味い。

マーティンとロジャーは同じ騎士と言う設定だから、呼び捨てでも大丈夫だろう。

「ちぃ! 面倒だ、殺してしまえ」

 爺が男爵と名乗ったとたんに口封じしようとするとは、随分悪行に手馴れているな。

「「「「おう!」」」」

「麻痺!」

 馬鹿者共のリーダーが攻撃を命じた直後に、サイモンが即座に麻痺魔法をかけた。

 返事をして直ぐに俺達を攻撃しようとしたようだが、その時にはろくに動けないどころか、剣を持っていることも出来ずに地面に落とす始末だ。

 マーティンとロジャーは訓練通りに、サイモンの魔法が効果を現したのを確認して敵に切り込んでいく。

 爺とパトリックも訓練通りに、臨機応変に剣でも魔法でも支援できるように身構えているが、支援の必要などなかった。

 麻痺魔法でろくに動けない格下の騎士など、マーティンとロジャーの敵ではなく、一刀で即死させられている。

 これが諸侯に仕えている騎士ならば、手続きが面倒だから生かして捕らえるのだが、王家に仕える騎士とならば、無礼打ちで殺したと影供から陛下に報告した方が早い。

 下手に生きて捕らえてしまうと、こいつらの一門や有力宮中伯が口出ししてくる可能性がある。

「男爵様、御陰様で助かりました。ありがとうございました」

「気にするな。むしろ迷惑をかけた。民を護るはずの王国騎士が民を害するなど、本来はあってはならないことだ。すまなかったな」

「そんな、頭をお上げください、男爵様。ですがそう言って下さるのなら、男爵様の御情けで、この母子を何とかしてあげてもらえませんかね」

 斥候の装備を身に着けている娘は、粗末で僅かな布で身を包み、やせ細った身体で抱き合っている母子に視線を向けている。

 ほとんどまともな食事も出来ないでいたのだろう。

 いつ行き倒れてもおかしくないくらい痩せ細っている。

「これでも食べなさい」

 俺は非常食の干肉と兵糧丸を母子に渡してやる。

「サー」

 王子である俺が、獣人と直接話すのが我慢できないのであろう。

 爺は止めるように口出しするが、それでも周囲を憚り、殿下とは言わずにサーと呼ぶのは流石だ。

「大丈夫です男爵閣下。それよりもこの件を、宿場役人に報告しなければいけないのではありませんか?」

「うむ、あ~、そうですな、そうせねばならんでしょう。それよりも母子の事はロジャーに任せましょう、いいですね!」

 やれやれ、いつも一番年下のロジャーが雑用を押し付けられるが、今回は下層社会や獣人社会の事を知るいい機会だから、直接話しをしたいのだ。

「ロジャーには一足先に宿場に入ってもらい、宿場役人に報告してもらいましょう。私はこの母子から直接聞きたいことがあるのです。いいですね、男爵閣下」

「仕方ありませんな、ロジャー、頼んだぞ」

「は!」

「さあ、遠慮せずにこれを食べなさい」

 子供の視線に合わせて膝をつき、直接干肉を手渡してあげる。

「たべていいの?」

「ああ、食べていいのだよ」

「おかあさん?」

「ありがとうございます。感謝して、慌てずよく噛んでいただきなさい」

「はい! ありがとうございます」

「お母さんもこれを食べなさい。遠慮してはいけませんよ」

 俺は擬装用背嚢を背負ったまま、腰袋の中に隠し入れた魔法袋から、多めに干肉と兵糧丸を取り出し、母親にも渡しておくことにした。

「ありがとうございます」

「騎士様とお呼びした方が宜しいのでしょうか? それとも若殿さまと御呼びすべきなのでしょうか?」

「そうだな、こうみえて武者修行中の騎士家の八男だから、若殿さまと呼んでおいてもらえれば、余計な揉め事を招かないだろう」

「そうですか。人品が御立派なので、貴族か士族の若様だろうとは思っていたんですが、馬に乗っておられなかったんで、確証がなかったんですよ」

「今ではどこの士族も生活が大変だから、ドラゴンダンジョンに武者修行に行くのに、高価な軍馬を乗り捨てにはできないのでな」

「そうですね、当節はどちら様も台所のやりくりには困っておられますものね」

「そうなんだよ。俺達も将来の独立の為に、武者修行を名目にドラゴンダンジョンで一旗揚げようと思ってね」

「ですが若殿様、本気でダンジョンで稼ごうと思ったら、斥候か盗賊を仲間に加えないと、御宝が出ても開けることが出来ませんよ」

「それは分かっているんだが、何分俺達は王家に仕える騎士家の子弟だから、盗賊を仲間に入れると実家に迷惑をかけるかも知れないのだよ。だからと言って、数少ない斥候に知り合いもいなしな」

「そうでしたか。だったらもうお気付きだとは思いますが、私が斥候職なんで、御仲間に入らせていただいて宜しいでしょうか?」

「ほう。それは大いに助かるが、そう言う事は騎士家の俺ではなく、男爵閣下に申し上げるべきではないか?」

「私も斥候を名乗るんですから、それなりの眼を持っていると自負しております。男爵閣下に御話をさせてもらうよりも、若殿様に御話させていただくべきだと思ったんですよ」

「なるほど、そう言う事なら仲間になってもらった方がいいかもしれませんね、閣下」

「やれやれ、アーサー殿の気紛れで予定外の事が起こりすぎますな」

「旅は道連れ世は情けとも申しますし、袖振り合うも他生の縁とも申します。これも縁ですから、斥候を仲間にできたことも、下女を務めてくれる獣人母子と出会えたことも、天の配剤と考えましょう」

「やれやれ、そう言われては仕方ありませんな」

「あの、私を下女に雇ってくださるのですか?」

「ドラゴンダンジョンまで行くので、一緒に旅をしてもらうことになるが、それでよければ雇いたいが、それでいいか?」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」

「よいよい」

「アーサー殿、宿場役人が迎えに出ているようですが、まだまだ安心できそうにないようですよ」

 先に報告に走ったロジャーの話を聞いて、宿場役人が出迎えてくれているが、真っ青になっている宿場役人の顔付からすると、不良騎士は宿場町で相当羽振りを利かせていたようだ。

 報告すれば済むような問題ではないかもしれない。


敬称:主人   :妻

国王:陛下   :陛下(御台所様)

王子:殿下   :殿下(御簾中様)

大公:殿下   :殿下(御簾中様)

公子:殿下   :殿下(御簾中様)

貴族:卿(御前様):卿(奥方様)

  :閣下

士族:殿様   :奥方様

徒士:旦那様  :御新造様

卒族:旦那   :御新造さん

『宿場役人』

問屋 :宿場の代表者で、村落の名主にあたる役職。

年寄 :問屋の補佐役で、村落の組頭にあたる役職。

書記 :人足や馬の手配など宿場の運営上必要なことがらを帳簿に書き記す役職

人馬指:人足や馬を指図する役職

迎役 :貴人を迎える役職

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