第3話 お見合いをした!

僕は到着時間にゆとりをもって、その日の朝に新幹線で出かけた。今日は父親が同席することになっている。


父とは会場のホテルのラウンジの前でお見合いの始まる1時間前の午後1時に待ち合わせることにしてあった。


12時半ごろに着いたので、駅の土産物売り場を見て歩いた。帰省するのは久しぶりで売り場は随分変わっていた。昼食は新幹線の中で駅弁を食べてきた。


ラウンジの前に父親が立っている。また、少し歳をとったみたいだ。まあ、早く結婚して安心させてやるのも親孝行かもしれない。


「父さん」


「よく来たな」


「中で待っていることにしよう。目立たないように奥に席を取ろう」


二人は奥の目立たない場所を見つけて座った。とりあえずコーヒーを注文する。


「先方は誰が付いてくるの?」


「母親が付いて来ると聞いている」


「こっちは父さんでいいの?」


「母さんがまかせるというので」


「そうか、しかたないな」


本当は父さんよりも母さんに来てほしかった。嫁姑の関係は難しいと聞く。後々のためにも始めから会って相性が良いか見てもらった方が良いと思っていた。ただ、今回は父さんが間に入っているので、これが自然なのかもしれない。


父さんと最近の暮らしぶりなどを話していると、すぐに時間が過ぎた。約束の時間の5分前に先方の母娘が現れた。僕たちが分かったとみえて会釈している。父と先方の母親とは面識がある。


「初めまして、植田うえだ健二けんじです」


新野にいの直美なおみです」


「父親の植田うえだみつるです」


「母親の新野にいの外美子とみこです」


彼女は僕を見るとにっこり笑った。僕に好感を持ってくれたと思った。彼女はやはり奈菜にとても似ていた。ただ、歳よりもずっと若く見えて初々しかった。化粧もおとなしい。


話し方もとても初々しかった。僕は大学の専攻と就職した時の会社について聞いた。それから会社を変わった理由を聞いた。彼女はセクハラに合ったからと言っていた。


彼女は僕に会社での仕事について聞いていた。僕は今の仕事の内容を簡潔に説明した。僕は彼女が気に入ったので好印象を与えようと話し方に気を遣った。


彼女が母親の方を見たとき、右の耳の後ろにホクロがあるのに気が付いた。僕は目を疑った。間違いなく奈菜のホクロだった。僕は彼女を後ろから抱き締めていた時に何度も目の前でそれを見ていた。


僕の驚いた様子に彼女も気が付いたようだった。


「二人でお話させてもらってよろしいでしょうか?」


「お母さん、いかがですか?」と父が言った。


「私は差し支えありません。お父さまとしばらくお話していきますから、あなた方は二人だけでどこかでお話をしてください」


そこで、二人はそのラウンジを出て、近くのホテルのラウンジへ場所を変えた。席に座るとすぐに奈菜が話しかけてきた。


「やっぱり、植田さんだったんですね。本名で来られていたんですね」


「ああ、でもはじめは全く気が付かなかった。髪がショートになっていて、化粧の仕方も違っているし、初々しくてとても若々しく見えたから」


「私はすぐに分かりました。お写真と履歴書を見た時にそうじゃないかと思っていました。そして一目見て分かりました」


「女性は変わるんだね。お化粧と髪型で別人に見える。でもほくろで分かった。目の前で見ていたからね。同郷だったとは思いもつかなかった。それに良い大学を卒業しているんだね。話が合うと思った」


「あなたこそ、よい会社にお勤めですね。私と分かったらお見合いしてくれましたか?」


「なんとも答えようがないけど。でも僕は君が好きだった。だから3年も通っていた。君のような娘を嫁にもらいたいと思っていた。それに君に似ていたから会ってみたくなった」


「私はあなたとすぐに分かったのですが、どうしてお会いしようという気持ちになったか今でもよく分からないのです」


「僕は君だと分かっていたら、お見合いしたかどうか分からない」


「そうですね」


「ひとつだけ、教えてくれないか? どうしてあの仕事をするようになったのかを」


「2年間も通ってくれたのに、一度も聞かなかったですね」


「それがエチケットだと思って、それに本当のことを話してくれるとも限らないからね」


「今も本当のことを話さないかもしれませんけど」


「それでもいいから、聞かせてくれないか?」


「さっきも話したけど、始めに就職した会社でセクハラに合いました。直属の上司が40歳前の独身で私のことが好きになったみたいで、迫られました。入社して3年目にそれが顕著になって耐えられないくらいになりました。そのころ会社で付き合っていた人がいたのですが、それが原因で関係が悪くなって別れました。結局、何もかもが耐えられなくなって、会社を辞めました。それから余計な気を遣わなくてよいと思って派遣社員になりました。でも派遣先ではもっと耐え難いセクハラにも合いました。お給料は少ないし、精神的にも追い詰められて、結局、あそこで働くことになりました。働いてみるとお金は入るし、そんなに気を遣わなくてもいいし、Hも嫌いではありませんでしたので、つい長くなってしまいました。両親から帰郷してここで結婚することを勧められて、歳も歳なのでその気になりました」


「でも、僕にはとても気を遣っていてくれていたと思うけど」


「特にしていませんが、そうだとしたらその程度なら自然にできるのです」


「僕は本当に君に癒されていた。あの逢瀬が毎月楽しみだった」


「あなたはどうしてあんなところへ来ていたのですか? あなたならいくらでもいい女子が寄ってきそうですが」


「僕はそういう女子との付きあいが面倒くさいというか、億劫になって」


「だから手っ取り早いところへ来ていた?」


「そのとおりだと思う。そして良いところだけを楽しんでいたのかもしれない。僕も女子に気を遣うのに疲れて来ていた。でも、気を遣いたいと思う良い娘と出会わなかったのかもしれない。でも、そこで君と出会った」


「さっき、私と分かっていたら、お見合いしたかどうか分からないといっていたけど、やっぱり気になるの?」


「気にならないというと嘘になるかもしれない。僕は相手を自分のものにしたいと思う。過去も現在も未来もすべてを」


「よく言われていますね。男は最初の男になりたいと、女は最後の女になりたいと」


「ああ、聞いたことがある。最初の男になりたいというのは分かる。最後の女になりたいはよく分からない」


「あなたには分からないかもしれないわ」


「それで、ここで直接君に言う話ではないと思うけど、あえて言っておきたい。後で正式に交際を申込むつもりだけど」


「お付き合いしたいと」


「ああ、僕は君が好きだった。今日会った時も、初々しくてあの奈菜と同じ人とは分からなかった。だから、今日、初めて会ったことにして、お付き合いを始めてくれないか?」


「ありがとうございます。そう言ってもらえてとても嬉しいです。でも、少し考えさせてくれませんか?」


「いいけど、良い答えを待っている」


答えを留保されたが、お見合いにも僕と分かってきてくれたのだから、受け入れてくれると思っていた。

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