第8話 ダカールラリーの参加方法
手越さんの店を訪れた翌週の金曜日放課後。
僕とみずきはいつものIT教室に集合した。
教壇には僕。
みずきは前から3列目の机に着く。
「みずきちゃん。まず、聞くけど〈来年〉ダカールに出るとして、どんな風に参加するつもりだったの?」
みずきは小首をかしげつつ、答える。
「とりあえずお金がたくさんあって、マシン用意して、参加申し込みすればいいんでしょ?」
うん。予想通り何も考えてないね。
「じゃあ、エントリー手続きする窓口は?お金はどうやって用意する?マシンはどうやって日本から運ぶ?」
「とりあえず、日本のレースで勝って、有名になって、そうしたら、どっかの会社とかメーカーがスポンサーになってくれて、出たいって言えば、出られるんじゃないの?細かい手続きなんかは専門の人がやってくれるんでしょ?」
ニコッとかわいい笑顔で答える彼女。
「あのね。80年代にアフリカで行われていた〈パリダカ〉時代は、確かにそんな感じでよかった。
とにかく、エントリーフィーを払って、マシンを用意すれば参加できた。
昨日バイクの免許取りました。なんて人でも参加できた。
実際、当時はバブルだったし〈来年、パリダカに出るためにバイクの免許取りました〉なんてとんでもないこと言ってたタレントもいたそうだしね。
荷物もそのころは自分で背負って走ってた参加者もいたし〈冒険〉だから、1日2日でリタイヤしてもそれでもよかった。
〈冒険なんだからしかたないでしょ〉って風潮もあった。
それに、当時のアマチュア参加者の半分ぐらいは、バイクに乗るのが上手なツーリングライダー程度の技量でよかったんだけど、今の〈ダカールラリー〉は違う。」
ここで、タブレットを取り出す。
「こないだも話したけど、今のダカールに出場する車体は軽量ハイパワーになり、コースの難易度も、制限時間も、当時とは全く違う。
現在も、基本的には〈アマチュア〉のライダーが参加者のほとんどだけど、そのアマチュアのレベルが、当時とはまったく違う。」
タブレットから、PowerPointの画像をモニターに映し、〈ダカールに参加する条件〉とゴシップ体の表紙を表示させる。
「まず、みずきちゃん。きみは現状でダカールに出ることはできない。」
「ええ!なんで!」
〈ダカールラリー出場の条件〉というページを表示させる。
「ダカールラリーに出るには、年齢は18歳以上。ラリーを走りきれるだけの技量が必要。という条件がある。」
「まずは18歳以上、これでまずアウト。
そして、<ラリーを走りきれる技量。>」
「あるわよ、モトクロスであれだけ走れれば十分でしょ。あたし負けなしよ!その実績をなんかの書類に書けば・・・。」
「最近、世界的にダカールラリーの人気は非常に高くなっている。原則的には、誰でも参加できるという建前だけど、実際は主催者によるセレクションが行われている。
その、最低限の条件が、国際ラリーをそれなりの順位で完走していることだ。」
「?」
「つまり、ダカールラリーに出るためには、他の国際ラリーに出て、それなりの成績をあげなければダメだってこと。
「チュニジアラリーなんかがあるね。有名どころでは、エジプトのファラオラリーか。」
「あ、ファラオラリーなら知ってる。ピラミッドの前がスタート&ゴールなんだよね。」
「つまり、ダカールラリーに出るには、そのほかのラリーに出て、出場するだけではなく、好成績を残す必要があるってことさ。〈パリダカ〉時代のように、ライディングが上手なツーリングライダー程度では、エントリーすら受け付けてもらえない。
実際、参加者のほとんどは、国際ラリーの常連、エンデューロ世界選手権の国の代表。なんて人ばかりだ。国内でモトクロスの好成績をちょっとあげているくらいじゃ、セレクションにすら通らない。」
ここまで話して、すっかり表情が暗くなったみずきが口を開く。
「セレクションのためのラリー参戦って、いくらぐらいかかるの・・・。」
「メルズーガラリーのエントリーフィー自体は3000€。だいたい40万円ぐらい。それに、マシン、マシンの輸送費、渡航費、雑費なんかを含めると、概ね200万円ぐらい」
「に、にひゃくまんえん・・・。」
「最近はレンタルバイクで参戦できる体制もあるみたいだから、100万円ぐらいで参戦する人もいるみたいだね。でも、それで驚いてちゃいけない。ダカールは、そんなもんじゃない。エントリーフィーも含め、費用は1000万円はかかる」
「い、いっせんまんえん・・・。」
「こないだの話しの〈リンドンポスキット〉選手みたいな、malle motoクラスで参戦する方法もあるけど、それは現実的ではないのは、こないだも話したよね」
みずきがうなずく。
「そう、個人で参加するとしたら、とんでもない大金持ちじゃないとだめだ。さらにびっくりする計算をすると、ラリー自体は14日間だから、単純計算で、1日で71万円かかる計算になる。
1日でバイク一台。
3日で乗用車一台。
14日間で、スーパーカー1台買えるぐらいのお金がすっ飛んで行くんだ。」
「わあああ。」
「ね、そんなことも知らないで、来年ダカールに出たいんです。なんて言っ
たら、参戦を真剣に考えてる人。参戦したことがある人にはまともに相手にされないか、ふざけんな。って怒るでしょ。手越さんが、僕たちをまともに相手にしなかったのは、そういうことさ。」
「・・・。」
「でも、だからといって、それであきらめてちゃ、スポーツマネジメント屋としては、おしまいなんだよね。」
※このお話しに出てくる〈ダカールラリー〉やその他のラリーの開催地や競技フォーマットについては、2011年から2018年前後のものを指針としています。
ちなみに、現在の〈ダカールラリー〉は、2020年には南米を離れ、中東で開催される予定です。
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