第12話 そして桜花は今日も散る

 オーム。


 敵対的外宇宙生命体。


 人類が初めて出会った自分たちと違う星から来た存在。


 人類と違ってケイ素や金属で体が構成された、人類から見れば異質とも言える命。


 彼らとの遭遇は、彼らによる地球の侵略という最悪の形で始まった。


「……こ、のぉ!」


 私は右手の操縦桿を操り目の前に迫る薄いひし形をした、巨大なエイのような敵を避ける。


 敵の目的は、特攻をかける私の機体を、水素爆弾という戦略兵器を積んだ桜花を、何が何でも撃ち落とすこと。桜花さえ落としてしまえば要塞型と言われる巨大オームを破壊する手段は、人類側に残されていない。


 奴らは自分の周囲数キロから数十キロの範囲内に存在する電子機器、もっと正確に言うと電算機を狂わせ、暴走させる。


 それが分からない当初は撃ち込んだミサイルが逆に飛んで来て壊滅、なんてことも起こったそうだ。


 かといって電算機を積んでいない、ただ直進するだけのロケットなどいい的で、オームにはなんの痛痒も与えられなかった。


 だから私達が、生体誘導機が操縦した桜花を使って相手に突っ込み破壊する。


 それしか方法は――。


「きゃっ!」


 機体のどこかに被弾したのだろう。


 上下左右に細かく機体が揺れ始め、操縦がおぼつかなくなる。


 目標まではまだまだ距離があるのに、敵の防衛は厚く、到底たどり着けそうにない。


 援護もゼロ。


 それでも。


 そう思って私は加速の為に左手のレバーを引いて――。


 その瞬間、固体燃料を撃ち抜かれ、爆発四散した。


「はい、ゲームオーバー。残念ねぇ」


 キャノピーの透明な強化プラスチックごしに安寿博士がのんびりとそう声をかけてくれる。


「すみません……」


 私が失敗したのはあくまでも状況を設定したシミュレーションだが、これがとても重要な作戦のものだと私は知っていた。


 だから私は肩を落として謝罪をする。


「謝らなくてもいいんだよ、由仁」


「……先生」


 安寿博士の隣に先生が姿を現し優しく声をかけてくれる。


「でも……」


「反省会もいいけど、まずは出てからにしよう」


「は、はいっ」


 パシュッと音がしてキャノピーが開いた。


 安寿博士と先生が上半身だけコックピットの中に入れると、私の肩口と足のロックを手早く外していく。それが終わり、私の体がシミュレーターから解放されると、


「捕まって」


 先生がそう言いながら、私の体を持ち上げた。


 捕まってというのは、先生に抱き着けという事だ。


 確かにこれから段差を降りて長椅子にまで行くのだからきちんと先生にしがみついていないと私が落ちてしまうかもしれない。


 今までそんな事は一度も無かったけれど。


「は、はい」


 私は戸惑いながら先生の首に手を回す。そうすると、先生が私の背中と太もも裏辺りに手を回し、しっかりと保持してくれた。


 ……本音を言えば、私はこの瞬間が少し苦手だ。


 嫌いなわけではない。むしろもうちょっと長くこうして居たいなと思ってしまうくらいだ。


 でも、何故か血がのぼってしまい、頬が熱くなって胸がドキドキしてしまう。


 更に体が密着してしまう為、こんなことになっているのが先生にばれてしまわないかな、なんて考えると余計にドキドキしてしまい、どうしようもなくなってしまうのだ。


「ごめんね。僕が抱き上げるのが嫌だったら……」


「い、嫌じゃありませんっ」


 なんて、大声で否定してしまった後に、ちょっと過剰だったかなと後悔する。


 だって……。


「おやおやぁ~?」


「ふふふ、これはライバルの登場かしら」


 長椅子に座った美弥が、顔をにやつかせながらからかってくるし、後ろにいる安寿博士がもっと直接的な言葉でからかってきたからだ。


「ち、違いますっ。私は先生の事を心から尊敬しているだけで、深い意味はありませんっ」


「由仁ちゃん顔真っ赤だよ」


 指摘されたからか、私は余計に意識してしまって自分でも分かるくらいに顔が熱くなってきてしまった。


 顔を先生に見られたくなかった私は、両手で必死に顔を抑えながら弁解を重ねる。


「せ、先生! こ、これは違うんです! これはからかわれたからであってその……とにかく違いますっ!!」


「えー?」


「美弥は黙ってなさいっ」


 そんな私に先生はあははって力なく笑いかけながら、それ以上は何も言わないでいてくれる。


 顔は見えなかったけれど、少し困っている様な、でもいつもの優しい先生の笑顔が脳裏に浮かんで……またちょっとだけ胸の鼓動が加速してしまった。


 先生はそんな私を抱えたまま長椅子まで連れて行ってくれる。


 隣に座る美弥が、キシシと意地の悪い笑い声をあげたので一瞬だけ顔から手を離して叩いておく。


「も~、いったぁ~い」


 うん、全然反省してないわね。


 まだ笑ってるし。


「じゃあ、義肢をつけるよ」


「あ、は、はいっ」


 慌てて私は足を差し出し、長椅子を掴んで体を固定する。


 顔を隠すものが無くなってしまったのだけど、先生は真剣な顔で義肢を手に持っていたため、浮かれているのがなんだか申し訳なくなってしまった。


 私は深呼吸を一つすると、お願いしますと言って少し足をあげる。


「ありがとう」


 先生はそうお礼を言ってから、慎重に太ももの断面と義肢を合わせ、接続してくれた。


 両足共に義肢を装着してもらった私は、機械の足を曲げたり伸ばしたりして神経と繋がっている事を確認する。


 安寿博士が説明してくれたところによると、神経の微弱な電位差を感知して足が自由自在に動くらしい。よく分からないがそういうものなのだろう。 


「ありがとうございます、先生」


「こちらこそ、だよ」


 そう言って先生は、私の頭をくしゃりと撫でてくれる。


 これも少し恥ずかしいのだけれど、抱き着かなきゃいけないさっきのよりは平気な振りができるため、私は顔色が変わらない様に堪えながら、いえ、とだけ言っていおく。


 美弥がからかってこなかったので、たぶん隠し通せたはずだ。


「さてと、それじゃあ反省会だけど……安寿さん」


「何かしら?」


「さすがにこの設定は意地悪過ぎないかな。最後の所なんて、単独で敵のただ中を突破しないといけないじゃないか」


 先生が指摘したところはちょうど私が力尽きてしまったポイントだ。


 確かにあれは本当に難しくてちょっと無理じゃないかなって思う。


「う~ん、でもねぇ……」


 安寿博士はそう言いながら手元の端末に目を向けて唸り声をあげる。


「戦力比から推定すると、最後の20㎞くらいは桜花部隊単独になっちゃう可能性が高いのよねぇ……」


 マッハ2~4位に加速できるとはいえ、そこを抜けるのには2秒以上はかかる。大雨の中を、雨粒にあたらず走って通り抜けろと言われているのに等しいのだが……。


 それだけ人類は、日本は追い詰められている。


 これ以上は高望みというものなのだろう。


「やらなければならないのでしたらやってみせます!」


 その為の生体誘導機なのだから。


 私達はそのために作り出されたのだから。


 この身を全ての人々の為に捧げる覚悟は出来ていた。


「……それじゃあ、その場所の対策は練習あるのみ、かな」


「はいっ」


 もちろん、出来る限りの事をするのは大前提である。私も、私の援護をしてくれる人たちも。


 だから私はそれだけの距離を通り抜けて見せるための腕を磨く。


 そう決心した後、私は胸を張り先生に敬礼を返す。


 でも隣で座っている美弥は、ずっと静かなままだった。

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