第183話 幹部で唯一の
「……で、最後の一つは何です?」
二つ目の報告も一段落つき、デクストラが改めてヒューゴへと先を促した事で彼は一度咳払いしてから、
「三つ目は……一行の次なる目的地についてですね」
「「?」」
至って真剣な表情でそう告げたものの、何を言っているのかは分かるが、その理由がいまいち分からないコアノルとデクストラは一様に首をかしげてしまう。
「次なるも何も、
そんな折、コアノルが右手の人差し指を下に向けつつ、妾を倒さんとしておるのじゃろ? と口にするも、
「いえ、それが……ヴィンシュ大陸なのです」
「「は?」」
ヒューゴはふるふると首を横に振ってから、主たる魔王の意見を否定し、それを聞いたコアノルとデクストラの疑問の声が重なった。
するとコアノルはググッと身体を起こし、少しだけソファーから身を乗り出しつつ、
「……何故じゃ? まさか場所が分からぬという事もあるまいに」
異世界出身である望子やぬいぐるみたちだけならまだしも、上級魔族であるローガンも一緒だというのに迷う事も無いだろうと考え、怪訝な表情を見せる。
それを聞いていたヒューゴは手元の書類をパラッと捲りつつ、それがですねと前置きして、
「あまり近づき過ぎてもローガン様や
彼自身が得た出来る限りの情報を口頭で伝えながらも、一体ローガン様は何を考えていらっしゃるのだろうかと脳内で困惑の感情を露わにしていた。
それを受けたデクストラは顎に手を当てつつ、ふむと唸って思案する様子を見せてから、
「……あの狂人にしては随分と慎重な事で」
かつてこの魔王城にて、部下と共にあまりにも悪趣味な研究や実験を際限なく繰り返してきたローガンの姿や高笑いを思い返して、らしくもないと呟く。
そんな中、よいしょと再び寝転がったコアノルが、お主の気持ちも分かるがのと前置きしてから、
「大方、ミコの……召喚勇者の研究が未だ充分では無いから、というところじゃろうの。 彼奴は自らの好奇心さえ満たせれば他者の都合なぞ顧みんからな」
たとえ相手が妾であっても、と付け加えたコアノルは何故か愉しそうに喉を鳴らしている。
――それはきっと、自分もローガンと同じく望子に興味津々だと自覚しているからなのだろうと理解していたデクストラは、
「それよりも……コアノル様。 ヴィンシュ大陸という事は、ミコ様が
「ん? あれとは――あぁ、あれか」
その後、コアノルの笑みが収まってきたタイミングで、デクストラが何かの存在を仄めかすかの様に声をかけたものの、当のコアノルは何の事じゃと首をかしげていたが――それも一瞬の事。
デクストラが口にした
「あの……あれとは、もしや?」
どうやら彼にも心当たりがあるのだろうと理解したデクストラは、こくんと首を縦に振って――。
「えぇ。 他二名が上級である中で唯一、中級である貴方より更に
わざわざ目の前の部下の級位を挙げつつ、随分と大仰な二つ名と共に幹部の存在を告げると、
「ここ十年程お見かけしていないと思っていたのですが……では今は、ヴィンシュ大陸を支配なされて?」
幹部自体は封印される前から存在したのだから当然ではあるが、その名と姿を知っていたらしいヒューゴはおそるおそる上司たちに疑問を投げかける。
「いいや、はっきり言うて彼奴は阿呆じゃ。 いくつもの国からなるあの大陸を統べる程の知能は持ち合わせておらぬ。 あれに任せておるのは――」
しかし、ヒューゴの予想に反してコアノルは首を横に振り、この場にいない幹部について散々な物言いをしたかと思うと、一度深く息を吸って――。
「――ただ、暴れる事だけじゃからの」
――魔王らしい昏い笑みと共に、そう告げた。
それというのも、コアノルが言った様にイグノールという下級魔族は他の下級以上に知能が低く、最低限の指示しか理解出来ないし、理解しようとしない。
だが、それを補って尚有り余る……巨大な体躯からなる圧倒的な膂力のみを買ったコアノルにより幹部に指名されており、ほんの十年程前、ヴィンシュ大陸に赴き通商破壊をせよと命じていたのだった。
無論、そんな指示を受けたところでイグノールはそれが何かは全く理解していなかった為、取り敢えず暴れてこいと告げられたコアノルの言葉だけを忠実に守り、陸海空問わずその力を存分に振るう。
結果的には通商破壊もそれで上手くいっており、望子たちが船を造ってもらう際に、港町の者たちが資材が足りないと口にしていたのもそれが原因だった。
「しかし、こうなっては面倒ですよ。 一応あれにもミコ様の事やその取り扱いについては説明してありますが……とても理解出来ているとは思えません」
成る程と納得するヒューゴをよそに、手を打つ必要があるのではとデクストラが口を挟んできた為、
「……ふむ。 ヒューゴ、お主は今すぐにミコの元へ向かい――ローガンにこの事を伝えるのじゃ」
「せ、接触して良いのですか?」
望子にもしもの事があってからでは遅いからの、と告げられたが、ヒューゴは自身が観測部隊であるがゆえ、接触してしまっては本末転倒ではと問いかける。
「接触も何も……おそらく彼奴は、お主の存在に気づいておるぞ? 構わんから早う行ってこい」
「は、はっ! では失礼いたします!」
するとコアノルが随分と呆れた様に、或いは嘲る様にヒューゴへ笑みを向けてそう告げると、これ以上の質問は無駄なのだろうと察した彼はバッと敬礼し、執務室を後にせんと足早に
「で、じゃ。 デクストラ、お主は念の為――」
そしてコアノルは、チラッと自らの側近であるデクストラに視線を向けて、いかにも魔王らしい威厳を纏わせて指示を出そうとしたのだが――。
「――今一度、通信を試みてみましょうか。 何度も何度も言い聞かせれば……どうされました?」
「あ、あぁいや何でも無い。 それで良いぞ」
当のデクストラは既に自分がするべき事を充分に理解してそれを行動に移そうとしており、きょとんとした表情を向けられたコアノルは、任せたのじゃと呟いて、ヒラヒラと手を振り苦笑いを浮かべた。
その後、城の中であれば何処から何処へでも転移する事が出来るコアノルは、私室のベッドへ仰向けに寝転がる様な形で転移してから一言――。
「――妾が直接出向く事さえ出来るのならば、それで済むのじゃがなぁ」
――溜息混じりに、そう呟いていた。
それもその筈、魔王コアノルは自らの国である魔族領から……いや、自らの住処である魔王城からたった一歩でさえも離れる事が出来ないでいた。
――そう出来ない、理由があった。
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