第99話 風の邪神の新たな眷属
その風は、真っ先に前線に立つ
「あぁくそっ! 鬱陶しいっ!」
「ちょ、何、これ……! 離れなさいな!」
「ぅわぁ! 引っ付くなぁ!」
彼女たちも何とか抵抗を試みてはいたものの、引き剥がすどころか触れる事さえ叶わず、ただただその肢体を蹂躙されていた。
――当然その粘つく様な風は、
「ミコ、嬢……我輩を盾に……」
既に満身創痍なローアはググッと上体を起こしながら、望子を守ろうと掠れた声を上げたが、
「やだ! そんなことできないよ!」
望子が目に涙を浮かべて首を横に振り、小さな魔族を抱きしめて逆に彼女を庇おうとした時、
『――グルルオォ!』
二人の前に立っていたエスプロシオが雄大な翼を広げ、自分に巻きついてきた風だけでなく、彼女たちに絡みつこうとした風までもその身で受け止めた。
「!? し、しおちゃん! だめだよ、にげて!」
それを見た望子は目を見開いて驚き、明らかに苦しんでいるエスプロシオにそう叫んだが、
『グ、ル、アァァァァ……!』
いくつもの触手めいた風に身体を這いずられながらも、絶対にその場を動こうとはしない。
――あの時自分が、気づかなかったばかりに。
――だから、今度こそは。
――
一方、
『『――ダメ、コイツラダメ、ツカエナイ』』
「「……!?」」
あろう事かその風は口を利き、片言ではあるが明らかに失望した様な声音でゆっくりと二人から離れた。
「しゃべっ……あぁ!? そっちから勝手に引っ付いてきといて何が駄目だこらぁ!!」
「何でいきなり使えない奴呼ばわりされなきゃいけないの!? 普通に罵られるよりむかつくんだけどぉ!」
二人は纏わり付かれていた事よりも、生物ですら無い
――彼女たちもまた、
そんな折、残りの一人と一頭……ハピとエスプロシオに絡みついていた風が、
『――コイツ、イイ。 ツカエル』
『――コイツモ、イイ。 ツカエル』
先程の二人の時とは異なる、喜色のこもった声音でそう呟いた瞬間――。
『『――トリツケ!』』
ハピたちに巻きついていた風が、身体の中に吸収される様にして自ら取り込まれていく。
「なっ……!? きゃああああっ!」
『……グ!? ギリャアアアアッ!?』
それまでは多少の苦痛や不快感に耐えていたハピもエスプロシオも、その身体に忍びこむ風が与えてきた突然の強烈な痛みに思わず声を上げる。
「!? おいハピ!」
「しおちゃん! しおちゃあん!」
そんな凄惨な光景を垣間見たウルと望子は、あまりに突然の出来事過ぎて、そう叫ぶしか無かったが、
「……! みこ! ハピだけでも戻してあげて!」
フィンはハッとなって、自分たちがぬいぐるみである事を思い出し、望子に指示を飛ばす。
「ぇ、あっ……も、『もどって』っ!」
望子も彼女のその一言で気づき、離れた場所から座ったまま、ローアを支えていた両腕の片方をハピに向け、自分にとっての詠唱を叫ぶ。
――だが。
「あ、あれ? どうして……!?」
何故かハピはぬいぐるみに戻らず、今も尚次々と侵入してくる風に苦しみ続けていた。
それを見ていたストラは、ん? と一瞬首をかしげたが、すぐに余裕ぶった笑みに戻り、
『何をしようとしたのか知らないけど……まぁどうでもいいや。 ふふ、やっぱり君たちは相性が良かった。 欲を言えば、
パチパチと手を叩きながら、ハピ、エスプロシオ、そして望子へと視線を走らせそう言うと、
「あぁ!? 何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
全く要領を得ないといった様子のウルが、すっかり自由になった身体に炎を纏って叫び放つ。
するとストラは、理解の及ばないウルを嘲る様にくすくすと含み笑いを浮かべ、
『すぐに分かるよ。 ほら』
そう口にしてウルを……いや、ウルの後ろを指差すと、それを追う様に彼女は振り向き、
「あ……?」
一体何だ、と声を上げたウルの視界には、
『グ、ルルルゥ……!』
「しお、ちゃん? どうしたの……?」
明らかに様子のおかしいエスプロシオと、そんな状態でも尚心配する様に声をかける望子の姿が映った。
――次の、瞬間。
『……グルァアアアアアアアアッ!!』
「ぇ……」
エスプロシオが大きく
「!? い、
あれだけ懐いていたエスプロシオがどうして、そう考えつつもウルの身体は既に望子を守る為に動いており、そう叫ぶと同時に彼女の右手が大きな赤い爪となって、狂った
『グ!? ルオォォッ!』
不意打ちだったという事もありエスプロシオは洞穴の端まで吹き飛んだが、すぐに跳ね起き彼女を睨む。
「エスプロシオ! てめぇどういうつもりだぁ!」
ウルは怒り心頭といった様に、牙を剥き出しにして怒鳴り散らしていたのだが、
「もしかしなくても……さっきの風のせい?」
そんな彼女とは違い、何故か随分と冷静なフィンがストラへ確認する様にそう尋ねると、
『あぁそうさ! 僕たちはもれなく全員が
ストラは両手をバッと広げて、邪神らしい醜悪な笑みを浮かべながら大声で語り出した。
「まさか……! おいハピ」
従える、その言葉が引っかかったウルが、もう一人の自分の仲間の名を呼び振り返ると、彼女は既に立ち上がり、右の翼爪をウルに向け、
「――『
小さくそう呟くとその爪の先から、かつて彼女がウルを黙らせる為に放った風の弾丸とは比べようも無い程の……嵐の砲弾が放たれる。
「っ!? てめぇ、も……ぐぁああああっ!?」
ウルは自分の考えが正しかったのだと思い、何とか相殺しようと炎を放ったが、あまりに突然だった、そして何より、邪神の力を受けたハピに力負けした事によって、彼女は全身に裂傷を負いながら吹き飛んだ。
「ウルっ!」
「おおかみさぁんっ!」
ハピがウルを殺すつもりで攻撃する、そんな信じられない光景を目の当たりにしたフィンと望子が、表情を驚愕の色に染めて叫ぶのとは対照的に、
『……ふふ、あはははは!! 大成功だよ! 風の女神の加護厚き
ストラは極めて上機嫌な様子でケラケラと笑いながら、ハピとエスプロシオを自身の元へ呼び寄せると、一人と一頭は彼女の前に跪く。
――本物の、
「そ、そんな……とりさん、しおちゃん……」
望子がローアを支えつつも呆然とし、彼女たちの名を口にする中、フィンは彼女らしくも無く押し黙り、
(ローアはあんなだし、ウルはしばらく動けそうにない……戦えるのは……ボクだけか)
腕組みをしながら、未だ望子の腕の中で苦しむローアから、洞穴の壁まで吹き飛んだウルへ視線を走らせつつそう思案した後、はぁっと深く息を吐く。
「……あぁもう! 分かったよ! やればいいんでしょ! 邪神も、ハピも、エスプロシオも! まとめてかかってくればいい! みこは……ボクが守るんだ!」
ブォン、という電子音にも似た音を立てて
『相も変わらずいい度胸だね
それを受けたストラは、最早怒りなど霧散したかの様にニヤニヤと笑いながら片手を振り上げ、それを合図にハピとエスプロシオがフィンに飛びかかり、彼女もそれに応戦する。
「……いくらフィン嬢とはいえ、風の邪神と、その力を受けたハピ嬢とエスプロシオ殿を相手取るのは荷が重過ぎる……! 我輩も加勢、を……ぐはぁっ!」
おそらくフィンと今のハピやエスプロシオの実力は拮抗している、そう踏んだローアが何とかその身体を起こそうとするが、やはり黒い蛇の紋様が彼女の身体を這い回り締め上げ、自由を奪う。
「っ、ろーちゃん! だめだよ、じっとしてて!」
望子はそんな彼女を心配し、これ以上身体を動かさない様にぎゅっと抱きしめたが――。
(……でも、ろーちゃんのいうとおりだ……このままじゃいるかさんが……うぅん、おおかみさんもとりさんもしおちゃんもみんな……どうしたら……!)
難しい事は分からなくとも、望子もローアと同じ様にこのままじゃ駄目だという事は理解しており、脳内であたふたとしながらそう考えていたその時。
《――彼女たちを、助けたい?》
「っ!? だ、だれ……!?」
突如聞こえてきたその声に驚き、そう言いながら辺りをきょろきょろと見回していたのだが、
「み、ミコ嬢……? 突然どうしたのであるか?」
そんな望子の様子に、苦しみつつも不安げな表情を向けたローアの言葉により、
「え……?」
望子は更なる困惑と共に……ふと、とある一つの結論に辿り着く。
(ろーちゃんには、きこえてない……?)
すると望子の脳内での呟きに反応する様に、ふふ、と微笑みが届いてきたかと思えば、
《勿論。 君の頭の中に直接声を届けているんだから、他に聞こえないのは当然といえば当然さ》
先程と同じ比較的高めの男声……或いは低めの女声で、そう返してきた謎の存在の言葉に同様しつつも、
(そ、そうなんだ……っそれより!)
こくんと頷き納得しかけた望子だったが、今はそれどころじゃないと首をぶんぶんと横に振る。
《あぁそうそう。 このままだと、君のお友達はみんな死んでしまうし、その後君も……あの邪神に喰われてしまう。 こちらとしても、それだけは避けたいんだ》
その声はこれから起こるのだろう事実を、望子に突きつける様にそう語り、
(じゃあ、どうしたら……!)
そう脳内で呟く望子の頬に、極度の緊張と焦燥からか一筋の汗が流れてしまう。
《君の身体を、少しだけ貸してくれないかな? そうすれば、邪神を倒せる。 お友達も全員助けた上でね……ほら、こうしてる間にもお友達が傷ついているよ》
(……! いるか、さん……っ)
するとその声が少しだけトーンを落としてそう告げて、それを聞き顔を上げた望子の視界には、望子を守る、その一心で傷だらけになりながらも邪神と急造の
《事が終わればすぐに身体は返す。 勿論、君には傷一つ付けないと約束する。 さぁ、もう一度聞こう……彼女たちを、助けたい?》
気遣っているのか試しているのか分からない、そんな物言いに望子は多少の違和感を覚えながらも、
「……たすけたいよ! だから……ちからをかして!」
感情の
「!? ミコ嬢!? いきなり何を……ぐぇっ!」
それに驚いたローアがビクッとなったのも束の間、彼女を支えていた望子の両腕が離れ、苔むした地面に放り落とされた。
そんな彼女を全く気にかける事なく、望子の姿をした何かは悠然と立ち上がり――。
《――望子。 全ては君の意のままに》
――《それ》は再び、
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