早朝
「煙草を吸う仕草が好き」
彼女は俺にそう言ったことがある。
朝、ベッドから出ないで煙草を一本吸うのが俺の一日の始まりになっている。ほんの少し窓を開けて、外の空気が中に入ってくるのを感じながら煙を吐き出す。
俺の隣で今も眠っている彼女は今日は俺の煙草を吸う姿を見れなかったとごねるだろう。それもいつものことだ。
ちらりと彼女を見る。規則的な寝息を立てる彼女はまだ起きる様子はない。毛布越しに腰を撫でてみれば擽ったそうに動いたのでやめる。そういえば彼女は今下着以外に何も身に付けていないことを思い出した。
風が部屋の中へと入ってきて、ゆっくりと上へと登っていた煙草の煙が揺れて消えていく。揺れるカーテンの向こうの外を見れば澄んだ空が見える。肌寒い季節へと移り変わる、この時期の煙草が一番味わい深いと俺は思う。
残り僅かになった煙草を灰皿に押し付けて火を消す。このままもう一本吸ってしまおうかと考えているところで、彼女がもぞもぞと動き始めたのがわかった。
毛布の中で蹲って、両腕を枕元へと伸ばして俯せで伸びをする。猫の姿勢とかいうんだっただろうか。
「おはよう」
目が覚めたらしい彼女に声をかけると、彼女は毛布から顔を覗かせ俺を見上げた。
「……」
どこかしら恨めしそうな表情を俺に向ける。
「また煙草吸ってることろ見れなかった……」
「家でいつも吸ってるだろ?」
朝一で煙草を吸う姿だけじゃなくても、この家は室内も喫煙可能なのだから問題ないだろうと思っているのだが、彼女はどうしても譲らない。いったい何が違うのだろうか。
俺は苦笑いを浮かべながらもう一本煙草を取り出して咥えた。それを見た彼女はきょとんと目を丸くする。それに構わず煙草に火を点けて、吸い込んだ煙を吐き出した。それから彼女を見る。
彼女は俺をじっと見ていた。見惚れている。そんな表現がぴったりと合ってしまうくらいには。
「……何?」
「いや……なんか、やっぱりそれがいいなって……」
「何それ」
曖昧な返事に笑ってしまう。
体を起こした彼女が俺の脚を乗り越えるようにして俺が吸っている煙草が入った箱に手を伸ばす。断りもしないで勝手に一本取り出して口に咥えた。
火を点けて煙を吐き出す彼女に思わず見惚れてしまった。自分がしていることと然程変わらない仕草のはずなのに。
彼女には言っていないし、言うつもりもないが、俺だって彼女が煙草を吸う仕草が好きなのだ。
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