【完結】① 天界より落ちた少女の髪は真白く、恩寵の衣を纏って、中華大陸をさまよう(慶央篇)
明千香
序章
昔々のある日、天界に住む神たちは、雲間に見え隠れする混沌とした下界を、小さな穴より見下ろして考えた。
……何もないのは、まったくもって面白くない……
それで、自らのその手を汚して、混沌の中に一握りの土を投げ入れて広大な大陸を造った。そして草木の種をぱらぱらと蒔き、生き物を放った。
やがて、気の遠くなるような長い年月が流れ、初めは平らであった大陸は、万年雪を頂いた山々の連なり・砂漠・草原・密林を造形した。まるで神たちの着物の裾の美しい刺繍模様のようにその姿を変貌させたのだ。
神たちは箱庭を愛でるように、その美しい大陸のさまを見下ろして楽しんだ。
そしてまた昔々のある日、自分たちの姿に似せた生き物をその大陸に住まわせようと、これまた気まぐれに神たちは考えた。
着物の裾の美しい刺繍のような大陸に、〈人〉と名づけた自分たちと同じ姿をしたものが幸せに暮らす。それは神たちにとっては、なかなかにおもしろい人形遊びのようなものであったのだろう。
しかしそうやって造られた〈人〉は、姿は神たちに似ていてもその体と心は大変に脆くかつ危うかった。何よりも、地上に住む〈人〉の一生は天上界に住む神たちの一日の長さよりもまだ短い。
そうなると〈人〉はいつしか、その脆い体と危うい心で短い一生を生きることに足掻き始める。足掻いて苦しんで、その結果として心に妬みと嫉みを宿した〈人〉は、やがて騙し合い盗み合い殺し合った。
その有様に驚いた神たちは大陸に嵐や旱魃や地震を起こし、〈人〉に騙し合い盗み合い殺し合うことの愚かさを悟らせようと、何度も試みたがうまくいかなかった。
やがて神たちは自分たちに姿は似ていながらいがみ合い憎しみ合う〈人〉に嫌気がさして、下界を見下ろす穴に蓋をした。神たちは自分たちが造ったものを見ないことで、昔々に自分たちが気まぐれに造った大陸を忘れることにしたのだ。
地上に住む〈人〉から見れば悠久のごとく長い人生を送る神たちだが、宇宙を掌
るとなればそれなりに忙しい日々を過ごしている。〈人〉の想像外の心配ごとや愉しみごとが、彼らには多々あるのだ。気まぐれに造った下界の大陸のことなど忘れても、なんの差し障りもなかった。
しかし、ごくごくたまに、下界を見下ろす穴のその蓋が開く時がある。
時に、天上界の掟に背く神がいる。忘れ去られた下界の大陸は、そのような神を追放する場所として使われた。そしてまた自ら蓋を開けて大陸へと飛び降りる神もいた。
しかしそのようなことは、悠久の日々を過ごす神たちにとっても滅多に起きることのないごくごくたまの出来事だ。追放された神や自らの意思で飛び降りた神の名前が刻まれた玉板が、天上界の記録処の棚の上で、厚く積もった埃に埋もれているほどだ。
それゆえに、〈人〉が自分たちの住む大陸を〈中華〉と名づけてそう呼んでいることも、天上界のほとんどの神たちは知らない。中華大陸に多くの〈国〉というものを作って、〈人〉が憎み合いながらも時には深く愛し合って短い一生を精一杯に生きていることも、また、天界の神たちは知らない。
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