ベトナム料理店でお見合いです。

 31歳になった。結婚相談所に入会した。担当はこの道何十年の話しやすい雰囲気のおばちゃまだった。

「あなたに合いそうないい人紹介するから楽しみにしててね〜」とニコニコしていた。

 紹介された男性との待ち合わせの日が来た。結婚相談所で顔合わせだ。相手の名前と年収が書かれた紙を渡された。年収は多くはなかったが高望みはしてないし私も人のことは言えない。そっとその紙をバッグの中にしまった。

 婚活相手が登場した。言っちゃ悪いがモテなさそうな人が来た。真面目そうないい人そうな、でもモテなさそうなのがなんとなく伝わってくる。全然タイプじゃなかった。この人が私とお似合いらしい。もう、今帰ってもよかった。だがそんなことは言えず名前を言って自己紹介した。

 担当のおばちゃまに近くのイタリア料理店で食事してくるといいと言われたが、その店は混んでいたので隣のベトナム料理店に入った。アオザイを着たベトナム人女性が席に案内してくれた。日本語が少し訛っていてかわいい。よく冷えたお茶を持ってきてくれた。おいしかったけど飲んだことのない味だった。蓮のお茶だそうだ。

「僕、ベトナム料理の店初めて来ました」

「私もです」

 食べたことのないメニューがいっぱいだった。鶏肉が好きなのでココナッツチキンカレーと生春巻きを頼んだ。婚活相手も同じメニューにした。

「僕、ココナッツチキンカレー初めて食べます」

「私もです」

 お互いの職業や趣味について話した。少し目が泳いだり手が震えたり緊張しているようだった。好きな音楽の話で少し気が合いそうだったが、たまに彼の口から大きな唾が飛んでテーブルに着地した。ゲッと思った。


 あま〜いココナッツの香りのするココナッツチキンカレーと生春巻きが運ばれてきた。生春巻きのお皿には人参が包丁でお花の形に切られていて綺麗だった。

「これも食べれるのかな?」お見合い相手は人参のお花を素手でつかんだ。

「どうでしょうね」

「固っ」

 お見合い相手は果敢にも人参のお花にかぶりついたが、生だったようだ。

「飾りでしたね」

「は、恥ずかしいなあ」

「大丈夫ですよ。私も食べれるか気になっていたので」

 人参のお花に歯形がついた。

 ココナッツチキンカレーを食べ始めた。好き嫌いのない私だったがこのココナッツチキンカレーは口に合わなかった。ココナッツの風味が、無理……。しかし食べ物は残してはいけない。そう親と小学校の時の担任にしつけられた。好き嫌いの多い姪っ子にも「ちゃんと食べてあげないと可哀想でしょ」と言って食べさせている。私は「あたしこれキラーイ」と平気で言えるような無神経な女には育っていない。食べよう、食べようとしたが全然スプーンが進まない。お見合い相手はココナッツチキンカレーも生春巻きも食べ終わっていた。

「結構おいしいですね」

「そうですか? 私、ちょっとココナッツは苦手だったみたいです……」

「あ、無理しなくていいですよっ」

 また彼の口から唾が飛んだ。放物線を描いて着地したのは私のココナッツチキンカレーではなく、まだ一口も食べていない生春巻き。

 ベチャ。そんな音が聴こえた気がした。


 食べたくない。食べたくないけど私にはもうこの生春巻きしか残っていない。お見合い相手の唾がついた生春巻きを私は箸でつかんだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る