第1話 誘拐沙汰

 


 がちゃ、ばたん。


「あー、あー、あー」


「車に乗っていきなり奇声をあげるなんて、なかなか素敵じゃないか」


 フロントミラー越しにアフロ頭の彼が、俺にそう言ってにんまりと笑う。


 アフロ頭は車の天井につくかつかないかぐらいに盛られていて、俺は一瞬それに言葉を失った。


 見るたびにでかくなってやがる。


 成長でもしてるのか。


「質問が二つ浮かんでな、優先順位に悩んでるんだ」


「同時に質問してみるってのはぁ、どぉう?」


 隣のアフロな彼の真似をするように、助手席に座る彼女もフロントミラー越しに俺を見る。


 ひと昔前のギャルファッションに身を包んだ彼女は、頭の先から、今は見えないがいつも通りなら、足の爪まで、キラキラでギラギラに飾り付けられている。


 きらびやかに見せたい割には、肌は黒に近い褐色に焼いている。


 そんな彼女も今年で二十八歳だ。


 彼女の意見はごもっともなので、俺は素直に従って聞く事にした。


「今から何処に行くんだ? 俺の隣でスヤスヤ寝てる彼女は誰だ?」


「いつも通りぃ、決まってなぁい」


「ああ、それは拾ったんだ」


「拾った? 誘拐かよ!?」


 彼女の答えは、俺達にはいつも通りのやりとりだったので今回は聞き流した。


「拾ったんだ。拐ったんじゃない、人聞きが悪いな」


「私らしかぁ乗ってないけどねぇ~」


 彼も彼女も笑ったまま、ね~、と言葉を合わしていた。


 俺の横に、後部座席にスヤスヤと眠る少女は寝顔からしてもまだ幼い。


 中学生ぐらいだろうか。


 アフロが用意したのであろう、毛布がかけられていた。


「何見つめちゃってぇ、もしかしてぇロリコン? ロリータコングラッチェってやつぅ?」


「それを言うならロリータコンプレックスだ。んでもって俺はロリコンじゃない」


 幼女、おめでとう!


 まぁロリコンを指してる意味には違いは無いが。


「状況がまったく把握できてないので、説明を頼む」


「あ~、いいんだけどその前に車走らすわ」


 がちゃ、ぶるるるるるる。


 否応なしに車が動き出したので、慌ててシートベルトを絞めた。


 助手席の彼女も急発進に、おおぅ、と唸った。


 彼の運転は相変わらず下手くそだ。


「その娘さ、空から降ってきたんだよね」


 急に詩人めいた事を言われたので、なぜだか可笑しくなった。


 普段の彼は、そんな事を決して言わない。


「街歩いてたら降ってきたんだよ。んで上手いことキャッチしちゃってさ。キャッチ&リリースといきたいところだったけど、リリースする場所が見当たらなくて……」


「車に連れ込んだ、と」


「連れ込んだって、また人聞き悪いな」


「私らしかぁ乗ってないけどねぇ~」


 また彼と彼女は、ね~、と言葉を合わせる。


 その合わせ、気に入るほど面白いか?


「で、どうすんだよ?」


 ん~、と悩む彼。


 アフロをボリボリと掻いている。


 どう見ても、頭皮にまで届いていない。


「いつも通りぃ、決まってないんだよねぇ」


「いや、そこは決めとけよ。どうすんだよ、彼女。下手したら誘拐が冗談ですまないぞ」


「そいつは困った。やっぱり元々落ちる予定だった場所にリリースしてこようか」


 ミラー越しに見る彼の顔は、なぜだか困っているどころか楽しそうだった。


「んじゃ、とりあえずそっち行くか」


 交差点にさしかかったので、彼はハンドルを左に切った。


 行くかぁ、と助手席の彼女も続いて言っていた。


 先ほどの急発進にも、今の左折の揺れにもまったく動じることなく、俺の隣の少女はスヤスヤと眠ったままだ。


 空から降ってきた、ということはやっぱりこの少女も、アレなのかな。


「やっぱ見つめちゃってぇ、ロリコンじゃぁん。ロリータコンプリートぉ!」


「ただの趣味から、狂気的な趣向に変わってしまってんじゃねぇか!」


「今度は否定しないんだな」


「否定しなくても、俺がロリコンじゃないのは先ほど伝えましたが!」


 ええい伝われ、俺のノーマル趣味を!


 しかし、ノーマル趣味ってなんだよって話だな。


「ああ、もう。あのさ、真面目に話そうぜ。事態は結構ヤバめじゃないのか?」


「ヤバめって?」


 アフロな彼がこちらをミラー越しに窺ってくる。


 正直アフロが大きすぎて、彼の目は米粒程度にしか見えない。


 こちらから窺ってる彼をミラーで見ると、ほぼアフロしか映っていない。


「日常的に空から人が降ってくるなんて、ありえないだろ?」


「実は彼女は怪盗でぇ、刑事さんから逃げるために落ちてきたとかぁ。実はビルの何階かでぇ、ジャッキー顔負けのアクションかましてて落ちてきたとかぁ」


「そんな日常がありえないって話をしてんだよ」


 彼女の日常は、常に映画や漫画顔負けの大波乱に満ちたものらしい。


 俺はそんな日常は、仮に願ってしまったとしても実現して欲しくない。


「だから、この少女が落ちてきた理由なんて一つだよ。自殺だ、自殺。飛び降り自殺」


「はぁ、マジかよ? それはヤバイな」


 セリフとは裏腹に棒読みな彼。


「何がヤバいのぉ?」


 助手席の彼女は、隣のアフロと同じように棒読み気味でそう聞いてきた。


 まったく危機感を持ち合わしてるように感じないのは、気のせいか?


「飛び降り自殺だとしたら、やっぱり遺書用意するだろ。それ以前にこの少女の行方がわからなくて親御さんが捜索願いだしてるかもしれない。そうすると、遺書を発見。やはり飛び降りか?、と辺りを捜索。しかし死体が無い。彼女は何処だ?」


「彼女はオレ達の車の中。拾っちゃったオレは、感謝されるどころか、全部仕組んだ誘拐犯、って疑われる可能性もある」


 おーまいっがっ、とシートにもたれる彼の口元は何故だか笑っていた。

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