《1》
教室へ戻ると、テンが机の上に何かを並べていた。
「……テン、それは何?」
「手作りのタロットカード……みたいなものです。本物のタロットカードはよく知らないので。ナインと私で作ってみました」
「あ、はい……だから結果とかめちゃくちゃかもしれないけど、ただの運試しっていうか」
テンがカードを混ぜてから、五枚選んで自分の前に置いた。
「五枚ぐらいですかね? こういうのって」
一番左端にあるカードをめくった。
「妖精、ですね」
「良いカードなのかな」
「……どんな意味でしたっけ、ナイン」
「えっ……あー、とりあえずそれ全部めくってみて」
「はい、分かりました」
続いて猫、天使、王様、月が現れた。
「絵が可愛いからかな。平和な感じに見えるけど」
「うーん……良い感じなのは天使ぐらいかな」
「妖精は?」
「僕はあの、あんまり妖精に良いイメージがないっていうか。イタズラしそうだし。予測できない事が起こる……みたいな、感じかな」
「そう言われると、そんな気もしてくるね」
「ご、ごめんなさい。こんなの僕の勝手な感想でしかないですよね。違うと思ったら言ってもらっていいので……えっとじゃあ猫は、これもイタズラっぽい。うーん黒猫は良くなさそうだけど、書いたのは白猫だし……安らぎの象徴とかはどうでしょう」
「ナインは上手ですね。私も挑戦してみます。次は天使。天使は……幸福。何か幸せへと繋がるものを授けてくれる……」
テンは指を組み、目を閉じてしまった。
「……お、王様はやっぱり支配者だよね。圧倒的な権力。それがプラスになるか、マイナスかは分からないけど」
「……月か」
呟いた私の方に二人の顔が向いた。
「月はあまり良い意味じゃないね。不安定、迷いや裏切り……ああでも、逆にすれば意味も逆転する……」
「月は静かに世界を眺めているだけで、何も言いません。静寂、規律。うーん……中立な立場にしましょうか。この場をただ見守っているカードです」
「まとめると、予測できない事態、安らぎ、何かを授ける、支配者、見守る……ど、どうでしょうかね。当たりそうな、外れそうな……」
「なかなか面白かったよ。絵も可愛いし」
タロット占いをやった記憶はないが、頭の中に浮かんでいた。他のカードは思い出せないのに、なぜか月だけ。
「あ、はは……よかったらまたゲームをやりましょうね。あっ、これ言っちゃいけないことだったかな」
ナインが反省するように、口に手を当てた。
「シンクのことは心配だけど、それと我慢しなくちゃいけないのはまた別じゃないかな。気が滅入る前に切り替えることも大事だ」
不安そうな顔が、少し晴れたように見える。シンクが消えた今、最も気をつけるべきなのはナインとケイトだ。
「テン、ナインと一緒にいてくれるかい? ナインも、テンと離れてはダメだよ」
「はい、もちろんです。あ、ナイン! このゲーム、テストプレイしてみましょう」
大きな紙の上に指令が書いてある。サイコロも持っているので、すごろくのようなものだろうか。
いつの間にか他の子も混じっていて、ここはひとまず大丈夫そうだとそこを離れる。
一階下がった時だった。暗闇の中に誰かいる気がする。警戒したが、咄嗟にできることが浮かばなかった。ただそこに立ち尽くし、その何かを待つ。
ゆらりと揺れたシルエット。その正体は彼だった。
「ケイト……」
顔が見える距離まで来ると、ケイトは急に私の方へ近づいた。腕が背中まで回る。突然触れた体温に驚きつつも、その体を受け止めた。
「どうしたの……一人で」
サイスとトレイはどこへ行ったのだろうか。トレイはともかく、サイスがケイトを一人きりにするなんて考えづらいが。
「先生に、会いたかったの」
「……私に?」
彼に必要とされる理由が思いつかなかったのでそれを聞きたかったが、そんな雰囲気ではなかった。ケイトは切羽詰まった表情を浮かべている。
「……先生」
深呼吸をすると、少し力を緩めた。でもまだ腕は背中にある。
「先生は、幸せ?」
「えっ」
唐突の質問に言葉を失ってしまった。どういう流れでそんな話になったのだろう。
「ここにいるの、楽しい? 覚えていなくても、元に戻りたいとは思わない? 私達と過ごすの、嫌じゃない?」
ケイトの瞳は少し濃いピンク色だ。紫に近い方の……。
溜めていた涙が反射して光った。指で拭いながら、顔を見つめる。
「もちろんだよ。皆と一緒に過ごせて、私は幸せだ」
「……良かった。ねぇ、先生……」
目の下に手をやってから、体を離した。見た目は女性のようで柔らかな印象があったが、こうして触れてみると、ちゃんと少年らしさが残る体つきだ。
「私のこと忘れない? 私ね、こんな髪をしていて、こういう服を着ている。好きな色は……これ、この瞳の色なの。宝石みたいでしょ? だからダイヤを選んだの。美を手に入れたから、次は愛が欲しい」
彼の手に触れた時、妙な感じがした。その手が思っていたよりも固く感じたのだ。どういうことだ? いや、今はこんなことを気にしている場合ではない。
「先生……?」
不安そうに見上げるケイトに笑いかける。
「愛しているなんて、当たり前じゃないか」
今度は私の方から抱きしめて、頭を撫でた。柔らかな髪質。光を通すと、絶妙な色合いに変化する。
「ケイト、君は間違いなく愛の子だ」
頬に触れる。ほら、こんなにも柔らかく、暖かいじゃないか。微笑むと色づいて……疑問に思うことなんて何もないだろう?
片手を持ち上げて、反対側を腰に回した。ダンスなんてできないが、体を揺らすだけでいい。時折回って、笑い合って、幸せを噛み締めよう。
ほら、踊ってみせてごらん。
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