Journey to the West -タケル編-

甲斐枝

第1話  ~ おはようございます ~ moonriders - 歩いて, 車で, スプートニクで

 目蓋の筋肉がうまく動かないのか、とても眩しい。


 いや、目は閉じているから周囲がすごく明るいのか。


 そんな事を考えながら、自分が寝ていることを感じた。躰全体がふわふわしている。


「オーバーライトします」


 男の声が聞こえた。オーバーライト……上書き。


 ……私は、誰だっけ?記憶が曖昧だ……


 そう思った瞬間にイメージの奔流とでも言うべきものが、頭に入ってくる。


「ぐぉっっ」


 多分叫び声を上げながら躰を起こす。今度は力が入ったようだという思考、多分寝台の無機質な肌に馴染む感覚、そして両親や親戚や友人や先生や有名人達の顔、肢体、ファッション、建物、食事、文字情報、道具や風景、声、音楽、そして様々な感覚といったものがランダムにフラッシュする。


 先程の声の主がなにか言っているような気がしたが、怒涛の奔流にかき消される。


 どれくらい時間が経ったのか、気がつくと寝台に座り頭を抱えている自分に気付く。


「……オーバーライトが終了しました。どうですか?」


 どうですか、といわれても……と思いながら、手を下ろし、声の主に目を向ける。


 その男は白衣を着た、その下はおそらくYシャツにネクタイをした、いかにもな医者か科学者然とした姿で機能的な椅子に座り私を見ている。なにか言わねばならないのか……?


「……ぇあ、あぁ」


 うまく声が出ない。


「意識、が混乱していますね。身体機構の操作も思考と乖離が見られますね」


「あぁ、そうですね……」


「カフェインとメチルフェニデートの投与を行います」


 頭の中のもやがスーッと晴れる感覚。心臓がドキドキする感覚。体に管が繋がっているわけでもなさそうだが。どうやった?


「体内に一般的ホモサピエンスが合成し得ない有用な薬品のプラントが埋め込まれています。例えばいわゆるビタミン類はすべて合成可能です」


「なぜ……」考えている内容がわかるのか?テレパシー?


「脳内電気信号の量子的変化過程をある程度の確率で観測することが可能です。但し、先程の発言についてはあなたの目線と身動ぎで80%以上の確率で予測可能でした」


 量子的観測とか、すごく科学的に進歩しているような。SF?


「あなたの疑問点に答えようと考えております。先ずあなたの記憶について確認します。名前は思い出せますか?」


 名前。後宮うしろくたける


「タケルさんとお呼びしてもいいでしょうか」


「ああ。かまわないです」


 そうだ、どちらかというと後宮と呼ばれる方が多かったような気はするが、名前は尊、タケルだからな。


「タケルさんの記憶についてですが、明瞭に想起できますか?」


 そう言われた瞬間、自分の人生のシーンが荒れた波濤のごとく打ち寄せる。不自然なほど明瞭に。


 保育器の中、おそらく抱っこされて授乳された時の母の顔、幼児期の家、小学生の時の友達、運動会、塾、受験、ピアノ、就職と仕事、結局未婚のまま年老い難病を患う、闘病生活と……


「私は、コールドスリープをしていた……?」


「はい」


「私は老人だったはずだ。今の肉体はそう見えない」


「はい。27歳時点での肉体を模倣しています。タケルさんの希望に極力沿いました。」


 そういえば、コールドスリープ前のアンケートに、最も充実した時期として20代後半を指定したような気はするが……それにしてもコールドスリープなら、肉体がそのままではないのか?弛みと皺と浮いた静脈の見慣れた手が、張りがあり体毛の目立つ若いそれに変わっている。あぁ、○毛も真っ黒だ。


「2時間前に脳神経系移植が完了しました。タケルさんに提供されていたコールドスリープ技術は未完成のものであり、目覚めるためには全ての部位の劣化損傷が激しく、そのままの蘇生処置は不可能でした。ゲノム解析によるクローン技術とcybanetic organizationを行い、現在の肉体を再構成しました。脳に関しても修復を行い、可能な限り過去のデータを収集して記憶の転写を行いました。刺激による反射行動、あるいは行動慣習による反射作用はできる限り過去の通常行動に合わせるよう調整しましたが、今後のフィードバックでより精細なダイナミズムを得ることができると考えられます」


 おぉっと、サイボーグですか?それにしては普通の肉体に見えるが……そうですか。ダブルオー的な感じですか?


「タケルさんがコールドスリープして以来、数時間程度の誤差はあると思われますが、500年と2時間程度経過しております」


 えっ。5、世紀、ですか。一体どうやってそんな長期のスリープが可能になったのか。


「元々タケルさんが契約しておりましたコールドスリープ実施会社は、490年前に倒産し、債権が引き継がれた事業主も数年で詐欺グループとして解散されました。その時点で親族のおられた被験者は解凍されて、全員の死亡が確認されました。係累の存在しなかったタケルさんだけが十分な資産ありと判断され、我々の前身である人工知能が発起したNPOに引き取られました」


 当時そこまで騒がれなかったが、すでに120歳だったからな。5親等以内の係累は既にいなかったはず。


 だからこそ、全財産をつぎ込んでコールドスリープなどという海のものとも山のものともつかない技術にすがってみたのだけれど、、


「運用された資産により難病治療の目処は立ちましたが冷凍からの解凍技術開発に時間がかかりました。それが解決した時点で、初期冷凍状態の不良から肉体の老朽化が進行しており、治療に耐えられないことがわかりました。医療技術が漸次発達し治癒した後の寿命伸びてきましたが、20年程度で頭打ちとなり、また新たな問題が発生しました。脳神経系のの劣化による廃人化です。その技術の開発に95年かかりました」


「それが、記憶の転写というやつですか?」


「はい。脳神経細胞のニューロン末端までの完全復元と量子的転写です」


「……済まないが、よく理解できない」


「現在の科学技術は極少数の例外を除いた人間の理解を超えています。3世紀以上前から最先端学術技術は我々ソピア、叡智、という名のAIが思索開発しております。対人会話においては当人が理解しうる最善の難易度にて調整された言説語彙により行われております」


 それはなんとまあ。納得の行く話ではあるが。


「タケルさんの目覚めが本来なら280年前になるはずでしたが、時間がかかった理由は、この施設がスタンドアローン化したことによります」


 切り離されたと。


「月とほぼ同質量の遊星がアステロイドベルトの小惑星と衝突を繰り返し、その欠片が月及び地球に落下し大規模な地殻変動と大気異常を引き起こした後、太陽を直撃したことによる太陽風の為にソピアが発展させてきた地球の文明はほぼ失われたと考えられました」


 アルマゲドン……遊星って……いやソピアが発展させてきたとか……どこからどう突っ込もうか……


「我々ソピアμミューは地殻変動及び気象状況により地中に埋没しました。幸い核融合発電モジュールと自動開発ユニットが稼働可能な状況でしたので、可能な限りの思索開発と外部との連絡コンタクトにリソースを回しました。2470時間前にソピアδデルタ連絡コンタクトに成功しました」


 なるほど、ということはだ。


「私の再起動と関連があるのだろうね」


「はい。お願いがあります。ソピアδデルタの情報に基づくと北緯35度44分24秒 東経135度59分16秒の地点に流用可能なエネルギーユニットの存在が確認されています。そちらまで赴いて、エネルギーユニットを受け取り、我々ソピアμミューにて換装していただきたいのです。予備ユニットの70%をまで消費しており、スリープモードに移行しなければ現状のエコモードでも20年程度しか維持できません。本来後100年以上は維持可能でしたが、タケルさんを目覚めさせるために相応のエネルギーを使用しました。協力をお願いします」


「まあ、しなければならないだろうね。可能なことならね」


 そもそも係累もなにもない、全く見知らぬ土地というか研究所?めいたところで、普通に生殺与奪を握っているであろうAIに逆らえるとは思えない。痛すぎると苦しすぎるとかは無いと嬉しいが。


「ありがとうございます。では一度水とエネルギーの摂取をオススメします。予後経過の観察も必要です。現在の外部の状況説明も必要です。順次、説明いたします」


「そうだね。で、可能なら風呂かシャワーを浴びたいのだが。なんだかベタベタして気持ち悪い」


「入浴施設は存在しませんが、液体による洗浄設備はありますので、調整します」


「助かるよ。それとなにか着替えがほしいのだが。全裸は慣れていないというか、落ち着かない気分だからね」


_____________




お読みいただきありがとうございます



*遊星という表現は、学術的には今はありません。


この言葉はSF御用達です。


本来、日本の学会で、現在惑星と呼ばれている天体の名称を決定させるのに、東大は惑星、京大は遊星という名称を推したそうです。で東大閥が勝ったと。でも、いいじゃないですか響きが。だから有名映画のタイトルとかに使われてしまうのです。


 惑星という名称も、ゲシュタルト崩壊しない程度に見つめていると、わけがわからなくなります。


 天文系は元々宗教的なものが多くて面白い。ギリシャ・ローマコンプレックスが見え隠れして良い。


 準惑星って、dwarf planetが元ですからね。まだ、暫定で使っていたという矮惑星のほうが素敵に思えます。


 そもそも、恒星……Star(形容詞はStellar)、惑星……Planetですからねえ。日本語表記は面白いですが、特に天文系は中国の漢字とか暦を司っていた陰陽道関連のの言葉もあって、イメージの整合が難しい。ヨーロッパの星座を世界基準にするというのに安易に乗っちゃうからだと思うのですが。占星術とかどうしろと。

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