第279話 厨二ブレードと身バレ2


 青褪める冴島さんを背にしたまま壁を消し銀刀を振り上げる。光線が当たったと顔を歪めて嗤っていたバケモノは、表情を一転させこちらへ向けてその巨体でもって迫ってきた。光線が通じず、また腕を焼却されるかもしれないのであれば、銀刀を振るえない距離まで近付いて膂力でもって制しようとでも言うのだろうか? だが無駄だ、今の俺には視えている。


 「遅い」

 「グギャッ!?」


 巨体になった事で的が大きくなったその腹に、お返しとばかりに先程やられた方の脚で蹴りを入れる。当たる瞬間にバトルブーツの機能を解放し威力を上げた回し蹴りは、バケモノを壁へと吹き飛ばし大きな激突音を響かせた。


 「……我ながら引くわー、この威力」

 『その靴、ニンゲンがもってちゃダメなやつだろ……』

 「そうだな。普通なら足だけが飛んでいくかもしれないらしいから危ないよな」

 『そういう意味でもあるけれども、そうじゃねーよ……』

 「じゃあどういう意味だよ?」

 『あー、なんでもねぇよ』


 こんな時だが思ってしまう。壁に強かに打ちつけられた化け物の背中は衝撃で裂けたらしく地面に血が滴っている。だというのにダンジョンの壁は少し崩れた程度だ。ダンジョンに潜り始めてすぐの頃に壁を掘ってみたことがあったが、その時は普通に掘れたのにな。つまりダンジョンの壁は見た目以上に広い範囲、大きな衝撃なら吸収できてしまうほどに分厚いのだろうか。

 これを終えたら、ダンジョンがどういうものかの調査、再開したいな。


 「御影さん、貴方があのバケモノを殺せる事はわかりました。しかし……本当にいいんですか?」

 「はい」


 左目の【神眼】を通して後ろにいる冴島さんを観察する。冴島さんは“目”に関する能力みたいだ。これまでと違い、より正確にその能力が何を見ているのかが感じ取れる。

 右目は相も変わらず『殺せ。復讐しろ』と繰り返している。しかも冴島さんに対してもだ。


 「……八つ当たりをするなよ」

 「え?」

 「こちらの話です」


 右目に纏う赤と黒のエッセンスは右手の黒夢から漏れ出たものだ。そしてその黒夢にはオメガが隔離されている。おそらくその意志がエッセンスに溶け込んでいるのだろうが、対象は冴島さんではないはずだ。

 それに俺自身への言葉でもあった。正確には八つ当たりではないんだが、殺したところで彼女は戻ってこないだろう。“賢者の石”で肉体を造れば、と考えもするがしかし、小夜の時とは違う。不可能だ。

 そしてこれからする事に『殺す事』以外の意味があるのかといえば……。そこまで考え冷静になる。つまり俺は、彼女との日々を過去として見ることが出来ているんだ。

 でも、それでも聴こえるんだ。怨嗟を謡う声が。


 「俺はアレを殺しますが、できればここで見た事は……隠すなんて無理ですよね」

 「そう、ですね……」

 「じゃあ適当に誤魔化してくれませんか? 手柄は冴島さんのものでいいですし」

 「はぁ……しかし」

 「お願いします」

 「……無理、ですね。私は『お願い』では動けない立場です」


 冴島さんは無理と言いながらも何かを確信し期待しているような目でこちらを見据える。そして僅かに口角を上げ言った。


 「『お願い』は聞けませんが職務上、上位者からの『命令』であれば聞くしかありません。立場も申し分ないはずですし、そもそも貴方の能力であれば強制的に可能なのでしょう?」

 「……」


 冴島さんは知らないはずだ。俺がペルソナである事を。それに俺の能力【神言】の事を。それなのにおそらく勘付いていて、それを自分に対して使い、制約の楔を打ち込めと冴島さんは言っているんだ。

 冴島さんの真剣なその目は雄弁に語る。俺のもうひとつの顔を。能力を。


 「……わかりました。ではここで起きた事、俺が不利益を被る事柄について『一切の他言を禁ずる』。これでいいですか?」

 「承知致しました。しかしこれは……世界をいくらでも書き換えられそうな能力ですね。というかいくら私の方が一回りも歳が上とはいえ、上位者たる者、もっと傲慢な態度が似合うと思うのですがね」


 くつくつと笑いながら、一度で能力がどう影響したのかを見抜いたかのような言葉。いや、実際そうなんだろう。自覚した上で、そもそもそれを肯定した状態で受けたからだろうか。どうであれこの状況で冴島さんは自身の身をもって実験したって事だ。抜け目がない。それによって初めてペルソナの正体に自力で辿り着かれることとなった。


 「だから正直持て余してるんですよ。それと一回りも上なら普通に敬語でしょうよ……」

 「まったく……聞いていた以上に甘ちゃんですね。上位者たるもの——」

 「まぁ、一般人なもんで」


 説教のような、諭すような、俺にものを教えるかような声音の冴島さんの言葉を遮る。このまま話させてしまうと普段からペルソナとしての行動を求められてしまいそうだ。


 「それよりも、我々のやるべき事を押し付けてしまい申し訳……」

 「依頼でもありますから」


 確かにペルソナの時は偉そうな演技をする事で威厳というか別格感を出そうとしてはいるが、格好が御影悠人だと冴島さんには自然と敬語になってしまうな。

 エアリスはペルソナを別人格、“オルター・エゴ”なんて言ってたが、実際あの格好をしているとそう思えるくらい演技がしやすい。だから今の俺はあくまで依頼を受けた一般探険者だ。


 「それで、これが宣誓を受けた心地ですか。言われた事に対して疑問が湧いてこないのですね。言われた事が正しいとしか思えない」

 「いや、厳密には宣誓とは違い……っ!」


 ただの命令だと続けようとした時、大きめの石、というかダンジョンの壁だったものが投げつけられそれを躱す。相変わらずの再生力によって傷が塞がったらしいバケモノは余裕を見せつけるように嗤う。


 「グフフ……意識が外れたと思ったのダケド、避けられちゃったわねぇ。んふふふふ」


 言いながらその姿を“グレーテル”へと戻していく。先ほどまで人外の巨躯といえるほどに肥大化していただけあって衣服はとうに破れ去っている。その姿は普通の人間に見えるが、【神眼】を通すと違和感があった。

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