第62話 変わりゆく世界3


 ガイア少年は食後にチビと遊び、疲れて寝てしまったようだ。ダンジョンに入ったのが昼前、それから五時間ほど狩り続けていたのだから無理もない。そういえばガイア少年の腕輪には今、カミノミツカイ・鼠がいるはずだ。まぁ俺を怖がってるようだから出てこないのも当然か。


 女性陣が二つの風呂に別れて向かったのを見計らい、ネズミを呼んでみる事にした。確認しておかなきゃならない事があるからだ。

 ちなみにチビはお気に入りらしい露天側へついて行った。


 「おい、ねずみ。……ねずみ。出てこい」


 俺が呼ぶと白く巨大なネズミがガイア少年の腕輪から姿を現す。がくぶるしているので手短に済ませようと思う。


 「お前はガイア少年の味方なのか?」

 「そ、そうっチュ。当然っチュ」

 「じゃあちゃんと守ってやれるのか?」

 「そ、それは……基本的にそこまではするつもりはないっチュ」

 「そうか。それなら守れ」

 「お、脅したって無駄っチュ!」

 「今すぐ消し炭になるのとどっちがいい?」


 脅したって無駄なら、脅しても大丈夫だろう。ということで脅した。


 「ちゅわわわ……わ、わかったっチュよ…。守っちゃダメなルールがあるわけでもないし仕方ないっチュ。どうしてもの時は助けてやるっチュ。……ん? 超越者様ってば、その気もないくせに威圧だけ本気でするのはやめてほしいっチュ。人が悪いっチュ〜」


 利用価値があるのにほんとに消し炭にするわけはない。それにガイアは仲良くしているようだし、たぶん悪いやつではないと思う。さくらの腕輪にいる馬も変なやつだけど好意的だしな。


 「なーんだ。バレちゃったか」

 「超越者様は恐ろしいけど、そんなことはしないと知ってるっチュ。雌の勘っチュ」

 「えっ? お前雌だったの!?」

 「そうっチュ。いつか素敵な殿方鼠と出会うことを夢見る乙女っチュ〜♪」

 「……あっそ。んじゃガイア少年はちゃんと守ってやってくれよな」

 「わかったっチュ。それじゃあイイ雄鼠がいたら紹介してほしいっチュ〜♪」


 実は夢見る乙女だった白いネズミが捨て台詞と共にイヤンイヤンとクネクネしながらガイア少年の腕輪に戻ると、ガイア少年が目を覚ます。


 「あれ……? ここは……あ、そっか、ここダンジョンの中だっけ……」

 「よっぽど疲れてたみたいだな」

 「あはは……実は昨日なかなか眠れなくて」

 「……わかる」


 つい最近経験者なので、とは言えないよな。なるべくかっこいい兄ちゃんで居たいなと思うんだ。ただの見栄だ。そのうちボロが出るだろうけど。


 「あれ? お姉ちゃんたちは?」

 「風呂に入ってる。覗くと殺されるかもしれないぞ」

 「綺麗なお姉ちゃんたちに囲まれてるなんて、ミカゲ兄ちゃんハーレム王みたいだね」

 「ハーレムとは違うと思うんだけどな」

 「ふ〜ん」


 ふ〜んて。その目を細くして横目で見るのやめてくれ。ほんとそういうのじゃないから。

 いたたまれないため最終奥義を繰り出す事にした。


 「そんなことよりもう帰る時間じゃないか?」

 「あっ、ほんとだ、寝ちゃったからすぐ時間来ちゃったな〜」


 今日は疲れただろう。昨日楽しみで眠れなかったと言うし、それなのに兎狩りばかりしていたし。そういえばお土産は持っただろうか。悠里に頼んでおいたのだが。


 「あるよ! うさぎの肉! しかも悠里姉ちゃんがレンジであっためればいいだけにしてくれたやーつ!」


 そう言ってリュックを指差す。今日は以前のように食糧を詰め込んではいないため中身がほとんどないリュックを持ってきていたが、お土産で少し膨らんでいる。


 「よしよし。それがあれば予定時間はギリギリ……アウトだけど許してもらえるだろ」

 「うん!」

 「じゃあ指輪の効果で御影ダンジョンに戻るぞ。エアリス」


ーー はい。ガイア少年の【転移】を開始……完了しました ーー


 「よし、じゃあ俺らも『転移』」


 御影ダンジョン1層から自宅へ戻ると、山里さんが今にもダンジョンに突入しようといった様子で、それを羽交い締めにする我が母がいた。


 「ちょっと遅くなりましたかね?」


 そう声をかけるとすごく驚いていた。心配性だなと思う反面、まぁそうだよなと思ったりもする。俺の母さんもそうなのだろうか?


 「よ、よかったぁぁ!」

 「お母さん、大げさだよ〜」


 親子の抱擁である。感動的なシーンなはずなんだが、母親である山里さんがよしよしとされていて、それはそれでなんだかほっこりする。

 そんな事を思っていると俺の母さんがガイアを窘(たしな)めるように言う。


 「ガイアちゃん、お母さんっていうのはね、それでも心配で心配でたまらなくなっちゃうものなの。だからあまり心配かけちゃかわいそうよ?」

 「う、うん。ごめんねお母さん?」

 「がいあぁぁぁぁあ! うえーん」

 「お母さんいい歳してうえーんはないでしょー」

 「まだお母さんは三十一よ」


 そこだけ泣き止んで真顔で答える山里さん。いい歳である。


 「そうだねー。はいはいよしよし」


 なんの問題もなく“いい歳”なのでは? という思いは平穏のためにどこか遠くへ投げ捨てなければならないな。それにしても若いとは思っていたが十八の時の子供なのか……え? ってことは十七の時に……いや、山里さんの誕生日がまだ来ていないだけなら今年三十二ということになる。それならば稀によくあるはずだ。問題ない。


 それはそうと心温まるハートフルなこの場でこんなことを思ってしまって本当に申し訳ないと思うんだが……はやくログハウスに戻ってデモハイやりてぇ。最近ステータスを取り戻すために時間削ったからな。

 『デモハイの時間を削るというのは本来と逆では?』というエアリス。確かにダンジョンってなんなんだ、という疑問の解消が目標のひとつではあるからそっちがメインになるべきなんだが……今は脳内聴力の調子が悪いということにしておこう。


 「あ、母さん、これレンチンで食べれるようになってるから」

 「あらありがとう♪」

 「んじゃあとよろしくね〜」


 あとの事は母親に任せ、ガイア少年から指輪を回収しログハウスへ戻る。回収したのは念の為だ。指輪があるからといってダンジョンにホイホイ潜られてもしもの事が起こったら困るからな。


 ログハウスのリビングでは四人が麦茶を飲んでいた。


 「ふぅ〜、ただいま。デモハイしようぜ〜」


 今日も今日とてデモハイをする。香織とチビが俺の部屋に来るのもいつも通りだ。さらに俺が逃亡者にしかならないのもいつも通りだ。悪魔から隠れている俺に香織が話しかけてくる。


 「今日は楽しかったですか?」


 悪魔が今いるボロ小屋に近付いてくるのが心音でわかる。

 「……うん。そうかもしれない」

 「よかったですね?」


 よし、心音が遠ざかっていくぞ。


 「……うん。なんだろう、後輩ができたみたいな」

 「かわいい後輩君ですね」


 よーしよし。これくらい心音が小さくなればもう遠くに行くだろ……


 「……うん。そうだね。それにまだまだ強くなり……」


 心音が……消えた!? ど、どこだどこに……


 「アーーーッ!!!」


 う、うしろかー!


 「やられた……」

 「今のは走らないで隠れるべきでしたね〜。たぶん足音聞かれてます」

 「だねぇ。むずかしいなぁ。じゃあ次は香織ちゃんが」

 「え? なんです?」

 「香織ちゃんがやるとい——」

 「え? ちゃん?」


 どうやら“香織”と呼び捨てにしてほしいらしい。でもなんだか違和感というか慣れないというか。


 「……か、香織がやっていいよ」

 「はぁい♪ あっ、悪魔ですね」

 「香織ちゃ……香織は小悪魔だったり?」

 「ふっふっふ〜。そうかもしれませんよ〜?」


 そう言った香織は両手の人差し指で頭にツノを作る。悪魔というより、それは鬼だな。まぁ鬼ごっこでもあるので間違いではないが。どっちにしてもかわいいな、などと思い見惚れてしまいそうになる。


 「お、始まったね〜」

 「どこに隠れてるんでしょうね〜。あ、走りましたね……あの陰かな」

 「すごい、ほんとにいたし」

 「ふふふ……」


 エアリスもデモハイに参加できるようになったはずだが、ちゃんとやってるんだろうか。


 「ところでエアリスはちゃんと修理してるのか?」


ーー くっ……今捕まったのがワタシです ーー


 「俺の視界で見てないのか?」


ーー そんなズルはしません。しかししたところで無駄に思えるところが不思議ですね ーー


 俺の視界で画面を見ずにどうやってプレイしているのかを問うと、ゲームの中に入り込んだ感覚らしい。つまりそれってVR……こんなグロテスク悪魔たちをVRで見るとか、俺には考えられん。


 「走って逃げると音もしっかり聞こえますし、こっそりすることが大事なんだと思いますよ?」

 「音聞こえるの?」

 「はい。あ、悠人さんイヤホンつけてないですもんね」


 香織は俺に見えるように耳に掛かっていた髪の毛を掻き上げてこちらに耳を見せてくる。ワイヤレスイヤホンというやつだ。でもこれってラグが発生しちゃうからこういうゲームには向かないんじゃ?


 「こういうゲームには向かないって思いました? でも最近のはほとんど遅延もないですし、たとえ少し遅れても聞こえるのと聞こえないのでは違いますよ〜」

 「なるほど。俺も買ってこようかな」

 「じゃ、じゃあ同じのがたまたま、偶然にもあるのであげます! 使ってください! ……はい、これです!」


 差し出されたワイヤレスイヤホンは香織のものと色違い。香織のはピンクで俺のは水色だった。


 「え……いいの? もらっちゃっても」

 「はい、いいです! むしろそのた……じゃなくて、おそろいですね!」

 「うん、おそろいだね。ありがとう、大事にするよ。ところで脱出ゲート開いてるみたいだよ?」

 「あっ……いいです、次は逃がしませんから!」


 それから数戦、相変わらず香織はランダムで決まるのが嘘かのように悪魔になり続けた。その間、香織が“たまたま”持っていたワイヤレスイヤホンをもらった俺は、ベッドに寝転がって香織がプレイする画面を見つつその音を聞いていたわけだが。


 「ほんとだ……悪魔側って、逃亡者の足音とか結構聞こえてるんだね。しかも思ったよりラグがない」

 「そうなんですよ〜」

 「リズムゲームにはちょっと不安だけど、問題なさそうかな」

 「あっ、この足跡……誰かいるのかな〜?」


ーー ひっ……や、やめてください探さないでください……ここなら見つからないはず…… ーー


 「み〜つけたぁ」


ーー ぎゃあああああああ! ーー


 楽しそうな二人の声を枕に、意識が遠退く俺であった。

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