第216話 幼馴染


 懐かしさはある。でも状況的にカイトはさっき昏倒させた男たちと一緒に女性を襲っていたように見えた。でも見えただけだ、ちゃんと話は聞かないと。


 「なぁカイト、ここで何してたんだよ」


 質問にカイトは答えない。その場にいた誰も言葉を口にしない。数人が少し苦しそうにしてるけど……


 ーー マスター、超越者の覇気が漏れていますよ。気を鎮めてください。ドウドウですよ ーー


 超越者の覇気ってなんだろうか。たぶん“俺”が言ってたように思うけどよくわからん。でもあまり良い事ではなさそうだな。【言霊】……じゃなくて【真言】だったか、それの暴発を抑えてたみたいに出来ないのか?


 ーー 抑え込みました ーー


 できるんかい。しかも一瞬かい。

 何をどう抑え込んだのかわからないけど、実際苦しそうな表情ではなくなってるな。


 ついでにカイトがどうしてここで女の子たちを襲ってたのかわかるか?


 ーー ログハウス、またはマスターに恨みを持つ者たちに加担していたのかと。二人ほど見覚えがあります ーー


 ログハウス? そういえばログハウスってなんだ? 山小屋みたいなもんか?


 ーー 忘れすぎでは? ワタシもいくつか欠落した記憶があるようですが ーー


 本当に忘れてる気がしてきた……いやぁ、なんかすまん。


 ーー い、いえ。責めているわけではないのです。ログハウスはダンジョン内に建てたマスターと皆様の拠点であり家です。各人の部屋、露天風呂、そしてネット環境完備です。そしてワタシとマスターの愛の巣です ーー


 なるほど。最後以外本当っぽいな。


 状況を整理しよう。

 俺は家にダンジョンがあるのを見つけて入った。でかい蟻をバットでカチ割った。そしたらエアリスっていう変なやつが頭に住み着いてそれで次の日、よくわからんけどゲートに入ったらここにいた、以上だ。


 ーー 全然覚えていないではないですか。あれから十四ヶ月経過しているのですよ? ーー


 え? 夏なの? でも五月って感じの気候じゃんか。


 ーー ダンジョンの中は、近頃はそうとは言い切れないながら地上の気候に影響されないのが基本ですので。それにマスターの言う事が正しければ、どうして日本の気候に合わせられている前提なのです? 世界中とダンジョンが繋がっているのですよ? ーー


 さも当然と言わんばかりだな。そんな事初耳……いや、忘れてるってことか。


 いやぁ、本当すまん。他にも断片的にというか、覚えてる気がするものはちょいちょいあると思うんだけどな。繋がりがないっていうか、とにかく漠然としてるんだよ。あ、でもダンジョンができる前までの事は覚えてるぞ……たぶんな。


 ーー しかしゲートの事は覚えているのですね ーー


 うん。黒い渦みたいなやつな。……で、ゲートってなんだ? 言葉的に察しは付くけど。


 ーー 痴呆ですか? まだ早いのでは? そのうち『エアリスさんやー、晩ご飯はまだかねぇ?』などと食後に言い出すのでは? ーー


 そうか。こういう感じなのか。近所の駄菓子屋でいつもニコニコしてた婆ちゃんにもっと優しくしてあげればよかったなぁ……。


 ーー ワタシの記憶もお伝えしましょう ーー


 周囲の時間が止まったかのように感じ体を動かす事ができない。その間にエアリスの記憶が流れ込んでくる。


 ーー 思い出しましたか? ーー


 見聞きしたと言った感じで、思い出したのとは違うな。それにしても香織ちゃんって、俺の彼女だったのか。え? あんなにかわいい子が彼女……だと?


 “エアリスを外に出せ”


 強制力を感じる、頭に響くその声に抗う事ができず、エアリスの名前を呼んだ。

 クロノスという女性と瓜二うりふたつ、髪は毛先が赤っぽいけどまるで双子に見える薄衣うすぎぬを纏ったエアリスが喚び出された。

 困惑するエアリスに対し、声に従い必要な人に説明してきて欲しいと頼む。カイトは先程の事を思い出したのか警戒心をあらわにするがレイナという女性に怒られていた。カイト以外の全員が少し離れたところに集まり、忍者っぽい格好の男はエアリスの前に正座していた。つまり……全員知り合いだったらしい。


 「悠人、話がしたい」

 「俺もカイトと話したいって思ってたんだ」


 で、とりあえず……一発殴るか。


 「お前が! 一番! わかってんだろうが!」


 三発になったけど誤差だ誤差。弱いものいじめしてたカイトが悪い。


 「すまん……ところで」


 なんかよくわからんけど「麗奈が勇気を出したのに見送りにも来ないってどういう事だ」とか言いながら十発殴られた。なんで? 『来ない』と『って』で二発になるのもひどくないか? 拳をつかもうとしてもすり抜けたのに顔には当てられたし。そもそも引っ越して行ったのは十年以上前の話で、俺はなんも聞いてなかったし。


 「ちょ、ちょっと待てカイト。なんの話だよ」

 「お前っ!」


 “落ち着けカイト”


 俺にしか、エアリスにも聴こえていないはずの声にカイトは振りかぶった腕を止めた。


 「……腹話術が特技だったのか?」

 「な訳ねーだろ。ってか聴こえたのかよ」


 “今調べてみたら出来たんだが、ここの空間の特性みたいでな、いろいろと曖昧になってるんじゃないかってな”


 はいイミフー! 説明求む!


 “ある程度以上の存在じゃなきゃそこに倒れてるやつらみたいに自我を失うみたいなんだけどな”


 あー、たしかにそんな感じだったよな。正直気味が悪かった。そんで曖昧って?


 “境界が曖昧になるんだよ、存在自体の。っても自我を保ててるなら問題無いし、場合によっては意図的に操作もできる。俺が今してるみたいにな”


 「この声……悠人なのか?」

 「まぁなんていうか、そうらしい?」

 「なんで疑問形なんだ……」

 「俺にもよくわからんくて」


 “それでだ。カイト、たぶんいろいろ誤解があるような気がするんだよ”


 「誤解だと? 麗奈を見送りに来なかったのは事実だろう! ちゃんと伝言も——」


 “だからそこだよ。そんな話、記憶にないんだよ。それと知ってるか? 駄菓子屋の婆さんって言ってたな? あの婆さん、かなりボケてたぞ”


 「なん……だと……」


 “大体お前がシスコンだなんてこっちは知ってんだよ。親友の妹から言伝があったら話くらい聞くだろうが”


 「ってかひとついいか? カイトはなんで自分が引っ越す事言わなかったんだよ。普通に言えば良かったんじゃね?」


 “ごもっともすぎる。確かにしばらく会ってなかったけど家も知ってたよな? それなのに友達に黙って行っちゃうとか”


 「友達じゃ……ない」

 「え、マジ? そう思ってたの俺だけだった……?」

 「そうじゃない。俺にとって悠人は道場に連れて行ってくれた恩人だ。それに……親友だ。だから……ごめん。麗奈が勇気を出した事で頭がいっぱいだったんだ……兄ってのは妹のためなら死ねるんだ。だから自分は二の次なのさ」

 「カイト……俺は複雑な気分だよ。親友がただのシスコンじゃなくて、ドのつくシスコンだったなんて。それに妹のために死ぬ兄が普通なら、兄の死因第一位になりそうなもんだ」


 “こじらせてんなー。そんなだとそのうち『お兄ちゃんうざい! キモい!』って言われるぞ”


 「悠人」

 「どうした?」

 「無性に腹が立つから、もう二、三発殴っていいか?」

 「カイト君? もう俺の顔面はヒットポイントがゼロですよ? あの、目がこわいですよ?」

 「あんなに力一杯殴ったのに全然手応え無かったが?」

 「いやお前、そんなわけが……ほんとだ」

 「じゃあ、いいよな?」

 「いやいや、心がいてーから! ガラスだから!」


 “逃げろ。殴られると俺も痛いんだ”


 よし来た!


 思い掛けず幼馴染と再会する事になった。まだ整理がつかないところは多いけど、それでも嬉しいもんだな。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「あらあら〜。あっちは二人だけなのに賑やかね〜」

 「悠人さん楽しそう……でも本当に記憶がないの?」

 「はい。約十四ヶ月分がほぼ全て」

 「じゃあ香織のことも……」

 「ボクたちはなんともないのにね。変だね。母様もそう思うよね?」

 「……さっきから思っていたけど、あなた可愛い子ね。お名前は?」

 「こちらにも居ましたか……」

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