第208話 目的

 「目的はなんだ?」

 「悠人ちゃん、急に何を——」

 「いいのよアルファ……いいえ、フェリシア。あなたたちにも話しておくべきね」


 この場にいるフェリシア、さくら、ミライへと視線を移しそして小夜へ。微笑を浮かべたかと思えば俺に視線を固定した。


 「私は……オメガ。終末を望む最後の意志……わかりやすく言うと世界なんて消えてしまえー! と思っていた存在だった、と言うべきね」

 「だった、か」

 「もちろん今はそのつもりはないわ。フェリシアなら……わかるわね?」

 

 フェリシアは頷いているけど、その辺の事情を知らない俺としては二人で口裏を合わせられたらわからないんだよな。でもフェリシアは本当に嬉しそうだし、そんな器用な事ができ……なくはないか。フェリシアだもんな。とはいえまぁ白夢での予備知識もまだ覚えてるし、それを踏まえれば嘘ではないと思う。

 それにしても不穏な自己紹介だ。白夢でエアリスの分体に聞いた通り、今はクロノスとしての意識が勝っているということだろうけど。あっ、エアリスに戻ってくるように言わなきゃな。


 「それで——」

 「あー、その前にちょっといいかな?」

 「えっ、これから大事なところなのに? 嘘でしょ?」

 「悠人ちゃんってこういうヒトで……」


 なんだよその残念なものでも見るような目は。そっちの事情もあるだろうけど俺にもあってだな……まぁいい。

 スマホに向けて【真言】を意識して言う。


 「エアリス、『戻って来い』」


 スマホから赤い光の粒が湧き上がり体に溶け込んでくると頭に声が響く。案外あっけなかったな。


 ーー ご主人様、寂しゅうございましたぁ! ーー


 なんだか香織が家に迎えに来た時の事を思い出すなぁ。あの時は古風な言葉使いの人なのかなと思ったもんだ。後々聞いてみればテンションおかしくなってただけって言ってたし違ってたけど。


 ーー 古風なワタシ、いかがでしょうか? ーー


 うん、はいはい。それで、いきなりですまんけどまずは記憶の保全ってできるか? 今日は記憶読んでいいから。


 ーー お任せください ーー


 一瞬のやり取りの後、オメガと名乗った女性はエアリスが俺の内に戻ったことに気付いたようだった。


 「嗚呼、そうね。“貴女”の判断は間違いではないわね。……私の半身」

 「わかるのか?」

 「ええ、勿論よ。それにしても……大事な話を自分から振っておいていざ話そうとしたら遮られて放置だなんてあの人ならそんな事しなかったのになんなのよもう」

 「それはなんていうか、すみません」


 すごく早口。二人旅の夢で時々あったような。あの人ってのは……たぶん俺が見ていた視点の人だろう。


 「まっいいわ。悠人様、貴方にも事情があったのでしょうし。それで……エアリスにお願いがあるのだけど」


 俺の事を白夢の中と同じように呼んだクロノスは気安い雰囲気から一転し悟ったような、同時に少し悲しげなものへと変わった。


 「どうか私を、オメガという存在を滅してください」

 「え? 母様……?」


 フェリシアもだったけど、母娘揃って俺たちに自分を殺せと言うのは如何なものか。そんな話を知らない小夜とさくら、そしてミライは呆気にとられている。


 「私が今ここにこうして姿が在るのは——」


 見慣れない薄手の衣装を揺らしミライの背後へと回ったクロノスは小さな肩に優しく手を置いた。その様は傍目からも害ある存在には見えない。


 「この少女のおかげなのです」

 「ふぇ? わ、わたし!?」


 ミライには心当たりはないみたいだけど……エアリス、わかるか?


ーー 能力が関係しているかと。おそらく……“時”に関するものへと成長している可能性が ーー


 そういえばガイアとミライ、二人に関して近頃放任していた。二人もステータスの調整をして欲しいとは言わなかったし視る機会がなかったな。

 ともかくエアリスの予想では、終末の意志オメガは時の魔女クロノスと同義。白夢で聞いた話では大体その通りだったけど、オメガとしての意識は全ての滅びを望んでいたはずだ。でも今はそんな感じはないし、それなら今はクロノスなんだろう。そうなっている原因は……俺とエアリスだ。

 エアリスが誕生したとき人間の、俺の感情に触れた。残りのオメガはおそらく白夢に隔離された状態に、いやもしかすると元々隔離状態だったところからエアリスだけが分離したのかもな。俺たちと時を過ごすうち、エアリスは複数のアグノスを取り込んだ。隔離されているとはいえエアリスとオメガの繋がりはあったんだろうな、だから原点へと回帰していった。原点、つまりオメガとなる以前のクロノスというわけだ。

 そのクロノスが目の前にいて、自分を、オメガを殺せと言う……それに関してはどういう事かわからんなー。


 「この少女は時を超越するチカラを持っているようですね? 私のチカラと惹き合ってしまっています」


 香織たちをすぐにでも探しに行きたいのに、こういう時に限って問題が重なるのはなんなんだろうな。で、クロノスの言う通りになったらどうなる?


 ーー おそらくミライちゃんに憑依するような形になってしまうのでしょう。さらにご主人様から離れた事によりクロノスとしての存在は希薄に、片やオメガが台頭するでしょう。自由に扱える体を手に入れた“純粋なる終末の意志”が ーー


 なんだか……見るもの全て破壊し尽くしそうな感じだな。想像するなら映画に出てくる怪獣だろうか。そんなのと同居してる事をクロノスは嘆いて自分ごと消されようって事なんだろうか。

 そもそもクロノスはなんで俺にくっついてたんだ? “時”に関する能力に惹き寄せられるから今ここに現出したんだろう? 俺がそういう何かを持っていたとは思えないんだが。


 ーー 確かにそうですね。何か他に要因があるのかもしれません。もしくは……運命ですね。ワタシとご主人様が出逢うという ーー


 この軽口、調子は良さそうだな。

 それでクロノスの目的は消されに来たって事か? でも俺は嫌なんだが? 何か解決策はないのか?


 ーー 元の場所に隔離すれば問題ないかと ーー


 なるほど。でもフェリシアに恨まれないだろうか。完全な元のクロノスではないとはいえせっかく会えたのに。それに問題がもう一つあって、白夢の管理者にエアリスの分体を設定してしまっている。そこにオメガが戻る事は望ましくないと分体が言っていたから、戻そうとしたら拒否されるんだろうか。


 ーー はて? ワタシの分体ですか? 知らない子ですが。しかし困りましたね。おそらくその白夢とやら、管理者は一人しか存在できない可能性が極めて高いかと ーー


 うーん? 分体って言ってた気がするけど違うのか? ……まぁ今はいい。

 白夢とは違う場所を用意して、そこに入っておいてもらうって事は……そんな都合の良い事できないよな。


 ーー ご主人様の白夢で知った記憶を一部共有した今のワタシであれば何とかできるかと。クロノスの意識をオメガと切り離す事も可能かもしれません。しかし何が起きるかわかりませんし相応の負担があるかもしれません ーー


 できるんかい。相応の負担ってのがどの程度かはわからないけど、これまでだって問題なかったんだ、大丈夫だろう。それにクロノスだけを分離できるかもしれないとエアリスは言っているし、それってつまり器を用意すれば良いんだよな。エアリスみたいに顕現できるならそれでも良いかもしれないけど、アレは色々と問題があるみたいだからな。エアリス曰く難易度的に初心者にはオススメできないそうだ。今クロノスはその状態だと思うけど、平気そうなのは今だけだろうというのがエアリスの見解だ。

 ともかく隔離、分離だ。そうなると俺の中にはオメガが残るわけだけど……これまでと変わらないんじゃないだろうか。だって白夢から出てきたクロノスと隣り合わせにオメガが在るんだろうから、それってつまりオメガは白夢にいたって事だもんな。でも白夢には戻さずに別を用意するってことだよな。それが俺にどんな負担を齎すか具体的にはエアリスにもわからないらしいけど、これまでだってオメガはいたわけだしな。

 今の俺にとってログハウスのみんなは大事な存在で、フェリシアもそれに含まれている。だからもしエアリスの言う通りだったとして、多少の無理くらい通してやるさ。


 ーー 仕方ありませんね。ご主人様は我が儘で困ります。やれやれです ーー


 エアリスだって我が儘じゃないか。ってのは置いといて。


 「クロノスさん、とりあえずそれは保留って事でいいですか?」

 「うわぁ……急に丁寧に話されると変な感じ……コホン、なんでもないわ。つまり、猶予をくれる、そういう事ね?」


 そう言えば記憶にモヤが掛かってきているけど、二人旅の夢では気安い感じだったな。ってかエアリス、記憶の保全って難しいのか?


 ーー 非常に不服ですが無理かもしれません ーー


 ダメ元だったしな。まぁ俺が忘れてもエアリスは覚えてるだろ?


 ーー 断言できません ーー


 うーん。ま、いいか。じゃあスマホにメモしといてくれ。それかネット。


 ーー 残り二パーセントの電力で可能な限りメモします。クラウド上への保存は推奨されません。所在を忘却、流出等のリスクがあります ーー


 電池がほぼ空なのはエアリスがスマホにいたからだな。ネットはダメって言うし紙に書いておくってのも時間がないしな。でもステータスの暴力で超高速メモ書きをすれば……いや、もうそこまでするほど覚えてない気がするしいいか。それに充電して記録するにしてもその時間がもったいない。能力で充電は出来なくはないけど、エアリスが制御していても俺のちょっとした情動で出力が変わるらしい。微々たるものだけど相手は精密機械だからな、こんな不安な時にやるのはそれこそ壊れてしまわないか不安だ。


 「いやまぁ……とにかく今は時間がなくて」

 「時間が……?」

 「俺たちの仲間が行方不明なんだ」


 エアリスが隔離の準備を整えるまで時間が掛かるようだし、どちらにせよ保留せざるを得ないんだけどな。

 隠す必要もないだろうし先ほど聞こうとしていた事情をさくらから話してもらう。それによって俺の中での玖内は推定無罪となった。

 説明が終わった頃、マグナカフェの軍曹からさくらに連絡が入る。内容はレイナ、アリサと名乗る探検者がさくらを訪ねてきたというものだった。


 「じゃあ俺とさくらはマグナカフェからの入り口で二人に会ってくるよ」

 「私も同行します」

 「クロノスさんはフェリと一緒にいた方がいいんじゃ?」

 「ならボクも行くよ! いいよね、悠人ちゃん?」

 「妹君いもうとぎみのわたしを置いて行こうったってそうはいかないのよ」


 大所帯だな。でもクロノスは引く気がないみたいだ。そうなるとフェリシアも付いてくるしそれは理解できる。疲れた顔をしている小夜はエアリスが連れて行けと言うし仕方ない。

 ミライもみんなが心配なんだろう。何かを言いかけては、言えないといった仕草を繰り返しながら訴えるような目で袖を掴んでいるけど……さすがに連れて行くわけにはな。みんなから連絡があるかもしれないからと理由を付けて喫茶・ゆーとぴあで待っていてもらう事にした。

 マグナカフェ側からの入り口に繋がる転移の珠を渡すと、初めて触ったはずのクロノスも当然のように転移していく。まぁ俺の中から見ていただろうしな。

 みんなが転移の珠を無事使ったのを見届け俺も用事を済ませてから【転移】を……といったところでミライは袖を掴む力を強くする。どうしたんだろうな。ガイアと違ってちゃんと言う事を聞くミライにしては珍しい。でも今は時間がないから帰ってから聞くとしよう。


 「大丈夫、すぐみんな連れて戻ってくるから」


 掴む手を解いてやり頭を撫でるとミライはいつも「もう子供じゃないのに」とぼやく。今日はいつもより声が小さくほとんど聞こえなかったがすぐ帰ってくるしな、明日にでも聞こう。

 喫茶・ゆーとぴあのすぐそばに菲菲と一緒にいた人たちが寝泊まりできる建物を設置しすぐに【転移】した。


 「……じゃない。そうじゃないのに……」


 

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