第178話 ログハウスお留守番組とその後の総理とその後の巻き込まれた二人


 「うおー! 悠人兄ちゃんかっけー!」

 「うん、かっこいいね」


 クラン・ログハウスの拠点、メンバーの生活の場でありクラン名の由来でもあるアウトポス層ログハウスのリビングでは、二人の少年少女と一人の大人の女性、そして黒い子猫がそれぞれの時間を過ごしていた。

 テレビに映る黒ずくめの仮面の男。その男は二人の少年少女にとってのヒーローである御影悠人だ。

 そのテレビにかじりついている少年はガイア、少女はミライという。その様子を微笑ましく思いながらも画面に映る黒ずくめの男を気にし、それでいて黒い喋る子猫に童話を読み聞かせてあげているのは山里菜々子、ガイアの母親だ。


 「『おっとー、おっかー、おらも畑仕事手伝うよ』少年はそう言うと小さな体で鍬(くわ)を振るい畑を耕(たがや)します」


 山里菜々子は子猫に昔話を読み聞かせる。子猫が喋る事に初めは驚いたが、悠人が関係しているとなれば不思議とすぐに納得できてしまった。

 子猫はわからないところを聞いてきてはすぐにそれを吸収していく。それが楽しくてノリノリで声音を変えながら読み聞かせているのだ。


 「にゃにゃこー。おっとー、おっかーってにゃんにゃ?」

 「これはね、おっとーがお父さんのことで、おっかーがお母さんのことなんだよ〜。御影さん……悠人さんが猫ちゃんにとっての“おっとー”かな? “おっかー”は私かな〜?」


 しかし現実とは残酷なもので、子猫は子供。子供というのは残酷なものなのだ。


 「んにゃー、おっかーはカオリにゃ」

 「そ、そうなのね」


 もちろん子猫に悪気などない。純粋で自由で、ただありのままを言うだけだ。ただそれが彼女にとって残酷だっただけで。


 菜々子は思う。旦那がダンジョンから帰ってこないのはもう死んでしまったから。それは、世間的に見れば薄情かもしれないけれど……もう納得して受け入れている。息子のガイアは御影さんに懐いているし、もっと早くにアプローチしておけばもしかすれば。でも子持ちで未亡人なんて重いよね、とも。そもそも彼の周囲にはなぜか魅力的な女性ばかりが集まっているように思う。そんな倍率を勝ち抜く自信はない。


 おっかーが自分かと子猫に聞いたのは、自信がなくとも少しくらい夢を見たい気持ちの表れだった。だが結果は残酷だった。とはいっても彼女はそれほど落ち込むことはなく、子猫に読み聞かせを再開した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 20層に現れた魔王はペルソナとの宣誓の後、黒い渦に飲まれるように忽然とその姿を消した。


 「御影君、とんでもない約束をしたね……。あの“宣誓”がフリならばとも思うが、彼はそういう性格じゃないだろうね。それに魔王、あれは自由にさせておけば何をするかわからない。まさか……それも考えての自由を奪う“宣誓”だったのかもしれない。今回ばかりはどうにもならないと思っていたけどね……だから彼に、知る限り最強の探検者である御影君に託した、いや違うか……彼には言えないが、結局私たちは彼に全て押し付けたのだ。その後の責任は取るつもりでいたとは言え、彼はどこまで考えているのか読めないところがあるからね……こちらの不甲斐なさを知られてしまったらがっかりされてしまうかもしれないね」


  日本国総理大臣、大泉純三郎は“宣誓”についてそれなりに詳しい立場だ。宣誓を行った双方はある意味の不可侵条約を結んだと同義、そして約束を破られた場合、破られた側の制限が一部、一時的に撤廃される。そんなことをできてしまうペルソナ、というか御影悠人という人物ならば魔王を欺(あざむ)き魔王だけを都合よく縛るということもできるのではないかと一瞬だが思ってしまう。しかしそうしてはいないだろうことも彼の性格を思えば理解の及ぶところだ。

 正常な宣誓、本来ならば双方のみに効果を及ぼすはずだ。しかし今回は違う。

 ペルソナが相手にするのは魔王のみ。しかし魔王が相手にするのは人類全体なのだ。つまりそれは不平等条約であり、魔王が先んじて人類を害しようとしない限りペルソナは魔王に手出しできないということ。しかし魔王はペルソナ以外の人間が禁を犯した場合、ペルソナの妨害を受けずに報復ができるということだ。


 「もしも破られた場合、直接破った者以外は攻撃の対象になるのだろうか……」


 それなりに詳しいとは言ってもあくまでそれなりだ。実際には破った者、それに連なる者のみが対象であるため、『人類全体が魔王の攻撃対象となるのでは』という総理の心配は杞憂に過ぎない。


 「しかし映像を見る限り、かの魔王は戦車を豆腐でも切るかのようにしていた。ペルソナの……御影君の判断は間違ってはいなかったのだろう」


 大泉純三郎は瞑目し御影悠人を慮る。

 魔王とはできる限り戦わないことが正解だと感じたからこそ制約で縛ることにしたのだろう。友誼を結ぶ事ができればと考えたが、それについてはあまり芳しくはないと言う事か。ならば非常識な彼があわよくば打倒してくれるかもしれないと期待していたが……彼を以てしてその選択を迫られるという事はそれほどまでに魔王は脅威という事だ。

 妻の初枝に御影君を語らせれば『あの子は強すぎる』らしい。一度手合わせをした際、初枝は八割方本気で御影君を殺すつもりでいたと言っていた。なにせかわいい香織を誑(たら)し込んでいるように思えていたようだからね。間違いではないかもしれないが、それは彼にとっても香織に誑し込まれているのだろうと思っている。つまりあの二人は両思いなはず。いつそういった報告をしてくれるのか、楽しみで仕方ないよ。

 それにしても——


 「各国の反応を考えると胃が痛いね……。しかし香織を守ってくれたと思えば……老いぼれの胃に穴が空くくらいなんでもないだろう」


 実際のところ、大泉は悠人にとって都合の良い解釈をしてくれている。それは悠人を気に入っているというのもあるが、やはりあの映像を見る限り魔王に効果がある近代兵器など核兵器くらいしかないのではないだろうかと思ったことも要因のひとつだ。そしてなにより、そんな存在がいる場所にいた日本国民が無事、特に孫のかわいい香織が無事だった事が最も大きな要因だろう。


 これは悠人が魔王を造った事を知らないからとも言えるのだが、それとは関係なく遅かれ早かれ国同士のいざこざは諍いから紛争へと発展していただろう。魔王が現れた事によって各国は準備期間を制限され、望んだタイミングでとはいかなかった。だからこそ各国は人数の割に武器が少なく、精鋭と呼べる者の数も少なかった。魔王や四天王に対抗し得る兵器がほとんどないであろう状況、それを踏まえた上で被害は最小限、と言える結果だった。もしもの話、魔王が現れなかった場合その場で人間同士の戦争にまで発展しても不思議ではなかった。


 悠人は個人的な理由で動き、大泉は現在存在するダンジョン内における諍いを一旦でも終結させられたなら御の字といったところだった。その二人の思惑が不思議と噛み合い、ダンジョン内領土関連問題における国家規模の諍いや戦争を当面の間未然に防ぐ事となる。



 この日、各国はある意味での選択を迫られることとなった。

 勝手な約束をしてしまったペルソナ、その所属する国である日本を責め立て今現在日本が占有している地帯を奪う。

 またはこれまで通り、或いはペルソナという“調停者”に従い平和的に活動する。

 もしくは魔王に恭順(きょうじゅん)し、それを傘に利権を得ようとするか。

 他には何もしないという選択肢ももちろんあるだろう。


 人類にとってどの選択肢をどの国がどんな思惑を以て選択するかはわからないし、何が正しいのかもわからない。

 しかしこれだけは間違いない事であり、それによって救われた部分は間違いなくある。

 それは“魔王”の一件に関して、御影悠人によるある意味自作自演に近い演出はダンジョン内における直接的な戦争を一時的にかもしれないが避けられたという事。

 そしてその御影悠人の自作自演、それを世界は知らず、知っているのは彼と極々近しい者たちだけだ。




 ダンジョンが魔王領となったその日の夜、喫茶・ゆーとぴあの一室にて。


 「あーんもう〜! レイナ〜! 御影さんに会えなかったよ〜!」


 「そうだね……」


 「それになんかよくわかんないけど、他の探検者の波に飲まれてあんなところに連れて行かれちゃうしさぁ〜!」


 アリサが言う“あんなところ”とは、20層で海外の軍隊が自衛隊や日本の探検者たちを囲むようにしていたところだ。それがどういう集まりだったのかはよくわからないが武装した様々な軍服のようなものを着ている集団や戦車、さらに漫画のような超常現象バトルを見て「やば……しぬかも」と口から漏れてしまったのは仕方ない。


 「でもでもさー、なんなのあの人! あの黒ずくめの仮面の人! レイナ知り合い!?」


 「そんなわけないでしょー」

 まあね、予想は付くけど。たぶんあれ、中身は御影さんだ。背格好もだしあの大きな黒い剣は……ちょっと見た目が変わっていたかもしれないけど以前エテメン・アンキで御影さんが持っているのを見た。それを目の前で振り抜いた時のあの感じ、御影さんが兎を狩ってた時と同じに見えた。それが見えたのは一度だけだったけど私にはわかる。人を覚えるのは得意だから。

 後になって思ったのは、あの時なぜ御影さんが目の前に現れたのか。たぶん、助けてもらったんだと思う。

 仮面をつけた御影さんの髪は長い紫だったから誰も気付いていないんじゃないかな、それが目的であんな格好をしていたんじゃないかなって思う。アリサは気付いていないようだしこれは秘密にしておいた方が良いよね。


 「次に会ったら是非お近付きにならなきゃ!」


 「えっ? 御影さんは?」


 「……御影さんともお近付きになりたい! 揺れ動く乙女心なの!」


 「あっ、そうなの」


 アリサはアグレッシブだなぁ。でもどうして彼氏いないんだろう? アグレッシブすぎて? あるかも。


 「これからの時代は女が押して行く時代なのよ! レイナだってそうしないといつまで経っても処女のままなんだからね!」


 「あはは……そだねー」と、気の無い返事をしたレイナの脳裏にはなぜか子供時代の記憶がチラついていた。


 「でもマジな話さ、ほんっと……死ぬかと思ったよね」


 悠人と初めて会った、まだレイナが夜の蝶だった頃の記憶を振り返る。

 初めてお店にやってきた悠人に対しレイナはどこか懐かしさを覚えていた。それから年単位の時間を経て街中で再開した時、男たちからしつこくされている自分に声をかけた人物が悠人だとすぐに気が付いた。それは彼女の人を覚えるという生まれ持っての能力のなせるわざだ。次に公民館ダンジョンで偶然会うことができ、また助けてもらった。

 思い出しながらその時悠人からもらった小さな半透明の板のようなものを部屋の明かりに透かす。


 「うん。これ使おうかなって思っちゃったよ」


 「これ? あー、御影さんからもらったっていうガラスの板みたいなやつね。それで身を守れるんだっけ?」


 「そう言ってたよ。でも試作品って言ってたから……」


 「試作品……やっぱ御影さん、作ってるわよね」


 「だよね……でもそれは——」


 「わかってるって。秘密でしょ、私たちだけのね!」


 「うん、ありがとうアリサ」


 「どうしてアンタがお礼言うのよ、レイナ」


 「なんでだろうね……あはは」


 御影さんがどうしてあんな格好であの場にいたのか。それを理解したのは次の日になってアリサに教えてもらった日本政府のチャンネルに載っている動画を見た時だった。あの人はこっそり、でも堂々と世界を守るために戦っていたんだ。


 実際のところ世界を守った意識は悠人本人にはないのだが、この日から世界ではペルソナをそういう目で見る人々が現れる。しかしそれは悠人の知らない話であり後にエアリスや玖内によって知らされる事となる。

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