第164話 予想外の大事になったとき人は隠し嘘を吐く



 幕僚長が辞していった統括執務室にて、思わず嘆息してしまう。


ーー あまりにも強く上からの物言いに怒りが湧き、あの男に向かって少しだけ【超越者の覇気】をお漏らしさせてみました。いかがでしたか? ーー


 あんなに制御が完璧なお漏らしがあってたまるか。ってかエアリスにほとんどの代行権を持たせてるのは危険な気がしてくるなぁ。でも実際その方が便利だから困る。


 俺も少しイラッとしたのは事実だが、そこは俺にも非があるかもしれないことを思いつい独り言が漏れてしまう。


 「一応これ、俺の仕事着なんだけどなぁ……やっぱスーツだったかなぁ。でもスーツは実家だしなぁ」


 「スーツ姿の悠人さん、見てみたいです!」


 独り言に反応した香織が期待の眼差しを向けてくる。そんなに期待されると恥ずかしさから着なければならないような場を敢えて避けてしまいたくなる。でも考えるまでもなくそもそも着る予定はないし避けるまでもないか。



 幕僚長を呼んでいたのは一応の面通しということのためだけだったようで彼は今、別室にて待機を命じられている。

 早々に怒鳴られ面食らった感はあったが、幕僚長は数分程度のさくらのお説教によってすっかりおとなしくなり、それまでの高慢な態度から一変しトボトボと部屋を出て行った。


 「うふふ。“仕事着”で良いなら悠人君のその服が一番仕事した実績があるのにね?」


 「仕方ないですよ。悠人さんの服装は知らない人にとっては街中にいる普通の人にしか見えないですもん」


 「ははは……やっぱ前みたいにそれっぽい見た目にしたほうがいいのかな。でもなー……さすがにコートは地上じゃ暑いし、それにエアリスが張り切りすぎて恥ずかしい服にされそうだし」


 『恥ずかしい服ではなくカッコイイ服ですよ! 』聞こえたような気がしただけという事にしておいた。



 「すまなかったね、御影君」

 「まさかあんなことを言うなんて僕も思ってなくてねぇ……申し訳ない。しっかり注意しておくべきだった」


 「いえ、実際こんな服装ですし。やっぱり面倒でも実家に取りに行くべきでした」


 総理と統括は、普通に考えたら失礼なのは俺だと言うのにそんなことを言ってくれる。大人だなぁ。まぁでもさっきまでいた幕僚長の言うことも間違っちゃいないからな。自分ではそう思っていても相手にはそう思われない場合もあるよな、うんうん、覚えてたら次からは気をつけよう。

 二人の老傑に感心し、同時に反省をしていると流れを変えるように秘書然としたさくらが言う。


 「うふふ。それでは時間もあまりありませんから本題に入りましょう」


 「あの件、ですよね?」


 さくらと香織が話を切り替え統括が引き継いだ。


 「そうそう。事前に見せたアレのことだよ」


 アレとは、世界各国の統治者にある意味“公的なルート”で送られたメッセージ、つまり魔王が宣戦布告したアレである。しかし俺はそれを先ほど別室で見せられる前から知っていた。なぜかといえば当然エアリスによって、だ。


 「単刀直入に聞こう。あの各国に届いたメッセージに君たちは関わっているのかな?」


 正直なところ、あるかないかで言えば“ある”だ。しかも見方によっては真っ黒。だってあれを送ったのは俺が賢者の石から造り出した“魔王”なわけで、そもそもメッセージを送信できたのは俺、というかエアリスが目覚めさせた“ベータ”が知恵を貸したからだろうし。うーん、見方によってはではなく誰が見ても真っ黒な気がしてきたが、ここで俺が言う言葉はこれしかない。



 「いえ、全く」



 俺の演技力を甘く見ないでいただきたい。これでもこの一年でだいぶ鍛えられたのだ。重要なのは余計な事は考えない事。そして言葉はできるだけ短い方がいい。しかし目は泳いでしまったかもしれない。いや違う、泳いだのではなく悲観したことによる目線外しだ。そう自分に言い訳をする。

 ということで潔く知らないフリだ。どこが潔いのかって? 知らんな。


 「そうか。それを聞いて安心したよ。そんなことができてもおかしくないと思えてしまうのが君しかいなかったからね……すまないね」


 「いえ……」


 あまりにも簡単に信じてもらえたようで少し気が抜けてしまいそうになる。いや、俺だけであれば気が抜けた挙句本当のことを言ってしまっても大丈夫なんじゃないかと思っていたかもしれない。しかし続く香織の言葉で俺が、俺たちがここに来た理由を再確認する。


 「もうっ、おじいちゃんったら! 悠人さんを疑うなんてひどい! 悠人さんが“嘘を言うわけない”でしょ?」


 「この通り、許しておくれ御影君。香織も許してくれるかな? そうだ、今度みんなにおいしいスイーツをご馳走しよう」


 「うーん、おじいちゃんがそこまで言うなら、いいよ?」


 「そうかそうか、はっはっは!」


 なんだか騙しているようでこっちが申し訳なくなってしまうな。いや、騙しに来たと言っても過言ではないんだけど。

 というかこんなに簡単に騙される……信じてくれる総理で大丈夫なのだろうかと少し心配になってくる。俺のような素直な若者とは違い一癖も二癖もあるような人を普段から相手にしているような立場のはずだからだ。

 ……なにやらエアリスが異議を申し立てている気配がするが無視する。

 香織も香織で自分のおじいちゃんを騙しているのだが罪悪感とかは……横目で見たらちょっと楽しそうだったので良しとしよう。


 国によっては国家反逆罪とかそういうのだよなー。そんなことを思っていると、黙って聞いていた統括が徐に口を開いた。


 「……それならあのメッセージは誰が? イタズラや虚言という線はないのかな?」


 メッセージについては嘘ではないし知っている。けど知らないフリをしつつ、でも確信しているような態度を取らないとな。うーん、難易度高いな。まずはエアリスに思考を加速するやつをしてもらって。


 以前メガタウロスに殺されかけた時にエアリスが緊急的に俺に施したものだ。色を失ったこの時間の中ならイメージを固める時間くらいは充分に得ることができる。体も動かす事ができなくはないが、今は必要ない。もしそれをしてしまうと超高速で百面相をする俺が見られてしまうかもしれない。それはおそらく、ホラーだろう。


 さて、例えば『宇宙人はいます』って言ってる人たちみたいな、どこから来るかわからない自信を振りかざすように、信じるか信じないかを受け取る側に押し付けていくスタイルで。そうすればこの二人の立場上、楽観の側には立てないだろうから、結局は信じる信じないは二の次でそれが事実だった場合の対策を考える他ないだろう。とりあえずの目標は、できることなら日本のみなさんくらいは避難してもらう方向に持っていければいいかなとも思うけど。

 いざ勝負の時。俺は全力で悲壮感を表現する……つもりだったのだが。


 「……署名通り“魔王”の仕業と見るべき……でしょうね」


 優しげだが瞳の奥に信念を宿したような様子のさくらが言うと、総理と統括は揃ってむむむと唸っていた。喉元まで出かけていた言葉の代わりに嘆息し、俺も真剣な面持ちでその言葉を重く受け止めた感を出し頷いておく。

 というか平気でそんなことを言ってのけるさくらに対し、実際真剣な面持ちである。俺はそこまで真に迫ったように語れるだろうか……?

 総理と統括の反応についてはまぁそうだろう。未知の“敵”が現れて世界を相手に“宣戦布告”したわけだから。その相手の存在を肯定されてしまうと、存在の有無やどうすれば回避できるかなどという議論はすでに無意味なのだ。


 (なんかこう、話が上手く纏まる方法ない?)


ーー 難しいかと。ダンジョンにおける認識として中央に位置するのは日本ですし、この機に乗じて各国の軍が進攻してくる可能性がある以上、国民の安全を確保しなければならないでしょう。しかし中央を放棄してしまうことはすなわち、ダンジョンに入ることができるという利権を他が握ることになり得ますので、日本がマグナ・ダンジョンから20層に入ることが極めて難しくなってしまうでしょう ーー


 (マグナ・ダンジョンからじゃなくてもプライベートダンジョンなんて日本にはいくらでもあるだろ?)


ーー しかしそれではこれまでのようにはいかなくなってしまいます。エテメン・アンキは移動が可能ですが、日本という国にとってマグナ・ダンジョンと20層を繋ぐ最も都合の良い通路は守らなければならないかと。それにマグナ・ダンジョン以外のプライベートダンジョンからの通路は、通常そこから入ったことのある者以外には見えず干渉もできないとは言え、位置が知られてしまえば周囲を固めて封印することが不可能とは言えません ーー


 (そのエテメン・アンキは日本以外の国の人にも人気なわけだけど、それ使えなくなってもいいのかって脅してみるのはダメなんかね?)


ーー それも厳しいでしょう。ログハウスとしては問題ないのですが、日本がとばっちりを受けるかと。そうなっては結果的にマスターの平穏に差し障りが ーー


 (ままならねぇなぁ……)


ーー ままならねぇものなのです ーー



 総理と統括がどうするべきかを話し合っていて、それを俺たちが聞いている形。ちょっとこれ良くない? と思ったらしいことを二人がこちらに話してくる。


 「御影君、やはりペルソナに頼んでもらえないだろうか?」


 総理は俺がペルソナの正体だと知っている。しかし統括もいるので敢えて知らないテイで話してくる。


 「どんなことをですか?」


 「そうだね……そもそも何ができるか、そこからだね」


 総理が俺の目をジッと見てくる。初めて“香織のおじいちゃん”ではなく“総理大臣として”話しかけられたかもしれない。

 もうこうなっては“ほぼ自演なんです”とは言えない。腹を括る時が来た事を悟った俺の表情も無意識に真剣なものとなり目の前の老傑と対峙する。


 「……それ以前にまず、俺は“魔王”が今の軍隊程度ではどうにもできない相手だと思っています」


 まずは魔王がどのくらいやばいやつかっていうことを共有する事からかな。エアリスは俺が本気で対処すればと言っていたが、裏を返せばそうしなければ対処できないということかもしれない。

 エアリスは『マスターであれば軍隊の一つや二つ鼻歌を歌いながらでも余裕です』などというが、今回はそのつもりで話す。俺が余裕という仮定であれば、俺が本気を出さなければならない相手もそうだろうからな。


 魔王の存在を信じている件についてはダンジョンの中でそれらしい気配を感じ取ったという事にし、その気配はエテメン・アンキの黒竜を超えると伝えた。

 クロ、というか公には“黒竜”となっている彼女は、初の攻城戦動画によりその姿は既知となっているし、図体に見合わない機敏な動きもできることも映像により知られている。そしてブレスにより軍曹と北の国の超越者、クララがあっさり戦闘不能となったことも知られているためそれを比較対象として立てるのが手っ取り早い。

 説明には多分に嘘を盛り込んでおいたが、何が嘘かはわからないだろうから問題ない。むしろ普通の感覚で考えれば全部嘘にしか聞こえないだろうけど。


 ところで、頼りになる助っ人は何人か……何神か得ることはできた。龍神・イルルヤンカシュ、嵐神・プルリーヤシュ、鬼神・酒呑童子(しゅてんどうじ)、そして高天原(たかまがはら)の神・天照(あまてらす)。

 龍神と嵐神はともかく、続く二柱との出会いは喫茶・ゆーとぴあだ。


 天照はエテメン・アンキ初防衛の打ち上げの際、騒がしくも楽しげな人々の声に誘われて、ログハウスのあるアウトポス層へと泉のほとりにある石碑を通ってやってきたらしい。その後石碑が反応せず帰れなくなってしまった天照が夜の部で泣き上戸を晒していて、たまたま居合わせた俺がうんうんと相槌を打っていたらなぜかよくわからないが気にいられ、それ以来ストーカーされている。そして酒代は俺にツケている。


 次に酒呑童子、こいつは金もないのに酒の匂いに誘われてふらりと現れたただの飲んだくれ。龍神たちと同じく俺の財布を喰らう虫のような存在だが、酒さえ与えていればたぶんすごくつよい。だって龍神との腕相撲で酒を片手によそ見をしながら勝ってしまう程だ。だが、酒代は俺にツケているので俺の頼みはすんなり聞いてくれる。


 まぁね、わかる、わかるよ。君たちお金持ってないもんね? うんうん……それなら飲むなやっ!! と思うが、一応神様的な何かっぽいし。俺の財布は常に軽いし、もう少しでペルソナの探検者カード口座に手をつけそうになるくらいだけど、実際防衛戦力としてカウントできるのはそのおかげだろう。それならあとは、俺の財布を常にムシャムシャしやがっている分くらいの働きをしてもらうだけだ。


 四人の問題児、もとい問題神の事を具体的には言わないが、それなりの実力者を四人用意したことは伝える。それによりマグナ・ダンジョンからの通路周辺の四方をできるだけ広く守る、とした。酒呑と天照の実力はわからないが、日本の神話や昔話から察するに弱いわけがないという偏見があるため、軍よりも強いと伝えることにする。

 ただし本来の姿は問題があるため人間の姿で守ってもらう必要がある。唯一、天照だけはほぼ人間と区別がつかないためそのままで問題ないとは思うが、髪型とか出会った当初着ていた十二単どころか二十四単のようなものはあまりにも不自然だ。そのため今は悠里からもらったお古を着てもらっているのだがそれでは防具としての役割は満足に果たせないだろう。それについては帰ったら似合いそうな服を急遽用意する必要があるな。髪は……ログハウスには頼れる女性陣が多いので誰かに任せよう。他の三神は人間の姿となるため実力を十全に発揮することは難しいだろうが、そこは普段からタダ酒を飲んでいるのだからその分気合とか根性とかでがんばってほしい。



ーー 魔王は神殿地下にいた悪魔たちを従え四天王としていました。そしてそこにあったエッセンスの淀みも消えていたことを加味すると、集まったヒトを根絶やしにするつもりかと。しかし悪気があるわけではなく、あくまでマスターのお役に立とうとして空回っているだけかと ーー


 (空回ってるのか)


ーー マスターも張り切ると空回りしますし、やはり親子なのでしょうか? ーー


 (そういうところで判定しないでくれませんかね。そもそも親子っていう認識がないし)


ーー 認知してあげないとは、鬼畜ですね。それはそうと、あの神モドキたちにはその際に四天王を抑えつつ、ヒトに対する攻撃の無力化が役目ですね ーー


 (そういうことになるだろうな。あとできれば人同士のもなんとかしてくれるといいんだけど)


ーー そうですね。そして魔王はマスターが相手をする、と ーー


 (……ってか思ったんだけどさ、話せばわかったりしない?)


ーー 可能性としては十二分にあるかと。しかし、本来の目的も果たさねばなりません ーー


 (一応さくらのお願い聞いたってことになってるしなぁ。人同士が争って、そのせいで軍曹たちが被害を受けるようなことはなくさないと。それを許したら、地上だって危ないかもしれないし)


ーー はい。ですがワタシの予測では、諍いが鎮静化しても一時凌ぎに過ぎません ーー


 (まぁそうだろうなぁ。抑止力がなければ次の機会を虎視眈々と狙うだけだろうしな)


ーー 人の欲って、際限がないのよ ーー


 (そうだな……?)


ーー ではお伝えしてください ーー


 脳内会議の結果、話しても大丈夫だろうと判断したところだけを総理と統括に話す事にした。



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