第103話 ダンジョンの中のダンジョン‥以下略


 翌日俺たちは日の出と同時にログハウスを出ることにした。昨日メガタウロスの攻撃から俺を庇って一時瀕死の大怪我をしたチビは、首輪に付与されている“不可逆の改竄”によってすっかり元通り、それどころか普段よりも腹が減っていたようで早朝からガツガツとワイバーンステーキをおかわりしている。


 「チビの怪我がちゃんと治ってよかったな〜」


 「わふ!」


ーー 不可逆の改竄……我ながらチートな効果を作ってしまいました ーー


(おかげでチビも助かったしむしろグッジョブ)


 悠里が作ってくれた朝食を食べ終え、さくらが淹れてくれた紅茶でほっと一息つきながら食事中のチビを眺めていると、リビングで寛ぐ俺たちの元へフェリシアがまぶたを擦りながらやってきた。


 「悠人〜、ねむい〜」


 「眠いと言いつつ起きてくるとはこれ如何に。ってか昨日起きてたのに大丈夫なのか?」


 「たぶん? 眠いけどそれ以外は問題ないよ」


 「そうか。じゃあ俺たちはダンジョンに行ってくるからフェリはのんびりしとくんだぞ」


 「え? ボクだけ仲間外れなんて、ひどくない? ひどいよね? ねえ悠人ちゃん?」


 「悠人ちゃん……かわいいですね」

 「あらあら〜、お姉さんも今度呼んでみようかしら〜?」

 「悠人ちゃん? 悠人サンは男の子なのに“ちゃん”ですか? ……はっ! まさか正体は男の娘」


 リナの妄想が広がる中、特に何も言わなかったが悠里と杏奈もなにかを堪えているような表情をしていた。そういえばちゃん付けで呼ぶ人など、幼い頃に近所のおばあちゃんから呼ばれて以来だ。まぁフェリシアからちゃん付けで呼ばれるのには慣れたけど。

 フェリシアに行きたいのかを問うと、背筋をピンと伸ばし手を挙げて「行きたいです!」と言っていた。


 「仕方ないなー。危なくないようにちゃんと隠れてるんだぞ?」


 「誰かの後ろにいればいいのかな? おすすめはだーれ?」


 「んー、そうだなぁ。悠里の側が安全かもな。無敵バリアがあるし」


 悠里を見ると少し困り顔。とりあえず子守は任せた。


 「じゃあ悠里よろしくー!」


 「危なくなったら悠人の後ろに逃げなよ? 無敵じゃないからね?」


 「はいは〜い!」


 「さてと、じゃあ行こう! 『空間超越の鍵』」


 鍵を使い出現した空間の歪みを通り抜けると、そこは昨日俺たちがモンスターと戦った平野、そしてダンジョンの中に新たなダンジョンとして出現したテーブルマウンテンとモンスターが湧き出してきた亀裂があり、昨日よりも少し幅が狭くなっていた。その奥は深い闇。外からではその先の様子を窺い知ることはできない。


「ふぅ、着いたな!」


ーー ふぅ、着きましたね! ーー


 「悠人ちゃんったら、ふぅって言うほどじゃないどころか一瞬じゃないか」


 「雰囲気は必要なんだよ」


ーー そうですよフェリシア。もっと人間と言うものを学ぶ必要がありますよ ーー


 「変なのー」


 「まあお兄さんは変な人っすからね!」


 「杏奈、悠人さんを悪く言うのは感心しないなぁ」


 「ひっ…で、でも香織さんだってそう思う時があるっすよね?」


 「そ、それは…」


 一瞬般若を思わせる圧を発した香織だったが、続く杏奈の質問によって消沈した。


(なぁエアリス?)


ーー はい、なんでしょう? ーー


(俺ってそんなに変かなぁ?)


ーー そんなことはないと思いますが ーー


(だよなー)


 亀裂の闇は外からでは様子がわからないためとりあえず首を突っ込んでいた。外からでは暗闇にしか見えない不思議な膜のようなものを突き抜けると途端に視界がひらけ、そこに見えたのは岩壁に囲まれた広い通路だった。雰囲気は如何にもなダンジョンと言ったもので、地上の実家や各地に存在するプライベートダンジョンと呼ばれている場所を連想する造りとなっている。しかしそれと比べると広い通路に高い天井、おそらく縦も横も十メートル以上あるのではないだろうか。通路にモンスターの姿はなく安全そうなことをみんなに伝えると杏奈との話を切り上げた香織が走り寄り、こちらに手を伸ばしてきた。その様はまるで、『お手をどうぞ』と言われ手を伸ばすお嬢様のよう。


 「お、お手をどうぞ……?」


 香織は嬉しそうに手を取った。つまりそれで正解だったという事だな。


ーー やりますね、マスター。やや女性の扱いが慣れてきたのでは? このままでは女性にすぐ手を出すようになってしまうのではっ!? お母さん心配です ーー


 (誰がお母さんだよ)


 「ねえねえ二人とも。会話丸聞こえだよ?」


 「あっ……フェリのよくわからないフィールド効果みたいなやつか」


 「ONとOFFの切り替えが上手にできないんだよ〜。仕方ないね? 仕方ないよね?」


 ダンジョンの中、正確には『ダンジョンの中にあるダンジョンの中』へと足を踏み入れた俺たち。先頭の俺から半歩下がったところをついてくる香織は、俺の手を握っている。ダンジョンの中へと入った時のまま離すタイミングを見失ったというか、まぁそういう感じだ。


 「久しぶりのダンジョンデートですね!」


 「そ、そうかな?」


 「っていうかログハウスがあるのってダンジョンっすよね? いつもデートしてるようなものっすよね?」


 「たしかにそうよね〜。でもお姉さんも悠人君とデートしたいわね〜」


 「文脈がでたらめっすね」


 「あらあら。最近ユウトニウムが不足気味だからかしら〜?」


 「ユウトニウムとは一体……っす」


 杏奈がさくらの言うユウトニウムとは何かを考え出した頃、最後方は悠里が、その前をフェリシアが乗ったチビが歩いていた。後方に気を配りつつ歩く悠里に、フェリシアは何かを話しかけているようで悠里は気恥ずかしそうな顔をしていた。


 「長い直線だな」


 直線をしばらく歩くと、やがて階段が見えてきたのだが、しかしここは降り階段ではなく昇り階段だった。


 「ん〜? モンスター全然いなかったっすねー。ずっと警戒してましたけど、まるで気配がなかったっすよ」


 「そうだなー。入った時点で索敵してたから知ってたけど、ほんとに全然いなかったな」


 「え? 知ってたなら言ってくださいよ〜」


 「いやほら、いきなり湧いて出るってこともあるかもしれないからさ。俺も一応警戒しながら歩いてたんだよ」


 半分嘘だが半分本当だ。前後はみんなに警戒してもらって、俺はその間通路の壁を探っていた。


 「悠人さん、どうしてモンスターがいないんでしょう?」


 「ん〜。なんでだろうね」


 「案外昨日のモンスターたちで打ち止めだったり〜……しないかしらね?」


 「いやまさか」


 少し離れたところにいる悠里とチビに乗ったフェリシアが何かを話している。フェリシアが呆れたような表情をしたかと思うと悠里が残念なものを目の当たりにしたような表情をする。なんの話をしているんだろう。


ーー あちらの話によるとどうやら……さくら様が正解らしいですよ ーー


 「え? さくらが正解なの?」


 「そうなの? やったわぁ、うふふ〜」


 「このダンジョンの創主はとんだドジっ子なんすね」


 階段で上階へ向かうとまた同じような通路になっていた。しかし一階と違い両側に木製の扉が等間隔で並んでおり、扉の横には木の棒と板を組み合わせて作られた立て看板が据えられていた。その中の一つが目を引き俺は足を止めた。


 「なになに? 【武器防具なんでもござれ ドワーフの武具屋さん】だと?」


 「武具屋? ダンジョンの中にお店があるなんて、ゲームっぽいっすね」


 「フェリが言ってたしな。ここを作ったやつはゲーム好きだって。とりあえず入ってみるか」


 「ゆ、悠人さん! 罠かもしれませんよ!?」


 「大丈夫だって。ひげもじゃで背が低くてマッチョな気の良いドワーフがいるもんだって」


 それを聞いた香織は首を傾げて「本当ですか?」と聞いてくる。念のため体を包むように【拒絶する不可侵の壁】を展開し木で出来た扉を開けた。


 「おじゃましまーす」


 木の扉をくぐりドワーフの武具屋へと足を踏み入れると、店主らしき人物が声を掛けてきた。てっきり身長が低いものだとばかり思っていたが俺と同じくらいの目線の高さでカウンターに太い腕を載せている。


 「ガハハハハ! ようこそ! ドワーフの武具屋へ! 何を御所望かな?」


 「あ、あぁ。欲しいものは具体的には思いつかないんだけど、武具屋って書いてあったからついつい入っちゃったんだ」


 「ガハハハ! そうかそうか! なら欲しいものが見つかるかもしれないからな! ゆるりと見ていくと良い! とは言っても店は狭いがな! ガハハハハ!」


 店主の言う通り、店内はさほど広くはないためゆっくりと見るまでもないだろう。十畳ほどのスペースの壁に武器が掛けてあり、大きな壺に乱雑に投げ入れられたようなものもある。金属や革、大きな鱗でできている鎧や盾も置いてあり、看板にある通り武具屋と言って間違いないだろう。


 「いろいろあるなー。おっ、これなんか参考になりそうだな」


 「このガントレットっすか? こんなにいかついのが参考になるんすかね」


 「杏奈ちゃんに良いかなって思ったんだけど」


 「あ、あたしはもっとこう……スマートなやつがいいっす!」


 「スマートなガントレット……わからん」


 「あらあら、私に合いそうなものはないわね〜」


 「さくらは剣と魔法の世界とかそういうのとは無縁そうな装備だもんね。服とかなら俺ができるかもだけど」


 「あら〜、うれしいわ〜。じゃあ今度お姉さんの好みの装備を作ってもらおうかしら」


 「香織のも作ってください!」


 「いいけど、二人の服がすでに……私服に見えるけどエアリスの最新装備だよ?」


ーー ふふん、自信作です! 軽くて動きやすく、それでいてエリュシオンの刃すら簡単には通さないはずです! ーー


 「だそうだよ?」


 「ありがとうエアリスさん」

 「いつもありがとう、エアリス」


 とは言え二人は違うデザインのものも欲しいらしい。ログハウスの中は今のところ安全とはいえ、ダンジョンの中である以上いつも危険が隣り合わせな事に変わりはない。だから着るものはいつでもしっかりと身を守ってくれるものが良いのかもしれないな。だが思ってみると……もうすでに何着か見繕っていたはず。という事は単純にお洒落がしたいと言う事か。

 近頃ログハウスのメンバーはほぼ私服ではないかという格好をしている。それは地上へ出た時はもちろん、ダンジョンで戦闘をする時もだ。昨日は探検者たちの目があったため、その探検者たちにとって命を落とすかもしれない戦いという事もあり、緊張感を失わせないためにいくらか戦闘用に見える服装にしていたのだ。性能はというとどちらも違いはない。


 「服を魔改造するのも良いけど、銀刀も強化してほしいなぁ」


ーー それはそれ、これはこれです ーー


 「どういうことなの」


 「エアリスさんは、お洒落だったりかわいい服装が好き、ということかしら?」


ーー そう、そうなのです! 最近わかったことですが、刃を研ぐよりもフリフリのレースを超強化している時の方が快感物質を大放出しているような気がします! ーー


 「まぁいいや。好きにしてくれ」


 店内をしばらく眺めていると、隅に無造作に立てかけられた刃折れの細剣に目を奪われた。装飾もなく刃はところどころ欠けており、刃先は折れて無くなっている。そんな剣に目を引かれたのは俺だけではなく。


 「この子、泣いてるのかな? 悲しいのかな?」


 「泣く? 剣が?」


 「剣、というか存在が、かな。悠人も何か感じ取ったから見てたんでしょ?」


 「感じ取ったってほどじゃないけど、なんか気になったというか」


 折れた細剣を手に取ったフェリシアは店主に「おっさん、これいくら?」と聞いた。しかし返事より先に店主はカウンターから一瞬で姿を消した。そしてカウンター横から……小さいおっさんがテトテトと歩いてきた。どうやら身長は低かったらしい。カウンターの向こうには、高い椅子か何かがあるのだろう。


 「これかね? ……こんなものは売り物にした覚えはない! 持っていくと良いぞ! ガハハハハ!」


 「いいの?」


 「いいとも! その代わりと言ってはなんだが……そちらの青年が腰につけている武器を見せてはくれんか?」


 「俺の? いいぞ」


ーー えっ? ちょっ、まっ ーー


 「おぉ……これは…見事な……見た目にそぐわぬこの重厚感、この滑らかさ、輝き、刃こぼれ一つない絶妙な曲線……エロい!」


 武具屋は銀刀を舐め回すように見て発した言葉から察するに、そういう趣味の人だ。変の態といっても過言ではないかもしれない。少し身の毛もよだつような感覚を覚えたがそれはすぐに収まった。おそらくエアリスの“感情を喰らう”というものの効果だろう。しかし当のエアリスはというと、武具屋の太い指が銀刀に触れるたびに気持ち悪がっているようだった。早く取り返してと俺に訴えかけてくるので「その辺で」と言い銀刀を受け取った。


 「残念だ……もう少しこの肌に触れていたかったのだが」


 「ははは……すまんな」


ーー や、やはりマスター以外に触られることには抵抗がありますね ーー


 (ん? でもあれ自体がエアリスじゃないだろ?)


ーー ワタシには体がありませんので、銀刀は分身のようなものなのです。それを見ず知らずのひげもじゃに良いようにさせるなど……ッ! ーー


 (ぁー、ごめんて。気をつけるよ)


 「ガハハハ! また来るといいぞ!」


 武具屋を後にし、俺たちは先へ進むことにした。しばらく歩き、道中には他にも目を引く看板がたくさんあった。メイド喫茶ならぬ『冥土カフェ』やら温泉宿やら健全だったりそうじゃなかったりするマッサージ店などなど。俺が一人で来ていたら興味本位で入ってしまったかもしれない。しかし今は美女に囲まれているような状態なのだからそんなものには目もくれないのだ。というかむしろ文字通り囲まれているのでまっすぐしか歩けないのだ。


 「悠人サンもやっぱり男の子ですネ! マッサージのお店に吸い込まれそうでした!」


 「男の子っていう歳でもないんだけど。でもまぁうん。吸い込まれるかと思った」


 「だめですよ! あんな破廉恥なお店に吸い込まれるくらいなら、香織の部屋に吸い込まれてください!」


 吸い込まれても良いのだろうか? でも大人の男女が同じ部屋で二人きり……あれ? 俺の部屋でも似た様なもんか。だいたいチビがいるけど。もしかすると俺の部屋だとデモハイをしてしまうから、自分の部屋でチビを心行くまで愛でませんか、というお誘いなのでは?

 そこまで考え、ふと思った事を口にする。


 「そういえば、ログハウスじゃ自分とフェリの部屋以外入ったことないな」


 「入りたいんすか? いいっすよ? でもできればみんなが寝静まってからがいいっすね〜」

 「あらあら〜? 私のところに来てもいいのよ? もちろん一番静かな時間に、ね?」

 「か、香織の部屋ならいつでもいいですから! 朝からでも良いですから!」


 香織の発言に杏奈とさくらは「あら〜、だいた〜ん!」と声を揃えている。

 みんなそういう冗談をよく言うもんだから、さすがに慣れてきたな。ほんとだいた〜ん!


 二人に揶揄われた事を悟った香織が二人をポカポカとまるで漫画のように腕を振り回していた。ちょっと可愛いと思った。


 「香織ちゃん、揶揄われてるんだよ俺たち」


 「そ、そうなんでしょうか……」


 「本気で夜中に部屋に来いなんて言うわけないじゃん」


 「か、香織のは本気にしても良いですよ……?」


 香織の冗談はまだ続いているのか。そうだよな、結果的に杏奈とさくらの二人に揶揄われただけで自分だけやられっぱなしだもんな。それなら俺は揶揄われる側でいてあげようかな。で、でも健全な感じでな。じゃないと変に意識しちゃって〜とか、香織以外からも揶揄われちゃうかもしれないからな。


 「えっと……いつもデモハイするときは俺の部屋だもんね。たまには自分の部屋でしたいよね。それともチビを愛でる事に集中したい?」


 「えっと……そ、そうじゃなくてぇ……」


 そうじゃない…? あっ、なんだか逆に香織を揶揄ってるみたいな感じの事言ったな……反省反省。

 それはそうと行き止まりになった通路脇に上り階段があった。さすがにそろそろ何かいるのではと期待していた。


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