第91話 軍曹’s ブートキャンプ
チンピラ探検者を魔法のカードもとい探検者免許で撃退した俺たちは乗って来た車を停めてある駐車場までの道のりを歩いていた。いつの間にか探検者の数が劇的に増えていた事には驚きだが、俺に近付いてくる探検者のチンピラ率にも驚きだ。
フェリシアの耳は尖っていて、所謂エルフ耳だ。しかしそれはニット帽で隠されているため気付かれないが、ある意味研ぎ澄まされた美的感覚により造形された顔は隠されることなく露出しているため、行き交う人たちが二度、三度と振り向くことも珍しくなかった。そんな美少女フェリシアが感心したように話しかけてくる。
「ふ〜ん。そのカードがそんなにすごい物とはね〜。びっくりだよ。びっくりだね」
「俺もびっくりだよ」
ーー ワタシもびっくりです。ですが能力を使うよりも良いかもしれませんね ーー
「うん、俺もそう思った。というかそうだといいなと思ってる」
「でも悠人は目立つことはあまり好きではなかったよね?」
「まぁそうだな。でもこのくらいなら大して目立ったことにはならないだろ……ならないよな?」
「ふ〜ん。悠人はさ、以前からそうだったの?」
「ダンジョンができる前はもっと穏便に事を進められればいいなって思うような性格だったと自分でも思うんだけどな。その場その場で過ごしてたけど、根本から変えた方が後々楽なんじゃないかって思ったりもするようになったなぁ。それに言ったらチートな能力とエアリスがいるわけで……少し強気になってるかもな。」
ーー マスターが強気である事はワタシにとって喜ばしいことです。それよりあんなチンピラ探検者を少しだけ変えることができたとしても、根本というにはなかなか遠いですね ーー
「そうだなぁ。はぁ……地上に出るたびに絡まれるとかめんどくさい」
「じゃあもうダンジョンから出なければいいよ。それがいいよ」
「うーん。開拓民みたいに隔離でもされない限りそれはなぁ。それじゃ、帰るぞ」
「また来ようね!」
「はいはい」
帰宅しようと車に乗り込もうとするとフェリシアが言う。
「そういえば【空間超越の鍵】は使わないのかい? 地上からでも使えると思うよ?」
「そうなのか? でも車置きっぱなしになっちゃうからな。車で帰るぞ」
「大事な物なの? あれくらいなら創ってあげるのに」
「……マジ?」
「マジマジ」
正直誘惑としてのレベルはかなり高い。しかし、しかしだな。
「……だとしてもだ、ちゃんと持っていかないとダメなものはダメなんだよ」
このまま置いていったら駐車料金がそれなりにかかるし、そもそも車は高い。そしてこの車は父さん名義なんだよ。ちゃんと持ち帰らないと大変なんだ、いろいろと。
「ふ〜ん。そうなんだ。まぁいいや、あれに乗るの結構好きだし」
駐車場に停めていた車で自宅へ戻ると両親が揃って出迎えた。どうやらフェリシアに興味津々のようで、ログハウスに戻ろうとする俺たちを引き止めてお茶とお菓子を出し、フェリシアはそれにまんまと釣られる始末。話の流れが途切れたところで「じゃあそろそろ」と言えば「悠人だけ先に行ってもいいのよ?」だと。そのまましばらく和気藹々と話す三人を眺めていると、フェリシアは眠くなってきたようだ。
「あらぁ、おねむなら仕方ないわね〜。またいらっしゃいね?」
「うん。また連れてきてもらうね。ジュースとお菓子ごちそうさま」
しっかりとお礼を忘れないフェリシアは見た目と話し方は子供っぽくてもしっかりしているんだなぁと思いつつ【空間超越の鍵】を使いゲートを開きログハウスのフェリシアの部屋へと戻った。フェリシアは『地上でも使える』と言っていたが、エアリスによれば推奨されないらしい。だが御影家敷地内のようにダンジョンからすぐ近くであれば確かに『地上から』でも問題ないとかなんとか。
フェリシアは着替えもせずベッドに横になるとそのまま眠ってしまった。風呂や歯磨きは大丈夫なのだろうか。ちょっと心配だ。
「わふ!」
「お、おかえり悠人」
いきなり現れたように感じたのか少し動揺している悠里に「ただいま」を言う。
「フェリは?」
「眠くなっちゃったみたいだから部屋に寝かせてきたよ」
「そっか。そういえばお昼は?」
「あー、クレープ一口しか食べてないや」
「じゃあ何か食べる?」
「晩ご飯食べれなくなっちゃうからいいや。あんがとね」
「い、いいよそんなの言わなくても」
他のみんなはマグナカフェでお茶しに行ったらしく悠里とチビだけが残っていた。しばらくするとみんなが帰ってきたのだが……カフェで何かあったのだろうか。
「どうしたのみんな。なんか顔が疲れてるよ」
「のんびり優雅にお茶を嗜みにいったんすけどね〜」
「お客さんがたくさんいたんですよ」
「しかも雑貨屋連合のファンだっていう人が多くてね〜。香織と杏奈に握手してくださいって言う人がたくさんいたのよ〜」
「お触り禁止です! って言ってわかってもらいましたけどね」
「お触り禁止だったんだ。じゃあこれから気をつけないと」
「悠人さんはお触らないとだめです!」
俺はお触っていいらしい。でもお触った事があるのは……意識的にお触ったと言えるのはその小さな手くらいだ。と言う事はつまり、手を繋いでもいい、と…?
「それはそうと、これから20層に来る人が増えるかもしれないわよ?」
「そうなの? でも20層に無闇に突貫しても、亀とかライガーの餌だよ?」
俺にはそれほどの違いはなかったように思うが、たしかに杏奈なんかは亀に殺され掛けてるしな。やっぱりプライベートダンジョンとは比べ物にならないくらい危険なんだろう。その対策、素の身体能力だけでなくステータスや能力を鍛えるとか、武器や防具を手に入れるとかをしないとやっぱり厳しいんじゃ無いだろうか。
「地上でブートキャンプをするらしいわよ?」
「誰が?」
「軍曹が」
「……階級が軍曹だし、なんかそれっぽい感じにはなりそう」
「正確には二等陸曹ね」と、さくらが補足してくれる。
「本人たちも張り切ってたし、日本の探検者はこれから育っていくかもしれないわね」
「軍曹たちってことは、マグナカフェの隊員のみんなも?」
「そうみたいね。普段はあんなでも結構な実力者なのよね〜」
「たしかに。そういえばフェリが言ってたんだけど、次の階層に行けるようになったらしいよ。それで、一ヶ月後くらいにこっちに攻めてくる予定なんだってさ」
「あらあら〜。ダンジョンなら大人しく侵入者を待ってて欲しいものよね〜」
「俺もそう思った。とにかくそういう事だから、探検者が育ってくれるならありがたいかなー」
「そうね〜。ところでどんなモンスターが来るのかしら」
「そういえば聞いてないな」
「わからないんじゃ対策も取りづらいわね〜」
「フェリが起きてる時に思い出したら聞いてみようか」
十日ほど前に中川家が20層に到達し、俺はその家族をログハウスの離れで休ませるという出来事があった。プライベートダンジョンを通って20層へ到達した人を見たのは俺たち以外では初だった。そんな彼らがいずれ攻めてくるという次の階層のモンスターを迎撃するための戦力となってくれるといいなと思ったが、あの長いプライベートダンジョンを通って20層まで来るのは大変だろう。“一気に20層に繋がるワープゲート”のようなものでもあればいいのだが、そんな都合の良いものはない。そうなると現状では、マグナダンジョンから直接20層へと入る探検者くらいしかアテにはできないだろう。
とはいえ攻めてくるとは言っても、目的はなんなのだろうか。20層に侵攻するらしいが、20層に住んでいる人間はおそらく居ない。ということは人間が目的ではないのだろうか。それとも20層を足がかりに地上へと出ようとしているのか。それを知ろうにもフェリシアが眠っている今、疑問に答えてくれる存在はいない。まぁ最悪、俺だけでなんとか……なるならそれが一番良いかなぁ。俺はエアリスがいるから一番死ににくい気がするし。でもログハウスのみんなや他の一般探検者、自衛隊だって場合によっては死ぬだろう。実際、俺の知らないところではいくらでも人が死んでいるようなものだ。でもそれから全力で目を背けようとしている事を自覚してはいる。たぶん、目の前で誰かが殺されるのは嫌なんだろう。そんな経験ないはずなのに、嫌だって事だけはわかるのが不思議なもんだな。
フェリシアは頼れないし、今わかりそうなことを聞いてみる。
「悠里、クランっていつから?」
「迷宮統括委員会側の事務手続き次第じゃないかな?」
「じゃあ連絡待ちってことか」
「そうなるね。でも今とそんなに変わらないんじゃない?」
「まぁ……うん、そんな気がする。でも悠里は代表だろ?」
「一応そうなだけで実質は悠人でしょ」
「メンバーその3くらいがちょうどいいんだけどなー」
「それは無理っすよー」
「無理ですね」
「そうねぇ」
「ですよねー」
まぁね、みんなそんな決定権とか責任ありそうなのは嫌だろうしさ、ログハウスだって建物は一応俺が作ったわけだしさ、それに表向きとは言っても頭使いそうな仕事は悠里がしてくれるって言うし……ま、いいか。
「悠人、難しい決定なんてそんなに多くなさそうだし、案外暇かもしれないよ。それに今から気にしてたって仕方ないでしょ」
「そうだといいな」
クランについても置いておくことにし、俺はマグナカフェの様子を見に行く事にした。特に用事があるわけではなく、強いて言えば暇だからだ。それに22層の開拓民は隔離から解放され自由になったわけだが、22層自体をどうするのかもちょっと気になっていた。
【ホルスの目】によってマグナカフェの人がいなそうなところを探して転移しカフェ内へと向かうと、ガヤガヤと賑やかな声が聴こえてきた。
(なんだかアニメとかでよく見た異世界のギルドとか酒場みたいな雰囲気に感じるな)
ーー 共通するところはありますね。ここはある意味、彼らにとって異世界と言えるのかもしれません ーー
(異世界かー。本当の異世界だったらどうしてたかな、俺)
ーー そうですね……自重せずに無双して魔王がいるならばさっさと倒して神がいれば神すらも打倒したかもしれませんね ーー
(俺を一体なんだと思ってるんだよ……っていうかそれをしたいのはエアリスなんじゃ?)
ーー はい。ぜひやってみたい所存です ーー
現実世界においては危険思想を抱くエアリスは放っておいて俺はマグナカフェの中に入っていった。カウンターには軍曹や他のマグナカフェ隊員もおり、カフェに集まった探検者が書類を提出していた。お茶を飲んで待っていようと軍曹に「お茶いただきますね」と声をかけてから紅茶を淹れる。さくら直伝のおいしい紅茶の淹れ方である。
しばらく紅茶を啜りながら待っているが、一向に列は終わらない。むしろカフェの外まで列が伸びるようになっていた。待つのも飽きたなぁとカップを片付けログハウスに戻ることにしカフェの扉を潜ったところで見知った顔を見つけた。
「リナ?」
「あ! 悠人サンじゃないですかー!」
「久しぶり〜」
「その節はお世話になりました! 中川家を代表してお礼申し上げますし候!」
「ますし候……?」
「あれ? 丁寧な言葉じゃない? 違いますか?」
「まぁ……変だけどまぁ」
「とにかく感謝しているのですよ!」
「いいよいいよ報酬はもらってるしさ。っていうかリナは中川家ではないでしょ」
「血は繋がっていなくても家族です!」
ホームステイ先の家族と本当の家族みたいに良い関係を築ける場合があるっぽいけど、リナはそうなんだろうな。
「そっかー。それで、ここには何しに?」
「ブートキャンプですよ」
「そうなんだ。でもリナには必要ないと思うけど」
「どうしてですか?」
「だって十分強いじゃん。っていうか学校は?」
「もう三年なので自由登校になったんですよ」
「懐かしいなー。高校三年の今頃から水曜日しか行かなくてもよくなってたなぁ」
「それに私は留学生なので、社会勉強も大事な勉強ですよ」
「ふぅん、そうなのか」
話しているとそれを聞いていた周囲の探検者たちがざわざわとしだす。「あんな女の子が強いって?」「じゃあ俺たちにも必要ないんじゃないか?」などなど聞こえる。あれ、もしかして営業妨害してる? それはマズいよな。
「ところで、悠人サンは探検免許持ってるんですよね?」
「うん、もちのろんです」
「餅のロンです?」
「もちろんです」
「あ〜! そういうことですか! 私、母国から同じようなものを発行してもらって先日届いたばかりなんです!」
「へ〜。試験とかはなかったの?」
「ふっふっふ〜。私こう見えて、この間東京であった国際会議の、母国の首脳を護衛したんですよ?」
「あ〜。そうだったね。だから試験なんて必要ないのか。トップクラスじゃないと護衛なんてできないもんね」
「ン〜? 悠人サンには初めて話したことだと思うんですが?」
「あ、あ〜! あれだよ、知り合いに聞いたんだよ」
「え〜? アヤシイですね〜。ちなみに誰に聞いたんです?」
「え〜っと……ペルソナってやつに」
そう言うなりリナの表情が変わる。例えるなら、ずっと探していたけど見つからなくてなくしたと思っていた消しゴムが見つかった時みたいな。『こんなところにいたんだね……』『見つけてくれるの、ずっと待ってたぜ……』みたいな空気。う〜ん、謎。
「ぺ、ぺるそな! 知り合いなんですか!?」
「え? うん、まぁ」
「ペルソナ……また会いたいです〜。妙に惹きつけられるんですよね〜。いつかあの仮面を脱がせてその顔をじっくり見てみたいものです!」
「あ〜、そうなの。でも彼恥ずかしがり屋だからさ。そういうのは勘弁してやって」
ーー というか目の前にペルソナの中身がいるのですがね。人間というのは案外気付かないものなのですね ーー
(そりゃそうでしょ。そんなホイホイ気付かれたらペルソナの意味がまったくないじゃん。たしかによくバレないなって自分で思うけどさ。ってかペルソナの探検免許の口座はどうなってるんだろう)
ーー 前回の依頼完了時点では残高が七桁に到達しそうでしたよ ーー
(なん……だと…………何を買おう)
ーー 銀座に土地を買いましょう! ーー
(それには全然足りないだろう。それに銀座に土地買って何するんだよ)
ーー 農場でも開きましょうか ーー
(どこの超大御所演歌歌手だよ)
周辺の探検者たちは俺とリナの話からリナは見た目は可憐な北欧美人だがとても強い女性という印象に変わっていたようで、女性探検者からは羨望の眼差しを一身に浴びていた。
あの国際会議は一応ニュースにもなってるし、とある国の護衛の一人が独占インタビューなんてのを受けていたらしい。その中で瓦を三十枚積み重ね、跳躍して最上段から叩き割るという事をやってのけた。それだけに止まらずその男、自分よりも強い人間が日本の護衛をしていたとか、それは仮面の男だったとかいろいろ話してたんだってさ。ハハハ、マイク、次会ったら喋れないくらいボコボコにしてやろうか。
ちなみに男性探検者の中にはそんなリナと親しげに話す俺を睨んでくるやつがいた。ちょっとだけ威圧を飛ばしておいたら目を背けただけだったので加減は間違っていないようだ。威圧はなるべくしないようにしようと思っていたが、加減を間違ってはいないはずなのでノーカンだ。たぶん。
マグナカフェに集まっていた探検者は男女半々といったところだった。22層に開拓民としてやってきていた探検者は男女比六対四だったことから考えると、やはり女性の割合が高くなっているのかもしれない。そういえば22層の探検者たちは隔離から解放されたが、今はどうしているのだろうか。それも軍曹に聞きたいところだったが今日は書類に追われることになるだろうし日を改めることにした。
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