5章 適応する世界でものんびりしたい
第86話 悠人、裏ボスになる。
十一月二十日
幻層を攻略、つまり隔離された百人の探検者と自衛官を解放してから一ヶ月以上経った今、俺はリビングのテーブルに突っ伏していた。それは一本の電話が原因とも言えるしそもそもを辿れば自分なのだが……
「御影君か?」
「はい。どうしました? 大泉さん」
この大泉という人物はログハウスのメンバーである香織の祖父にして現在の日本国首相、大泉純三郎。悠人として目立つのは嫌だから謎の人物“ペルソナ”としての探検免許が欲しいという俺のわがままを叶えてくれた恩人である。そのおかげでペルソナはその存在を知る者たちにとって一目置かれる存在であり、重要な会議などの護衛としての依頼はペルソナにたびたび指名が入るようになっていた。ペルソナとしての俺の役割は一応護衛ではあるが、会議の冒頭で危険な行為やスパイ行為をしないように“お願い”をすることだけで良いとされている。
俺の能力である“真言”は言葉によって事象を操る、または改変すると言えるもので、所謂チートだ。その能力自体は秘密にされてはいるが、ペルソナに依頼をする者にとってその冒頭のお願いは、理由はわからないがその場に集った者たちの不埒な行いを抑止するだけの力を持っていると認識している。俺自身がそう仕向けようとしたから、というのもあるだろう。あくまでその対象者たちの思考が平和的な方向へと向かうよう誘導する程度だ。
とある会議の場、それまでは敵対していた国同士がダンジョンの資源についての交渉をするための会場として、日本を指名した。円満に話が進めば荒事は起きず無事国交を結ぶことができ、そうでなければ実力行使も厭わないという意志が垣間見える両国。そこへペルソナとして俺が派遣された。
その冒頭、以前大規模な国際会議が行われたビッガーサイトでしたように“お願い”をしたのだ。その時と違うのは「隠している武器があるならば預かって保管するので提出して欲しい」という文言を付け足しただけだ。そしてそれはすぐに効果が現れた。
両国の護衛は体の至る所に隠した暗殺に適した武器をテーブルに置いた。その時に強めの威圧を放つことも忘れていない。その場には見届け人として同席する日本の担当者もおり、それにより『謎の男ペルソナの威圧感は精鋭の心を折る』という話がお偉方の間に瞬く間に広まった。
結果的にその出来事から信用を得たペルソナは“不可侵の番人”として一応世界の知るところとなった。一応というのは、政治的に影響のある人物以外には知られていないからだ。
それからというもの、二日に一件くらいの頻度でそういった依頼が届く。大抵は都心で行われるため移動手段を怪しまれていないことが救いか。しかし世界が知るということは、一般にも多少話は漏れるということでもある。それにより最近は活動が控えめな雑貨屋連合、悠里と香織と杏奈の三人の話題に取って代わりペルソナの特集がお昼の時間のお茶の間に放送されるようになった。その見出しは『謎の仮面男!』『神出鬼没ペルソナ!』『今日のペルソナ』など様々だ。
大部分はお役所からの依頼ではあるが、ペルソナとして活動できるおかげで稼ぎは増えた。そして悠人としての自由は守られていて、そのためペルソナを指名した依頼を受けるのも比較的自由となっている。そんな恵まれた状況の俺に総理から直々の電話。きっと依頼だろう。
「ペルソナについてなんだが……」
「依頼ですか? 移動時間が怪しまれない場所なら大丈夫ですよ」
「そうではなくてね……実はどこからかペルソナの戸籍やらが存在していなかったことが漏れてしまったようだ」
「……え?」
「本当にすまないと思っている。しかし書面を追っても君には辿り着けないからそこは心配しなくていい。そもそもその書面が無いからね」
「では……どういった問題が?」
「ペルソナについて野党が追及してくるようになってね…‥。そこでなんだが……ここからは聞かなかったことにして欲しいんだが、組織を作る気はないかね?」
話を一通り聞いてから俺が知るゲームと照らし合わせていて思ったのは、ダンジョンで得た素材の買取、探検免許を発行し各種依頼をまとめ分配する役割を持つ“迷宮統括委員会”は所謂“ギルド”だ。そしてそこから依頼を受ける組織は“クラン”ということになる。そのクランを提案されたわけだ。そうすることでペルソナ個人への追及を免れようということだろう。とはいえペルソナがいる限り根本から解決はされないわけだが。聞かなかった事に、というのは総理大臣の発言ではないと言う事にしてほしいということだろう。一個人への肩入れ、しかも戸籍の見当たらない者に関してだからな。とは言えいざとなればなんとでもなるだろう、エアリス先生がなんとかしてくれる、はず。
「そういうのって手続きとか大丈夫なんですか?」
「そこは大丈夫だ。最近では探検者の組織化も増えているからね。公と民を繋ぐモデルケースとして実は試験的にしていたという事になるだろう。それにその団体が成果をあげればいずれペルソナへの追求自体がタブーとなるかもしれないからね」
「そうですか。じゃあ手続きはお任せしても?」
「それは任せてくれ」
電話を切るとスピーカーにしていたことで聞いていたログハウスのメンバーたちが騒ぎ始める。やれ青年実業家の誕生ね、やれナンバーワンクランはいただきっす! などと楽しげだが、俺としては気が重いのだ。そしてそう言う時に気がつくのは悠里だ。悠里は十年来の知り合いで気心知れた仲、と俺は思っている。それに気立てもよく料理も上手い。欠点かも知れないところと言えば、時々ツンデレだったりで素直じゃなくなるところか。悠里の容姿でツンデレは新し過ぎて未だに戸惑いを隠せないからな。
「面倒なことが増えちゃうかもしれないね」
「だよな。どうしよう。俺そういうリーダー的なことなんて向いてないと思うんだよ。ペルソナをそうしちゃうのも手かもしれないけど、それはそれでなんだかなー」
「大丈夫ですよ、悠人さんなら。それに考えているほど難しく無いと思いますよ?」
「そうかなー?」
「人件費や税金問題、オフィスの賃貸料とか諸々のことは問題ないですから」
「お金の面は……まぁうん、今みたいな“割のいいバイト”がある限り大丈夫そうだけど」
「それじゃあ悠里に代表をしてもらいましょう! 雑貨屋のオーナーですし!」
香織が言うのはつまり、経営経験者の悠里に社長になってもらう感じか。
「雑貨屋のオーナーが政府やら国際会議から依頼を受けるなんてないでしょ……」
「悠里なら大丈夫。顔も広いしなんとかなるよ」
渋る悠里の背中を香織が押す。乗るしか無い、このビッグ……かどうかわからないウエーブに!
「そうだな。うん、悠里さんお願いします。給料一番多くもらってくれて構わないんで」
「悠里が代表? それなら私も入っちゃおうかしら〜?」
「じゃああたしも就職するっす!」
え? それって俺が代表だったらダメってこと? いやまぁわかるんだけどさ、それよりさくらは大丈夫なんだろうか。
「杏奈ちゃんはいいとして、さくらは大丈夫なの? 自衛官じゃん」
「あらあら? 知らないの? つい先日軍曹や他のマグナカフェにいる隊員たちもそういった組織の一員になってるわよ?」
「え、そうなの?」
「民間人はいなくてマグナカフェのメンバーだけみたいだけれど」
「俺らって、民間じゃね?」
「そこはほら! 大事な会議に名指しで指名されるようなメンバーが所属する組織ということにもなるでしょうし、私みたいなのが出向していてもおかしくないわよ。それに手段なら他にもあるわ」
そう言ったさくらの瞳が怪しく光った気がした。深く突っ込まないでおこう。
「な、なるほど? まぁいいや。とりあえず、俺は今まで通り自由にしてもいいの?」
「……ペルソナとしては一般に対してはあまり目立ち過ぎない方がいいかもしれないね」
「そうね〜。またワイドなショーで追いかけられて追及される総理が目に浮かぶわね。でもペルソナっていう存在はワールドワイドだから問題ないかもしれないわね」
「う〜ん。伊集院に会いたくなくて思いつきでできた存在だけど、そのおかげで自由にできると思ってたのに不自由を生むとは」
実際それほどワールドワイドではないはずだ。でもそうだな、総理が見出した人物という事になっているし、素性が明らかになっては人権が侵される可能性があるとかなんとか、言い訳はいくらでも立つか。それを悠人、つまり俺と繋げられないようにできれば問題ないんだろう。
「ところでフェリちゃんはまだ寝てるのかしら?」
「昨日起きてきたばかりだし今日は出てこないんじゃないかな」
完璧な生体を創造したとは言ってもそれは大いなる意志と呼ばれたフェリシアの器であり、その身体機能は人間と変わらないらしい。慣れるまでは一日活動しては数日休むを繰り返す必要があるとは本人談。
数日に一度部屋から出てくるフェリシアは、それ以外は丸くて大きな天蓋付きの大きなベッドに横たわり、眠れる森のエルフ姫となっている。その間の食事はどうなんだということに関しては「大丈夫」とフェリシアが言っていたので問題ないのだろう。
エルフというのは見た目だ。本人がエルフの体と言ったわけでは無いしエルフなどという種族は物語やゲームの中だけの存在だ。見た目に関して大方インターネットで得た知識が影響したのだろうが、俺たちとしては生エルフ少女を見れて眼福なのでオールオーケーなのだ。
ちなみにダンジョンに関して知りたいことは山ほどあるのだが、フェリシアには少しだけしか聞いていない。活動できる時間が限られているフェリシアは今、ログハウスでの生活が楽しいらしく部屋から出てくると誰かと一緒に出かけたりゲームをしたりご飯を食べたりお茶をしたりしている。その楽しみを奪ってしまうような気がして聞かないでいるというのも無いわけではないが、暇があればエアリスが独占してしまうので聞くタイミングもあまりない。
時刻は夕方、再び総理から電話が掛かってきていた。
「迷宮統括委員会は探検者たちの組織を公式に認めることになる。その発表は明日になるだろう。その団体を“クラン”と呼ぶそうだよ。国際的に配慮したらしいのだが、日本の団体が横文字というのは慣れないものだね」
「委員会にゲーム好きな人でもいたのかもしれませんね。まぁ志を同じくする者の集団、同士集団とかそういう意味だと思いますけど、日本語のままでは国内向けにしかなりませんからね」
「ふむ。そういうものは若い者に任せるのが一番なのだろうね。それではマグナカフェに西野君宛で申請書を送らせておくよ」
「はい、ありがとうございます。総理大臣なのに雑用みたいなことさせちゃってすみません」
「なに、気にすることはない。私は指示をするだけだからね」
「どちらにしてもありがとうございます。では失礼します」
それにしてもペルソナという謎の人物として自由に動けなくなったのは困ったな。ここ最近次の階層が開放されていないこともあり、海外のダンジョンに興味が出てきていたところだった。しかし普通に海外に行くとしてもパスポートを持っていないし、そもそも海外のダンジョンは一般人がほとんど入ることができない。知名度を高めているペルソナとしてなら可能かもしれないが、悠人として渡航しペルソナが現れることになる。それでは渡航記録を辿ってしまえば悠人=ペルソナというのが簡単に知られてしまう。
そこで考えたのが、海外から20層へ到達した人に転移の珠を持って自分たちのプライベートダンジョンに戻ってもらい、また持ってきてもらう。それを使ってそちらへ転移するという方法だが、そもそも20層で海外からの人を見た事がない。そうなるとやはり自分で海外に行くしかないのだが……悠人=ペルソナと認識されるのを回避するためにペルソナのまま海外へ行ってダンジョンに入るとなると目立つ。だって仮面付けたまま飛行機に乗る事になるからな。それで入管をすり抜けられるかも疑問だ。行けたとして海外だけならいいが、そこまで目立てば日本でも報道されてしまい面倒なことになってしまうのではないかと思う。
諦めるしかないかなぁ。
「うーん。天使とか、見てみたかったなぁ」
「悠人君は海外のダンジョンに行ってみたいの?」
「うん」
「今は悪目立ちになっちゃうから、とりあえずクランを設立してからね」
「クランができたらなんとかなるかな?」
「なんとかなるんじゃないかしら?」
悠里の方を向いて問うさくらに対し、悠里は少し考えた後に首を縦に振り「なんとかしてみるよ」と言っていた。やはり代表は悠里がしてくれるようだ。
「悠里が代表でいいんだよね?」
「そうだね……。でも表向きだからね。そろそろ雑貨屋のことも考えなきゃいけないし」
「表向き?」
「世間に対しては、ね。もちろん悠人が裏ボスだけど」
「裏ボス……」
「悪の組織っぽくてかっこいいっすね!」
「平和の使者みたいな依頼を受けてるペルソナさんが所属する組織が悪の組織になっちゃだめだろう……。裏じゃなくて真とかなら」
「あんまりかわらないっすね!」
「むぅ」
「とりあえず運営はなんとかするから悠人は必要な時に口出してくれればいいよってこと」
「あー、なるほど! すごく俺に向いてる! というかそういう楽そうなポジションが好きです」
「楽とは限らないかもしれないわよ?」
「え? なんで?」
「団体としての責任はトップが負うものよ。表向きは悠里が責任者ということになるけれど……最終的な判断を悠人君が下す場合もあると思うの。その場合、悠人君の判断は悠里を不利にすることもあるかもしれないわ」
「え? ダジャレ?」
「真面目な話よ。そういう緩さは私も好きよ? だけどね、真面目な話の腰を折っちゃだめよ?」
「はい。すみません」
「まあまあさくら。悠人のことだからそういう時はちゃんとするって」
これはアレだな。ちゃんとするかどうかわからないのに言ってるやつだな。なんでそれを言うかって、先にそう言う事によって暗に『ちゃんとしろよ』と圧力を掛けてきているというわけだ。
「そうだけれど……こういう事はちゃんとしないとダメよ?」
「うん、でもここは私に免じて!」
悠里が拝むようにしてさくらに懇願している。そこまでやられちゃあ……まぁこれも悠里のパフォーマンスなんだろうけど、乗らないわけにはいかないだろう。
「ごめん、俺が悪かったよ。さくらはそういうのよくわかってるんだよね。俺は全然だから、さくらの助言はちゃんと受け止めないとな」
「わ、私もごめんなさいね? 急にそんなこと言われても驚くわよね?」
「驚きはしたけど、さくらは俺たちのことを思って言ってくれてるのがわかるから」
「でも……私も今はマグナカフェをほったらかしにしてるようなものだから悠人君に偉そうな事言えないのよね」
「そんなことないって。さくらお姉さんはやっぱり頼りになるなー? 俺みたいなやつにはさくらが必要だなー?」
「え?そ、そんな急に……告白だなんて!」
「さくら、そういうつもりで言ってるわけじゃないよ。そういう男だよ」
「そ、そうね。こほん……私の方が慰められちゃったわね? うふふ」
「やっぱりさくらは笑顔の方がかわいいね」
素直な感想を言ったんだが、なんだかすごく動揺してる。おかしな事言っただろうか……。
「か、かわいい!?」
「あ、綺麗? の方がよかったかな」
「き、綺麗!?」
珍しく目をまん丸にしているさくらに「さくら、そういうアレじゃないから落ち着いて」と悠里が言った。
どういうアレだろうか。よくわからん。
「そ、そうよね。はぁ。敵わないわね〜」
「え? なにが?」
「もう! なんでもないわよ! ……うふふっ」
ちょっとおふざけが過ぎたらしい俺にさくらは真面目に助言してくれた。いつもの雰囲気と違っていて真面目な話であることは察していたが、ついつい茶化してしまったのだ。そこからさくらはカフェをほったらかしにしている自分を思い出して落ち込んでしまったが、そんな顔はさくらには似合わない。とりあえず褒めてみたが元気になってくれてよかった。なぜ少し褒めたくらいで元気になったのかはわからないが、ともかくクランの事に関して真面目に考える必要があるという事は心に留めておかなければ。
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