第79話 総理夫妻の初滞在


 昨日はあれから大泉夫妻と共に少しだけ酒を飲んだりして過ごした。悠里は張り切っていろいろな料理やおつまみを作り、覚えたレシピの発表会のようになっていた。しかしそれに文句を言う者は一人もおらず、むしろ多種多様な皿をみんなで楽しみつつ総理の愚痴を聞いたり夫妻の馴れ初め話で盛り上がっていた。

 夜も更けた頃解散し、大泉夫妻は香織に手を引かれ離れへと向かった。しばらくして香織は戻り、みんなでデモハイをしたが、今日は大泉夫妻がいるので早めに終了した。


 翌朝リビングへ向かうと大泉夫妻はソファーに隣り合って座り器用にtPadを使っていた。


 「お、御影君。これ借りてるよ」


 「どうぞどうぞ」


 「ごめんなさいねぇ、勝手に使っちゃって。純さんがどうしても朝のニュースは見ておかないとって聞かなくて」


 「みんなで使えるように置いてあるようなものなので大丈夫ですよ」


 総理夫人・大泉初枝さんの言う『純さん』とは、今目の前で必死にtPadを相手に奮闘している大泉純三郎、現職の総理大臣の事だ。夫人の初枝さんは俺に『勝手に使っちゃって』と言うが、そのために置いてあるようなものだし使ってくれて問題ない。

 しばらくすると全員が揃い悠里とさくらが淹れてくれたお茶を飲んでのんびりしていると、初枝さんが申し訳なさそうな口調で散歩に行きたいと言い出した。いつもの日課らしいのだが、ここはダンジョンの中、それも21層なのだ。初枝さんにとっての未知の領域なこともあり、一人で出歩くことなく我慢していたのだろう。


 「じゃあ香織が連れて行ってあげるね!」


 「おやおや、香織が連れて行ってくれるのかい。ちいちゃい頃はよくついてきてた香織がねぇ。おばあちゃんは嬉しいよぉ」


 「そ、そんな昔の話しないでよ〜!」


 「じゃあ香織、頼めるかい?」


 「任せておばあちゃん!」


 「わふ!」


 任せてと言った香織に付いて行こうとチビもゆらゆらと尻尾を振りながら立候補する。


 「チビも行きたいのか? なら一緒に行って危なかったら守ってあげてくれ」


 「あらあら、こんなちっちゃい子が守ってくれるのかい?」


 「チビは大きいよ? チビ〜、元の大きさに戻って?」


 「わふっ!」


 元の大きさに戻ったチビは体高が俺の胸のあたりまである、今では大きすぎる狼だ。そんなチビを見て大泉夫妻は目を丸くしていた。


 「冗談かと思っていたんだけどねぇ。本当に大きいんだねぇ」


 「……二度目なのにびっくりして心臓止まるかと思った」


 「大泉さん、それはほんとうに洒落にならないんで……いざとなったらネクタイピンにつけてある効果でなんとかなるかもですけど」


 「悠人さん、おばあちゃんにも、作ってもらえませんか?」


 それくらはお安い御用、と言いたいところだが今すぐにとはいかない。そのため俺の指輪を貸しておくことにする。俺のなら、エアリスがいつも一緒にいることもあって返された後の調整もすぐだからな。他のみんなの指輪とは少し違っているらしく、その辺は俺の特権かもしれない。

 

 「ありがとうございます悠人さん!」


 「チビちゃんよろしくねぇ」と言った初絵さんに付き添うように歩く香織とチビを伴って初枝さんが散歩にでかけ、俺たちは初枝さんにどんな自己防衛用のアイテムを作ろうか考えていた。


 「やっぱり着物にも合うものがいいんじゃないかしら?」


 「指輪で良いと思うけど、あまりゴテゴテしたものよりも上品なものがいいと思うよ。初枝おばあさん、よく着物着てたと思うし」


 そんな会話をしていると、総理がボソッと言った。


 「そういえば、しばらく結婚記念日とかのプレゼントしとらん……」


 それは由々しき事態、というほどではないかもしれないが折角の機会だ。総理の意向に沿うように努力させていただく所存である。


 「かたじけない……」


 「ところで記念日っていつなんです?」


 「はっはっはっ」


 「覚えてないんですね」


 そこから香織たちが帰ってくるまで話し合い、結局大泉さんが推したので指輪ということになった。しかし俺たちの指輪のように幅が広いものではなく、拡張はできないが幅が細いものにすることに決まった。


 (ということでエアリス、幅は狭くしてシンプルで上品な感じによろしくー)


ーー お任せください。なるべく冒険しないようがんばります ーー


 (頼むよほんと)


 そこからはしばらくエアリスの製作タイムだ。ミスリルをベースに虹星石は指輪の曲線に沿うようにカットされる。その細長い形状のものを三つ繋げると輪になるよう指輪に埋め込んでいく。三つというのは母星と衛星が二つ、【不可逆の改竄】と【拒絶する不可侵の壁】だ。そのどちらの効果も自動で発動するため使い方に慣れる必要はなく、それによくダンジョンへ入っているらしいのでエッセンス切れもあまり問題ないだろうということで母星の容量は俺たちのものに比べると少ない。

 それからエアリスが少しの細工を施し完成した。


 完成した指輪の入った小箱をリビングにいた大泉さんにこっそり渡し、俺たちはそれを渡す瞬間を待ちながらスマホの準備を万端にしていた。なにも知らない香織と初枝さんは仲良く隣り合っておしゃべりしている。そこに加わる方法が思いつかない大泉さんは、「初枝!」と一言。初枝さんは「はい?」と返す。

 少しの沈黙の後、大泉さんは指輪を取り出した。俺たちはそれを動画に撮っている。まるでプロポーズでもしているような光景に、各々が心の中でがんばれ! と言っていたことだろう。


 「こ、これを」


 「おや、あらあら、純さんが贈り物をくれるなんて、夢かねぇ? 明日は薙刀が降るのかねぇ」


 「夢じゃないんだ。みんなに手伝ってもらってね。受け取ってくれるか?」


 「ありがたくいただくわねぇ。あら? 指輪の内側に……『いつもありがとう』?」


 「普段思っていてもなかなか言えないからね……」


 「あらあら。言われなくてもわかってますよ? でも……うれしいものねぇ」


 二人の様子を見ていた俺たちは誰からともなく拍手をしていた。おかげでスマホで撮っている動画はひどいことになったが、まぁ問題ない。

 その後大泉さんから「代金はどうしたらいいだろうか」と言われたが、「良いものが撮れたのでいらないです」と言っておいた。総理のこんな動画、売ったら良いお値段に……いや、売らんよ。冗談だよ。

 よかったら後で動画を送ってくれないかと言われ了解すると、大泉純三郎は年齢にそぐわぬ少年のような表情でにっこりとしていた。


 昼時になり悠里がキッチンへ向かうと、それを察した初枝さんが悠里について行った。その間俺たちは大泉さんを中心として普通は聞けない話を聞いたり特務であるペルソナにどのような依頼が来るかという見通しを話していたが、一度依頼を受けると数日掛かるかもしれないという話だったためがっくりと項垂れていた。


 「……やはり嫌だろうか?」


 「あ〜、えっと、無理を聞いてもらった側なのはわかってますが、できればもうちょっと軽めなのがいいかなぁとは」


 「ふむ。それなら香織も一緒なら、どうかな?」


 「そういう意味では……」


 「お、おじいちゃん! 香織と悠人さんはまだそんな仲じゃ」


 「まだ?」


 「じゃなくてぇ……と、とにかく悠人さんにご迷惑でしょ!」


 迷惑かどうか、それについては「全然迷惑じゃないよ」と本心を伝える。


 「え!? そうなんですか?」


 「でも数日かかるのがしょっちゅうなのは嫌かなぁって」


 日帰り、できれば朝ごはんを食べてから向かって、昼ごはんの前には帰ることができる、そんな仕事を、私はしたい。などとふざけているようで本気で思っている。


 「……西野君」


 「はい、なんでしょう総理」


 「この男は気付かないのか?」


 「普段からこんな感じですね」


 「そうなのか……まさか初心(ウブ)なのか?」


 「そうではないようなのですが」


 なぜかその単語だけがしっかりと聞こえた『初心』という言葉。その意味をエアリスに聞く。


ーー 童貞ということかと ーー


 「どどど童貞じゃねーですし!」


 「ふむ。香織、このままでいいのか?」


 「か、香織はぁ……一緒にいられればそれで…… 」


 「孫はこう言っているが、御影君はどうなんだね?」


 「え? 俺もこのままみんなでログハウスに一緒にいられたらいいなぁと思いますけど」

 そういう話だよな? 総理権限で強制的にこの集まりを解散させるとかそんなことないよな!?

 『そんな話では全くありませんのでご心配なく』というエアリスの声に俺は心底安心した。


 「うーむ。これは重症だなぁ」


 重症? 誰か病気なのだろうか? あ、流れ的に俺か。え? 俺病気なの?


 「お姉さんにもチャンスがあるってことよ?」


 「じゃああたしにもあるかもしれないっすね!」


 チャンスのある病とは一体……


 「まあ……年寄りが口を出すことでもないだろうからね」


 年寄りが口を出すことでもないが、然りとてさくらや杏奈にとってチャンスな病……俺の中で謎が謎を呼んでいる。


ーー ご主人様、以前よりも鈍感に磨きがかかっていますね ーー


 (う〜ん。もっとみんなの要望というか、ログハウスに必要なものとかに気を配るべき? やっぱさすが現代人だけあってまだまだ設備に不満があったりするのかな?)


ーー そうではなくてですね……まぁいいです ーー


 ともかく今日の昼食は悠里と初枝さんの合作だ。いつも悠里が作る和食はおいしいのだが、初枝さんの手が加わったこともありワンランク上の和食と言えるものになっていた。それは宛(さなが)ら高級料亭。

 悠里は教えてもらいながら料理をしていたらしく、メモを眺めながら食べていた。きっと頭の中で料理をしながら味を感じて復習しているといった感じなのだろう。


 昼食を終えると大泉さんは総理業に戻るとのことで離宮公園ダンジョン出口へと送り、「初枝はダンジョンに行きたいと言うだろうが、断ってくれて構わないからよろしく頼む」と言われた。


 ログハウスに戻るとその言葉通り初枝さんはダンジョンに行きたいと言い出した。大泉さんからは断っても構わないとは言われていたが、連れて行ってくれないなら帰ってから一人でダンジョンに潜ると言い出したので仕方なく了承した。

 それにちょうど離宮公園ダンジョンを探索しようと向かったことで今に至るわけで、不相応な自画自賛かもしれないが日本屈指と思われる探検者が五人、そして最強の番犬のチビがいるのだから問題ないはずだ。番犬ではなく番狼か。


 ということでログハウスを拠点にしている俺たちの、パーティとしての最初のダンジョン攻略は初枝さんを護衛しながら離宮公園ダンジョンの様子見を兼ねた探索となった。「何か武器になるものはないかねぇ?」と初枝さんが言っていたので香織に聞いてみる。


 「そういえば初枝さんって、薙刀使えるんだよね?」


 「はい、すごく上手ですよ」


 「じゃあ一応持っていてもらおうかな」


 昨日の就寝前、日頃のお礼も兼ねて香織用に作っていた薙刀を取り出す。

 反った刀身には刃紋が浮かびエッセンスを流し込むことで性能が上がるようにされている。柄は香織の身長よりも長く、ダイアンサスが装飾されている。ダイアンサスとは日本では撫子(ナデシコ)と言われる花だ。


 「ほんとはこれ、香織ちゃん用なんだけどね」


 「そ、そうなんですか!?」


 「うん。日頃のお礼? 的な?」


 「ふふ……うふふ……うふふふふ」


 急に笑い出し、どうしたのかと見ていた。


 「あっ、嬉しくてつい」


 嬉しかったならいいか。さっき初枝さんと散歩に行った際に笑いが止まらないきのこでも食べたのかと思った。今のところ発見してはいないが、まだ見つかっていないだけで存在しないとは言い切れないからな。

 薙刀を初枝さんに使ってもらってもいいかと、本来贈るつもりだった香織に伺う。

 それに対し「もちろんです」と答えてくれる。


 「ありがとう。香織ちゃんに渡す前に他の人に使ってもらうのはどうかと思うけど、さすがに丸腰はね」


 初枝さんに渡すと、目を見開いて驚いているようだった。「こ、こんな素晴らしいものを作ったのかい?」と言っていたが、ほとんどはエアリスが作ったものだ。俺はちょっとデザインに口を出しただけなのだ。

 薙刀の銘は装飾の通り“撫子”、女性が扱いやすいように全体の重さと重心を調整したとエアリスが言っていた通り初枝さんはその感触を確かめると、うんうんと頷いていた。


 「ふっふっふっ……血が滾るねぇ……ッ!!」


 老婆の目がギラリと光ったように見えた。


 「あ、おばあちゃん、薙刀を持つと人が変わるんです」


 持たせてはいけない人に持たせてしまったかもしれない。


 「さあさあ、獲物はどこだい?」


 渡したことが正しかったのか若干の疑念と後悔を覚えた俺に「変なお婆ちゃんですみません」と香織が言う。

 しかし香織を見ると実害はなさそうなので問題ないだろうと思うことにした。


 そこからは初枝さんの独壇場だった。斬っては捨てを繰り返しあっと言う間に5層。

 そこはやはりスライムの天下だったようでこれまで見たよりも大量の粘液が天井から降ってきた。とは言えそれもエアリスの索敵には丸見え、香織と杏奈にとってもわかっていたことで、それを初枝さんに伝えるや否や「任せな!」と飛び出していく。落ちてきたところを悠里が【マジックミラーシールド】で受け止め、俺が【真言】で凍らせる。それにより見えるようになったコアを初枝さんが薙刀で真っ二つにした。


 「やる事ないっすね〜」


 「護衛の意味……あるのかしら」


 「ほら! ボヤボヤしてないで次行くよっ!」


 薙刀“撫子”を渡す際ステータスを見せてもらっていたが、その時は一般人と変わらないステータスだった。しかし薙刀を振るう初枝さんのステータスをもう一度見せてもらった時エアリスは『ステータスが見えません』と言っていた。おそらく初枝さんの能力である“阿修羅”によるものと思われるが……


 「この薙刀は良いねぇ。これなら香織も使えるさね」


 作ったのは俺というかエアリスだが、褒められて悪い気はしない。それも初枝さんのような達人としか思えない人からなら尚更。

 「達人に褒められると嬉しいですね」と冷静を装って言うとこちらに向き直り問うてくる。


 「あんた、心得があるのかい?」


 「薙刀は使ったことはないですが、その体捌きが並のそれではないことはわかります」


 「……そうかい。ならひとつ手合わせといこうじゃないか」


 「ちょっとおばあちゃん!」


 「おだまり! 孫娘の男がどれほどのものか、見定めてやるよ」


 ここでいつもの俺なら怯むところだが、今回ばかりはなんというか滾っている。あの流れるような、自然と一体になっているにもかかわらず鋭さだけは失わない。そんな動きを見て熱くなるなという方が無理なのだ。

 「……わかりました。俺も初枝さんの技を見ていて滾ってきていたところです。よろしくお願いします!」


 「その意気やよし! さあ、どっからでもかかっといで!」


 「……参る」などと言ってしまう。たぶんアレだ、雰囲気というかなんかそういう武士感的な空気に当てられたのかもしれない。


 突然の手合わせ。佩(は)いた銀刀に手を置き構えを取る。すると初枝さんは目を細め感心したような声で「ほぉ? 居合かい」と言うと上体を低くし俺と似たような構えをし、薙刀の刀身が地面に触れるか触れないかのところに置かれている。薙刀の構えとして見たことのない構え。その狙いは同じく居合のように振るうか、俺の銀刀を叩き上げるつもりなのだろう。

 居合であればリーチが長い薙刀が有利かもしれないが、その長さ故にこちらへ到達するまで時間がかかる。俺が動く速度次第では長刀とは言え小回りの利くこちらに分がある。

 一方叩き上げるつもりなら武器同士のタイミングが合ってしまうと遠心力が大きく働き、別方向からかかる力に弱いこちらが不利だ。しかし相当な実力差でもない限りそれはうまくはいかないだろう。下手をすれば銀刀に擦りもせず俺が斬られる結果に……あれ? そうだったらやばくね? となると、振り上げられるよりも早く通過する必要があるな。とは言ってもステータスに差があるしその分余裕はあるはず、と思っていた。


 俺は銀刀を少し控えめの速度で抜き放つ。すると初枝さんは居合でも叩き上げるでもなく、銀刀をやさしく上方へと逸らしたのだった。銀刀の剣先を上方に逸らされたことで俺の胴体はガラ空きとなり、逸らした勢いそのままに一回転した初枝さんの薙刀が俺の胴体を捉える……ところで寸止めされた。完敗だ。


 「参りました」


 「あんた、手を抜いたね?」


 「……バレました?」


 「当然さね。居合は初速から最速、心得がある人間が本気なら徐々に速度を増していくなんてしないよ。むしろそんなことができるのが不思議なくらいさ」


 ステータスが高いからこそそんなことができたのだが、それには理由があって。

 万が一があってはならないしそれに初速を全力にしないことによってコントロールも可能となるからだ。しかしそれを簡単に見破るなんて、ほんと参る。


 「しかしあの速度で本気じゃないなんて、相当なタマだね。だけどその甘さは命取りだよ」


 まぁわかる。でも初枝さんくらいにもなると、もしも最初から最速に移行しても寸止めくらいできそう。


 「だが、あんたは気にいったよ! 香織の婆ちゃんだからそうしてくれたんだろう? それに私が寸止めくらいできるっていう信頼あってこそできることさ」


 「初枝さんって、エスパーなんですか?」


 「そんなわけないだろう? 剣に殺気を感じなかったからそう思っただけさね」


 「そうですか。それにしても鎬(しのぎ)を鎬でやさしく上に持ってかれるなんて思っても見ませんでしたよ」


 「こんな年寄りだけどね、まだまだ捨てたもんじゃないだろう?」


 「もう! おばあちゃん! 悠人さんも! 危ないことはやめてください!」


 香織に怒られてしまった。


 「ごめんごめん」


 「まあいいじゃないか。香織の男はなかなか見所があるよ? 婆ちゃんが保証しよう」


 「まだ香織の男じゃなくてぇ……じゃなくて! もう夕方だから帰るよ!」


 「おや、もうそんな時間かい。じゃあ悠人君、これありがとうねぇ。それとね、重心はもうちょっと……」


 「ふむふむ。なるほどわかりました。じゃあ調整したら香織ちゃんに渡します。それと初枝さんは今の感じでちょうどよかったですか?」


 「私はそれがぴったりだったよ。良いものを使わせてもらえて幸せだよぉ」


 薙刀を受け取るとやさしいおばあちゃんキャラに戻った初枝さんを連れてログハウスに転移した。このまま地上に送ってもよかったのだが、「純さんはどうせ帰ってこないから暇」と言っていたし香織もログハウスに連れ帰るつもりだったからだ。

 夕食の準備が進む中、俺は香織と共に部屋にいる。なぜかと言うと初枝さんに薙刀を作ってあげようと思い、香織にどんな感じがいいかアドバイスしてもらうためだ。しかしなぜか香織の表情はどんよりとしている。


 「その前に“撫子”のメンテナンスしないとね」


ーー 傷がほぼありませんので初枝様の指摘通り重心を微調整するだけです。すぐ終わります。…………完了しました ーー


 「ほんとすぐだったな。じゃあ次は初枝さんの薙刀だけど、香織ちゃん、どんなのをプレゼントしたい?」


 「え? てっきり悠人さんがおばあちゃんを好きになっちゃったのかと……」


 「香織ちゃんのお婆ちゃんは良い人だから好きか嫌いかで言えば好きだけど」


 「そ、そうですよね! 香織のおばあちゃんで、良い人だからですよね!」


 他にどんな意味が? さすがにそれほどの熟女、俺の手には余る。とか思ってみたけど、杏奈ちゃんみたいな俺より若い子に気まぐれで迫られるのですら手に余る。なんにしても手に余る。香織ちゃんみたいにほどよくいてくれる感じならいいかなぁなどとは思ったりするが。でも胸の大きさは手に余る……とか考えるのは自殺行為な気がするので無理矢理思考から追い出した。


 「じゃ、じゃあ……柄はこういう感じで……」


 「なるほどなるほど。エアリス、できる?」


ーー ワタシに不可能はありません ーー


 「いや、あるだろ。でもそれはできるんだね。よろしく頼んます」


ーー お任せください ーー


 俺の身体を扱うエアリスが薙刀を形作っていく。その過程でわかったのだが、ミスリルと桜鋼、そしてリキッドメタルαを使っていた。薙刀撫子を作った時、俺は材料を見ていなかったのでわからなかったのだ。

 しばらくして出来上がったのは薙刀撫子と瓜二つの形状だが模様が違う。それは香織のリクエスト通り“桔梗”だった。そしてその銘も“桔梗”だ。


ーー 完成しました。バランスも初枝様が言っていた通りにできているはずです。ちなみにこれはご主人様の武器を強化するための予行演習ですので ーー


 「俺のもすごい感じになる予定なのか。それは楽しみだな」


 「わあ……綺麗」


 完成した薙刀桔梗を見た香織が感嘆の声を上げる。俺はその薙刀の刀身を鞘に収めると、同じく鞘に収めた薙刀撫子と共に香織に渡す。


 「この“桔梗”は香織ちゃんが初枝さんにプレゼントするやつね。それでこっちの“撫子”が香織ちゃんのだよ」


 「今更ですけどいいんですか? 本当に」


 「うん。大事にしてやってね? あっ、もしかして違う花の模様の方がよかった?」


 「い、いえ! これでいいです! これがいいです!」


 「そっか、それならよかった!」


 「はい!」


 ちなみに香織がリクエストした桔梗の花言葉には“永遠の愛”や“気品”といったものがあり、香織がおばあちゃんに思うイメージと単純に桔梗という花が好きだからという理由があったのだが、悠人には知る由もない。

 そして花言葉と言えば撫子にも……


 夕食はまたもや悠里と初枝さんの合作で、こんなに旨い味噌汁は初めてだった。

 その後香織に薙刀桔梗を贈られた初枝さんは、香織を潰れそうなくらい抱きしめて喜んでいた。孫娘と祖母のハートフルなシーンはしっかりとスマホのカメラによって収められた。


 結局初枝さんは今日も泊まって行くことになり、香織と離れへと向かった。俺は他のみんなの後に母屋の風呂に入ったのだが、そろそろあがろうという段になったところで前部をタオルで隠しただけの香織が引き戸をカラカラ‥‥と開け無言で入ってきたので俺は無言で背中を向けた。


 「ど、どうしたの? 露天風呂じゃなかったの?」


 「そ、そうなんですけど……お婆ちゃんがお風呂から上がってすぐに寝ちゃったので」


 「うん? 理由としておかしいような気がしなくも」


 「もう! 細かいことはいいんですっ! はい! 頭反らしてください! 髪洗いますからっ!」


 「あ、え? あぁ……え? ありがとう?」


 「どういたしましてっ!」


 隣合った二つのうち一つの浴槽がそのような作りなのでそちらに移動し縁に背を預けて頭を後ろに反らす。バシャっと濡らされた髪に柔らかい指が通ると心地よい感覚と共に泡立ちを感じる。しばらく無言で洗われ、軽く意識が飛びそうになると、後頭部が程よい柔らかさの枕に乗せられた。


 「おっと……寝そうになった」


 「首が折れちゃいますよ? んしょっと……これでよし」


 「ん?」


 「あっ! 目は開けちゃだめですー!」


 「わ、わかったわかったけど目にシャンプー入るから手離して……ん? 手じゃないような」


 「て、手ですよ、手! 離すのでそのまま目は閉じててくださいね!」


 そのまましばらくされるがままに洗われ、シャンプーを流したあとは「冷えちゃうんで少し温まってから出ますね!」と言った香織と一緒に風呂で温まりながら話した。もちろん背中越しだ。しばらくすると香織が先に上がり、脱衣所から香織が出ていった気配がしたので俺も上がった。今日はぎりぎり……のぼせたな。


 部屋に戻るとすでに香織が通常サイズのチビを背もたれにデモハイの準備をして待っていた。気にせずやってくれて構わないのだが、俺が近くにいないとエアリスは参加できないようなので待っていたのだろう。


 「悠人さん、ありがとうございます」


 突然どうしたのかと思った。お礼を言われるほどの事はしていないしな。


 「おじいちゃんとおばあちゃんに良くしてくれて」


 「お礼言われるようなことじゃないって」


 「それに撫子もありがとうございます。大事にしますね」


 「うん、大事にしてね。でも香織ちゃんの方が大事だから、壊れるとか気にしなくていいから」


 「へ? か、か、香織の方が大事……香織が大事……」


 武器は持ち主を守るためにあるんだから、武器よりも大事に決まっている。それに「チーム組んだわけだし」と付け足す。


 「あ……はい。そうですね」


 なぜかがっかりしたような雰囲気が……本当は俺なんかとチームを組むなんて嫌だったりして。


 「だからみんな、武器なんかより大事だからさ、武器なんて壊してもいいから無事ならそれでいいと思うんだよ。壊れたら直すし、欲しいのがあれば作るし。まぁエアリスが」


 「は、はい……でも、大事にします」


 いざデモハイを、と思っているとエアリスが「ぐへへ」と言っている。どうしたんだろう。


ーー さあて、お二人とも……今宵のワタシは血に飢えているんですよ ーー


 「どうした急に?」


ーー ワタシが、悪魔です! ぐへへへ ーー


 「捕まえられるもんなら捕まえてみな! 俺がどれだけ逃亡者をしてるか……あれ? 近付いてる時の心音が」


ーー 後ろでーす♪ ーー


 「ぐぬぅ……だが、まだだ! ……あれ? また心音が……あれれ? 心音がいきなり消えた」


ーー また後ろでーす♪ ーー


 「ぬはぁ!? え? なにそのキャラ」


ーー 新キャラです! ーー


 「え?」


ーー 課金しましたので ーー


 「な、なんだと……ところでその金の出所は?」


ーー もちろんご主人様の……ペルソナの方の探検免許口座です♪ ーー


 「……ま、まぁいいだろう。変な使い方しなければ問題ないし、何気ペルソナの方ってこの間の護衛報酬とかもあるだろうし結構入ってそう」


ーー はい、桁が違っていましたね ーー


 「マジか……。もう全部のキャラ買っちゃってもいいかもな。みんなで使えるわけだし」


ーー 是非お願いします。そうすれば銀刀の改造案がもっと良いものになる気がします ーー


 その理屈はよくわからないが、もしかするとより良いリフレッシュタイムを過ごす事が大事かもしれないしな。ま、それについてはいいだろう。


 「それはそうと、26層が気になるなぁ」


 「悠人さん……行く時は一緒に行きましょうね?」


 そう、まだ幻層の『隔離された百人を解放する件』について解決していないんだよ。しかも前回は俺の精神が削られるという事態に陥ったし、一緒に行こうと言ってくれる香織をとても心強く感じていた。


 「わかった。一緒に行こうね」


ーー ご主人様 ーー


 「ん? どした?」


ーー なんだか、卑猥に聞こえますね ーー


 「気のせい」

 本当に気のせい。


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