第48話 野良の不良とキャバ嬢が現れた!そんな日常

 「ミカゲさん!」


 不意に呼ばれて立ち止まると、声をかけてきた女性はどこかで見たような、見た事ないような。濃いめの化粧に髪は結構盛ってて、なんというか頭に載せた感じ。丈の短い水色のカクテルドレスを着ている。知り合いにいなかったと思うが、しかし俺の名前を知っている。

 っていうか急に話しかけられるとびっくりするからやめてほしい。結構小心者なんですよ。


 「覚えてませんか!? レイナです!」


 (レイナ? はて、どこで知り合った人かのぉ? こんな短い丈のドレスを着た女性と出会う機会なんてなかった気がするんだけれども)


ーー マスターの昔の女ですか!? この人がマスターの初めての人なんですか!? ーー


 (ちっがーう!)


 「二年ほど前にお友達さんと一緒にお店に来てくれましたよね!?」


 (二年前? あー、もしかしてあの時か)


ーー やっぱり心当たりがあるんですね! 昔の女ですか!? ーー


 (違うってーの。友達に連れられて一度だけ行った事ある店で付いてくれた娘だよ、たぶん。レイナっていうのか。知らんかったわ)


 正直名前は聞いたか聞いていたかもわからないが記憶にない。このまま無視というのも後から気に病んでしまいそうで、適当に話を合わせてみることに。


 「あー、なんとなく覚えてるような?」


 「あー! 忘れてたでしょー! ひどいなぁ」


 バレテーラ。などというものはおくびにも出さない。


 「二年前に一度店に来ただけの俺を覚えてる君がすごいだけだと思うんだけど」


 そこで男三人が絡んでくる。「おうおうなんだオメー」「なんか文句あんのか!?」「見せモンじゃねぇぞ部外者は引っ込んでろ!」などなど。正直こういう手合とは関わり合いになりたくないんだよなー、めんどうだし。ってかむしろダンジョンができる前ならすぐ退散するところだ。警察に駆け込んでおまわりさんに来てもらえばその場から逃げるように去っても罪悪感は少ない。


 (エアリス、こいつらを穏便になんとかするにはどうすれば良いと思う?)


ーー 人知れず暗殺して死体を消滅させるというのはどうでしょう ーー


 (不合格。もっと平和的に)


ーー 『帰れ』と言えば良いかと ーー


 (採用。やってみる)


 ダンジョンの外で人間相手にどの程度効果があるのかわからないが、こちらにはエアリス先生が付いている。もし失敗してもなんとかなるだろうと思いつつ【真言】を意識して言葉にする。


 「君ら、ナンパしてたの?」


 「ナンパすんのにテメーの許可がいんのか? あぁん!?」


 「あっそ。『強引なナンパはするな。帰って反省しろ』」


 「ッッ!! ……お、覚えてろよ! 行くぞお前ら! 帰って反省しねーと!」


 不良たちは俺の言葉に従い今日はおとなしく帰って反省するようだ。【真言】強すぎる。ひょっとして世界を裏から牛耳れるのではなどと思ってしまう。


 ダンジョンの外ではステータスも効果が下がるとエアリスが言っていたが、俺の場合はそのエアリスがいるので他の人ほど影響はないのだとか。ただ能力を使う事で消費するエッセンス量も多いような気がする。アイテムを作る場合はログハウスで作った方がいいのかもしれない。


 (不良の素直な言葉を聞けてお兄さんは満足です。それにしても覚えてろよっていう捨て台詞、リアルで初めて聞いちゃったよ、びっくりだよ)


ーー マスターに暴言とはいい度胸ですね。三下が ーー


 (ダークエアリスさんですね。俺もちょっとイラっとしたのでわかります。でも三下っていうのもリアルで初めて聞いたよ、今)


 不良たちが素直に帰った事に信じられず口をぽかーんとして目で追っているレイナと名乗った女性。そのぽかーんの口を閉じれば綺麗だと思うんだけどな。今すごく残念な顔してるよ、君。あっ、こっち見た。 


 「あ、ありがとうございます! 実は困ってたんです! おかげで助かりました!」


 「そりゃよかった。それじゃ俺はこれで……」


 「それにしてもミカゲさんってすごいんですねっ! 一言でナンパ男撃退しちゃうなんてっ!」


 「いやー、まぁ……素直な子たちだったんだよ。きっと。それじゃ俺はこれ……」


 「そうなんですかねっ! あっ! そうだ! 今日お店に来ませんかっ? 最近お客さん少なくて〜」


 「こんなご時世だもんねー。もしかしてそれでこんなところまで客探し?」


 「ははは……実は、はい。ほんとはあまりお店から離れてしちゃいけないんですけどね」


 「そっかー。大変だねー。でも俺、散歩に来ただけだからさ。もう帰るところなんだ」


 「そんなこと言わずにっ! お願いします! お願いします!!」


 ふと視線を感じ周囲を見回すと通りすがる人に奇異の眼差しを向けられ、遠くからはおまわりさんが何かあったのかとこちらを見ている。面倒だなーと思いため息を吐く。


 「わかったわかったから、そんなにひっぱらないで。あと延長しないからね?」


 「はいっ! やったー!」


 そう言ったレイナの顔はなんとも花が咲いたようにかわいらしいものだった。


 レイナに連れられて来た店はキャバクラによくある薄暗い店内で、控えめなミラーボールが回っている。しかし開店しているにも関わらず客が全くいなかった。そこへ次々と夜の蝶たちがやってくる。蝶とは言ったが、ピラニアに群がられる気分ってこういうものなんだろうか。財布は死守せねばならないのでレイナと名乗った嬢以外から『飲み物いただいてもよろしいですか?』を言われない立ち回りをしなければ! 立ち回り方なんて知らんけど。


 ソファーに座っているとボーイさんが氷とグラス、さらにボトルと水を持ってくる。レイナは「お作りしますね〜。あっ、水割りでよかったですよね?」などと言い濃いめの水割りを二つ手際よく作った。しれっと自分のも作ってるのを見て、早々に撤退しなければ危険な気がした。


 「そんなに警戒しないでくださいよ〜! ぼったくったりしないですからっ! あと他の子たちは暇すぎて集まっただけなんで気にしないでくださいっ! じゃあかんぱ〜い!」


 レイナがそう言うと「ちょっとぉー、レイナひどーい!」「このお兄さん結構イケメンじゃない?」「結構タイプかも〜」などなど聴こえてくる。こういうお世辞にコロッとやられちゃうとATMのような立ち位置に置かれるのかなー。


ーー マスター、なんだかイライラしてきました。【真言】使ってもよろしいですか? 代行を許可してください。今すぐに ーー


 (ダメです)


 エアリスの暴走を止めていると、レイナ嬢はするりと腕を絡ませてくる。最近よくこういうことがあった気がするが、LUCやCHAの影響だろうか。男としては悪い気などするはずもないからいいのだが。それにしても生地が薄そうなドレスだけあって、布越しにやわらかさを感じる。


 「はぁ〜。久しぶりですね〜、この感触〜。あれ? ちょっと逞しくなりました?」


 「久しぶりって言っても、二年前だよ? 覚えてないでしょ〜。ってか腕に抱きつかれた事あったっけ?」


 「おぼえてないんですか〜? 忘れちゃったんですね? あの熱い夜のこと」


 「熱い夜だったことがないことだけは覚えてるかな〜」


 「つれないな〜もう! そういえばミカゲさんってあれからカノジョできたりしました〜?」


 「いんや、できてないねー。そっちはどうなの?」


 「こっちもできてないんですよー」


 こういう店では普通の会話なんだろうか? よくわからないなーと思っていると、「ってかレイナって彼氏いたことないって言ってなかった?」「顔も性格も良いけど処女だよねー」などと、外野はこちらの会話で遊んでいる。

 レイナがおとなしいので見てみると、恥ずかしいのか顔が赤くなっているような気がする。化粧が厚めなのではっきりとはわからないが、耳は真っ赤だ。


 「んー、ん〜? マジ?」


 「マジってどの話ですか〜! 私が処女だってことですか!? えぇそうです! そうですけど何かっ!?」


 「いえ、なんでもないです」


 「最近『喪女街道まっしぐらだよね、キャバ嬢なのに』とか言われるんです」


 「そ、そうなんだ。好きな人とかいないの? 逆に言い寄られることとか?」


 「いないこともないですけどね〜。お客さんだった人なんですけど全然来てくれなくて。言い寄られることはありますけど興味ないですね」


 「へ〜。お客さんかー」


 「そうなんですっ! また来るって言ってたのにですよっ!? ひどくないですかっ!? どうなんです? ミカゲさん!?」


ーー 墓穴を掘るとはこういうことですね ーー


 (え? 墓穴掘ってないだろ。ないよな?)


 エアリスに確認するもその返事はない。


 「え? あ、そうだ、すね。……そうですね」


 「だすねって(笑)ミカゲさんって以前来た時も落ち着いてて焦ったりしない人なのかなーって思ってたんですけど、そうでもないんですね」


 エアリスのムスッとした雰囲気とレイナのマシンガンのような口調、そして周囲の奇異の視線。それらに心をかき乱されていたのだから、言い間違いくらいしてもおかしくないじゃないか。

 レイナは口許を押さえくすくすと笑っている。まぁ……楽しんでもらえているようでなによりだ。

 ん? 俺が楽しませてもらうとこじゃなかったっけ、ここ。ま、いいか。こちらもそろそろ反撃に出るとしよう。とは言ってもこういう店で働く人にとってはこの程度豆鉄砲みたいなものだろうけどな。


 「そりゃまぁ。だって普通の人だもん。こんなにたくさん可愛い子に囲まれて動じないのはちょっと難しいかなー」


 さっき『イケメン』とか『タイプ』っていうお世辞もらったからな。みんなの顔は全然見てないけどこのくらいなら社交辞令としてたぶん問題ないだろう。案の定「あらあら〜!」とか「お上手〜!」とか「言うよね〜」とか聴こえてくるしおっけーおっけー。


 それから俺がいる間に客は一人も来ず、予告通り延長せずに支払いを済ませる。一度くらい延長してもバチは当たらないかもしれないが、一度やったら二度やってもおかしくないしな。

 延長しないで帰るというのに嫌な顔ひとつせず送り出してくれた夜の蝶のみなさん。

 お値段は諭吉が一人とちょっと飛んでったが、このくらいなら少なく済んだ方だろう。みなさんのお気遣いに感謝せざるを得なかった。


 「ミカゲさん! 今日はありがとうございましたっ!」


 「あぁ、いやいや、俺も楽しかったよ。ありがとねー」


 「また来てくれます?」


 「んー。それはわかんないかな」


 前回、二年ほど前なら調子に乗って『また来る』なんて言っちゃってたかもしれないけどな。俺はできない約束はしないのだ。


 「じゃ、じゃあ連絡先交換しましょ!」


 「じゃあの意味がよくわかんないけど、それくらいなら。……ほいっと、おっけーかな」


 「いっぱいお誘いしますねっ!」


 「それはやめてください。お財布が死んでしまいますぅ」


 こうしてキャバ嬢レイナと連絡先を交換した俺は、酔いを醒しながらのんびりと家路につくのだった。


 SATOから自宅に帰る間に見かけた『武器と疑わしきもの』を持ってる人は以前よりは多いが、それでも少ない印象だった。最初にモンスターを倒した時に手に入る腕輪をつけている人もほとんど見かけない。時間帯によるのかもしれないが、もし多かったとしても警察は黙認している現状なのかもしれない。実際、銃刀法違反で逮捕っていうニュースは全く見ないしな。


 風呂にも入り、あとは寝るだけとなった俺はベッドで横になっていた。


 (はぁ〜。なんか疲れた)


ーー ですがご主人様、なかなか楽しそうでしたね? ーー


 (それなりに楽しいけどね、疲れる)


ーー それはおつかれさまでした。ワタシは初めて見るものが多かったので満足です。また連れて行ってください ーー


 (気が向いたらな)


ーー それにしても二年前に一度会ったきりのご主人様を、よく覚えていましたね? 人間にしては卓越した記憶能力かと ーー


 (そうだなー。二年前の一人を覚えてる自信ないよ)


ーー ご主人様が忘れてもワタシが覚えておりますので。いつでも迎撃の準備はできておりますので ーー


 (何を迎撃するんだよ。そんなのよりモンスターに自動で迎撃してくれ)


ーー ……ご主人様、天才ですか? ーー


 (なにが?)


ーー 自動迎撃システムですよ! 索敵と組み合わせればすごいものができるのではないかと思うのです! ーー


 (ぁー、たしかにそうだな。でもさくらとかに『歩く人間兵器』とか言われそうだな)


ーー 問題ありません ーー


 (大丈夫かな?)


ーー 既に手遅れです ーー


 (あっ、そっちかー。こりゃあ一本取られたなっと)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 御影が帰った店内ではレイナが暗い顔をしていた。


 「はぁ〜。せっかくまた会えたのに」


 「なぁ〜に〜? さっきの、ミカゲさん? だっけ? その人のこと〜?」


 「うん」


 「連絡先交換したんでしょ〜?」


 「うん」


 「だったらまだまだチャンスあるじゃ〜ん?」


 「うん」


 「……処女もらってくれるといいね?」


 「うん。……ちがーう! ちがくないけどちがうのーっ!」


 「ま、結構良さそうな男だったしライバルいそうだけどさ、がんばりなよ」


 「……うん。ありがと」


 同僚の言った『ライバル』。レイナにとって優しくてかっこいい御影悠人である。そのライバルは強敵なのだろうと彼女は焦りに似た感情を持っていた。


 後にこの店がなくなりダンジョン基本法が成立した頃、レイナがダンジョンに潜り、御影悠人と再開する事を現時点では誰も知らない。

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