イレギュラーに負けずにのんびりしたい

第40話 安心と信頼の‥‥

 


 7月26日


 21層にログハウスを設置し、そこに悠里、香織、さくらが自由に行くことができるようになって1週間ほどが経った。

 その間俺はジビエ料理SATOに肉を届けたり、19層までの支配者権限を集めながらのんびりと過ごしていた。

 三人に6個ずつ渡していた転移の珠が尽きるかもしれないのでそろそろお届けにあがらなければならない。そうでなければお嬢様方に何を言われるかわかったもんじゃないからな。

 しかし2回くらいは使えると思っていた珠が1回で壊れてしまっているので同じものを作るのも手間が増えることから再利用可能な方法を考えなければならない。


 (ということでエアリス、どうしよう)


ーー そうですね。支配者権限を集める過程で虹星石もたくさん手に入りましたし、それを使って星銀の指輪を強化するというのはいかがでしょうか ーー


 (そうだなぁ。ちょっともったいない気もするけど、珠を作り続けるお仕事をするよりいいかもな。具体的にはどうするんだ?)


ーー 星銀の指輪に虹星石を2つ追加で取り付けるだけです。1つは転移先を登録するためのもの、もう1つはエッセンスを貯留するためのものです。貯留するための虹星石はなるべく大きくする必要があるので、【真言】による付与をするために付けてある虹星石よりも大きいものになります ーー


 (ふむ。となると結構使いそうだな。でも偽物の『俺』が落としたやつもあるし問題ないな?)


ーー はい。全く問題はありません ーー


 (じゃあ練習がてら、俺のをそれにしてみよう)


ーー はい。ではいつものように身を委ねてください。多少作業時間が伸びますが、視覚聴覚を共有しますか? ーー


 (うん。そうしてくれ)


 作業が始まると、エアリスは腕輪から虹星石を1つ取り出した。それを丸い餅が潰れたような形、回転楕円体に切り出していく。切る作業は指先に【剣閃】の刃を常に纏ったようにしていた。それだけではなさそうだったが、よくわからなかった。なんにせよ俺より使い方がうまい。

 その回転楕円体の虹星石を研磨し、滑らかに仕上げていく。それを指輪に当ててみると、指輪の幅よりも大きい。エアリスにとってそんなことはわかっていることだろうから、これは敢えて俺に見せるという意味でのパフォーマンスなのだろう。

 指輪の幅をそれまでの13㎜から20㎜に拡げる。本来ミスリルは加工するために鉄の倍以上の温度が必要だが、そこは【真言】が頼りになる。その際、回転楕円体の虹星石を研磨して出た粉末と新たなミスリルを追加で練りこんでいた。

 より幅広になった指輪に回転楕円体の虹星石を埋め込み、その周囲に【真言】によって効果を付与された虹星石の欠片を埋め込む。中央の虹星石と周囲の石の間には虹星石の粉末で回路を形成して繋ぎ、それが指輪に沈み込み見えなくなったところで完成した。


ーー 流れとしてはこのようになります。いかがでしたか? ーー


 (ドワーフもびっくりなチート。ドワーフ見た事ないけど)


ーー お褒めにあずかり光栄です ーー


 (この一番おっきい虹星石が電池で、それを周囲の衛星みたいに付いてる石が【真言】を発動させるためのエネルギーにするってこと?)


ーー そうなります。周囲の石は確かに衛星のようにも見えますね。では中央は『母星』ということにしましょう。母星は指輪に練りこんだ虹星石の粉末と自らの特性によりエッセンスを取り込み貯留することができます。【真言】により強化していますので、意図的に流し込めばそれを貯留することも可能かと ーー


 (う〜ん。精密機械みたいだってことしかわからん)


ーー 尚、衛星は現在4つですので、必要であれば増やすこともできます。しかし母星の貯留量には限りがありますので、乱用はおすすめしません。場合によっては母星を増やすことも一考かと ーー


 (なるほろなるほろ。じゃあとりあえず衛星をもう1個つけてくれ)


ーー はい。わかりました ーー


 エアリスに頼んで5つ目を取り付けてもらう。【拒絶する不可侵の壁】、【不可逆の改竄】、予め転移場所を登録しておく定点転移用を3個。1個目はログハウスとして、あとの2つにはマグナカフェと我が家の1層を登録しておこう。エアリスがいるので我が家のダンジョンは支配者権限を持っている階層の既知の場所になら自由にどこへでもいけるのだが、一応の保険だ。ダンジョン外でも問題なく使えるなら登録したいところなのだがそれは指輪ではできないらしい。


 (ところで【不可逆の改竄】って、指輪がなくても俺は使えるのか?)


ーー 付与しているのですから不可能ではありませんが、望んだ効果が発揮されない可能性があります ーー


 (なんで?)


ーー 指輪に付与しているのは、その効果の対象を常にモニタリングするという目的もあります。その情報を元に書き換えることになるので、情報を持たない状態で使うと何が起こるかわかりません ーー


 (怪我を治すために書き換えたらスライムができる可能性もあるのか)


ーー ないとは言い切れません ーー


 (じゃあもうひとつ、衛星に転移を付与するのはいいとして、悠里とかが自分で登録できるの?)


ーー その点は心配いりません。ご主人様はものぐさですから、各々が自由に登録できるようにしてあります ーー


 (さすがエアリス、さすエリ! よくわかってらっしゃる)


ーー はい。ご主人様のことならなんでも知っています。どこが弱いとかどこがお好きか、とか…… ーー


 (そっすか。それは置いといてログハウス行こうか)


ーー 近頃そうやって冷たくあしらわれると少しゾクゾクします。新しい扉を開いてしまいそうです ーー


 「あ、そう……『転移』」


 一瞬後、俺はログハウスに転移を完了した。来るのがわかっていたかのようにチビが尻尾を振ってこちらを見ていた。


 「ちび〜、久しぶりだなー。元気だったかー? 肉食うか〜?」


 「わふ!」


 「あ、ゆんゆ……コホン、悠人久しぶり」


 メッセージのやりとりをしているときのように呼ばれかけ、言い直さなくてもいいと伝えると『それとはなんか違う』と帰って来た。

 わからなくもないな。俺も悠里と顔を合わせた状態でとんちゃんっていうのは少し気恥ずかしい。まぁ悠里って呼ぶのも似たようなもんだけど。


 「さっきチビにお肉あげたばかりだよ。あんまりあげると太るんじゃない?」


 「そうかなー。モンスターだし大丈夫なんじゃないか? むしろもっと強くなって番犬してもらわないとなー。それにチビだって肉ほしいよなー?」


 「わふわふ!」


 期待に目を輝かせ尻尾もいつもより勢いよく振られている。さすがにこれは俺でもわかる。


 「ほら、欲しいって言ってる」


 「……チビのご主人様は悠人だからいいけどさ。あ、それと改造計画の件だけど、燃料電池にすることにしたから」


 「え〜、マジ? 音とか大丈夫? うるさいのとか嫌だよ? それに……お高いんでしょう?」


 「多少は仕方ないでしょ。それに杏奈の親ってそういうの開発してる会社でね、杏奈の命の恩人が困ってるっていう話したら試作段階の最新式を無償で貸し出すから試験運用も兼ねて使ってくれ、だってさ。」


 「タダ……? そんなうまい話が……こういうことにもLUCって影響するのかな」


 「それで条件なんだけど……」


 「条件……(ごくり)」


 「杏奈にもここ使わせて欲しいって。できれば嫁にもらって欲しいってよ?」


 「なにその条件。前者はおっけーだけど」


 前者はな。後者は……何言ってんだってばよ、だ。まぁ冗談なんだろうが。


 「杏奈って結構じゃじゃ馬っていうか、そういうとこあるからさ。でも命の恩人の言うことなら素直に聞くかもしれないし、それでしっかりしてくれればいいなとか、ダンジョンが危険って思ってるご両親だからそれをものともしない人と一緒にいるなら安全だろうっていう打算もあるっぽいよ」


 「教育係? 保護者? みたいな扱いか」


 「そういうことで話はついてるからさ、杏奈の分の指輪もお願い悠人」


 杏奈ちゃんっていきなり俺をストーカー呼ばわりしたあの子だよな。まぁ悪気があったわけでもないみたいだし、ずいぶんと取り乱していたというか状況が飲み込めなくて冗談でもいってなきゃやってらんないという精神状態になっていたんだろう。実際にどうしようもない状況になるとくだらないことを思いつくのと一緒だ。

 それに背に腹は変えられない。俺一人では設備を整えられるほどの金がないし、せっかく事実上無償提供してくれるというなら願ってもない事だ。でも人数増えるのかー。しかも見た目偏差値高い女子がまたひとり…‥

 とは言え少し良い物だと数百万くらいはしそうな燃料電池がタダと考えるとなぁ……


 「まぁ、うん」


 「なに? 不満なの? こんなダンジョンの中で美女に囲まれる生活に不満があるの?」


 「いやぁそれだけ聞くといいんだけどね……っていうか自分で美女とか言うな」


 「なに? 違うの?」


 圧を感じる。いくら支配者権限なんてものを獲得してると言っても、だからって偉くなるわけでも圧力に屈しなくなるわけでもないんだな。


 「ち、違いませんよ? 悠里さん美人さんですよ?」


 「とにかく、悠人がいつも一緒にいなきゃならないわけじゃないしさ」


 そりゃそうだ。程度にもよるけどいつも一緒はなぁ。それはそうと「ところで一旦指輪回収します」と言うとその目的を悠里はズバリ言い当てる。


 「え? 機能増やしたりするの?」


 「なんでわかんの」


 「ん〜、悠人だから?」


 「そうかい。ま、正解。転移先増やしたり充填さえされてれば連続でも多少使えるようになるっぽい」


 「へ〜。じゃあはい、指輪」


 指輪を受け取り『母星』の周囲に『衛星』が5つという俺と同じ指輪に仕様変更する。20層で会ったきりの杏奈の指輪もエアリスの目算によって製作しその1つにログハウスを登録、悠里に渡しておく。マグナカフェへは転移の珠の情報を移し替えることが可能なので登録し直す必要はなく、残りの1つには雑貨屋ダンジョン入り口を登録するのだろう。

 作業中に部屋からリビングへ来ていた香織とさくらの指輪も同じく仕様変更する。というかこの三人、すっかり入り浸ってるみたいだな。それはつまりここの居心地は悪くないってことだろうし、作った俺としては嬉しい限りだ。


 ちなみに星銀の指輪に付与された転移についてだが、登録箇所の周辺一定周囲を登録する。その登録された範囲内の空間と入れ替わる形で転移するのだが、例えばそこに先んじて人がいた場合、それを避けて転移する。重なって混ざってしまったり、押しのけて吹き飛ばしたりなどのどこかのSFのようなことにはならないらしいのでたぶん安心だ。


 ついでにチビの首輪にも虹星石を流れ星のような形にカットしたものを付けてやり、少しオシャレにしてみる。必要ないかもしれないが転移を付与した。登録先は追々決めるとしよう。


 「悠人君、あの魔法瓶すごいわね。水とお湯がじゃぶじゃぶ出てくるわよ! おかげで長くお風呂に入っても問題ないわぁ」


 「そういえばここに忘れていってたんだよね。問題なく使えた?」


 「えぇ、問題ないわよ。でもあれでお湯を水槽に貯めると、なんだか肩が凝る気がするのよねー」


 「使った人のエッセンスを消費してるからね……さくらはただでさえ能力が消費する分が多いんだからもったいないかもしれないよ?」


 「そうねぇ。じゃあその分を補給しようかしら?」


 補給という名目で俺を背中からがっしりと押し付けるように抱きしめるさくら。これで補給ができるってドレイン的なやつだろうか。しかし実際吸われた様子はないようだし、そもそもさくらにはそんな能力はない。まぁお礼みたいなご褒美みたいなものかな。そう考えると得した気分。

 その様子を見た香織は、座った俺の腹にタックルしてちょっと危ない構図になっている。そんな中、我関せずといった様子でチビをもふもふする悠里に『HELP!!!』と視線を送るも、笑顔でスルーされた。


 「じゃ、じゃあまた来るんで! 『転移』」


 「逃げちゃったわね〜。うふふ〜」


 「さくらが抱きつくから恥ずかしがって帰っちゃったんだよ」


 「だって仕方ないじゃない。悠人君、なかなか良い男だしそれに揶揄うとなんだかかわいいのよね〜。それに今のは香織の方がすごく大胆だったわよ?」


 「そ、それはそうかもしれないけど」


 「なかなかいないよねー。あーいう男」


 「やっぱり悠里も……」


 「そういうのじゃないとは思うんだけど。兄のようで弟みたいな感覚もあるし。あっ、でももし求められたら断らないかもしれないかな〜?」


 「私も求められたら断らないわよ〜?」


 もちろんこの二人は半分冗談のつもりで言っているのだが、悠人の事となると本気にしてしまうのが香織だ。


 「か、香織だって断りません!」


 「香織はそうよね。だってお風呂に一緒に入った仲だものね〜? うふふ〜」


 「大胆だよねー、付き合いの長い私でもタオル1枚はさすがに勇気出ないよ」


 「なっ……! 背中を流して差し上げただけでぇ〜……ってなんで知ってるんですかぁ〜!」


 女子校ではこのような会話や揶揄いは日常会話に過ぎないという噂を聴いたりするが、それを体現したかのような三人娘のことなどつゆ知らず、悠人は自宅に戻っていた。


 (ふぅ〜。びっくりしたー)


ーー 酒池肉林のチャンスかもしれませんでしたのに、さすがご主人様は安心と信頼のヘタレでございますね ーー


 (へ、ヘタレじゃねーし。)


ーー ですがそんなご主人様が、エアリスは愛おしいですよ? ーー


 どこでそんな言葉を覚えたのか。というかそういう感情が……あるっぽいこと言ってたっけ。まぁいい。

 エアリスがどんどん人間らしくなっていくように感じていると、ふと何かを忘れているような気がして考える。

 

 (電源は燃料電池の試作品を無償提供……もちろん燃料の補充もしくは輸送は俺の役目だろう。それが20層で腕と腹を喰いちぎられ瀕死の重症を負ったけど、俺のというかエアリスが作った狼牙の御守りで生還した雑貨屋連合の一人である杏奈ちゃんの親が働く会社によるもの。条件なんだっけ……そうだ、杏奈ちゃんもログハウスに出入りできるように。そのために必要な指輪は作った。うん、抜かりない)


ーー ご主人様? 杏奈様のお部屋はどうなさるおつもりですか? ーー


 (抜かった! 抜かってたわ! さすがだなエアリス!)


ーー ワタシはご主人様のイケナイ秘書なので。それくらい当然です ーー


 (いけなくない普通の秘書で良くない?良くなくなくな〜い?)


ーー いいえ、イケナイことをメインにして差し上げるのもワタシの役目ですので ーー


 (そっすか)


 引っかかっていた事を思い出せた時のすっきり感から少しテンションが変になっていたがエアリスによって冷静さを取り戻すことができた俺は『他に必要なことをメインにしてください』と言っておく。


 (とりあえず杏奈ちゃんの部屋は後回しでいいな)


ーー ご自分の部屋に招くつもりですか? ーー


 (悠里とか香織ちゃんの部屋があるだろ。ベッドはないけど安全だと思うから、シュラフとかを持ち込んでも大丈夫だろうし)


ーー そういえば建物はありますが寝具はありませんね ーー


 (快適な拠点と呼ぶにはまだまだ足りないよなー。はぁー。出費が……)


ーー ご主人様が他の方々の分まで用意する必要はないのでは? ーー


 (そうなんだけどな。自分だけベッドあったらなんか言われそうな気がしちゃってなー。それに一応”俺の“ログハウスっていう意識はあるからな)


ーー ベッドで寝たいというのを口実に女性陣が殺到するかもしれませんね。ご主人様の童貞の危機ですね! ーー


 (どど童貞じゃねーよ!)


ーー 冗談です。枠組みくらいであれば作成できますが……それに使ってしまうとミスリルがなくなってしまいますね ーー


 (ミスリルを使う事もないような気がするけど、使った方が頑丈なのができるか。じゃあ明日あたりにでも亀を狩りに行くか)


ーー はい。わかりました。では本日はこの後いかがいたしましょう? ーー


 (そうだなぁー。そういえばSATOにはまだワイバーンステーキ卸したことなかったよな)


ーー そうですね。みなさんで召し上がってしまいましたので ーー


 (よし、じゃあそれ獲りにいこう)


 「『転移』」

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