第34話 マグナ・ダンジョン内部3
中央地溝帯(フォッサマグナ)にあるダンジョンは地上部分がダンジョン化しており、数カ所発見されている洞穴は内部へ通じている。
地上部分のとある一角にあるマグナカフェという喫茶店から二番目に近い洞穴からマグナ・ダンジョン内部に入ってすぐの草原に、俺、悠里、香織、さくら、そしてモンスターでありながらペットのような存在であるシルバーウルフのチビと共に入ったところだ。
一番近い洞穴から入ったところには一見岩のように見える亀のモンスター、ストーンネックタートルは見当たらなかった。地上部分の距離は近くても、内部に入れば全く別の場所に通じているのではないかという仮説のもと、次に近い洞穴から内部へと侵入したのである。
亀を狙う理由はミスリルという金属をドロップするからで、なにかしらの成果を持ち帰らなければならない自衛隊員であるさくらのため、四人と一匹で探しに来た次第だ。
目論見が当たり入ってすぐのところに岩を発見しそちらへ向かう途中、香織からこっそりとステータスの調整をお願いされた。希望のステータスにエアリスが調整したのだが、それはなんとDEX特化。俺には考えつかない振り方だった。
「みんなにお願いがあるのだけど……」
そう言った香織の表情は決意に満ちたものだった。
「どうしたの? 香織?」
「あの亀のモンスター、香織が戦う」
「……そうは言っても、あの大きさはたぶんボス級だよ? 普通のより首を伸ばすのも速いし、それに」
ボス級の亀。それは雑貨屋連合である悠里、香織、杏奈の三人が初めて20層へとやってきた際、手も足も出なかった相手だ。それどころか杏奈は腕と横腹を食いちぎられ、もしも『狼牙の御守り』を持っていなければ命がなかっただろう。そんな相手と香織はひとりで戦うと宣言する。さすがにそれはと思い俺も止めようと声を掛けるが、香織の意思は固いようだ。
「わかってます。杏奈が怪我をしたとき、香織は何もできなくて……でも今ならあのときのようにただ泣いてるだけにはならないと思うんです」
「……それなら、私も一緒にやるよ。あの時は一人だけじゃ届かなかったけど、私と香織ならできるかもしれないからね」
「もちろん私もやるわよ〜? だって成果が欲しいのは私なんだし、それに仲間はずれは嫌よ?」
香織の言葉を聞き終えた悠里は自分もと言う。それに乗っかる形でさくらも名乗りを上げた。さくらの場合は成果を持ち帰らなければならないことに加え、自衛官ということもあって一般人である二人を守る義務があるからというのもあるのだろう。
あの時、悠里の周囲を凍結させる魔法は一瞬しか効果がなかったようだ。そしてさくらは亀に対して初陣となる。さすがに不安が拭えないこともあって俺も手を挙げようとするのだが……
「悠人はだめ」
「悠人さんはだめです」
「悠人君はだめよ」
「えー……。仲間はずーれ」
女子三人組に仲間はずれにされてしまった俺はいざという時のために待機することにした。なぜ危険すぎる相手にそうすることに決めたかと言うと、三人が話し合う作戦を聞いて『いける』と思ったからだ。その作戦の前衛は香織。
DEX特化の香織に前衛が務まるのかというのが不安ではあるが、エアリスは問題ないと踏んでいるらしいのでここは信じることにした。それに悠里と香織は『狼牙の御守り』を持っているため、腕の一本や二本無くしても大丈夫、なはず。さすがに頭を獲られたりといった即死の場合どうかはわからないが。
「おいで! 『リニアスナイパー』」
さくらの能力が発動し、その手元に超大型スナイパーライフルが顕現する。
悠里はエアリスによって強化された先端に虹色の星石が煌めく長杖を、香織は身長の半分以上の柄を持つハンマーをそれぞれ手に持っている。三人が頷き合い、いよいよ作戦開始だ。
ーー マスター、熾烈な戦いを想像しているところ申し訳ありませんが、あっさり決まるかと ーー
(え? そうなの?)
ーー はい、マジです。うまくいけば数秒でしょう ーー
悠里が香織にメガパワーレイズをかけ、戦いの幕が上がる。
さすがに重いのかハンマーの柄を両手で持ち、引きずるようにしている香織が近付くと亀は反応して食らいつこうと首を伸ばす。
この亀は首が伸びるぎりぎりのところに来たものに噛み付くのではなく、それよりも更に少し近付いたところを狙ってくる。
常人なら目で追うことも難しい速さで伸びる亀の首に対し、香織は側頭部をハンマーで叩き頭が横に大きく逸れる。
香織は初撃を振り抜いたままの勢いで、まるでステップを踏むように回転し追撃を仕掛けようとする。しかしそれを黙って許す亀ではない。通常の亀ではなく、ボス級の亀のプライドでも持っているかのように殴り飛ばされた頭を再度香織に向け噛み付こうとする。
このままでは香織がハンマーを振り抜く前に亀のぱっくりとあけた口が香織の胴体を捉えてしまう。そう思い【拒絶する不可侵の壁】を発動しようとするも、その必要はなかった。悠里が香織を守るように【マジックミラーシールド】を展開したからだ。
マジックミラーシールドの特性として、向こう側からの攻撃は防ぐが、こちら側からの攻撃は通るというものがある。すごくズルい。それを理解している香織は勢いを殺すことなく、不可視の壁に頭を激突させた亀の下顎を狙い思い切り振り上げた。
振り上げられたハンマーが亀の顎をかちあげると、亀は首を大きく反らせるもその反動を利用し再度香織を狙いその大きな顎を開いた。香織の頭上から大きな亀の開かれた顎が殺意を伴って降ってくる。
突如、空気の壁を突き破る『パンッ』と弾ける音が聴こえると同時、亀の上顎が吹き飛んだ。地に伏せた状態で超大型ライフルのトリガーを引いたのは、他の誰でもないさくらだった。
一瞬金属の焦げるようなニオイを感じ、その出力はマグナカフェを襲撃した牛のモンスターを撃った時とは比べものにならないほど高いことが窺える。
口の中から頭を撃ち抜かれた亀は糸が切れた操り人形よろしく力なくその首を地面に横たえた。
発生したエッセンスは虹色で、腕輪を近付ける前に三人の腕輪に吸収されていった。空気に融けた亀と入れ替わるようにドロップ品が現れ、それは虹色の星石だった。
ハンマーを手放す事で回転を止めた香織が勝利宣言をする。
「はぁ……はぁ、やった……やったよ! 悠里! さくら!」
「リベンジ成功したね!」
「はぁ〜、緊張したわ! 動きが速くて、香織がどこに打ち上げるか予測して撃つしかできなかったわね。上手くいってよかったわぁ〜!」
興奮冷めやらぬといった様子できゃっきゃうふふしている三人は、ドロップした虹色の星石をさくらのものとしたようだ。支配者権限 No. 20は俺が持っているが、同じ支配者権限が手に入るのかどうか、気になるところだ。
ーー 5秒でしたね ーー
(早かったなー。一瞬ヒヤッとしたけど大丈夫だったね。ふと思ったんだけど、餌で釣った亀をさくらが撃ち抜くだけでもいいんじゃない?)
ーー その場合、銃弾が外皮を貫通できれば、という条件付きになります。あの滑らかな鱗肌は銃弾の入射角が少し悪いだけで攻撃が逸らされる恐れがあります。よって確実なのは口内を狙うことになり、その機会が多いでろう近接戦闘で注意を引いた事が功を奏したのかと ーー
俺みたいに割とゴリ押しな方法ではなく、しっかりと計算された流れだったようだ。それを簡単にやってのけたように見える三人はすごいなという安い感想を抱いたと同時、その三人を以ってしてそうせざるを得なかったのかもしれないとも思った。
(ふ〜ん。やっぱり結構強いんだな。亀)
ーー そうですね ーー
(それはそうと良いもん見れたな〜)
ーー 即席とは思えない素晴らしいチームワークでしたね。良いデータが取れました ーー
(それにしてもさ、香織ちゃんはなんで亀の頭についていけてたんだ?)
ーー お忘れですか? 近距離であればマスターよりも高精度な感知能力を ーー
(忘れちゃいないけどDEX特化でAGIが俺の半分もないのにあんな動きできるなんて思ってなかったからさ)
ーー 予測と感知、そして身体の動きをうまくまとめていたと言ったところでしょうか。なにか武術の心得があるのかもしれません、末恐ろしいかと。ですが実際のところ、亀の2回目の攻撃には間に合っていませんでした。ボッチなマスターがあのステータスにするのはなかなか難しいですね ーー
(そこはほら、エアリスがいるから大丈夫だろ?)
ーー べ、別にマスターがボッチだからかわいそうになってサポートしてるわけじゃないんですからね! ーー
(……ツンデレが流行し始めたの?)
ーー はい。ZZの使い魔を重点的に見ることにより、ツンデレというものを少しだけ理解しました ーー
(そうか。でもその使い方は微妙だぞ)
ーー なん‥‥ですって‥‥ ーー
(まぁ精進したまえ)
ーー はい。精進いたします ーー
それから俺たちは、というか俺を除いた三人はミスリルのドロップ狙いでしばらく亀を狩ることになった。
チビは三人の護衛ということで彼女らと一緒に亀と戦っていて、首輪に付与してある【拒絶する不可侵の壁】が何度か発動していた。
俺は見事にハブられてしまったので、21層への洞穴を探して飛行中である。翼を広げた俺を初めて見たさくらは一頻り驚いた後、何かを言いたげな表情を見せた。しかし悠里と香織に引きずられ渋々亀狩りを再開した。
空から洞穴を探しながら見かけた亀を狩ってエッセンスとミスリルを補給していくと、エアリスの索敵には他に大きな反応があった。地中深くにあるその反応は、ゆっくりと地中を移動しているように感じたが地上に出てくる気配はなく、彼女らからも遠いことから放置することにした。【真言】で無理矢理エンカウントすることもできるかもしれないが、触らぬ神に祟りなしというやつである。
ーー あの反応は大きいのか多いのか、よくわからない反応ですね ーー
(うん。だけどゲーム脳で考えてみると、あぁいうのって隠しボスとか裏ボスとかそういうやつなんじゃないかって思うから戦わなくて良いならそれに越したことはないでしょ)
ーー そうですね。ゲーム脳は持っていないのでわかりませんが、マスターが言うならそうなのでしょう ーー
それからまた少し飛んでいると洞穴が見つかった。通ってみると抜けた先に以前21層へ行った時にお世話になったのと似たような森が目の前にあったので、今度こそ空からその全体を俯瞰する。大きさは、たぶん明治神宮くらいだろう。明治神宮を空から見たことはないのでわからないが、なんとなくそんな気がした。森の上を飛んでいると、ある一角の木が伐採されたような、切り株が残る広場を見つけそこへ着地する。
(エアリス、ここってさ……)
ーー はい。以前ログハウスを作るために伐採した場所に間違いありません ーー
(だよねー。ってことはだよ。21層も御影家のダンジョンから行ったところと同じところだったってことだね)
ーー そういうことになりますね ーー
(んー。ログハウスさ、ここに置けばよくね?)
ーー ここにですか? ーー
(うん。他に必要ならまた作れば良いし。エアリスが)
ーー エアリス使いの荒いマスターですね。しかしここにログハウスを置くのはいいかもしれませんね ーー
(狼もときどきいるけど、ここまでに採れるジビエは全部この森にあるしな。それにチビを番犬にしておけば、食料にも困らなそうだし、ひもじい思いもしなくて済むでしょ)
ーー そうですね。しかし水場がありませんので、水場の近くの方が適しているかと ーー
(たしかに。水場はどこかなー)
ーー この先に水の気配がありますので、そこで新たなログハウスを作ってストックしておきましょう。それで拓けた土地にログハウスを建てれば良いかと ーー
(よし、それで行こう)
方針の決まった俺とエアリスは水場を見つけ、その周辺の森を開拓する。方法としては銀刀から【剣閃】と呼んでいる飛ぶ斬撃を周囲にばら撒く。地上の木よりも硬いように思うが飛ぶ斬撃はひとつにつき一本くらいなら簡単に切り倒すことができる。あとは切り倒した木を小型化し材木として使えるよう加工する。新たなログハウスをプラモデル方式で作り終える頃には日が傾いてくる時間になったので、みんなと合流してここに案内することにした。
「みんな大丈夫だった?」
エアリスの転移でみんなのところへ行き声を掛けると三人は驚いて「キャッ」やら「ヒィィ」などと声を漏らしている。チビは立ち上がってじゃれついてくる。あれ? 気のせいか少し大きくなってるような?
「急に現れないでよ……変な声でちゃったじゃない」
「悠里ったらかわいい声出しちゃって〜」
「び、びっくりしたわね。心臓に悪いわよ悠人君……」
戦果はどうだったのかと聞くとさくらが胸を張って言った。
「上々よ! というかむしろ大漁よ!」
ドヤ顔のさくらの手には、軽石と同程度の軽さの原石が3つ、悠里と香織も1つずつ持っていてそれを見せてくる。俺がミスリルを集めた時、LUCを操作して一体いくつ集めたかわからないくらい集めたが、三人にとってはこれでも大漁なのは間違いなかった。そんな三人に21層にログハウスを用意したことを伝えると興味津々といった様子だったのでさっそく案内することに。
「チビー、お前の新しい家だからなー? 気に入ってもらえると良いんだけどなー」
「アウアウ!」
「ん〜、何言ってるか全然わかんないけど6層と違って快適かもしれないぞー?」
「わんちゃんと話す悠人さん……かわいいです////」
「かわいいかは別として、親バカタイプね」
「みっすりっるみっすりっる〜♪」
そんなこんなで21層の森を進み、ログハウスまで何事もなく無事に着くことができた。
森が深いため辺りは鬱蒼としていて暗く、モンスターに襲われるかもしれないと気を張ってはいた。しかしここでもチビの存在感がモンスターには効果覿面(こうかてきめん)だったようで襲われることはなかった。こんなに目立つチビは、しっかり狩りをすることができるのだろうか……心配だ。
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