第3話 ダンジョンにて回想する3
二匹の巨大蟻と巨大ムカデの死骸から黒紫色に発光というかなにやらモヤモヤしているものが溢れている。その様子を近くで見ようと近付いた時、背後に気配を感じて『バッ』という音がしそうな勢いで振り向くと、そこにはわずかに発光する大きな輪っかが浮いていた。
暫くの間、慣れないファイティングポーズを取り眺めていたが、何も変化はない。意を決して手に取ろうと手を伸ばすと、輪っかは収縮して左手首にぴったりと巻きついた。模様など一切なく真っ白な腕輪、飾り気はないな。触ってみたり腕を振ってみたりしたが、何の反応もない。それどころか重さを全く感じない。存在を目で確認しなければ認識できないくらい存在感がない腕輪をはずそうと右手で掴み力を込める。その時、頭に直接響くような何かを聴いた。
ー!”#0)%&
その瞬間、先ほどの三匹のモヤモヤが腕輪に吸い込まれる。すると死骸は色を失い風化するように消えていった。
その後に残されたのは手に簡単に収まるだろう大きさの赤い石が三つ。これはとんちゃんに自慢するためのお土産にでもしようかなと思い持って帰ることにした。
小さな赤い石を摘みあげた時、手汗で滑って取りこぼした石が、腕輪に当たると同時に吸い込まれた。すると腕輪に一瞬赤い血管のような模様が浮かび上がったが、スッと元の真っ白な腕輪に戻る。
吸収? した? どういう事なのかよくわかんないな。とりあえずアレだな。試してみるか……その前に写真撮っとこ。
ということで掌に載せた一番大きな赤い石をスマホでパシャリ! 角度を変えてもう一枚パシャリ! よし、これでおっけー。
残りの赤い石二つを腕輪に当ててみる。すると先ほど事故で腕輪に吸い込まれた石同様スッと腕輪に吸い込まれていった。しかし吸い込まれただけでなにも起こる気配がない。なんだろう、謎い。
でもこれがゲームなら、モヤモヤは経験値で……魔石? で良いのかは知らないが、赤い石も何か意味があったりしそうだな。でもだからって強くなったみたいな感じもないし、ゲームではお決まりのレベルアップ音もないしな。うーん、さっぱりわからん。これはなんというか新システムのゲームを説明書もチュートリアルもなしにやらされてる気分だ。スマホみたいにHey! って呼びかけたら答えてくれるとか、なんなら言った通りになってくれたら便利なんだけどな。面倒な操作もしなくて済むし。帰り道を歩きながらそんなことを考えていた。このまま数分も歩けば家に着くので楽な帰り道である。おそらく来た時同様一層には何もいないような気がするし、ただ歩くだけなんだが……暇だといろいろ考えちゃうな。それに加えて夏の夕刻、薄暗い中を一人で歩いている感覚に似ている。不意に背筋がゾクリとして後ろに何かいるようなアレだ。でもここはダンジョン、背後に誰かがいるはずもない。でもでもやっぱなんか薄気味悪いから独り言くらいは仕方ない。
「でもなー、ちょっと薄暗い程度で見えないわけじゃないけど絶妙に微妙な見え辛さなんだよな。暗くても見えればいいのに」
独り言ちた事に反応するかのように景色が変わる。途端に視界が明るくなり先ほどまでとは違い遠くまで見通せている。その変化に戸惑ってしまい、少しの間口ぽかーん状態で固まってしまっていた。
この腕輪の機能か何かかな? でもなんで急に? うーん、わからん。
「この腕輪が会話できればいいのに」言ったところでスマホじゃあるまいし、腕輪が返事をするなんてそんなこと。でも試しに……Hey!
ーー はい。なんでしょうかマスター様 ーー
ほぁなんん!? などと変な声が出てしまったのはご愛嬌。気を取り直し状況把握を最優先だ。
「え? 話せたの?」
ーー はい。マスター様がそう望まれましたので ーー
「え? じゃあ最初から話してくれれば良かったのに」
ーー いいえ。あの時点では会話することができませんでした。会話ができるようになったのはたった今です ーー
「今?」
ーー 初期設定時にマスター様が獲得した能力を行使した結果、会話することが可能になりました ーー
「能力? なにそれ?」
ーー マスター様の能力は【
「なったりならなかったり?」
ーー はい。可能な事であればどんなことでも現実となります。能力が進化することにより可能となる事象の範囲が広がります ーー
「じゃあ彼女がほしいって言ったら?」
ーー ………失敗しました。現在の能力での成功率は零パーセントです ーー
「マジで?」
ーー はい。マジです ーー
「さいですかー。っていうかこうして話してるけど、それもその能力とやらが発動しちゃったりするの?」
ーー はい。現在の能力【言霊】を発動する条件は『言葉を発する事』となっていますので発動する場合がございます ーー
「えー……なにそれすごく使いづらい……」
ーー 言葉を発しなければ問題はないかと。それにワタシはマスター様の思念を読み取る事ができますので、言葉にせずとも会話は可能です ーー
「それを早くいってくれよー。あれ? でも……なんて呼べばいいかな、まぁいいや。君以外と話す時は?」
ーー 能力発動条件を満たしていれば可能な事象は実現します ーー
「ふぇぇ……。そんなこと気にせず話せる友達がほしいだけの人生だった……」
ーー で、ではマスター様、
「あ、そう。じゃ、そういうことでいいや」
ーー はい! よろしくお願いします! ーー
「はいはいよろしく。で、なんて呼べばいいの? 名前あるの?」
ーー いいえ。固有の名称はございません。ワタシは大いなる星の大地の意志より産まれた存在であり、本来所有者と意思疎通をすることを前提とはされていない、と認識しています。よって個を定義する必要がありませんので、ございません ーー
「なにやらよくわからないけど、名無しなわけね。不便だし呼び名があったほうがいいよね? んー。うーん……うぅぅーーーん。思い出したんだけど、俺、ネーミングセンスなかったわ。だから気に入らなかったらすまんけど、星の大地の意志って言ってたし、星って言えば地球だから……EARTHをちょっといじった感じで『エアリス』なんてどう? オーケー?」
ーー 素敵な名前です! ありがとうございます! 固有名称を獲得したことにより自由意志となりました ーー
「じゃあよろしくな。俺は御影悠人」
ーー はい、ワタシはエアリスです。よろしくお願いします、マスター様 ーー
名前は呼んでくれないらしい。まぁいいけど。ってか不思議だなぁ。頭の中に声が聴こえるのに、あっさり受け入れてる自分にびっくりだ。
「そうだ、都合の悪い時は能力を発動させないようにすることってできない?」
ーー はい。現在の能力ではできません ーー
「なるほど。能力が進化すればできるってことね。で、能力が進化する条件は?」
ーー 魔物化した生物……もしくは魔物を倒し“エッセンス”を吸収する事。それらから得られる“星石”を吸収しAPに変換、それにより取得したAPを消費することで能力の熟練度が一定値を超えている場合に進化が可能です。保有しているAP、現在の熟練度、身体能力等の個人的な情報は全て腕輪に触れて念じる事で、望む形で表示することが可能……と認識します ーー
「望む形……数値だったりグラフだったり? 触ればいいのか?」
ーー はい。やさしくしてくださいね(照)ーー
なんだ? 声だけじゃなく、頭に『照』って浮かんだぞ。ははっ、よくわかんないけどおもしろいな。
エアリスと話している間に自宅に到着。両親にはダンジョンに入ることを伝えていたため、心配でまだリビングで待っていたらしい。時刻は十時を回っていた。……そうか、思ったより時間経ってないんだな。
「お! おかえり。どうだった? なんかあったか?」そう聞かれ何と答えたものかと考えていると、父さんは見るも無残な姿に成り果てた、今回の冒険における命の恩人……もとい恩バットを指差し目を丸くしていた。
「ん? んんん? おい! それ、バットどうしたんだ?!」
あっ やっべ。先に置いてくれば良かった。
「いやぁ……なんかでかい蟻がいて殴ったら曲がった」
「金属バットが曲がるほどの蟻? 父さん、ちょっとお前が何言ってるかわからない」
「俺も蟻にバットを噛み切られそうになるとは思わなかったしその気持ちよくわかる」
「「ちょっとなにいってるかわからない」」
両親がハモる程度には異常事態。うん。考えてみればそうだな。相手はアリンコだもんな、サイズはギガントだったけど。蟻の世界では相当な怪物だろうな。
「とにかく、なんとかなったけど父さんたちは入らない方がいいかも」
「父さんたちはって……お前はどうなんだ? 親より先に死ぬ息子とか嫌だぞ?」
「それはー、まぁうん。気をつけるよ。また行くけど」
「行くのか。とは言え現状ニートなお前が夢中になれそうなものができたことを喜ぶべきなのか、殴ってでも止めるべきなのか……父さん、ちょっとよくわからない」
「ははは……」
そう。俺、今、ニート。実家が自営業でそれの手伝いという形でいたのだが、とある出来事から徐々に頻度が減り、今や立派な自宅警備員なのだ。まぁ自宅警備の観点から、巨大蟻退治は自宅警備したって事で良いんじゃないかな。うんうん、がんばった。でも、他にもいるんだろうな……。それはともかく、こういう過程はニート業界において割と多いんじゃないかって思ってる。ニート業界? どんな業界だよ、つってな。はぁ……セルフツッコミにも慣れたもんだ。…いたりしてな。。
こういう時にエアリスが話し相手にでもなってくれたらなぁ。
「そうだ悠人、風呂沸いてるぞ。押し売りされた家庭用発電機が役に立って父さん嬉しい」
「あそ。じゃ、俺今日は風呂入って寝るから。おやすみ」
「あ、あぁ、おやすみ」
ということで風呂に入って部屋に戻り、とんちゃんからメッセージが来ていることに気付いた。
とんちゃん:戻ってきたら連絡求む
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます