第20話 覚えてないわね

「覚えてないわね」


 一応、尾張さんに犯人を聞いてみたが、返答は僕の予想のとおりだった。


「それと、紀美丹君と仲が良かったという話も、初耳ね」


 別に、それは聞いてない。


「本当に仲良かったのかしら? あなたの妄想とかではなくて?」


 なかなかに聞き捨てならない発言をしてくれる。

 そちらがその気なら、こちらにも考えがある。


「では、僕と尾張さんの仲良しアピールをさせてもらいましょう」


「いえ、結構よ」


 相変わらず否定が早い。だが、決行させてもらう。


「まず、尾張さんの好きな食べ物はアイスクリーム」


「しなくていいと言ってるのに」


 尾張さんはため息を吐きながら腕を組む。


「お嬢様なのに、ジャンクフードが割と好き」


「お嬢様はやめなさい」


 尾張さんの顔がいつか見た時と同じように嫌そうに歪む。


「首筋に、小さな黒子がある」


「⁉︎ なんでそんなこと知ってるのよ!」


 かと思えば、頬を赤く染めて首に手を当てる。

 僕は頬を掻きながら照れ臭そうに告げる。


「僕達は、結婚の約束をしていました」


「堂々と嘘を言うのはやめなさい! 嘘よね? 嘘だと言いなさい‼︎」


 尾張さんが顔を赤くしながら、否定してくる。

 肩を揺さぶられ、僕の視界がぐらぐら揺れる。


「なんか懐かしいですね。こういうの」


「懐かしいのはあなただけでしょう! 私にその記憶はないわ!」


 フーフーっと息を切らせながら、真っ赤な顔で否定する尾張さん。


「僕たちは、休日にデートをする仲でした」


「それは、嘘なの? 本当なの?」


 明後日の方向に目線を向けながら、返答する。


「全て本当の事です」


 信じられないわ。と、尾張さんが呆然としながら呟く。

 結婚は断られていた気もするが、まぁ、いいだろう。


「・・・・・・それと、最後の約束はまだ、果たしていません」


「約束?」


 尾張さんの何も覚えてないといった不思議そうな顔を見るのは、すこしこたえた。

 その約束を僕しか覚えていなくても、だからこそ、無かったことにはしたくなかった。


「尾張さん。来週何があるか知っていますか?」


「来週?」


 尾張さんは、すこし考えるようにするが、思い至らないのか、


「さあ、何かあったかしら」


 と、言うのだった。だから、


「来週、見に行きましょう。流星群」


 今度は、僕が尾張さんを誘う。

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