第02話 レインボーワールド(ニジゲン)


僕の前世、世渡 流が寝る間も惜しんで夢中になってプレイしたゲームがある。

その中の1つが「レインボーワールド」、通称「虹次元ニジゲン」と呼ばれているSF冒険物の恋愛シミュレーションゲーム。

ベンチャーのゲームソフト会社が社運を賭けて発売したこのゲームは随所にこだわりがある。

その世界観は魔法のあるファンタジー世界。中世ヨーロッパを思わせる建物や景観は背景CG担当が睡眠を削ってまでこだわりぬいたディテールとなっている。

この世界には人族、亜人族、魔人族の3種類の人種が暮らしているが、様々な軋轢があり同種、異種間で諍いが絶えない。

さらには、ゴブリン等の魔物もしくは魔獣と呼ばれる存在が人間達を脅かしている。


そんな背景を持つ世界において、ゲームの舞台となるのはレード魔法学院。

レード魔法学院は歴史ある魔法学院で学院の生徒の多くは貴族達だ。

だが、平民も入学できないわけではない。


レード魔法学院に入学するには試験をクリアする必要がある。

逆に言えば、試験をクリアできれば入学できるわけだ。


ただし、この試験のクリア難度は一律ではない。

簡単にいうと、受験生の背景を忖度して難度が変動する。


貴族の中でも影響力の大きい高位貴族の子息が不合格となれば問題となる。

同様に豪商と呼ばれる金持ちで発言権のある商人の子息や、教会の推薦を受けた者もクリアの難度は低く設定される。

共通している点は政治的、経済的、宗教的な影響力を持っているということだ。


逆に、そう言った背景を持たない平民の場合は、入学試験のクリア難度が高くなる。

そんな高いハードルをクリアした猛者が居た場合は特例で入学が許可される。


ゲームの主人公であるアッシュ少年はそんな高いハードルをクリアした猛者。特例での入学が許可されてやってきた。


魔法学院ではヒロイン達との交流やトラブル、貴族社会や教会との対立等の問題をクリアしていくことで友情・愛情を育んでいくというストーリーとなっている。


この作品は主軸は恋愛であるが、見どころは奥深いストーリーだろう。

ヒロイン毎に独立した1本の単純なストーリーがあるというわけではなく、分岐によってヒロイン達やサブキャラたちが複雑に絡み合っていく展開が素晴らしい。


主人公の行動によって複雑に分岐していくストーリーを追っていくのはなかなか骨が折れたがそれゆえにやりこんだものだ。


そんな「レインボーワールド」のヒロインの1人に『氷のレイン』と呼ばれている美少女がいる。彼女は悲惨な過去を持っている。

彼女が10歳の頃、住んでいた村が魔人の襲撃にあったのだ。

唯一の生き残った彼女は家族や親しい人を失った悲しみはやがて魔人に対する憎しみに変わり復讐することを誓った。そのために彼女は教会の庇護下に入った。

表向きはシスター見習いをし、裏では魔を滅する暗部の仕事をこなした。

レード魔法学院にはその仕事の一環として入学してきた。


レインは人前でほとんど表情を見せないため『氷のレイン』と呼ばれている。

彼女は赤髪のセミロングで、右下乳の付け根あたりに特徴的なほくろがある。

主人公が間違えて女子更衣室に入って着替え中のレインと鉢合わせした時のイベント絵にしっかり描かれている。

制作会社はそう言うサービスシーンはかなり力を入れていますと豪語していた。


それで、問題となるのは風呂場でのラッキースケべイベントだ。

一糸まとわぬレインの姿がゲームの『氷のレイン』とダブった。


特徴であるほくろもあるし、今のレインが成長した姿が『氷のレイン』だと理解してしまった。


つまり、ここは「レインボーワールド」の世界で、ヒロインの『氷のレイン』の幼少期に過ごした村だということだ。


普通に考えれば、「ゲームの世界に転生したとかあり得ないでしょう、常識的に考えて」となるわけだが、転生してる時点でそんな常識とかは一切投げ捨てた。


それに、これは直感だが「中らずと雖も遠からず」だと思っている。


彼女が『氷のレイン』の幼少期の姿だとすると問題が1つ。

10歳の時に魔人の襲撃を受けて唯一生き残ったのがレインという設定がある。


そう、このままでは僕は10歳になると死んでしまうことになるのだ。


「いや、だが待て。まだ時間はある。

 アドバンテージはゲーム知識だ。まだ襲撃まで3年ある。

 無駄に時間だけがあった暇な大学生の記憶力なめんなよ。思い出せ―。」


そうだ。

この村に襲撃にやってくる魔人は確かアナハイムという男だったはず。

魔王を頂点とする魔族の国の四天王の配下で、力こそパワーみたいな脳筋タイプ。魔法も使うが基本的には武器による物理攻撃がメイン。


その時の僕は10歳。子どもの僕が正攻法で戦っても勝つことはできない。

なら、重要になってくるのは魔法とスキル。これしかない。


この世界には魔法が存在しており、皆が当たり前のように使っている。

一般的なのは生活魔法と呼ばれているジャンルのもので、灯りをともすトーチや水を出すアクアなど少ない魔力で発現させることが出来る。


そしてスキル。これは個性とも呼ばれるもので、生まれながらに備わっている個人の資質。スキル内容は多岐にわたり、魔法に近いスキルも存在するが、特徴は魔力を必要としないこと。ただし、スキルの場合は回数制限や時間制限などの縛りがある。


「…い、おい。エドワード。お前聞いてんのか?」

その言葉にハッとなり思考は中断した。


声のしたほうに振り向くと、不機嫌そうな顔を浮かべた同い年の村長の息子が立っていた。


  ***


「俺がここに来た理由はわかるな?」

ギロリとこちらを睨んでくる村長の息子、ダリウス。


「い、いやー。なんでですかね?皆目見当もつかな…「風呂」」



ダリウスの言葉に息が詰まった。


なん・・・だと・・・。

背中に嫌な汗が出ていた。虫の鳴き声がいやに耳につく。


「てめぇ、レインの風呂覗いたらしいな。」

うわぁ、ダリウスめっちゃ切れてる。


「い、いや。その、あれは不幸な事故っていうか。ワザとじゃないし、あの。」

しどろもどろになりながらも言い訳を試みる。

が、ダメ。悪手。完全に打つ手を間違えた。


ダリウスは笑顔だ。だが、その笑顔は許された感じのやつじゃない。

ぶち切れした時に一週回って笑顔になるやつや。


「ほう。つまり覗くつもりはなかったと。下心は全くなかったと。」

僕は思いっきり首を縦に何度も頷いた。


「てめ、ふざけんなよ。ああ?

 レインの裸を見たというだけでも事実だけでも許せねぇのに、下心が無いだと。

 それじゃあれか、てめぇにとってレインは魅力的じゃねーってか?

 いつも一緒にいるからそういう感情は無いですよってか?

 そのポジションがどんだけ貴重か分かってんのかよ。

 分かってねーよな。分かってたらそんなふざけたこと抜かすわけねーもんな。」


めっちゃキレてきた。

あれ?なんかキレかた違くない?


待て待て待て。

ダリウスってあれ?え、ひょっとしてそういう事?


前世の記憶の中で思春期の経験を済ませている僕の恋愛センサーが反応した。

思い返せば心当たりがある。


ダリウスはこのイーレ村の村長の息子で僕達と同じ7歳。

しょっちゅう孤児院にやってきては僕達に突っかかってきていた。

その中でも僕へのあたりは中々に強く、事あるごとに鍛えてやるとの名目で殴ってきていた。


多分だが、自分は強いアピールをしてレインの気を引きたかったんだろう。

残念ながら逆影響で、レインのダリウスに対する好感度はマイナスだが。


そうなると今回、僕に怒っているのもそういう理由だな。

好きな女の裸を恋敵だと思っている奴に見られた。

しかも、そういう気持ちを持っていないのに、だ。


あー、これは僕が悪いな。

好きな女の裸見たうえで興味ないからとかそりゃ屋上案件ですわ。


「すまなかった。

 ダリウスがレインに対してそこまで真剣に好きだとは思わなかった。」

ならばこちらも真摯に謝罪しなければならない。


「んな。なっ。」

お、ダリウスのその反応は推測が当たったということかな。


ダリウスの顔は真っ赤なままだが、それが怒りによるものではなく照れや恥ずかしさからくるものに変化している。


数分後、落ち着きを取り戻したダリウスが口を開いた。


「一発だけ殴らせろ。それで今回の事は許してやる。」


えー、理不尽。

レインから既に殴られてるのに関係ないお前から殴られなきゃいけないの。


なんて思いながらも、今後の付き合いと彼のレインに対する想いを察して僕は黙って頷くことにした。


お腹痛い…。こんなことなら了承しなきゃよかった。

その日、僕は食事を抜いた。

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