第2-4話 皮から作る水餃子と占いと(4/4)

 佐和先生が試食の準備をしてくれている時間も、会話の中心は占いだった。話を切り出したのは、岡田さんだ。岡田さんは、40代前半の小柄な女性、スモーキーピンクのニットに紺色のフレアスカートというシンプルな服装をしていた。

「そう言えば、さっきちらっと聞こえたんですけど、前世を見てもらったというお話。水餃子を包んでいる時は、余裕がなくて聞きそびれたんですが、それはどこで見てもらったんですか?」

 岡田さんが、興味深げにウッチーに質問をした。

「いろんなところで占ってもらっているからなあ。池袋だったり、渋谷だったり。前世を見てもらったのは、渋谷の方だったかな?」

 ウッチーが、記憶を手繰り寄せるように、上の方を見ながら答える。

「私は占ってもらった経験はありませんが、妹が占いに頻繁に通っています。あまりにも行く頻度が多すぎて、共感できない部分もあるんですが、前世については興味があります。ちょっと聞いてみたい気がします」

「頻繁に通うって、どのくらいの頻度で?」

「正確にはわからないですけど……家族のこととか、自分の中で消化できないことが生まれると、その度に、それを消化するために占いに行ってる気がします」

「占い師さんから言われて、腑に落ちることもあるしね。それはそれで、いいんじゃないかな」

「政治家とか大企業の社長さんにも、懇意にしている占い師がいるって聞くしね」

「占ってもらった時には、妙に納得しちゃって。でも、後になると、なぜ、あの時あんなに合点がいったのか、自分でも不思議に思うこともあるけど、ね」

「わかります。わかります」

「でも、それはそれで、いいんだよ」

「そんなものですか……」

 岡田さんは、釈然としていない様子だった。


(岡田さんの妹さんの気持ち、わかる気がする。独身の頃は、当たるという占い師さんを訪ねて歩いていたこともあるから……)

 話を聞きながら、早都は、占いにハマっていた頃のことを思い出していた。


 早都が占いにハマっていたのは、20代後半のことだ。友人の結婚だの、子どもの誕生だの、周囲はおめでたラッシュ。そんな中にあって、自分の将来は全く見えていなくて、心が不安で満載になると、よく当たるという占い師さんを探して、占ってもらいに行っていた。中には、

(本当に占ってくれているの?お説教されているだけのような気がする)

 と思ったり、

(意を決してここまできたのに、私の悩みは、占うまでもないってこと?)

 と思うような言葉が返ってきたこともあったが、同じ境遇の友人を誘ったり、友人に誘われたりして、あちこち巡り歩くという、占い行脚を繰り返していたことが、懐かしい。

(今にして思えば、「占ったところ、将来も安心していて大丈夫、という結果が出ていますよ」という答えを求めていただけだったような気がするけど……懐かしいなあ)

 

 早都が、遠い昔の想い出に浸っていると、佐和先生の声がした。

「試食の準備ができました。熱いうちに、どうぞお召し上がりください」

 佐和先生が、器の載ったお盆を持ってきた。湯気のたった水餃子が、エキゾチックな柄のウェッジウッドの器に盛られていた。食器類もメニューに合うものをと、毎回とても考えられている。

「パクチーもたくさん用意したので、お好きな方は、たっぷり添えてお召し上がりくださいね」

 パクチーが苦手な早都は、黒酢を垂らして味わうことにした。ウッチーと岡田さんは、パクチーをたっぷり載せて写真を撮っている。水餃子の白とパクチーの緑、鮮やかなコントラストだ。早都の器の中、黒酢のかかった水餃子も、十分食欲をそそる色合いとなっている。

「いただきます」

「ううっ。もちもちの食感が、すごいです」

「美味しい!」

「人生一、美味しいです。パクチー、合いますね」

「大きさも小ぶりで、ちょうどいいです」

 今日の試食も、称賛の嵐だった。早都も、素直に美味しいと思った。

「気に入っていだたけて良かったです。点心は、このように皮を楽しむものもあります。ほかには、今日の私のエプロンのモチーフとなっている肉まんが、そうですね。」

 肉まんが「皮を楽しむ」というのも驚きだ。

「水餃子の時は、お米のご飯は食べずに水餃子だけを楽しみます。皮が主食で、具がおかずです」

 貴婦人石黒さんは、先生の話を聞き、時々静かにペンを走らせ、メモを取っていた。


「何かありますか?」

 佐和先生が、岡田さんの方を向いて、問いかけた。

「ええっと……先生も占ってもらったりされますか?」

 岡田さんの声は、ちょっと掠れていた。聞こうかどうしようか、ずっと迷っていたような声だった。

「たまに占ってもらいますよ」

 岡田さんとは違った明るいトーンで、佐和先生が答える。

「背中を押してもらいたくて、占い師さんにみてもらうことがありますよ。話を聞いてもらえると、安心できて、より前向きになれるんです。物事がうまくいかない時や心がネガティブに傾いている時に、占いってもらう人が多いと思いますが、私は違うかな」

「背中を押してもらう?」

 岡田さんの呟きが漏れる。

「そうですね。例えば、やりたいことがあった時に、それをいつスタートさせるべきか、その時期について占ってもらいます。他人に話すことで考えが深まることもあるし、自分が考えもしなかったアドバイスをもらえることもあります。占いの結果は、納得したものだけ、受け入れていますよ」

「そうなんですね。占いが、後押し……」

「何かをしたい、変えたいと思った時に、占い師さんにアドバイスをもらって行動するっていうのも、悪くはないんじゃないかと思います。中には、突拍子もないことを言う占い師さんもいますけど、そんな時は「こんなこと言われた」と話のネタにすればいいんですよ」

 佐和先生がケラケラ笑う。

「先生ならやりそう~」

「ですね」

 ウッチーとクレさんも、納得顔でうなずく。

「転んでもタダでは起きません」

 佐和先生の言葉に、みんなの笑い声が溢れる。

「いずれにしても、占いって、話を聞いてもらいに行ってる感覚なのかもしれませんね」

 佐和先生が、岡田さんの方を向いて話を続ける。

「もしかしたら、妹さんが頻繁に占いに行っているというのは、自分に合う占い師さんに出会っていないだけかもしれません。いい占い師さんに出会えるといいですね」

「ありがとうございます」

 岡田さんも穏やかな笑顔になっている。

(よかった~。岡田さんの心を解きほぐすなんて、佐和先生、占い師さんの素質あり。水餃子占いをやったら、人気が出るかも)


「石黒さんから頂いた「そらもなか」もぜひお召し上がりください」

 話が一段落したタイミングで、佐和先生が、菓子鉢に小ぶりの最中を盛って、出してくれた。

「嬉しい!石黒さん、ありがとうございます」

「なかなか買えない最中ですよね。ありがとうございます」

「ちょうど甘いものが欲しいなって、思っていました」

「本当に嬉しいです。ありがとうございます」

 それぞれが、笑顔でお礼を言った。

「昨日、銀座まで行く用事があって、運よく購入することができたのでお裾分けです」

 貴婦人石黒さんは、あくまでも控えめだ。


 今日のレッスンも期待通り、試食とサプライズの「空もなか」で、早都は、心もお腹もいっぱいになっていた。レシピを教わるだけでなく、その点心に纏わる雑学やたわいもない会話が、人生に潤いを与えてくれる気がする。

(「点心教室 ICHIPAOBA」は、みんなで楽しい時間・美味しい時間を共有しようと思っている人が、集まってくる場所だな。すごく成熟したカプセルだから、流動的な形だけど、決して悪い方へ流れたりしない素敵なカプセル)

 程よい疲労感もあって、早都は、電車の中で睡魔に襲われた。


 帰宅後の原田家の夕ごはん。メニューは、水餃子ではなく、チキンカレーだった。

(2食続けて水餃子というのは辛いな)

 早都がそう判断し、前日の夜に、あらかじめ下ごしらえをしておいたカレーだ。

(せっかくだから、身体が水餃子を欲している時に、美味しく食べたいものね)


 持ち帰った水餃子は、後日、ママ友 千紗ちさちゃんちで開催された、忘年会で披露した。「シンプルな水餃子で食べてみたい」と言う千紗ちゃんのために、2個は取り置き、残りは揚げ餃子にして味わってもらうことにした。

「めっちゃ美味しい!皮が、最高だね」

 キッチンでこっそりと、茹でたて水餃子を、はふはふしながら食べていた千紗ちゃんが、満足そうにそう言った。他人が食べているものは、ひと際美味しそうに見える。甘辛ダレとお醤油が絡んだ水餃子は、輝いていて、早都の喉が鳴った。

 テーブルに出した揚げ餃子も、大好評だった。

「パリッと香ばしい外皮の内側に、もっちりとした皮の層があって、美味しい。皮の美味しさが伝わってくるね」

「サイズ感もちょうどいいし、おつまみにもピッタリ」

「このままでもいいけど、甘辛ダレをつけると、また一味違うね」

「もっと食べたい」

 嬉しい声をいっぱいもらえて、早都は幸せな気分になった。


(今日は、揚げ餃子にしたけど、また、シンプルな水餃子で食べたいな。「皮が絶品」と、褒めてもらえたしね。お正月に向けて、たくさん作ろう)

 

 早都は、心の奥にある穴の底が、ポコッと盛り上がった気がした。


 そして、早都は次のレッスンのことも考えていた。

(次は、「肉まんあんまん」かな。寒くなると食べたくなるし……。「皮を楽しむ」って言うからには、美味しい皮なんだろうな。近いうちに開催されるかな?またお教室のHPをチェックしなくちゃ)

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