12:11 『Decode』
海岸と森林の間にあるコンクリートの道路。本来ならばバスが通るためだけに整備されている。何の変哲もない、ただの道路。
「君たちの実力は知れている。例え二人がかりでも、私を倒すことなど不可能だ」
「あのワイヤー、何で作られてるのよ…?」
しかし目を凝らせば、そこに何十、何百ものワイヤーが張り巡らされていることが分かるだろう。ブライトとアウラは、その摩訶不思議なワイヤーに苦戦を強いられていたのだ。
「私たちの創造武器でも切れないのに…。あのワイヤーをどうやって掻い潜れば…」
二人がそれぞれの創造武器で、立ち塞がるワイヤーを切り落とそうとするのだが、その見かけによらず、一本一本がまるでダイヤモンドのような硬さを誇っていた。どれだけ創造力を込めても、まったく微動だにしない。
しかもそのワイヤーの向こうにデコードは立っている。前提としてこのワイヤーを打破することに成功しなければ、彼女に触れることすらもできない。アウラとブライトは顔を見合わせて、次なる手を打つことにする。
「「――ユメノ使者」」
二人は自身の半身を背後に呼び出した。ブライトは数百の腕を持つヘカトンケイル。アウラは大人びた金髪の女性、パンタソス。
「一斉に叩けば壊れるはずよ…!」
アウラが十字架を飛ばし、ブライトが短剣でワイヤーへと斬りかかる。その後方支援として、ヘカトンケイルも同様に殴り掛かり、パンタソスも空気を凝縮させたカッターを飛ばした。
「…力技か」
四人の一斉攻撃によって、ついにワイヤーは二本ほど切り落とされる。ブライトたちは打破する方法を見出したことで、やや表情を綻ばせていたが、デコードはその光景を眺めながら、呆れたように溜息をついていた。
「君たちはこのワイヤーの仕組みを理解していない。いや、理解しようとしていない…と言った方が正しいだろう」
「仕組み?」
「そうだ。これは非常に簡単な仕組みで作られている」
デコードは自身が創り出したワイヤーに関して、二人にこう説明をする。
「このワイヤーを切れないのは、この一本一本に百の創造力が込められているからだ。面積が少ない分、創造力はその一本に集中する。君たちの創造武器は、面積すべてに百の創造力が行き渡っているわけではない。切れないのは当たり前だ」
創造力を通わせる対象の面積が小さければ小さいほど、その対象に流れる創造力は百に近いものとなる。ワイヤーの面積は言わずもがな、ごく僅かだ。ブライトたちの創造武器は面積からして、創造力の量は七十ほど。後は数字の大小での勝負。七十と百、どちらが大きいかという単純な競い合いだ。
「…それをわざわざ私たちに教えるなんて、何のつもりかしら?」
「勘違いをするな。私は"効率の悪い"方法が嫌いなだけだ」
アウラは第一キャパシティ
「百には、百をぶつければいいだけよ」
棘の部分に百の創造力を注ぐことで、ワイヤーと同じ土台に立つ。後は物質的な面で、ワイヤーと十字架のどちらが頑丈かという点。当然だが、これは十字架の方が上回るだろう。
「ブライト、私は後方から援護するわ。あなたはあいつに畳み掛けて」
「オッケー!」
アウラは第三キャパシティ
「単純な手だ」
デコードは木々の根をワイヤーで相殺すれば、ヘカトンケイルの拳を半身で回避してから、短剣で斬りかかるブライトを蹴り飛ばした。
「まだ終わってないよ…!」
その寸前にブライトは、デコードの足元にピンを抜いた手榴弾を一つだけ転がしていた。彼女はそれを見て、蹴り飛ばそうとしたのだが、
「なるほど」
それを止め、すぐさま後方へと大きく下がれば、
「興味深い能力だ」
転がっていた手榴弾から更に同じものがいくつも創られ、連鎖するように大爆発を引き起こした。ブライトはデコードのその行動に、目を丸くする。
「どうして、私が能力を使うことを知って…」
ブライトは第一キャパシティ
勿論、デコードはブライトの能力を見たことなど一度もない。だからこそ必ず成功すると確信していた…にも関わらず、彼女はそれを完璧に回避してみせた。
「行動を読まれていた、にしても判断の手際が良すぎるわね」
まるでこれから起こり得ることを予測していたかのような動き。アウラは怪訝な表情を浮かべ、ブライトとデコードを交互に見た。
「気を付けなさい! そいつは何を隠し持っているか分からないわ!」
まだその詳細は掴めない。アウラはブライトに忠告し、二つの十字架を操ってデコードへと突撃させた。パンタソスも彼女の背後へと瞬間移動をすれば、手刀を首元へと振り下ろす。
「私の不意はつけない」
後ろを振り返らず、パンタソスの手刀を回避すると、向かってくる十字架を飛び上がって回避した。この一連の動きも、事前から知っていたかのような立ち回りのようだ。アウラはあまりにも綺麗な回避動作に、顔をしかめていたのだが、
「まだだよ…!」
「――!」
ブライトが飛び上がったデコードへと詰め寄って、コンクリートの道路へと叩き落した。これは予測外だったのか、彼女は避ける動作すら見せていない。
(どうして、今のは避けられなかったのかしら…? 何か秘密でもあるんじゃ…)
アウラはしばらく考え、脳内でとある仮説が浮かぶ。その間にデコードは、ずれた眼鏡をかけ直し、その場に立ち上がる。
「…"未来を予測できる能力"で、その弱点は"すぐに使用できない"。これがあなたの能力?」
「面白い。君は思ったよりも頭が回るようだな」
デコードの第一キャパシティ
「あなたは、何がそんなに嬉しいの?」
「君たちがどうやって私の能力を攻略するのか。その期待を込めた笑みだ」
「…変なヤツね」
しかしこの二人は、初めから長期戦になることを予期していた。ブライトは第二キャパシティの
そしてアウラは、気づかれないように第二キャパシティの
(長期戦なら、私たちが有利よ)
精神的に揺さぶりをかける能力の罠と、自陣を回復してくれる能力の援護。長期戦において、この二人の組み合わせは最適解と言えるだろう。
「…何してるのよ?」
戦いの最中だというのに、突然デコードは煙草を一本だけ取り出し口に咥え、その先にライターで火を点けた。二人に見せたのは、喫煙所で一服の時間を楽しむ姿。
「事前に言っておく。君たちは、私に勝てない」
「やけに自信満々だね」
「これは傲慢が故に生まれた自信ではない。すべては計算したうえでの話だ。自信があろうとなかろうと、計算上では私が負けることはない」
彼女は煙草の煙を口から吐き続け、薄暗い空を見上げた。
「世の中には、興味深い理論を唱える者が数多く存在する。君たちにはその一つを紹介しよう。"風が吹けば桶屋が儲かる"と同じような理論だ」
「あの人、話を始めちゃったけど…?」
「その間に消費した創造力を回復できるわ。好きに喋らせておきましょう」
長くなりそうな話を始めたデコード。ブライトは困惑していたが、アウラの意見に賛同し、その長話を聞くことにした。
「些細な事象によって、大きな事象へと変わっていく。かの有名な気象学者が提唱した理論だ。一匹の蝶の羽ばたきが、はるか遠くの国にトルネードを生み出すのか。その学者はそう唱えていた。君たちは、本当にトルネードを引き起こすと思うか?」
「そんなの、分かるわけないじゃない」
「その通りだ。風や波などの気象には数多くの不確定要素が干渉してくる。そのため、どのような状態になるかを予測するのは不可能に近い。だがしかし、一匹の蝶の羽ばたきがトルネードを生み出す原因に繋がらないとは限らないだろう」
デコードは煙草の煙を今度は空に向けて吐き出し、消えていくその光景をぼんやりと見つめている。
「どんなに最初の誤差が小さくとも、時間経過や組み合わせによっては、大きな影響が現れ、どんな未来が訪れるかは誰にも判らない。君たちの知らないところで、何の力も持たない一人の男が起こした些細な行動があったからこそ、今の未来が存在しているかもしれない」
「……」
「君たちが私の話を聞くと選択したその行動。私の煙草を吸うという行動。私が話を終えたその後、吸い終えたこの煙草を道路にポイ捨てするという行動…」
彼女が人差し指と中指の間に挟んでいた煙草を手放せば、それはゆっくりと落下していく。
「煙草の火種を消していないことで、この辺りに大規模な火災が起こるかもしれない。その火災は、君たちを大きく巻き込むことになるかもしれない」
「…全て"かもしれない"っていう仮定ばかりね」
アウラは仮定ばかりの話をするデコードを鼻で笑った。
「実際に起きるとは言い切れない。だがそれが起きないとも言い切れない。肯定も否定もできないもの。それが"未来"だ」
「それを私たちに話して、何がしたかったの?」
「伝えておくべきだと判断したからだ」
既に二人の創造力は完全に回復している。先ほど無駄に消費していた創造力は取り戻すことが出来たため、ブライトたちの心に余裕が生まれていた。
「この理論の名前を伝えていなかったな」
デコードの吸い終えた煙草が、コンクリートの地面へと触れる。
「この理論の名前は
「「…!?」」
その瞬間、煙草の火種が吹き荒れる風によって周囲に飛び散り、
「――私の第二キャパシティだ」
木々が一斉に燃え盛った。アウラとブライトの制服にもそれが引火し、すぐに炎上を始める。二人のユメノ使者も炎に包み込まれ、跡形もなく消滅した。
「なにっ…これっ…!?」
制服の上着を脱ぎ捨てても、中のシャツにまで燃え移る。そんなアウラとブライトを眺めていたデコードは、
「未来は、何が起こるか分からないというのに…。それを決めつけることは愚かな行為だ」
「っ…!?」
右手を引き寄せて、ワイヤーで炎上している二人を縛り付けた。デコードの第二キャパシティ
「くぅっ…離しなさい…!!」
「ぁあッ…!?!」
何とか逃れようと暴れ回っても、全身をワイヤーに挟み込まれているため抜け出すのは不可能だった。炎による焼けるような痛みと、ワイヤーが肌に食い込むジリジリトした痛み。それらに襲われ、アウラとブライトは苦しみに悶える。
「君たちが私の話を聞かなければ、この未来は変わっていたかもしれない」
再生を幾度も使用して二人は耐え凌ぐが、打開策を見出さない限り、いつかは死に至る。選択は過労死か、焼死の二択だけ。アウラとブライトは痛みに抗いながらも、頭を働かせる。けれど、こんな状況ではまともな策すら思いつかない。
「けど無意味だった」
「がッ――!!?」
デコードは更にワイヤーをきつく締め上げる。二人の首筋がワイヤーによって圧迫され、地が滲み出た。
「――元々、君たちに"未来"などなかったのだから」
彼女が戦いを終わらせようと右手を動かした。
「きっしし!」
…が、特徴のある笑い声が聞こえれば、二人を拘束していたワイヤーが切り落とされ、彼女らは上から降り注ぐ水を被る。
「未来は、私にも予測ができないというわけか」
「ゲホッゲホッ…!!」
座り込んで咳き込むアウラとブライト。そんな彼女の前に一人の男子生徒が、四足歩行で着地する。
「キミたち、おれっちに感謝した方がいいよ?」
「
以前、Bクラスとの殺し合い時に、ブライトがヘイズと共に相手をしていたワイルド。彼はあのやんちゃな笑顔を二人に向けつつ、左手でピースをしていた
「…あなた、確かBクラスの」
「初めまして♪ おれっちはワイルド、仲良くしよーよ♪」
「え、えぇそうね…」
アウラはやや引き気味になりながらも、二度頷く。邪魔が入ったデコードは、至って冷静に三人を観察していた。
「どうしてあなたがここにいるの? 私たちに密告されて追放したんじゃ…?」
「んー、確かに密告されちったね! でも実はその後に追放されてなかったー…みたいな?」
「…やはりそうだったか。あの二人に、追放役を任せるべきじゃなかった」
デコードはやれやれという素振りを見せ、掛けていた眼鏡を外す。
「おれっちがキミたちをお助けしてあげるからさ! アイツ倒しちゃおうよ!」
「簡単に言ってくれるわね。アイツの能力はあなたが思っているほど、厄介ものなのよ」
「未来が視えるんでしょ♪ 知ってる知ってる♪」
ワイルドがその場で身軽な動作を見せつければ、ブライトとアウラもその後ろで創造武器を構えた。
「相変わらず調子いいんだね」
「それがおれっちの取り柄だから♪」
彼が駆け出したと同時に、ブライトもそれに並列する。アウラは二つの十字架をデコードの左右から突撃させた。
「一人増えたところで何も変わらない」
先に十字架をしゃがんで避けてから、デコードは
(もう一人は死角から――)
次に流れる映像にはワイルドが映り込んでいる。そう思い込んでいたデコードだったが、
(――何だと?)
そこに映っていたのは、死角から攻撃を仕掛けるブライトだった。ワイルドがどこにも見当たらない。そんな馬鹿な、と彼女が考え込んでいれば、五秒後の未来がやってくる。
(前方は人形を利用したダミー。本筋は死角からの攻撃。ワイルドは、その後に控えている)
考察を固めれば、すぐに顔を上げて、背後を振り返り、後方にいるブライトを蹴り飛ばす。
「――ぐっ!?」
だが背中に何かが突き刺さるような痛みが、彼女の全身に染み渡った。
「ざんねーん♪ おれっちでしたー」
「…能力だったか」
ダミーと睨んでいたブライトの姿が、鉤爪を装着したワイルドへと変わっていたのだ。彼の第一キャパシティは
デコードはしゃがみ込んだ時、視線を下に向けていた。その隙にワイルドはブライトへと変装し、後方と前方で挟み込む形を取る。デコードが能力を使ったのはその後。ワイルドの能力を知らない彼女が、変装を見破れるはずもない。
「おれっち、みんなみんな肝臓が弱点ってこと知っちゃったもんねー」
ワイルドが鉤爪を引き抜いた後、前蹴りでデコードをその場に倒す。彼が損傷させたのは肝臓。この世界においては"死傷"にもなりえる。
「…まったく」
だが彼女は吐血しながら、再生も使用せずにすぐ立ち上がった。
「奥の手を使うしかないようだ」
握りしめていた眼鏡を放り投げ、肝臓付近を片手で押さえる。
「第三キャパシティ――」
デコードは目を見開いて、三人に視線を向けた。
「――ラプラスの悪魔」
瞳の色が、金色に変化する。すべてを見透かすような瞳。彼女は能力を発動すると、片手で頭を押さえ、苦しみ出した。どうやら頭痛に見舞われているようだ。
「これが、悪魔の知性か…。試してみる価値はある…」
デコードは初めて自分から、ブライトたちの元へと走り出す。彼女らは迎え撃つために、それぞれ得物を存分に振るう。
「すべて、視える」
最小限の動き、最小限の攻撃。たったそれだけで、三人を圧倒し始めた。それ対して、三人の攻撃はデコードにかすりもしない。それどころか、必ず最大限の反撃を受けるのだ。
「なんか、こいつの動きってヤバい系じゃない…!?」
デコードに触れることすら出来そうになかった。すべてが計算し尽くされた。定められた未来に動かされているような感覚に三人は陥る。
「――」
言葉も出せないまま、三人は地面にひれ伏していた。勝てる気がしない。いや、そもそも触れられる気すらしない時点で、そのような考えがおこがましいだろう。
「これがあるから、私は君たちに勝てないと言ったんだ」
第三キャパシティ、ラプラスの悪魔。それは悪魔としての知性を授かり、ある瞬間の全ての物質の位置と運動量を知り、そのデータを解析できる能力を持ち、過去も未来も全てを読み取ることができる能力。つまり今のデコードには、何もかもが視えている状態なのだ。
「この能力を長くは使えない。早くケリをつけて――」
彼女はそう言いかけると言葉を止め、東の方角へと顔を向けた。
「…まずい」
「…?」
「この勝負は中断する。君たちの相手ではなく、違う人物を相手にしなければならないようだ」
デコードは瞳の色を元に戻し、三人にそう伝える。
「違う人物って、誰のことよ?」
「デュアルだ」
「デュアル? どうしてあなたにとって味方のデュアルを相手に…」
「ラプラスの悪魔を使用したというのに、数時間後の未来が視えなかったんだ」
未来が視えない。その言葉に三人は理解が及ばず、ブライトがこう問いかける。
「未来が視えなかったって?」
「未来は常日頃から変わり続け、常に存在するもの。それが視えなくなったということは、起きてはならないことが、数時間後に引き起こされる」
「起きてはならないこと?」
デコードは険しい表情を浮かべながら、ゆっくりと口を動かし、
「今から数時間後に――"この世界が跡形もなく消される"」
そう呟いた。
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