戦いの終わり
「――!」
ノアはベッドから身体を起こす。スロースのユメノ世界から強引に追放されたことで、彼は少しの間だけ意識がぼーっとぼやけている状態。彼はしばらく呆然としていれば、
「うおっ…!?」
どこからかルナが姿を現わし、身体を起こしているノアへと抱き着いてきた。
「お前も無事に勝てたんだな」
「……」
「…どうしたんだ? 何が――」
ノアはそう言いかけた時、ルナが背中を小刻みに震わせ、嗚咽を漏らしていることに気が付く。
「私っ…また楓に謝れなかった…」
「…」
ストリアの本名は神凪楓。
二人がどんな関係だったのかはノアにも分からない。ただ現ノ世界を守る七元徳、現ノ世界を支配しようとする初代教皇。この立場から敵同士だったのか確か。
(ああそうか。ルナは現ノ世界でしばらく身を潜めていたんだな)
しかし戦争が起こる前、ルナは現ノ世界にナイトメアのスパイとして潜入していたと聞いている。きっとその時に何かしらの関わりがあったのだろう。ノアは自己解決をして、抱き着いてくるルナの頭に手を置いた。
「あー…神凪は怒ってないと思うぞ」
「…どうしてっ…そう思うの…?」
ノアは過去の記憶を蘇らせる。それは現ノ世界とユメノ世界の戦争が始まり、初代救世主として初代教皇の相手をするためにレーヴダウンの本拠地から出ていこうとする時のこと。
『待ちなさい』
『……?』
『初代教皇と戦いに行くんでしょ?』
七元徳の神凪楓に呼び止められる。その頃のノアは初代救世主として戦い続けていたせいで、本来の雨空霰としての自分を見失っており、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。そのせいか滅多に声を掛けられることはない。
『…ああ』
『私も連れて行きなさい』
そんな彼に唯一声を掛けられるのは雨氷雫や四色の蓮、そして神凪楓のみ。
『ダメだ、お前じゃ足手まといになるだけ。教皇と戦えばすぐに死ぬぞ』
『私はもう一度教皇と…雨宮紗友里と話がしたいの』
『話だって? 狂ったように人を殺し続けるあいつに話が通じるとでも思うのか?』
教皇は笑いながら今の今まで殺戮を繰り返している。それを間近で見てきた救世主の彼は"話がしたい"と述べる神凪楓に愚かな行為だと諭す。
『…やってみなきゃ分からないでしょ?』
『お前は最近おかしいぞ。七元徳がほぼ壊滅し、お前だけが生き残ったことが原因か?』
その時の七元徳は神凪楓を除いた全員が戦死していた。一人だけ残された神凪楓は精神的にもやつれ、悪夢のような戦争から逃げるようにして部屋に閉じこもる日々を続けていたのだ。
『…お願い』
『ダメだ。お前は一度でも自分の顔を鏡で見るといい』
初代救世主の彼は神凪楓の願いをすべて否定した。当時のノアはそれが正しいと判断をしていたから。
『じゃあな』
別れの挨拶。
二人がそれが最後の会話となるなんてこの時、思ってもみなかっただろう。
『そろそろ倒れてくれないかな~!?』
『それはこっちのセリフだ!!』
そう…その別れの挨拶の後に繰り広げられた救世主と教皇の戦いは、数百年以上かかった因縁の殺し合いに決着がつく戦い。この戦いが終わった後に、救世主がノアとして生まれ変わり、教皇がルナとして生まれ変わることになる。
『"紗友里"!!』
『っ!? お前、どうしてここに!!』
数百年に及んだ殺し合いに勝利したのは教皇である彼女。
その大きな決め手となったのは、七元徳である神凪楓の乱入だ。
『あれ~? 神凪楓ちゃんだよね~?』
『楓、お前は下がってろ!! あいつに話は通じないとあれほど言って…』
『紗友里! あなたと私たちの関係は嘘だったの!? 私たちと一緒に過ごした思い出は全部偽りだったの!? 答えなさいよ!』
彼が下がれと指示を出しているというのに、神凪楓はそれを無視して声を荒げて初代教皇へと語りかける。
『……』
『私たちは親友なんでしょ…っ!? あなたは、あなたは私たちの仲間で――』
『そう思うのならそうなんだろうね~…』
教皇はニヤリと笑みを浮かべると、黒色の大鎌を強く握りしめて、
『あなたの中ではね』
『――! あの馬鹿…ッ!!』
神凪楓へと斬りかかった。救世主の彼はそれを庇うために、その身へ教皇による死傷を負わされてしまう。
『あ…あぁ…』
『お前は邪魔だ! 足手まといになるのなら二度と部屋から出てくるな!!』
そして救世主と教皇が辿った運命は共倒れ。その後、神凪楓がどうなったのかはノア自身も覚えていない。
「…楓」
「神凪楓は決してお前を殺してくれと言わなかった。いつもいつも"紗友里を救ってほしい"と頼み込んできたんだ」
狂気の渦に沈められた教皇。
もし彼女が正気で、狂気に打ち勝つことが出来ていれば神凪楓の声は届いたのだろうか。そんな疑問も今となっては考えるだけ無駄になる。
「ルナ、お前だけが七つの大罪や七元徳の想いを背負っているわけじゃない」
「…」
「赤の果実のメンバーが平等に一人ずつ背負っている。こんなところで泣きべそかいていたら、神凪に叱られるぞ」
ノアは木村玄輝から託され、ルナは神凪楓から託された。他の赤の果実のメンバーたちも七つの大罪や七元徳と交戦したことで、各々自分自身の糧となる意志を引き継いだ。
――ゼルチュを追い詰め、戦争を終わらせる。
その目的を達成するために。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゼルチュ、悪い報告だ」
「…どうしたんだい?」
「…七つの大罪と七元徳の意識の波長がこちらから感知できなくなった」
「何だって…!?」
その報告を聞いたゼルチュは学園長室の机を両手で叩く。デコードは「間違いない」とタブレットにSlothやStriaと記載されたグラフを提示する。
「どういうことだ…! 何があった!?」
「肉体への外傷はなく、彼らの意識がない…これから見出せる憶測といえば…」
「っ…!! 真のユメノ世界を利用したな…!」
ゼルチュは片手で額を押さえながら、今度は机に右拳を振り下ろした。
「だが何故だ…? 何故あの者たちが真のユメノ世界の存在を知って――」
ふとゼルチュは何かを思い出し、自身の机に置かれているノートパソコンを起動する。
「…君たちか、君たちが教えたんだな」
そこに写し出されたのは液体に浸らせた二つのカプセル。その中にはノアたちの真のユメノ世界へと干渉をした"雨氷雫"と"月影村正"が入れられていた。二人とも目を重く閉ざし、布を一切纏わぬ赤子の姿。
「邪魔を…してくれる…」
「それとデュアルが勝手に行動を起こしているようだが…大丈夫なのか?」
「彼女は僕の最高傑作の一つといってもいい。好きにやらせればいいさ」
ゼルチュは額から手を離し、デコードに視線を移す。
「デコード、今月の殺し合い時間は無しだ。次の作品の調整期間に入る」
「次…というのは例のアイツでいいのか?」
「その通りだよ。七つの大罪と七元徳が敗れた今、Drop Projectの"人形たち"に勝てる存在は――」
そしてノートパソコンの電源を落としながら、
「――"四色の蓮"と"四色の孔雀"のみだ」
憤りを込めた声色でそうハッキリと述べた。
予告
「ノアはそれでいいの!? みんなにとって大切な存在を見捨てて…!!」
「俺だってそれぐらい理解している! でももし要求を呑んだら、そこで俺たちの負けになるんだよ!」
大きな選択を迫られ、衝突し合う赤の果実。
「…お前は、誰だ?」
「オレのことを忘れたのか? あれだけ世話をしてやったのに」
ノアたちの前に立ち塞がる新たな敵。
「…此方を馬鹿にしているのですか?」
「あははっ、だってわたしはローザちゃんよりも強いから」
「いいでしょう。手加減をしてあげます。全力で掛かってきなさい」
四色の孔雀の最凶と四色の蓮の最強の殺し合い。
「ここで終わりだよ。何もかも」
Next『January』――
「え? クリスマス? 私は引きこもってゲームするけど~?」
「お前はそれでいいのか…」
No,Next『December Horiday』
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